笑顔と独占と沈黙――再会の温度は揃わない
馬車は、一定の間隔で街道を進んでいた。
窓の外に広がるのは、穏やかな景色。
戦の気配など、どこにもない。
――それが、かえって落ち着かない。
そんな空気が、車内に満ちていた。
沈黙を破ったのは、シャガルだった。
「煌龍国、か……」
腕を組み、低く呟く。
「女童が騒ぎ立てるのが、目に浮かぶ」
レイラは、苦笑混じりに返す。
「相変わらず辛辣だな。確かに賑やかではあるが」
シャガル
「それが嫌だと言っておる」
即答だった。
一拍置いて、シャガルは続ける。
「……しかし」
「なぜ、またいきなり煌龍へ向かうことになったのだ」
腕を組み直し、探るような視線。
レイラは、ほんの少し間を置いてから口を開いた。
その沈黙を、
馬車の外でテュエルは静かに受け止めていた。
(……………)
レイラ
「……リアがな」
「私とテュエルの婚姻を知って――」
一拍。
「皆で一緒に、盛大に祝いたいと言ってくれた」
シャガルの眉が、ぴくりと動く。
「……ほう」
間。
そして、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……あの女童め」
「余の婚姻は祝わぬと?」
ぴしり、と空気が張る。
レイラ
「すまない」
「その話は、まだしていない」
シャガル
「……ふん」
明らかに、機嫌が落ちた。
レイラは続ける。
「だが、着いてすぐに伝えるつもりだ」
「隠すつもりはない」
シャガルは、少しだけ視線を逸らす。
「当然だ」
「余を“ついで”のように扱うのは許さん」
レイラ
「扱っていない」
シャガル
「……ならよい」
――よくはなさそうだった。
レイラは小さく息を吐き、声を和らげる。
「シャガル」
「一つ、頼みがある」
シャガル
「何だ」
レイラ
「リアと……できれば、仲良くしてくれないか」
シャガルの視線が、すっと戻る。
「……理由は?」
レイラ
「私の、大切な友だ」
短く、だがはっきりと。
シャガルはしばらく黙り込み、目を閉じる。
やがて、静かに息を吐いた。
「……お前の頼みだ」
一拍。
「努めよう」
完全な同意ではない。
だが、拒絶でもなかった。
レイラは、ほっとしたように微笑む。
「ありがとう」
シャガル
「ただし」
レイラ
「?」
シャガル
「騒がしいのは苦手だ」
「宴が長引くようなら、席を外す」
レイラ
「逃げるな」
シャガル
「逃げぬ」
「休むだけだ」
レイラ
「それを逃げると言う」
少しの間。
「……酒は、うまいのだろうな?」
レイラは思わず、くすっと笑った。
レイラ
「そこか」
シャガル
「そこだ」
「余は騒音より、酒の善し悪しの方が重要だ」
控えめに、テュエルが口を挟む。
「煌龍国は、果実酒が有名です」
「薬草を漬けたものもあるとか」
シャガル
「ほう」
「それなら……行ってやる価値はあるな」
レイラ
「“祝ってもらう”顔ではないな」
シャガル
「余はそう感じておる」(皮肉
レイラ
「違うと言っただろう」
シャガル
「ふん…」
レイラは苦笑しつつ、少しだけ強い声で言った。
「二人とも、主役だ」
「誰一人、欠けていない」
シャガルは返事をしなかったが、
その表情から険が一つ、落ちた。
「煌龍国、見えてきましたよ」
テュエルの声に、レイラが外を見る。
「楽しみだな」
外套を整え、背筋を伸ばす。
レイラ
「……さあ」
「今度は、戦ではない」
シャガル
「酒と、騒音の国か」
レイラ
「……全く」
「楽しもうじゃないか」
「婚姻後、初めての旅なのだから」
テュエルは静かに頷く。
「……そうですね」
「少しでも、休める旅に、なれば」
穏やかな声。
だが、どこか護衛の域を出ない。
レイラは、それに気づかぬふりをして微笑んだ。
「なるさ」
――そう、信じるように。
馬車は、そのまま。
煌龍国の門へと、進んでいった。
――――――――
煌龍国・城下町
――――――――
城下町の門をくぐった瞬間、
馬車の中に、ざわめきが流れ込んできた。
人の声。
布の擦れる音。
香辛料と、焼き菓子と、土埃の匂い。
そこへ――
ふわり、と。
懐かしい香りが混じった。
レイラは、ふと顔を上げる。
(……この匂い……)
胸の奥が、きゅっと鳴る。
次の瞬間、確信に変わった。
「……リアだ」
思わず、声が零れる。
視線が、きらりと光った。
「止めろ!」
突然の声に、テュエルが慌てて手綱を引く。
「レイラ様?」
「どうした、レイラ!」
テュエルとシャガルが声を上げる。
だが――
馬車が完全に止まるより早く、
レイラは飛び降りていた。
「レイラ様!?」
「おい、待て!」
二人の制止も聞かず、
レイラは外套の裾を翻して駆け出す。
人混みを縫うように、小走りで向かう。
