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16/19

外伝① その後の二人



春の日差しが暖かくて気持ちのいいある日のこと。



「そっかー、アシュと結婚することにしたんだね」



ベンチの右端に座っていたケインがひょいっと顔を出した。


右手にはアイスクリームが乗ったコーンを握っており、しかも豪勢にダブルだ。



「.....うん。改めて、ごめんね。ケイン」



左端に座っていたウルが申し訳なさそうに肩を落とす。


視線の先にある自身のアイスクリームが日差しで溶け落ちそうだったので、急いで口に含んだ。


冷たくて美味しかった。



「謝ることないよー。それより、アシュとこれからも一緒にいられるんでしょ?よかったじゃん!」


「ケイン...、ありがとう...」



アイスを舐めながら、身体を起こすと、同じようにアイスに口を付けていたケインと目が合った。


ベンチの端と端に座っていた二人はお互いアイスを食べながら、しばらく見つめ合う。



「.........それは」



すると、頭上から低くて重圧的な声が振ってきた。


二人、同時に見上げる。


ベンチの中央、ウルとケインの間に座っていた大柄の男性、アシュフォードが不服げな表情で二人を見下ろしていた。



「ここでしなければいけない話なのか...」



ウルとケインはアイスを頬張ったままアシュフォードを見つめる。



「食べるのをやめろ」



居心地悪そうに声を落とすアシュフォードを尻目に、二人は構わずアイスを食べ続けていた。



「おい、いい加減に...」


「あぁぁぁぁぁぁぁーーー!!!」



突然、ケインが大声を上げたのでアシュの身体が反射的に跳ねる。


その反動でウルの身体も小さく跳ね、危うくアイスクリームを落としそうになった。



「アイスが溶けてしまってるよ、アシュフォード!!!勿体ない!!」



アシュの右手に溶けかけのアイスクリームが握られている。


眉尻を下げたケインがそれを舐め取ろうと舌を出す。



「やめろ、馬鹿。自分のを食べていろ」


「じゃあ、早く食べてよ」


「お前が無理やり持たせたんだろうが」



近付いてくるケインをアシュは左手で押し退けようとする。


しかし、思ったよりもケインの力が強かったのか中々振り払えないでいた。


久しぶりに目にする二人の攻防に、ウルは討伐時代を思い出していた。


本来なら、今日はアシュと二人で外出する予定だった。


結婚してほしいとアシュに言われてから、初めてのデートだったので、ワクワクしながら待っていたら何故かケインも一緒に来た。


お互い別々の用事で皇宮にいたところを偶然鉢合わせしたらしい。


ケインはアシュが快く誘ってくれたと言い張っていたが、心底嫌そうなアシュの表情を見て、さすがのウルでもすぐに嘘だとわかった。


別にケインは好きだし、好物のアイスクリームも食べられたからウルとしては全く問題はなかった。


しかし、アシュはケインがいることが不服なのか、しきりに帰るよう促していたが、当の本人はのらりくらりとそれを躱していた。



「さーてと、そろそろ行こうかな」



アイスクリームを食べ終えたケインが大きく背伸びをして、ベンチから立ち上がる。


結局、アシュが持っていたアイスクリームも殆どケインが食べていた。


元々いらないと突っぱねていたアシュに無理やり持たせて、最終的に自分で食べてしまったのだから本当に自由である。



「...帝都には暫く、戻って来ないのか」


「そうだねー、最近畑の様子も見れてないから、当分は来れないかなー」


「...そういうことではなく」


「大丈夫だって、ゼフィール君がいなくなった今、彼らに力は殆ど残っていないんだから」



軽やかなケインとは裏腹に、アシュは硬い面持ちだった。


何の話をしているかわからなかったので、ウルは溶ける前にアイスを食べきることに集中する。


一瞬だけ、討伐されたはずの魔王の名前が出てきたことを疑問に思ったが、あまり深く考えないようにした。



「それじゃあーね、二人の結婚式までには帰ってくるから、招待状は送ってねー」



全身を使って手を振ってくるケインにウルはアイスクリームを持っていないほうの手で振り返した。


姿が見えなくなるまでケインは何度も振り返ってきて、最後の最後まで笑顔だった。


ようやく二人っきりになったが、ウルがアイスクリームを食べ終わってないこともあり、少しの間沈黙が流れる。



「それじゃあ、わたしたちも帰ろうかー」


「...は?」



アイスも食べ終わり、満足したウルが何気なくそう呟くと、アシュが不満げに眉を顰める。



「...何のために来たと思っている」


