鉄の塊に慰められる俺
肩で息をする俺に向けられる怪訝な視線に気づかないフリをして、息を整える。
大通りには大店が軒先を構えているから、人通りは勿論の事馬車道にもなっている。
まぁ荷車を引いているのは、馬ではなく猪に近い巨大なモンスターなんだけどさ。
こんなに人目が多いとこじゃ、むやみやたらに襲って来る事はないだろう。その分、スリには気をつけんなきゃいけないけど。
俺は肩掛けの鞄を体の前に持ってきて大通りを歩く。
何回か来ているものの、毎回新しい発見ってのはあるもんだ。
さっきの三人組もそうだったが、意外にもこの街で他種族を排斥しようと言う動きが見られないのだ。
まぁ人類の共通の敵として、人を襲う魔物なんて者がいる所為って事なのかもしれないけど。
今だって、エルフとドワーフっぽい二人組が腕を組みながら歩いて俺の横を通り過ぎて行った。
グヌヌ。オレモエルフトイチャコラシタイ。
っと羨ましさに視界が歪んでいるうちに木の看板に描かれた弓のマークが見えた。
この弓のマークが冒険者ギルドの証だ。
なんでも、成り立ちは狩人の互助会かららしい。街や町の防壁を超えて人知を超えた魔を狩るって事で冒険者へと発展していったらしい。
全て、神殿の神官さんたちの受け売りな訳だけどね。
俺だって三か月で魔法も基礎だけど身に着けた。
煉瓦の壁の間には扉はなく、雨よけの為のターフみたいな布が入り口の頭上にあるだけだ。
これまた神官さんたちに聞いた小ネタだが、冒険者ギルドはテンプレ通り荒くれ者が多い為にまともに扉も開けられなくて毎回壊して入って来る為に扉がなくなって今の形になったんだと。
いやいや、都市伝説だろ、それ。
俺、喧嘩もした事もないんだよなぁ……。
自然と口の中が乾いた気がして、モゴモゴと無理やり唾液を出して口を潤す。
冒険者になって活躍すれば、一攫千金も夢じゃない。もしかしたら、可愛いエルフの彼女も付いてくるかもしれない。
意を決して、冒険者ギルドの横からこっそり近づいて、覗く。
あ。ダメだわ。
中にたむろっている人間たちを見れば、扉がないって言う都市伝説はあながち間違いではなかったのかもしれない。
中にいるのは、これでもかって使い込んだ鎧を着込んだむさくるしい男たちだ。
中には女性の姿も見えるが、目が猛禽類みたいに鋭かったり、二の腕が俺の太ももぐらいありそうな魅惑のボディーをしている。
ボクノヒロインはドコ?ソンナモンはオラン。ウン。シッテタ。
俺は、そろっと入り口から体を後退させて周れ右して歩き出した。
そうだ。出家しよう。
あの神殿に戻ろう。神官さんの犬耳に見惚れるあの生活に戻ろう。
そうしよう、そうしよう。
って、出来るか!!
あの「いい冒険者になってくださいね」って優しく見送ってくれたのに、どんな顔して帰れって言うんだよ……。
「この三か月間はなんだったんだ……」
俺は頭を抱えて悩む。
あれから行き場もなく歩き。そこそこ人通りの多い広場のベンチに座り込む。
冒険者になる為に三か月間必死に見知らぬ世界で生きて来たってのに……。
鞄も携帯電話も日本の物はなにもかも手放した。
でも、あの鋭い雰囲気の中で生きていける気がどうしてもしない。
まさに弱肉強食の世界。
仕事に生死を掛けている戦士の雰囲気だった。俺は命なんか掛けたくないんだ。
今まで、どっか夢見心地ったっだそれが一気に吹っ飛んで行ってしまった。
「そんなに落ち込んでどうしたんだ?」
「ワッ」
くぐもった声と共に置かれた硬質な感触に思わずベンチから飛びあがたって腰の杖に手を伸ばす。
だけど慌て過ぎた為に引き抜いた杖が、握りが甘く、すっぽ抜けて宙を舞う。
逃げた鰻を掴みとるように両手を伸ばすが、右手から左へ、左から右へと杖が舞い虚しく地面に落ちて視界の中をコロコロと転がって行く。
「あ~君。突然声を掛けたのは申し訳ないが、落ち着き給え」
今の気温は薄着でも大丈夫な筈なのに妙に寒々しい空気が流れる。
俺は向きたくない気持ちを押し殺して、骨がきしみ音を上げそうな速度で顔を動かす。
そこにはなぜか兜を指まで覆った手甲で掻く全身鎧の御仁が座って、こちらを見ていた。
「なにやら落ち込んで居たので少々気になって声を掛けたのだが、驚かしてしまったようだな。すまん」
「いえ、こちらも過剰に反応してしまって、すいませんでした」
かなり大柄な人物だから男性かと思いきや、声を聞けばぐぐもった中に線の細さを感じさせる女性のものだった。
「まぁ、なんだ座ったらどうだ?」
「すいません。失礼します」
俺はいそいそと落ちた杖、それに立ち上がった時に地面に着いた上着と鞄を拾いベンチに座る。
「で、すいません。どちらの鎧さんでしょうか?」
し、しまった……。鎧の印象が強すぎてリビングアーマー扱いをしてしまった。
鎧嬢はまたしても困ったように兜を右手で掻く。
「ちゃんと中には人が入っているよ。キールと言う。これでも冒険者の端くれだ」
「え!?冒険者!?」
思わず冒険者と聞き、さっき見た冒険者たちの剣呑な雰囲気が頭に過って身を引いてしまう。
失礼だった……。短い間でも良い人オーラが漂っていたじゃないか。
「あ。すいません」
「いや、いいんだ。街の外で活動する我らを恐れる気持ちは分かるよ。我らの武力は魔物を狩るが、同時に人を害する事も出来てしまうからな」
俺は慌てて口を開く。
「あ、あの実は俺も冒険者になろうと思ってて」
「ほぉ。その歳で……」
今度はこっちがメンタルを抉られる番だった。確かにこっちの人の感覚で言ったら、いいおっさんが特別な免許もないのに土木の作業員になるようなもんか。
確かに神殿では、行き場をなくした人がしょうがなく冒険者になるって言っていた気がする。
あれ?それって俺の事じゃない?
