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土魔法の使い道


 おっちゃんのいぶかし気な視線を背中に受けながら、俺はドウシタ店の前に立って通りを見渡す。


 まだ日が高い今は、さっきも見た通り母親と子供などの子供連れの親子が多い。


 逆に働き盛りの男は少ないかなぁ。あの獣の顔を持った獣人さんは、ちょっと年齢が分かんないけど。


 だから、俺の狙いは子供だ。


 子供が欲しがればきっと、親も負けて買ってしまうだろう。


 日本でも子供に強請られて、仕方なく買ってあげる親を良く見る事がある光景だ。


 だから、俺は大げさな動作で両手を広げて一発柏手かしわでを打つ。


 通りにパンッ!っていう掌と掌がぶつかった乾いた音が響く。


 近くに居た二・三人が俺にいぶかし気な視線を向けるがまだ足りない。


 もっと多くの人が俺の存在に気づき、立ち止まってくれないと意味がない。


 だから俺は続けて右足、左足と地面を踏み鳴らし、また柏手を打つ。


 その動作を繰り返しつつ、口で、


 「ドン、ドン、パッ!ドン、ドン、パッ!」


 動作に連動して口で音を奏でる。もう日本いや、地球人がここに居たら気が付いただろう。


 某有名洋楽の大ヒット曲のリズムを俺は異世界で再現するのだ。


 突然に通りに鳴り出したリズムに立ち止まってくれないものの、ちらほらと視線を集められて来た。


 ここで、もう一つ。


 リズムを刻みながら、腰のホルダーから杖を取り出す。


 母親に手を引かれている女の子。その子は俺の刻むリズムが気になって耳をピコピコさせて、こっちをジッと見ている。


 可愛い子の期待眼差しを受けたなら、ちゃんと応えない訳にはいかないよな。


 その子の視線がちゃんと俺の方を向いているのを確認して俺は、地面に向かって杖を振るう。


 「砂よ。像を模れ」


 俺が地面の砂に魔法を掛ければ、エルフの女の子が「わあっ」っと歓声を上げる。


 俺は女の子の良好な反応に思わず、グッと杖を持っていない左手を握った。


 何をしたかと言えば、簡単な事だ。


 母親に手を引かれている女の子に似せた砂人形を地面から作り出して、俺と一緒にリズムを刻み躍らせたのだ。


 神殿でも「やけに細かい操作が上手ですね」って褒められたしな。


 あれ?あれって褒められてたんだよな……?


