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第十三話 それでも、あなたがいい




やはり、あの時のアシュは様子が少し変だった。


表情は相変わらず見慣れた仏頂面のはずなのに、どこかいつもと違うような気がした。


何が違ったのかと聞かれても、うまく答えられる自信はない。


ただ、ここ数日、あの日のアシュを思い出すたびに胸が小さくざわついてしまう。


アシュに会えば、このモヤモヤとした気持ちも少しは晴れるだろう。


しかし、自分からアシュフォードに会いに行くにはどうしたらいいのか、ウルにはわからなかった。


いつもならアシュから手紙が届き、それに返事をすると、数日後には迎えに来てくれる。


最近は手紙もなしにちょくちょく顔を出してくれるようになったが、その度になぜかすぐに帰ってしまう。


ウルとしてはもう少し一緒にいたかったし、アシュの様子も気になる。


住んでいる場所なら、手紙のやり取りをしているので知っている。


けれど、用事もないのに突然押しかけたら嫌がられるだろうか。


約束して会う時でさえ、顔を合わせると表情を険しくさせるアシュのことだ。


さすがのウルも、何の前触れもなく家まで押しかける勇気はなかった。


だから、手紙を書くことにした。


手紙なら突然届いても迷惑にはならないし、会う約束だって出来るかもしれない。


そう思い立って机に向かったものの、いざペンを握ると手が止まった。


アシュに会いたい。


ただ、それだけを書けばいいはずなのに、なぜか紙の上に言葉が出てこない。


しばらく真っ白な紙と睨み合った末、ウルは乱雑な机の中からアシュの手紙を引っ張り出した。


参考にしようと思ったのだ。


しかし、一通目を途中まで読んだところで眉間に皺が寄る。


二通目を開いても結果は変わらない。



「......難しい」



結局、何の参考にもならなかった。


長い間机に向かっていたせいか頭まで重くなってきたので、気分転換に外へ出る。


孤児院の裏にある丘では、名も知らない水色の花が一面に咲いていた。


その花を摘みながら歩いていても、気付けばまたあの日のアシュを思い出している。



「......アシュ」



何気なく名前を口にすると、胸の奥がキュッと締め付けられた。


気付けば、手にしていた野花を強く握り締めている。



「ウルーーー!」



遠くから名前を呼ばれ、ウルは顔を上げた。


笑顔のケインが大きく手を振りながらこちらへ駆け寄ってくる。



「ケイン......」


「よかったー。孤児院を訪ねたら、いないって言われたから」



赤みがかった栗色の瞳が無邪気に細くなる。



「今日はどしたの? 何かあったの?」



最近よくケインに会うなと思いつつ、ウルが何気なく聞いた。


すると、ケインはきょとんと目を瞬かせ、首を傾げる。


その反応に、ウルも花を摘む手を止めた。



「......もしかして、ウル。僕が前に来た時、プロポーズしたの忘れてる?」


「.........あっ」



そこでようやく、先日ケインに結婚を申し込まれたことを思い出す。



「その顔、忘れてたんでしょ。もぉー、ウルったらひっどいなー」


「ご、ごめん……」



まさかプロポーズされたことを忘れるとは思いもよらなかった。



「まぁ、仕方ないかー。突然だったもんね」



しかし、ケインはウルを責めはしなかった。


真意はどうあれ、せっかくまたプロポーズしてくれたのに、ケインに対して酷いことをしてしまった。


申し訳なさで言葉が詰まる。



「今日はその返事を聞きに来たんだけど、どうしよっかなー」



当のケインはさほど気にしていないのか、あっけらかんとしている。


ウルは視線を自分の手元へと落とす。


ケインにプロポーズされたことすら忘れて、ここ数日アシュのことばかり考えていた。


アシュのことを想いながら摘んだ名も無き水色の花が風に吹かれ、手の中で揺れている。


その花を握る手に力を込め、ウルはゆっくりと立ち上がる。



「......ケイン」

 