キールさんの前だって言うのに又しても頭を抱え込む。
「貴方に何があったか知らないが、冒険者になんてなるもんじゃない。街の外は強い者だけが生き残る世界だ。それは体だけじゃなく心もな」
そうだよな。そりゃそうだ。冒険者ギルドの入り口でビビってしまった俺が、野生それも魔物なんて生き物が居る世界で生きていける訳ないよな……。
「そうですね。冒険者は諦めます」
はぁ。遂に口に出して言ってしまった。
口に出して言ってみると妙に自分の中に腑に落ちる感覚があった。小説などでありふれていたチートなんて持ってない俺が、生き物を殺して糧を得るなんて出来る訳なかったんだ。
諦めるにしたってどうやって生きて行こうか……。今持っているのは、神殿でもらった当面の最低限の金に魔法用の杖。そして、神殿で身に着けた土魔法だけだ。
土魔法を駆使して、本当に土木作業員にでもなるかな。
「キールさん。土魔法は土木作業に役に立ちますかね」
「は?」
「あ。分かりました」
そりゃそうだよな。神殿で貰った杖は魔法の効果範囲が一メートル、凡そ手を伸ばした範囲程度にしか影響を及ぼせない。
「まぁなんにしても、腹が減ってはスライムにも勝てぬとは、冒険者の言だ。これを食べるといい」
多分、空間魔法って呼ばれている物だろう。キールさんの手の上には魔力を変換した時の青い光を散らして揚げ饅頭みたいな物がその手に現れた。
「ドウシタだ。一個では食べたりぬかもしれんが。食べるといい」
これは、どうした事か。この人は聖人なんじゃないだろうか。
「すいません。頂きます」
キールさんから受け取ったドウシタはまだほんのりと温かい。
どうぞ、どうぞとキールさんが手で進めてくれるので遠慮なく頂く。
「あ。美味い」
ちゃんと香辛料が効いている。神殿での食事は薄く塩味が付いているだけだったから、なんというか嬉しい驚きだ。
「はは。気に入ってくれたか。私のこの街でのお気に入りなんだ」
「神殿でやっかいになってた時の食事とは全然違います!旨い!」
「まぁ、神殿では多くの人に施しとして食事を振る舞っているからな、香辛料は簡単には使えんのだろう」
「あ。そうなんですね」
三か月間ほとんど缶詰状態で勉強したりしていたから、神殿の飯が普通だと思っていた。
俺は、本当に息つく暇も惜しいと感じる勢いでドウシタを完食して。ドウシタの熱気を口から吐き出す。
「すいません。ごちそうさまでした」
子供のように齧り付いた行動が恥ずかしくなり、俺は姿勢を正して頭を下げる。
「いや、ドウシタ一つで頭を下げて貰うなんて、こっちがなんか申し訳なるね。では、私はもう行くよ」
そういうと、キールさんは着込んだ鎧をガシャリと鳴らし、重い装備を着ているとは思えない軽い足取りで俺の前から去って行った。
はぁ。いい出会いだったなぁ。
さっきまで感じていた胸のモヤモヤが影を潜め、小さいながらも熱い希望がメラメラと沸いてくるそんな感じだ。
掌サイズの饅頭一つで、こんな思いになるなんて日本に居た時は思いもしなかった。
「よし!取りあえず歩こう」
俺にはこの世界より文明が進んだ地球の記憶があるのだ。探せば俺にも出来る何かがある筈だ。