スリにご用心
全身鎧のキールさんと別れた後、俺は今街の飲食店が多いエリアに来ている。
この辺りも地の神殿であるググレイカス神殿の管轄エリアだった気がする。
ここでは、比較的に小さめの店舗が店を開き、テイクアウトみたいな売り方をしている飲食店も所々に散見出来る。
多様な人種性別、年齢の人たちの間をスーツの上着を肩に掛けながら歩く。
この一角は、飲食店が多いだけになんというか嫌いじゃないが複雑な匂いが織り交ざっている感じだ。
なんていうか、ほのぼのとした日曜日の商店街って感じの雰囲気が日本に居た頃の日常を思い起こさせて、少し寂しさを感じさせる。
パンっていうかナンっぽい何かに肉を挟んで提供している店を横目に次の店へと目を向けると、さっきキールさんに貰ったドウシタを売る店があった。
「おぉ!ドウシタ!!」
「おう。そんな勢いでどうした」
油の中で泡立つドウシタが沈む鍋の前に立つおっちゃんは、俺の勢いちょっと引き気味の声を出した。
「あ。すいません。さっき他人から貰ったドウシタを食べた時に凄くおいしかったもんで」
「おぉそりゃ嬉しいね」
面食らって顔を引き攣らせていたおっちゃんは、俺の言葉に髭を揺らして満面の笑みを作ってくれる。
「えぇ。キールさんもこの店がお気に入りだと言ってましたよ」
「きーる?」
「あぁ。えっと大きな紅い全身鎧の人です」
飲食店で常連として来ていても一々名乗るなんてしないもんな。キールさんの大きな特徴である鎧を伝えたら、思い当たったようだ。
「あぁあの派手な人ね。冒険者の中でも有名だね。確か”粉砕のマグナカル”だったかな」
いや、粉砕って!?てか、二つ名だっけ?日本ならただの痛い通り名だが、こっちだと有名人の証みたいなもんだった筈だ。
優しい雰囲気で全身鎧だったから、騎士みたいな戦いをする人だと思っていたんだけど狂戦士的な二つ名でちょっと想像出来ない。
「いい人そうだったけど、そんな物騒な人には見えませんでしたけどね」
「冒険者でも実力がある奴ってのは無意味に武威を振り回さんよ。厄介なのは中途半端に燻ってるやつだな。それで、どうする買ってくか?」
おっちゃんが、揚げたてのドウシタをトングで掴んで俺の前にひょいっと突き出す。
あ~。さっきも食べましたって断れる訳ないよな。
「ほれ。ほれ」って、買う事を確信したようなそんな目で見てくるもんだから日本の小市民感覚が抜けきらない俺には断る事なんて出来なかった。
「一つ貰います」
「まいど!銀貨一枚だよ」
うっ銀貨一枚か。今の俺には安くない出費だな。だけど、やっぱ止めますとは言えないもんなぁ。
それにおっちゃんがなかなか強かなのは、もう既にドウシタは俺の手の中にあるのだ。
無理やりではないけど渡されたドウシタをふ~ふ~して口に含んで、財布代わりの布袋を鞄から取ろうとした、その時
「んぐっ!あ!?」
背中に衝撃が走って、思わず口に咥えていたドウシタを吐き出してしまう。
ぶれる視界の中でドウシタがおっちゃんの顔面に突撃してジュっと音を鳴らした気がした。
そのままおっちゃんは尻もち着いて倒れる。
「おっちゃん、ごめん!大丈夫?!」
「おい。あんちゃん!スリだ!」
「え!?」
倒れたおっちゃんから、後ろから聞こえた青年っぽい声に振り向けば辺りはザワザワとなっていた。
「なに惚けてんだ。早く追え!」
青年が俺を見て、指で通りの先を何度も指し示す。
え~。スリにあったのって俺か!?通りを見れば、うさ耳を風に揺らすちびっ子が、壁をよじ登って店舗から店舗の屋根を飛びぬけて行くのが見えた。
その背中はすぐに俺の視界から消えて、ただ俺は呆然と逃げて行ったその先を見続ける事しか出来なかった。
「あぁあんちゃんやられたな。ありゃスラムのハッソウだ。あいつに一度逃げらえたら簡単には捕まえらんねぇぞ」
立ち上がったドウシタ店のおっちゃんが、顔に着いた油を払いながらそんな事を言う。
やっと現実を理解した俺は、慌てて肩掛け鞄を両手で探るが神殿で貰ったコインの入った布袋はどこにもなかった……。
やばい。ちょっと泣きそう。
「あぁ、あと、あんちゃんには悪いけどよ。そのドウシタの代金払えるかい?」
おっちゃんの視線の先、その下を見れば無残にも俺の歯型が付いたドウシタが砂に塗れていた。
もう口を付けてしまったものを今更、俺のものじゃないと言えない。
でも、いくら肩掛け鞄の中を漁っても一銅貨も出て来てはくれない。
「あぁ。どうすっかな。無銭飲食であんちゃん捕まえるのも酷だしな。ツケでもいいが、あんちゃん払える当てはあるかい?」
払える当て?三十路金なし仕事なしの俺に当て?
俺は三十路を過ぎたと言うのに、半泣きになりながらドウシタ店から目を離しキョロキョロと辺りを見渡す。
通りには先ほどの俺のスリ騒ぎはなんだったのかと言うほど、元のほのぼのとした雰囲気に戻っていた。
おいおい。スリ騒ぎなんて日常茶飯事って事かよ。
目に付くのは店舗を見て回る家族やカップル。
それに、猿、雉、犬……ってあいつら!?
「うお!」
俺は華麗な動きで両手を合わせて平泳ぎのような形でドウシタ店のカウンターの内側へとダイブをかます。
所謂、ル○ンダイブって奴だ。
「なんだ!?まさかお前銀貨一枚払えないからって!?」
「シッ!おっちゃん!」
「ンン」
おっちゃんの困り顔など一滴の萌え要素も含まない物は無視して、カウンターからそっと顔を出してあの桃太郎の腰ぎんちゃくたちの動向を探る。
、
「ふ~。気が付かれてはいないな」
「まったく、なんなんだよ。お前は……」
おっちゃんが右手を目に当てて天井を向いてしまう。いや、俺だってもう三十路超えてるんだから街のチンピラからこんな無残に逃げたくはないし、無銭飲食で豚箱行きなんてもってのほかだ。
なんかないか?
通りに歩いて行ったチンピラどもから、また通りの店舗へと目を向ける。
そこには、店から出て街行く人に呼び込みを掛ける店員の姿もあった。
確かに日本でもよく見た光景だし、日本だと人を集めるって事は金を生むんだよね。
「おっちゃんは呼び込みしないんですか?」
俺がそういうと、おっちゃんは困ったように頬を掻く。
「まぁ呼び込みをしたいんだけどな。母ちゃんがこれでな」
これでなって、おっちゃんは自分のビール腹の上で更にお腹を膨らませる動きをする。
あ~そうですか。ご懐妊ですか。いい歳してお盛んなんですね。
だけど一個思い付いた事がある。多分行ける筈だ。
俺はカウンターから手を離して、子供みたいに地面の砂を集めておっちゃんの前に突き出す。
「おっちゃん!俺はこれでドウシタ代払うぜ」
「はぁ?!!!」
おっちゃんはアホかこいつって顔をしているが、俺は自身たっぷりの笑顔を作る。
営業は自信なさそうにやったら、負けだ。多分。そう会社の同期が言ってた気がする。




