↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
15/19

第十四話 そんなのでは足りない




ウルを愛しているわけではない。


何故、そんな簡単な言葉でさえ口にできなかったのか、アシュフォードは自分でもわからなかった。


そもそも、何故オクタヴィアンは自分がウルを愛しているなどという、訳のわからない結論に至ったのだろうか。


アシュフォードとしては帝国がウルを尊重せずに、ただの所有物として扱おうとした非道徳的行為が癇に触ったから異を唱えただけである。


そこにウルに対する個人的な感情などあるはずがない。


男女の関係を全て恋情として片付けようとするオクタヴィアンの見解の浅さに、不愉快さえ感じる。


書斎の椅子に深く腰掛けたアシュフォードは、組んだ足を苛立たしげに揺らす。


あの場ですぐ否定できなかったのは、あまりにも見当違いな発言に呆れて言葉を失っただけだ。


そう結論づけたのに、ささくれ立った神経が落ち着くことはなかった。


無意識に右耳のウルとお揃いのガラス細工のピアスに手を伸ばす。


すると、自然と水色頭の少女が脳裏に浮かび上がってくる。


勝手に人の頭の中に入り込んでくるなと文句を言いたくなるも、想像の中のウルに対して悪態をつくほど狭い心を持ち合わせていないアシュフォードはそのまま居座らせることにした。