「.....アイスを食べるため?」


「違う」



訝しげに睨まれても、今回のデートの誘いの手紙も長文で難解だったため、半分以上理解できなかったウルには皆目見当がつかなかった。


そんなウルを見下ろしていたアシュは諦めたように大きく息を吐いた。



・



「ここって...」



不機嫌なアシュに連れてこられたのは、高級店が立ち並ぶ通りにある宝石店だった。


この店は以前、アシュが贈り物をしてくれると立ち止まったが、ウルがいらないと突っぱねて素通りした店だった。


呆然と飾り窓に並べられている宝石を眺めていると、アシュが慣れたように店に入っていくので、ウルも慌てて後ろをついていく。


宝石店の中は一層煌びやかで、眩しすぎて目がチカチカしてきた。



「ようこそお越しくださいました。アシュフォード様」



店の奥から身なりの整った男性がにこやかにアシュに挨拶する。


宝石の眩しさにやっと目が慣れてきたウルはアシュの隣で店の中をキョロキョロと見渡す。



「久しぶりのご来店、誠にありがとうございます。本日は何をお探しでしょうか」


「.........婚約指輪を見に来た」



アシュがぶっきらぼうにそう告げると、男性は嬉しそうに目を細め、さらに笑みを深めた。



「ご婚約、おめでとうございます!当店は宝石はもちろん、装飾の造形にも自信がございます。アシュフォード様とご婚約者様のために、自慢の職人たちが誠心誠意お仕立ていたしますので、きっとお気に召していただけるものをご用意できるかと存じます」



一息にそこまで言った男性がアシュの左右を見渡す。



「それで、ご婚約者様はいったいどのような方なのでしょうか?」



男性の饒舌ぶりに圧倒されていると、突然肩を掴まれ、身体をアシュの方へと引き寄せられた。



「.........目の前にいるが?」



わずかに怒気を滲ませた低い声が聞こえてくる。


その瞬間、笑顔だった男性の表情がみるみるうちに強張っていく。



「も、申し訳ございません!!!まさか、こんな可愛らしい方がご婚約者様だと思いもよらず...大変失礼致しました!!!」



唐突に男性が深く腰を曲げ、ものすごい勢いで頭を下げる。


アシュが突き刺すような鋭利な視線で男性を見下ろしていた。


何故、アシュが急に苛立ち始めたのかウルにはわからない。


常人なら怯まずにはいられないほどの威圧感に男性は完全に萎縮してしまっている。


しかし、ウルは怯むことなく殺気を放ち続けるアシュに向かって微笑んだ。



「アシュー、わたし可愛いって褒められちゃった!!嬉しいなー!」


「.........そうか」



真紅の瞳が柔らかく細められる。


いつの間にか殺気がなくなっていた。


視界の端で、男性が大きく息を吐き、まるで一命を取り留めたように心底安心しきった表情をしていた。


・


目の前に並ぶ二つの指輪を見つめたまま、ウルは固まった。



「えっと、これとこれの違いって何ですか?」



恐る恐る口を開くと、男性店員が待っていたかのように得意げな顔で口を開く。



「こちらは石そのものに十分な存在感がございますので、あえて装飾を抑えた造りとなっております。余計な意匠を加えず、宝石の大きさと美しさをそのまま引き立てる品です」



大きな宝石が付いている指輪をまじまじと見つめる。


ウルの反応を確かめてから、店員はその隣にあるもう一つの指輪の前にそっと手を添えた。



「そして、こちらは先ほどのものと比べますと石は小ぶりですが、純度が非常に高く、光を受けた際の輝きは格別です。その輝きに負けぬよう、台座や腕にも細かな意匠を施しております。宝石と指輪そのもの、双方の美しさを楽しんでいただける品かと存じます」


「あ、ありがとうございます...」



とても丁寧に説明してくれているが、半分も意味がわからなかった。


それにやはりどんなに見比べてみても、ウルにとってどちらも同じようにしか見えない。


助けを求めるように隣のアシュを見上げると、真紅の瞳と目が合った。



「お前の好きにしろ」



そんなこと言われても困る。


ずっと一緒にいてくれる証をくれること自体はとても嬉しい。


しかし、別に高価な宝石が欲しいわけではないウルは困ったように指輪から視線を逸らした。


すると、そんなウルを見かねてなのか男性店員が別の指輪を目の前に差し出してきた。


前の二つのものと違って、大粒の宝石もなく、派手な装飾もないシンプルな造りの指輪だった。



「これは...」


「こちらは装飾をほとんど施しておりませんが、その分、素材には非常に質のよいものを使用しております。傷や変形にも強く、長く身につけていただくことを前提とした丈夫な造りです。どうぞ、お手に取ってご確認ください」