 褒めてくれた神父さんの目は、今思えば呆れていた気がする。


 まぁいいや。それは、それで褒められてたんだろう。


 余計な考えは脇に置いといて、俺はこっちに視線を向けてくれている子供の像をどんどんと具現化していく。


 エルフにドワーフ、犬耳、猫耳、ついでにサイクロプスっぽい単眼のあの子もだ。


 総勢十体のフュギュアみたいな砂の人形が俺と共に踊る。


 それだけじゃない、最初に作った人形のモデルのエルフの女の子も歓声を上げながら踊っている。


 いつの間にか俺の周りには人だかりが出来て思い思いの反応を返してくれている。


 「ドン、ドン、パッ!」


 最後のリズムを合図に人形たちは思い思いのポーズを取る。


 そこで、周りの人たちから拍手が巻き起こる。


 「おぉ、すげぇな。魔法にこんな使い方あるんだな」


 ドウシタ店のおっちゃんが呟く、その言葉に俺は鼻息荒くドヤ顔で返す。


 「でも、こんな人集めて俺んとこの利益にならねぇよ」

 「いや、いや、おっちゃん!ここからだからね。ここから」

 「そうかぁ」


 まだおっちゃんは懐疑的な視線で俺を見ている。


 そうさ。きっと、多分、今からやる事でドウシタはバカ売れになる!そんな気がする。


 俺はおっちゃんから、目を離すと集まってくれた観客の方に目を向ける。


 そして、一度杖を振るって周りの人形を砂に戻す。


 すると、子供たちの「あ~」っていう非難めいた悲鳴が上がる。そこで、すかさず。


 「さぁさぁ、今から砂の人形たちがお見せするのは、こことは少し違った世界のお伽噺!むかし、むかし、ある所におじいさんとおばあさんが住んでおりました」


 俺の口はたどたどしいながらも物語を紡ぎ出す。それは俺が小さい頃から何度も慣れ親しんだ、もっともポピュラーなお伽噺だ。


 俺の言葉に合わせて杖を振るえば、砂はおじいさんとおばあさんを模り動き出す。


 「おじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川に洗濯へと出かけます」


 俺は地面に腰を下ろすと、見守って居た子供たちにもっと近くで見るように手招きする。


 いつのまにか子供とその親たちだけじゃなく、なぜか鎧を着込んで武器を帯びた冒険者らしき大人まで子供たちの後ろで見ている。


 「おい。おじいさんとおばあさんが山に住んでるって魔物に襲われないのか?」

 「それも単独行動だぞ。魔物に殺されちまうぞ」

 「いや、きっとあのおじいさんとおばあさんは、引退した名のある冒険者に違いない」

 「「なるほど!!」」


 いや、そこの冒険者の三人組!そんな設定ないから!?


 日本の山に魔物は居ないから!


 心の中で冒険者にツッコミながら、物語を進めえて行く。まぁ、子供はキラキラした目で見ているからまだ大丈夫だろう。


 「おばあさんが川で洗濯していると、川の上流からドンブラコ、ドンブラコと大きな桃が流れて来ます」

 「おばあさん!魔物だ!危ないぞ!」


 いや、危なくないから!?桃だから、魔物ちゃうから!


 ロバ顔の獣人の冒険者がやけにノリがいい。ノリが良いのは嬉しいんですが、無用のツッコミが多すぎるのがなぁ……。


 俺の事をそっちのけで、物語の検証するの止めて。日本でのお馴染みの桃太郎は魔物とか出てこない、いや、厳密には魔物っぽいの出て来るんだけど……。


 「おばあさんは、大きく美味しそうな桃をおじいさんと食べようと持って帰る事にしました」

 「なんと豪胆な!」

 「おじさん!し~!」


 ロバ冒険者がツッコンだ所で、猫耳の女の子に普通に怒られていた。


 うん。恥ずかしいよね。幼女にいい大人が怒られるのは、恥ずかしいよね!


 だから、ちょっと黙ってて!