それにしても、厄介なことになった。


ケインのプロポーズも帝国の思惑が絡んでいた。


あの男が、国命で動いたことにも驚かされるが、元々ケインは過去に一度ウルにプロポーズしている。


国命を機に、もう一度という可能性が高いが、今はそんなことどうでもいい。


問題はこれ以上、ウルを野放しにできないということだ。


帝国が、アシュフォードが思っていた以上に切羽詰まっていることはわかった。


今はアシュフォードとケインにのみ打診が来ているが、それも時間の問題だろう。


今後、候補者を立てぬように皇太子を説得するとオクタヴィアンは言っていたが、あの気難しい第一皇子が容易に首を縦に振るとは到底思えなかった。


早急に事を進める必要がある。


机に向き直り、紙と万年筆を用意する。


アシュフォードには今までウルの世話をしてきた責任がある。


ケインならまだしも、ウルの価値もわかっていないどこぞの馬の骨に彼女が娶られるなど受け入れられない。


だったら、まだ自分の目の届く範囲に置くほうが遥かにマシだった。


万年筆を手に取り、アシュフォードは文を書き綴り始める。


前々回はウルが頓珍漢なことを言い、前回は先客がいたせいでまだまともにウルに婚姻について話せていない。


きちんと順序立てて説明すればウルでさえ、アシュフォードとの婚姻が一番合理的だと理解するはずだ。


それでも尚、ウルがアシュフォードを選ばなかった時はーーー。


握っていた万年筆の動きが止まった。



『アシュは、いったいどんな人と結婚したいの?』



一片の陰りもない水色の瞳が頭をよぎる。


その瞬間、胸の奥から妙な落ち着かなさが込み上げてきたアシュフォードは手元の書きかけの手紙に視線を落とす。


今まで、ウルは尽くアシュフォードの理解の範疇を超える言動をしてきている。


花束を贈っても、目の前で配る。


高価なものを買い与えてやると提案しても、いらないと怒り出す。


恋人が結婚話を切り出しても、まるで自分の話ではないかのような反応をしてくる。


そんなウルに婚姻の必要性を長々と説明したところで納得するだろうか。



「.........」



アシュフォードは腕を組み、自分の文字で埋め尽くされている手紙を眺める。


暫くして、手紙を手に取ると、躊躇いがちに破り始めた。


内容も読めなくなるぐらい細かくしたら、新しく紙を用意する。


万年筆を握ったまま、真っ白な紙を見つめる。


そして、その紙に短くたった一言。


『会って、話がしたい』


とだけ書き綴った。


読み返すほどの長さもないその手紙を、アシュフォードはすぐに折りたたみ、封筒の中に入れた。


封蝋にエヴァレット侯爵家の紋章を押す。


完成した手紙を手に取るも、余計なことが頭に浮かび上がる前に従者を呼び出した。


これだけ簡単な内容なら、すぐに返事が来ると思っていた。


しかし、ウルからの返信が届いたのは手紙を出してから一週間過ぎた頃だった。



・



馬車を降りて、歩き慣れた道を進む。


アシュフォードの手には、白い薔薇が一輪だけ握られていた。


久々に面と向かって話すことになるので一応恋人として形式的に用意しただけである。


大輪の花束を渡して、また勝手に配られるのも癪なので、ウルにはこれで十分だった。


丘の上にある見慣れた建物に近づくにつれ、アシュフォードの胸がざわつき始める。


原因はわかっていた。


普段、そこにいるはずのない水色頭の少女が建物の前にいるのが見えたからだ。


遠くからアシュフォードの姿を見つけたのか、ぴょんぴょんと跳ねながら近付いてくる。



「アシューーー!!」



花が綻ぶような笑みで、今すぐにでも抱きつこうとしてくる勢いで突進してくるウルに、アシュフォードは持っていた薔薇を強く握り締める。


にこにこと微笑んでくるウルと何故か目を合わせることが出来ず、水色の瞳から逃げるように薔薇をウルの前に突き出した。



「くれるの?」


「......あぁ」



アシュフォードがゆっくりと頷くと、ウルは嬉しそうにそれを受け取る。



「ありがとう」



宝物のように薔薇を大事に見つめるウルに、息が詰まりそうになる。


結局、いくら考えても、何と伝えたらウルが婚姻を承諾してくれるのか、アシュフォードには見当もつかなかった。


しかし、このままいつまでも立ち往生しているわけにもいかず、アシュフォードは躊躇いがちに口を開いた。



「......ウル」


「ん?」



名前を呼んだだけなのに、口から飛び出しそうになるぐらい心臓が大きく跳ねた。


喉が異常なほどに渇き、言葉が出てこなくなる。



「......先日、話したことについてなのだが」



やっとのことで振り絞って出た声が震えないように、慎重に唇を動かす。



「......もしかして、結婚のこと?」



珍しくウルが、アシュフォードの意図を汲んだが、徐々に表情が陰っていく。


また、この表情だ。


結婚の話をしようとすると、ウルが明らかに表情を曇らせることに、アシュフォードの胸の奥からどうしようもない焦りが込み上げる。


またウルが見当違いなことを言い出す前に、話を進めようとしたが、何も出てこない。


その隙に、決意したようにウルが顔を上げる。



「...あのね、アシュ」



水色の瞳が真っ直ぐアシュフォードを見据える。その瞳は微かに潤んでいるように見えた。



「もし...もしね、アシュが今後、誰かと結婚しても、こんな風に会って、もらえるのかな...?」



今にも消え入りそうな、か細い声だった。


必死に笑顔を取り繕っているものの、不安が隠しきれていないウルの表情にアシュフォードの思考が鈍っていく。


何を、言われたのか理解できなかった。


アシュフォードの中では、ウル以外の女性と婚姻を結ぼうと考えたことは一度だってなかった。


なのに、何故そんなことを言う。


何故、勝手に離れようとする。


拳をきつく握り締める。



「......巫山戯るな」


「えっ」


「俺は、そんなのでは足りない」



その瞬間、アシュフォードがずっと胸の内で蓋をして押し込めていたものが一気に溢れ始める。



「ウル、お前には一生、俺の隣で笑っていてほしい」



一度、口にしたら止めることができなかった。



「たまに会えればいいなんて、そんなので足りるわけがない。俺は......」



喉が詰まる。


それでも、今度は言葉を飲み込むことができなかった。



「お前に、ずっと俺と一緒にいてほしい」



自分の口から出た言葉に、アシュフォード自身が一瞬息を止める。



「他の誰かの妻になるなど、考えたくもない。俺の知らないところで、お前が生きていくのも嫌だ」



言えば言うほど、自分でも認めようとしなかった想いが形になっていく。



「だから......俺と結婚してほしい」



一度息を呑み、それでもウルから目を逸らさず続ける。



「俺の伴侶になって、一生、隣にいて笑っていてほしい...」



ウルの力、帝国の情勢、魔族の動向など、アシュフォードにとってはそんなことどうだっていい。


アシュフォード自身がウルを誰よりも欲しているのだ。


己の願望を全て吐き出したアシュフォードは小さく息を整える。


ウルは固まったまま、瞬きもせず目を見開いている。


アシュフォードの身体が強張っていく。


口にしてしまった言葉が、重く二人の間に残る。アシュフォードは息を詰め、ウルの反応を待った。


返事を待つほんの数秒が、やけに長く感じられた。



「......いいの?」



不安げな眼差しで見上げてくるウルに、アシュフォードはもう頷くことしかできない。


すると、みるみるうちにウルの顔が明るくなっていく。



「やったーーー!!!じゃあ、アシュとずっと一緒にいられるのね!!嬉しいーーー!!!」



喜びを隠すこともなく、子供のようにはしゃぎ始めたウルがアシュフォードの周りをぴょこぴょこと跳ねる。


無邪気な姿に、アシュフォードの胸が締め付けられる。


もう自分の気持ちを抑えることができなくなり、跳ね回るウルを腕の中へと捕まえ、口付けを落とした。


小さな身体を抱き寄せると、胸の奥が満たされていく。


ウルを愛している。


たったそれだけの想いをようやく認めることができたアシュフォードは、腕の中の愛しいウルをいつまでも抱き締めた。




【完】


最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。

もし少しでもウルとアシュの物語が楽しんでいただけたのなら評価ボタンを押していただけたら嬉しいです。


本編はここまで、次からは外伝です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。