男性店員から指輪を受け取り、ウルは掌の上でころころと転がしてみる。


飾り気のない見た目に反して、手に乗せるとしっかりとした重みがあった。


指で表面をなぞってみても引っかかるところはなく、内側までつるりと滑らかに磨かれている。



「また、ご希望でしたら指輪の内側に、お好きな宝石を目立たぬよう埋め込むこともできます。表からは見えませんので、普段使いの邪魔にもなりません。お二人だけにわかる意味を持たせるのも素敵かと存じます」


「へー......」



指輪の内側とアシュを交互に見る。



「赤い色の宝石もあるの?」


「ございます。ルビーやレッドスピネルなど、ご希望の色合いの宝石をご用意させていただきます」


「じゃあ、これにします」



即決だった。



「かしこまりました。それでは後ほど、サイズの調整などをさせていただきます」



男性店員が店の奥へと入っていく。



「...あれで、よかったのか?」


「何が?」


「...いや、別に」



不満げに眉根を寄せるアシュは何か言いたげな様子だったが、すぐにウルから視線を逸らす。


ウルとしては気に入る指輪が見つかったから満足しているが、どうやらアシュはそうではないらしい。


好きにしろって言われたから好きに選んだのに、おかしなアシュである。


店の奥から男性店員が指のサイズを測るための器具らしきものを手に戻ってきた。


すると、アシュの口から信じられない言葉が飛び出してきた。



「......次は、結婚指輪を見せてほしい」


「えっ!?」



思わず声を上げてしまった。



「かしこまりました。少々お待ちください」



アシュの要望に応えるべく、男性店員が意気揚々とまた店の奥へと入って行った。



「ちょっ、ちょっとアシュ!!指輪ならもう選んだじゃん!!」


「さっきのは婚約指輪で、次は結婚指輪だ」


「同じ指輪じゃん!!」


「意味合いが違う」



意味合いが違っても指輪は指輪なので、そんなに何個も必要ないのではないだろうか。



「わたし、さっきの指輪ここに着けるんだよね?」



左手の薬指を見せつけるように、手のひらを大きく広げる。



「もう一個の指輪はどこに着ければいいの?」


「好きにすればいい」



淡々とした物言いに、ウルはムッとする。



「またそれ!!!だったら、もう一個の指輪はいらない!!」


「何故そうなる」



責めるような鋭い眼差しを向けられるも、ウルも負けじとアシュを睨み上げる。


二人の意地のぶつかり合いが勃発しそうな最中、控えめな声が上がってきた。



「あのー、申し訳ございません...」



いつの間にか店の奥から戻ってきていた男性店員の声だった。



「差し出がましいとは思いますが、よろしいでしょうか」



反論がなかったため、男性店員がこほんと小さく咳払いをする。



「お二人はすでに、お揃いの耳飾りを身に着けていらっしゃいますよね」



ウルとアシュを交互に見る。


ウルの左耳とアシュの右耳にはお揃いのガラス細工のピアスが光っている。



「それでしたら、婚姻の証は必ずしも指輪になさらずともよろしいのではないでしょうか」


「えっ?」


「お二人とも耳飾りをなさっていますし、対になるものをお作りすることもできます。婚約のお品はこちらの指輪に、婚姻の証はお二人で身につけられる耳飾りにされてはいかがでしょう」



突然の申し出にウルは目を瞬かせる。



「...それって、お揃いにできるってこと...?」


「はい。左右で対になる意匠にもできますし、同じ石を分けてお使いすることもできます」



討伐時代には護衛とその対象である証の対のピアス。


恋人になってからはお揃いのガラス細工のピアス。


そして、結婚してからも同じように二人だけの証をピアスとして付けられるということだ。


なんて、魅力的な提案なのだろうか。



「それがいい!!!」


「待て、勝手に進めるな」



迷うことなく選ぼうとしたウルを、アシュがすぐさま制した。


しかし、そんなアシュにウルは唇を尖らせる。



「えー、アシュは嫌なの?わたしとのお揃い」



一瞬だけ表情を強張らせたアシュだったが、すぐにバツが悪そうに視線を伏せる。


そして、ぶっきらぼうに呟いた。



「..........そんなこと、言ってない」


「じゃあ決まりだねー」



にこにこと微笑むウルとは対照的に、アシュは唇を固く結んで眉間に皺を寄せていた。


それでも右耳のピアスをしきりに触る様子には、どことなく落ち着かなさが滲んでいた。


ふと見ると、男性店員はそんな二人を眺めながら、満足そうに笑っていた。




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