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同じ女を愛する二人の夫、その距離は決して同じではない


城下町の通りは、昼を過ぎてもなお賑わっていた。


焼き菓子の甘い匂い。

香辛料のきいた肉串。

揚げ油の弾ける音。


「わあ……」


レイラの声が、少し弾む。


「やはり、煌龍国は活気があるな」


その横で、

テュエルはすでに一歩前に出ていた。


「……少々、お待ちください」


そう言うと屋台を一瞥し、

迷いなく金を差し出す。


「串は、脂が軽いものを」

「こちらの饅頭は香草が控えめですね」

「……揚げ物は胃に残ります。後にしましょう」


次々と、

“レイラに合うもの”だけを選び取っていく。


レイラは、少し驚いたように目を瞬かせた。


「……流石だな」


「はい、当然です」


当たり前のように言って、

布で包んだ串を差し出す。


「熱いです」

「こちらからどうぞ」


レイラは受け取り、一口。


「……美味い」


その瞬間、

テュエルの表情が、ほんのわずか緩む。


――一瞬だけ。

すぐに、護衛の顔へ戻る。


リアは、はっと息を呑んだ。


(……なに、この安心感……)


隣で、ナイルが口笛を吹く。


「いやぁ……」

「相変わらず完璧だね、テュエル君♡」


シアンも小さく頷く。


「……優しい」


シュシャは腕を組み、力強くうなずいた。


「うむ!主を立て、先を読み、無駄がない!」

「まさに理想の伴侶だな!!」


その声に、

シャガルが低く鼻を鳴らす。


「……騒がしい」


露店を見回すが、

選ぶ様子はない。


「腹は減った」

「適当なものを寄越せ」


店主が困惑すると、

レイラが口を挟んだ。


「シャガル、辛いものは控えろ」

「煌龍の香辛料は強いと聞くぞ」


「構わぬ」


「構う」


「余の胃だ」


「夫の胃でもある」


ぴたり。


シャガルは一瞬言葉に詰まり――

ふん、と顔を背けた。


「……なら、任せる」


結局、何も選ばない。


リア一行の空気が、

微妙に、ざわりとする。


シュンは、無意識にテュエルを見た。


彼はシャガルの分まで考えることはしない。

ただ、レイラの手元だけを気にしている。


「……少し、喉が渇いていませんか」


「ん?」


「果実水があります」

「甘すぎず、喉を潤す程度です」


「助かる」


自然に差し出され、

自然に受け取る。


あまりにも“馴染んだ”距離。


ナイルは、

レイラ、テュエル、シャガルを見比べる。


(……これは……)

(……外から見たら……)


リアも、思わず眉をひそめた。


(……レイラ……)

(……こんな人で……いいの……?)


シャガルは串を一口かじり、眉を顰める。


「……硬い」


「焼き過ぎだな」


「……ふん」


不満そうにしながらも、食べ続ける。


テュエルは一切気に留めず、

レイラの歩調に合わせる。


「人が多いです」

「こちらへ」


触れない。

だが、離れない。


完璧すぎる距離。


シュンの胸が、きゅっと締め付けられた。


(……テュエル……)


シュシャが、ぼそりと呟く。


「……テュエル殿の方が……」


ナイルが、すぐに笑って被せる。


「ま、まぁまぁ♡」

「人それぞれ、だしね♡」


だが、その笑顔は少し引きつっていた。


レイラは、そんな視線に気づかない。


果実水を一口飲み、

穏やかに微笑む。


「良いな、煌龍国」


その笑顔を見て、

一同の胸に浮かぶのは――


(レイラ……)

(……本当に……)

(……これで……幸せ……?)


という、

誰も口に出せない疑問だった。


そして。


その中心にいるテュエルだけが――

何も言わず、

完璧な“夫の影”を演じ続けていた。


 ――――


 城下町の通りは、昼の熱気をそのまま残していた。


呼び込みの声。

酒の匂い。

あちこちから溢れる笑い声。


リアとレイラは、通り脇の出店の前でしゃがみ込み、

並べられた小物を眺めていた。


「これ、可愛いわね」


「ん?……ああ、細工が丁寧だな」


姫二人とは思えない、

ごく自然な距離感。

まるで町娘同士のようだ。


その背後――


昼から酒をあおり、顔を赤らめた男が、

ふらつきながら近づいてきていた。


視線は、

明らかにリアに向いている。


(……来る)