――間違いない。
この、懐かしい匂い。
胸が、高鳴る。
まだ姿も見えていないのに、
自然と、口元が緩んでしまう。
(……ロイロも……)
(……皆も……)
見えてきた。
七つの人影――
そして、その中の肩に、小さな影が一つ。
「……!」
真っ先に気づいたのは、シアンだった。
「リア」
短く呼び、指を差す。
リアが振り向く。
「……レイラ?」
次の瞬間、
二人は、同時に駆け出していた。
「レイラ―――!!!!!♡」
レイラは、頭に被っていた外套を外し、
駆け寄ってきたリアを、正面から抱き止める。
その瞬間。
ふわりと揺れたのは、
見慣れない――柔らかな布。
「……リア」
「会いたかったぞ……」
リアは腕に力を込める。
「レイラ! 来てくれて嬉しい!」
「無事でよかった……元気だった?」
「あぁ」
「あの戦の時は、まともに再会を喜べなかったからな」
「今回は、羽を伸ばしに来た」
「……しばらく、世話になる」
「もちろんよ♡」
――その時だった。
リアが、ふとレイラを見上げて、瞬きをする。
「……あれ?」
遅れて、気づく。
「……レイラ……?」
抱き合ったまま、
そっと距離を取る。
そして、まじまじと見る。
淡い色合いの着物。
身体の線に沿う仕立て。
髪も、いつもより柔らかくまとめられている。
「……ちょっと……」
リアの声が、思わず素になる。
「見違えたわ……!」
その一言で、
周囲の視線が、一斉に集まった。
「すごく、似合ってるわ」
「前は、袴とか、動きやすい服ばっかりだったもの」
照れながらも微笑み返す。
何があったかは――まだ言わない。
「…………」
その時。
「……久しぶりじゃねぇか」
聞き慣れた――
けれど、懐かしい声。
レイラ
「……ロイロ」
「無事でよかった」
ロイロ
「おかげさまでな」
峰郷で行方が知れなかったロイロ。
リアと、無事に再会していたことを、
その姿が何より雄弁に語っていた。
「レイラちゃん♡ 久しぶり♡」
「ナイル……相変わらずだな」
「はは♡ レイラちゃんも相変わらず綺麗だね♡」
「なんかさ〜」
「雰囲気、すっごく柔らかくなったよね♡」
「前は“近づいたら斬られそう”だったのに♡」
レイラ
「ナイル…」
「冗談冗談♡ でもほんとだよ?」
次々と、一行が顔を見せる。
シュシャも、腕を組んで深く頷く。
「レイラ殿! 久しいな!!」
「シュシャ、元気そうだな」
「うむ!戦の折は力添え、誠に助かった!」
「此度は、ゆるりと過ごし、盛大に祝わせてくれ!」
視線が、着物姿のレイラに向く。
「……女性らしさが、前面に出て麗しい!」
レイラ「……!」
わずかに、たじろぐ。
シアンが、小さく
「…レイラ、久しぶり」
レイラ
「シアン」
シアン
「……レイラ…きれいだね」
レオは、にこにこと眺めながら。
「姫姉ちゃん♡ 元気だったか?」
「レオ」
「へぇ〜」
「姉ちゃん、こんな感じも似合うんだな♡」
レイラ
「あまり見るな」
そして――
シュン
「……レイラ!」
「シュン……!!」
「会いたかったぞ」
「う……うん……///」
シュンは、少し戸惑ったように目を逸らす。
「……なんか……」
「レイラ……大人っぽくなったね……」
レイラは、思わず咳払いをする。
「……そんなに見るな」
だが。
耳が、少し赤い。
リアは、その様子を見て、ふっと微笑んだ。
シュン
「それより……俺に話って、なに?」
レイラが、言葉を探した――その時。
「おい」
低く、よく通る声。
「お前たち」
「レイラと距離が近い」
一歩、前へ。
「少し離れよ」
「……触れるな」
堂々たる、妖王の圧。
レイラ
「まったく……」
「再会の挨拶すら、させてくれないのか?」
シャガル
「……ふん」
リアは、その様子に小さく笑った。
「あいかわらずね、シャガル」
ふと、周囲を見回す。
「あれ?」
「……テュエルは?」
いつもなら、真っ先に前に出てくる護衛がいない。
「……はい」
静かな声。
レイラの後方。
半歩下がった位置に、控える影。
「なんですか」
存在感を、意図的に消したテュエル。
「テュエル! 久しぶり!」
「この間は、戦で力を貸してくれてありがとう」
「それから……」
満面の笑みで。
「レイラとの婚姻、おめでとう!!!」
心の底からの祝福。
「…………ありがとうございます」
短く、そう言って、軽く会釈する。
リアは、一瞬だけ首を傾げた。
(……?)
(あんなにレイラにぞっこんなテュエルが……)
(なんだか……静かすぎない?)
すぐに、首を振る。
(……気にしすぎ、よね)
賑やかな再会の輪の中で――
ただ一人、距離を保ったままの影があることを。
その時は、まだ誰も、深く考えていなかった。




