抑え続けた欲が夢で溢れた夜、彼は最愛を泣かせていた
夜の静寂。
シャガルの寝室は、いつもよりも甘く、重たい空気に満ちていた。
その理由は──
レイラが、自分の意思で、ここへ「来た」からだ。
昼間の、あの茶の時間。
胸を焦がした不安と、言葉にできなかった感情。
それらを抱えたまま、それでもレイラは、余の元を選んだ。
それだけで、胸が張り裂けそうになる。
シャガルは必死だった。
抱きしめる腕に、力が入りすぎぬように。
唇が、必要以上に求めすぎぬように。
欲しい。
だが、奪わぬ。
求められたとしても、越えぬ。
そう、何度も自分に言い聞かせながら、
その夜は、甘さだけを許した。
⸻
もともと、シャガルは眠りが深い。
だが、この夜は違った。
欲が、抑えきれずに溜まりきっていた。
身体は眠っているのに、心だけが、解き放たれてしまった。
そして──
久しく見ることのなかった、夢。
『……余は……やっと……』
夢の中のレイラは、何も言わない。
拒まない。
ただ、そこにいる。
髪に、そっと口づける。
頬へ。
首元へ。
指先が、熱を探すように滑り、
触れてはならぬ場所へ、自然と近づいていく。
「……ん……」
レイラが、小さく息を漏らす。
夢だと、わかっている。
それでも、身体は反応してしまう。
夢と現実の境界が、もう曖昧になっていた。
愛している。
求められている。
そう思ってしまった。
だが──
口付けは、深くなりすぎた。
呼吸は、重なりすぎた。
腰の動きは、夢とは思えぬほど、生々しかった。
気づけば、身体は夢の続きをなぞるように、現実のレイラへ触れていた。
そして。
──越えてしまいそうになった。
夢の中のシャガルは、
これまで抑え続けてきたすべてを、解放しようとしていた。
⸻
「……え…………」
レイラの身体が、震える。
「シャガル……だめ……」
声が、かすれる。
「それは……
それは……お前が、望んでいた形じゃない……!」
彼が、どれほど自分を大切にしてきたか。
誰よりも、知っている。
欲を、抑えて。
抑えて。
抑え続けて。
「惚れさせてみせる」と言いながら、
一度も、無理強いなどしなかった。
だからこそ──
夢の中で、欲望のままに奪わせるなんて。
そんなこと、あっていいはずがない。
レイラの目から、涙が溢れた。
「シャガル……!!
ダメ……起きて……!」
必死に、呼ぶ。
「……嫌……!!
こんな形は……嫌……!!」
声は震え、
涙は止まらず、
それでも、叫んだ。
⸻
その泣き声で。
シャガルは、飛び起きた。
薄暗い寝室。
乱れた寝具。
涙に濡れたレイラの顔。
そして──
自分の手が、彼女の太ももに触れている現実。
理解した瞬間、
全身から、血の気が引いた。
「……レイラ……?」
声が、出ない。
呼吸が、乱れる。
夢だったはずの欲が、
現実で、彼女を泣かせた。
その事実だけで、
心が、粉々に砕ける。
「……すまぬ……」
震える声。
「すまぬ……!!
余は……妻を……泣かせた……!!」
許されるはずがない。
自分で、自分が許せない。
シャガルは布団から飛び退き、
そのまま、裸足で廊下へ飛び出した。
逃げるように。
自分から、逃げるように。
伸ばされたレイラの手にも、
「行かないで」という声にも、振り返らず。
その背中は──
これまでで、一番、弱く。
そして、壊れていた。