 「おじいさんが鉈を振り下ろしたら、なんと!元気な男が出てきました!」


 前編の大きな山場である桃太郎が産まれるシーンでは、大きな歓声がなぜか起きた。


 そして、また増えている冒険者のギャラリーの間ではなぜか議論が白熱し始める。


 うん。もしかしてしなくてもこの世界には、木から生まれる種族がいるんですね。


 そして、すくすく育って行く桃太郎の場面から変わって、他の村へと場面は移り変わる。


 そこでは、人より大きな体の人型の怪物が村で暴れ回っている。


 そう。鬼の登場だ。


 このシーンでは、子供たちは目を覆い。大人たちは戦く。


 流石、魔物が跋扈する世界で生きる人々。鬼の襲撃に対して日本よりも身近に感じられるのだろう。


 反応も大きい。


 冒険者たちなど、この事態にどう対応するか話し合っている。さながら野戦の作戦司令部みたいな雰囲気だ。


 桃太郎は架空の物語だから、そんなに真剣にならなくてもいいのに……。


 「さて、おばあさんとおじいさんに鬼退治を勧められた桃太郎。勇んで鬼ヶ島へと向かいます。その道中に犬に出会います」


 犬が出て来た所で、犬系統の獣人さんたちは大喜びだ。


 「桃太郎さん、桃太郎さん、お腰に付けたドウシタを一つ私に下さいな」


 やっと、ここでドウシタを出せた。かなり無理くり感は否めないけど……ドウシタを出さないとこの芝居を始めた意味がない。


 なぜ桃太郎を砂人形でやろうと思ったかと言うと、吉備団子が出て来るからだ。


 人を集めて物語を見せ、その中の食べ物がすぐに買えるとなれば、芝居を見てくれた人の何人かは興味を持ってドウシタを買ってくれる筈だ。


 さて、犬を仲間に加えた後、猿、雉を桃太郎は仲間に加えて船に乗って鬼ヶ島へと向かう。


 遂に鬼、こっちで言うとオーガの根城に向かうとあって、観客の間にも緊張感みたいな物が漂って口数が少なくなって来る。


 そうなると、人々の中に俺だけの声が響く。


 「さぁ遂に辿り着いた鬼ヶ島!多くの鬼が集まっている中に桃太郎たちは切り込む!」


 戦闘シーンだけあって、俺を中心にした人の輪がギュッと縮まる。


 「雉は鬼の上を飛び回り鬼をかく乱し、猿は鬼に飛び付いて顔を引っ掻きます!犬は鬼に走り回り足に噛み付き鬼に痛みに戦いた鬼は、堪らずギャーっと悲鳴を上げる!」


 俺も熱が入って来て、思わず立ち上がり指揮者のように杖を振るって砂人形たちを動かして行く。


 砂の桃太郎や鬼が俺の杖の魔法の効果範囲である一メートル中で所狭しと大立ち回りを繰り広げる。


 子供たちは一生懸命に桃太郎や犬や雉、猿に声援を送る。


 大人たちも「危ない!」や「行け!」などまるで格闘技の試合を見ているようだ。


 熱くなって悪ノリした俺は、ここで掟破りとも言える桃太郎が見上げるような巨大な鬼を登場させる。


 所謂ラスボスだ。


 ラスボス鬼は、登場するな否や手にした大きな棍棒で桃太郎のお付きの三匹を薙ぎ払う。


 お付きの三匹の敗北に観衆から悲鳴が上がる。


 だけど、桃太郎は一人になっても諦めない。


 一人、巨大な鬼へと果敢に挑んで行く。何度転がされても、打ち据えられても桃太郎は立ち上がる。


 そして、物語はクライマックスへと向かう。


 「鬼も桃太郎も満身創痍。鬼はその手に持った巨大な棍棒を天高く掲げて、動きが遅くなった桃太郎に振り下ろす。こんな攻撃を受けてしまってはいかに桃太郎と言えども一溜まりもない!」


 観客の誰かの息を飲む音が聞こえる。


 「振り下ろされた棍棒は地を裂き、揺らす、これで負けてしまうのか桃太郎!」


 「しかし!棍棒の巻き起こした砂煙の中から現れたのは桃太郎!彼はなんと振り下ろされた棍棒の上に!!」


 砂の棍棒の上を走る桃太郎。その手には体と同じ砂の刀が持っている。


 棍棒の上を走る桃太郎は、棍棒の根元に辿り着いた時に鬼に向かって大きく飛ぶ。


 「皆!桃太郎を応援してくれ!行け!」

 「「「「桃太郎!!!」」」


 なぜか、最後はヒーローSHOWみたいなノリになってしまったが、異世界の人はノリがいいのか大人も子供も一体になって空を飛ぶ桃太郎を応援する。


 巨大な鬼の頭上で刀を振り上げた桃太郎が刀を振り下ろす、しかし、そこはラスボス鬼、巨大な棍棒で顔をガードする。


 だが、渾身の力を込めた桃太郎の刀は棍棒を切り裂き、続けて大鬼の身体を縦一文字に竹割りにして打ち倒したのだ。


 打ち倒した砂の大鬼が砂に返って地面に返ると、観客たちの感情は大爆発して自然と歓声や遠吠えに似た叫び声を上げる。


 「鬼を無事に打ち倒した桃太郎は、村へと鬼が略奪した財宝を持ち帰った。そして、桃太郎たちは、おばあさん、おじいさんと幸せに暮らしましたとさ。おしまい」


 物語が終われば、観客はそれぞれが見た事も聞いたこともなかったお話の余韻に浸る。


 その反応は人それぞれだ。


 だが、俺のやる事はまだある。これだけだとただ砂人形の芝居を披露しただけで終わってしまう可能性がある。


 「さぁ、桃太郎がおばあさんに貰ったドウシタはこちらだよ!是非味わってみてね!」


 俺がそう宣伝すれば、子供が母親に食べたいと強請る。金に余裕のある冒険者たちも、一丁食べてみるかとおっちゃんの立つカウンターの前へと歩き始める。


 カウンターの中では、この展開を予想してなかったのか慌ててドウシタを油に投入していくおっちゃんの姿が見える。


 その姿を見て俺は、取りあえず成功って事でいいのではないだろうかとホッと安心した。


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