レイラは、瞬時に察した。


男はわざとらしく体を傾け、

ぶつかる軌道に入る。


その瞬間。


レイラはリアを背中に庇うように、一歩前へ出た。


どんっ。


鈍い衝撃。


「……」


「……んだよ」


男が顔をしかめ、見上げてくる。


「てめぇ……」

「女か……いい女じゃねぇかぁ」


にやにやとした笑み。


「俺と相手しろよ、おぉ?」


レイラは、静かに息を吐き――

すっと立ち上がった。


「……今のは」

「わざとぶつかろうとしてきたな?」


低く、冷えた声。


男は一瞬ひるむ。

そして、レイラの全身を見て、急に声を荒げた。


「うわっ!!」

「なんだよ、デカ女じゃねぇか!!」


嘲るように笑う。


「萎えるわぁ〜!」


――その一言で。


レイラの表情が、

ほんのわずか、曇った。


(……デ、デカ……)


気にしていないわけでは、ない。


その瞬間だった。


「余の妻を――」


低く響く、王の声。


「デカ女扱いとは……いい度胸だな」

 


「どうやら命が惜しくないらしい……」


 

同時に。


「……てめぇが小さいだけだろ」


氷のように冷たい声。


「ゴミ屑が……」


ぴたり。


二つの声が、

完全に重なる。


シャガルと、テュエル。

レイラよりも、さらに大きな二人が並び立つ。


男は、完全に固まった。


シャガルが一歩前に出る。


「昼から酒に飲まれおって」

「余が酔いを覚ましてやろうか?」


テュエルも、同じ歩幅で並ぶ。


「レイラ様に触れた部分――」

「全て、削いでやる」


声色は淡々としている。

だが、目は一切笑っていない。


内容も、冗談ではない。


男は、青ざめた。


「ひっ……!」


後ずさりし、

そのまま人混みに逃げていった。


沈黙。


リア一行は、数秒固まり――


最初に吹き出したのは、ナイルだった。


「……ぷはっw」

「なんだかんだで、息ぴったりだね♡」


シュシャも腕を組み、うなずく。


「うむ!見事な連携だった!」


シアン「……こわい」


レオ「ははははww仲いいなぁw」


レイラは二人を見て、苦笑する。


「……やりすぎだ」


「足りぬ」


「十分です」


二人は、同時に言った。


シュンは、ほっと息を吐き、

レイラの袖を掴む。


「レイラ、大丈夫?」


「シュン、大丈夫だ」


「俺は、その……レイラが大きいの」

「すごく……魅力的だと思うよ……」


レイラは少し目を見開き――

ふっと笑った。


「……くすっ、ありがとう、シュン」


その日一番、朗らかな笑顔だった。


そのやり取りを、

一歩下がった位置からシャガルが見ている。


(なんだ、あの童……)

(レイラと距離が近すぎる……)

(そして、あの顔……)

(気があるのが明らかではないか)


(ちっ……レイラの友だ)

(一度だけ、見逃してやる)


わずかな殺気が、シュンへと流れる。


シュン

「…………」


(やっぱ怖いよ、この人……)

(レイラ……こんな人がいいの……?)


テュエルなら、諦められた。

だが、シャガルの傲慢さには、

どうしても納得がいかないシュン。



テュエルは、確かに感じ取った。

 シャガルが向ける殺気を――


ほんの一瞬、

視線が、シャガルに向く。


「…………」


表情は、変わらない。


ただ、

その目だけが――

一段、冷えた。


次の瞬間には、

何事もなかったように、視線を戻す。


(…………)


誰に向けたものでもない沈黙。


だが、

シュンとシャガルの間に流れたものを、

見過ごしてはいない――

そんな気配だけが、そこに残る。

 

その一方で。


テュエルは、静かに思考を切り替えていた。


(……考えても、仕方がない)


(せっかくの旅行だ)


(……今は……馴染もう)


視線を上げ、

いつもの護衛の立ち位置へ戻る。


その足取りは――

ほんの少しだけ、軽くなっていた。


城下町の喧騒は、

何事もなかったかのように続いていく。


そして一行は、

宿へ向かう通りへと歩き出した。


――それぞれ、

胸に違うものを抱えながら。

 


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