表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
101/130

ほろ苦ティータイム

テュエルは、いつも通り稽古場へと向かい、その場にはいなかった。


その隙に――

シャガルとレイラは、皇務を中断して二人きりでお茶をすることになった。

(※シャガルに半ば強制的に中断させられた)


稽古場から一番近い庭の長椅子に腰掛ける二人。


少し離れた先には、稽古場の様子が見える。

休憩の合間に女官が手ぬぐいや水を運び、兵たちへと気を配っていた。


……が。


テュエルの周囲だけ、やたらと人が多い。


なんだかやたらと賑やかだ。

いや、賑やかというか――密度が違う。


本人は明らかに困った顔をしているのだが、周囲はお構いなしに距離を詰めていく。


そう――

テュエルは、婚姻を結んでもなお、人気者だった。


男からは憧れ混じりの視線。

女からは「手が届かない」と分かっているからこその熱。


――とにかく、モテる。

うん、モテるのだ。


ちょっと離れて見ていても分かるレベルでモテている。


女官たちの何気ない会話が、風に乗って届く。


「やっぱりテュエル様ってさぁ……素敵すぎない?」


「分かる〜、あれ反則でしょ」


「あの清潔感、罪よねぇ〜」


その声を聞いた瞬間。


レイラの胸の奥に、ほんの小さな“ひっかかり”が落ちた。


(……そう、なのか)


いつもなら、誇らしいと即答できたはずだ。

むしろ、少し得意に思うくらいだったかもしれない。


なのに今は――


それを聞いた瞬間、

レイラの胸の奥に、もやりとした感情が湧き上がった。


理由はわからない。

ただ、何かが、確実に引っかかっている。



シャガルは、そんなレイラの様子を見逃さなかった。


「……全く。あんな器の小さい男の、何がいいのかわからぬ」


ぽつりと、わざとらしく吐き捨てる。


レイラは、珍しく即座に反応した。


「……器、小さくないもん」


反抗的な声。


シャガルは、一瞬言葉を失う。


胸の奥に、ちくりとした痛み。


――なるほど。これは。


(鎌をかけてみるか)


「しかし、相変わらずモテるやつだな……

あんなに囲まれているとは。

このまま、他の女の元へ行ってしまったりしてな。

……なーんてな」


レイラは、口を少しぷくっと膨らませる。

どう見ても、不機嫌だ。


シャガルは、その横顔を静かに眺めた。



――かわいい。


だが、それ以上に。


――痛い。


胸の奥が、ポキ、ポキと、音を立てて折れていくような感覚。



レイラは、ムッとしたまま湯呑みを手に取り、勢いよく茶を飲もうとする。


「あちっ」


思わず声が漏れた。


少し動揺している。

……猫舌のくせに。


「何をしておる……」


シャガルは呆れたように言い、冷たい水を差し出す。


レイラは黙って受け取り、何も言わない。


シャガルは、その様子を見ながら内心で呟く。


(……嫉妬、か)


(以前こうして茶をした時は、

 何食わぬ顔で

 『あいつは戻ってくる』

 と、疑いもしなかったくせに……)


胸が痛む。

だが、それ以上に――


(こんな表情も、するのだな……)


全く。

愛しくて、敵わない。



……もう一つ、鎌をかけるか。

興味本位で。


「……余も、たまには他の者と交流を深めるのも

 悪くないかもしれんな」


全く思ってもいない言葉だが、試したくなった。


レイラは、すぐには答えない。


沈黙。


シャガルは、内心で問いかける。


(どうだ、レイラ……

 余は……もう、あの時とは違うだろう……?)


やがて、レイラは静かに口を開いた。


「そうだな。

 お前は、もう少し色々な者と交流を持つべきだ」


「…………………」


ぐしゃ。


そんな音が、確かに胸の奥でした。



――全く、忌々しい……。


口元は、笑っている。


だがその奥で、

こめかみが、ぴくりと跳ねた。


何が足りぬ。

何が、あの猿よりも足りぬ


………………


やはり……“アレ”か……。


…………いや。

最後までは、踏み込めぬ。


レイラ……

お前を死なせるような真似、

余にはできぬ。


 ――


気配が、近づく。


――嫌でも、分かる。


「またサボっているのですか」

 

その声が聞こえた瞬間、

さっきまで稽古場にいたはずのあいつが、すでに近くに立っていた。


いつも通りだ。

余にレイラを独り占めするな、

お前だけのものではない、

皇務の邪魔をするな――


鬼の形相で説教をしてくる。


そう、**“あいつ”**だ。


余の壁であり、

一生壊すことは叶わない存在。

そして――敵わない男。


 


ヤツは自然にレイラの横に立つ。


少し、いつもと違う雰囲気のレイラにすぐ気づき、

不安そうな表情を見るや否や、

ためらいもなく、その頭を撫でた。


 


……ああ。


レイラの表情が、和らぐ。


それは、とても自然なものだった。

余に見せる顔とは、少し違って見える。


――いや。

気のせいかもしれぬがな。


 


自然。


余は、いずれ――

ああなれるのだろうか。


 


視線を、テュエルへと移す。


人間であるお前を羨ましいと思う日が来るとはな。


 


妖力の強い妖の子を成せば、

力は腹の子に奪われ、

母体は出産と同時に命を落とす。


それが、妖の理。


知ってはいた。

だが、不便に思ったことはなかった。


必要もないと思っていた。

妖は、そもそも愛情という感情を知らぬ。


あったとしても、それは愛ではない。

“執着”だ。


 


……それが、まさか。


自らの障害になろうとはな。


全く、――忌々しい。


 


……たとえ、もしも。


永遠に二番目だったとしても……。


 


シャガルは、湯呑みを見つめる。


頭では、分かっている。

それでも、焦りは消えない。


あの甘さを知ってしまったら――

もう、引き返せないことも。


……そして。


それが、理性を壊す日が来ることを、

この時の余は、まだ知らなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