「ん?」


「わたし...、ケインとは結婚できない」



真っ直ぐにケインを見据え、はっきりと告げた。



「わたし、やっぱりアシュのことが好き」



もう何度も口にした言葉だった。


もちろん、ケインのことも好きだ。


討伐時代、勇者という重たい肩書を背負っていたにも関わらず、誰よりも軽やかに笑っていた。


ウルにとっても憧れの存在ではあった。


そんな人に、二度も家族になろうと手を差し伸べられた。


これ以上にない幸運だということもわかっている。


それでも、ウルはケインの手を取ることはない。



「...アシュフォードとはずっとは一緒にいられないんだろう?」


「......うん。でも、それでもアシュがいい」



もうウルに迷いはなかった。


いつから、アシュに対して特別な気持ちが芽生えたのかは覚えていない。


全然笑いかけてくれないけど、会えるだけで嬉しかった。


手なんか繋いでもらえないけど、振り向くとそこにいるだけで安心した。


常に会えるわけではないけど、鏡を見るたびにアシュとのお揃いのピアスが目に入ったから寂しくはなかった。


だから、初めてアシュとキスした時にそれを忘れろと言われて、悲しかった。


アシュから結婚の話を切り出されて、心臓がぎゅっと縮こまった。


今だって、目の前にケインがいるのに、頭の中はアシュでいっぱいだ。


たとえ、アシュにとって今だけの恋人であろうと、ウルの気持ちがすぐに消えることはない。


もしお別れの時が来たら、すっごく悲しいかもしれない。


それでも、その時までアシュの隣にいたい。



「............」



ケインから返事はない。


何を言われても気持ちが揺らぐことはないと決めたウルは、じっと反応を待つ。


沈黙が流れる二人の間に、草木を揺らす春のそよ風が吹き上げる。


ケインはしばらく黙って空を見上げていた。



「んーーーーー」



突如、大きく背伸びをする。



「また、振られちゃったなー」



ケインは笑顔のままだった。



「...ごめんね、ケイン」


「えー?ウルが謝ることじゃなくない?僕が勝手に言ったことなんだし、ウルはただ自分の気持ちを正直に答えただけだよ」



断ったことへの罪悪感を軽くしてくれるために言ってくれてるのかもしれないけど、そう簡単にそれが消えることはない。


けど、目に見えて悲しそうな顔をしていないケインにウルはホッとしてしまいそうになる。


たとえそれがケインの強がりだったとしてもだ。



「...あとは、アシュフォードだけだね」


「えっ?」


「ううん、なんでもない!!」



丘から吹き上げる風にかき消され、なんと言ったのか聞き取れなかったが、ケインが笑顔で首を振る。


それと同時に、どこからかお腹が鳴る音が聞こえてきた。


遠くからお昼を知らせる鐘の音が響いてきた。



「...とりあえず、ご飯食べに行かない?ホッとしたら、お腹が空いちゃって」


「何それー」



プロポーズを断られたばかりの相手をご飯に誘うなんて何を考えているんだろう。


しかし、ケインらしくて思わず笑ってしまう。



「何、食べたいの?」


「んー、決まってない。ウルは何か食べたいのある?」


「えー、アイスクリームかな」


「アイスはデザートでしょ」



もうウルはケインの手を取って、一緒に歩くことはない。


けど、なんでもない会話をしながら、隣を歩いてご飯を食べに行くことはできる。


それでいいのだと思った。


二人はいつもと変わらない調子で言葉を交わしながら、並んで丘を下りていった。


・


その日の夜。


ランプに照らされる中、ウルは真っ白なまま放置していた紙の上に、文字を綴る。



『アシュに会いたい』



それだけ書いて、紙を折りたたみ、封筒に入れた。


次の日の朝。


朝一番に手紙を出そうと張り切って準備をしていたところへ、管理人がウル宛ての手紙を届けに来た。


見慣れた文字と印章に心を躍らせたウルはすぐさま封を開ける。


手紙にはたった一言だけ。



『会って、話がしたい』



ウルの心臓が静かに跳ねた。


いつか、アシュが他の誰かと結婚するまで一緒にいたい。


そのいつかが、すぐそこまで差し迫っているとウルはようやく気付いたのだった。




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