第九話 将来の話
「ありがとうございました」
深々と店主にお辞儀をしたウルは店の扉を閉めた。
ここもダメだったか...。
すっかり気落ちしてしまったウルが項垂れる。
少し休憩でもしようと露店が立ち並ぶ噴水広場に向かおうとすると、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「あれっ、ウル?」
振り向くと、赤みがかった栗色の髪の青年と目が合った。
「ケイン!!」
元勇者の青年、ケインが軽やかな足取りで近付いてくる。
「久しぶりだね、ウル。いつぶりだろう?」
「祝賀会が最後じゃなかったっけ?」
「じゃあ、半年以上も前か」
後ろで結っていた髪を短く切り揃えていたケインは、最後に会った時よりも少し幼く見えた。
魔王討伐における一番の功労者である勇者なのに、褒賞として提示された爵位すら断ったケインは故郷の農村に帰っていった。
確か帝都から少し離れた場所にあるって聞いたことがあるけど、正確な場所までウルは覚えていない。
「こんなところで何しているの?」
「ん?ちょっと野暮用でね。それより、ウルは何かあったのかい?いつもより元気がないね」
笑顔ではぐらかされた気がする。
しかし、ケインの言うとおり、落ち込み気味だったウルは内心どきりとした。
「ちょっとね...」
「......僕でよければ話を聞こうか」
「えっ、いいよ。ケインも用事があるでしょ?」
「んー、そうなんだけど...」
目の前にケインの手が差し出される。
「落ち込んでいるウルを放っておくほどの用事じゃないよ」
討伐中に何度も見た、不思議と人を安心させるケインの笑顔に、ウルは自然と彼の手を取っていた。
・
ケインに手を引かれて、噴水広場まで移動した。
噴水近くのベンチに座ると、ケインにちょっと待っててと言われたので、噴水をぼんやりと眺める。
すると、突如目の前にアイスクリームが突き出された。
「はい、ウルが好きそうなのを買ってきたよ」
「あ、ありがとう」
ウルがアイスクリームを受け取ると、隣に座ったケインはもう片方の手に持っていた自分の分のアイスクリームを食べ始める。
相変わらず自由だなと思いつつ、ウルも溶け出す前にアイスクリームを口にする。
ケインが選んでくれた二種類のアイスクリームは、どちらもウル好みだった。
まだ覚えていてくれたことが嬉しかったウルの表情が自然と緩む。
「それで、何があったんだい?」
自分の分を食べ終えたケインが改めて話を聞いてくる。
アイスクリームを舐めていたウルの動きが止まる。
横目でケインをちらっと見ると、笑顔で首を傾げている。
そんなケインの姿に懐かしさを感じたウルは恐る恐る口を開いた。
・
産まれてすぐに孤児院の前で捨てられたため、ウルはずっと孤児院育ちだ。
幼い頃はたくさんの姉や兄たちがいたのだが、時が流れるにつれ、気付いたら孤児院からいなくなっていた。
二年半前、ひょんなことから魔王討伐隊のメンバーに選ばれてしまったウルが討伐の旅に出ている間に、同年代の子たちも孤児院から出て行った。
いつの間にか、ウルは孤児院で一番の年長になってしまっていたのだ。
管理人はいつまでも居てくれて構わないと言ってくれているが、孤児院の経営が苦しいことをウルは知っていた。
少しでも負担を減らしたくて、そろそろ自立しなければと決心したウルは働き口を見つけようと奮闘しているのだが、中々うまくいかない。
大した才能もなく、笑顔と愛嬌だけが取り柄の小娘に仕事を任せてくれる人なんてそうそう簡単に見つからなかった。
普段なら楽観的なウルなのだが、さすがに探し始めて一週間も色んな店から断られ続けたら、凹むのも無理はない。
そんな時にケインと偶然会って、ここまでの経緯を聞いてもらう流れになったのだった。
話を全て聞いたケインは少し頭を悩ませる素振りを見せた後、不思議そうに聞いてきた。
「アシュフォードには相談しなかったのかい?」
「なんで?」
何故、ここでアシュの名前が出てくるのかウルにはわからなかった。
「あれ、君たち恋人同士じゃなかったっけ?違ったら、ごめんね」
「...恋人、ではあるけど...」
アシュと恋人同士であることと、ウルが自立しなければならないことになんの関係があるというのだろうか。
「だったら、アシュに口利きしてもらえばいいじゃないか。彼ならきっといい仕事を紹介してくれると思うよ」
思いもよらないケインの言葉にウルは目を瞬かせる。
確かに侯爵家の子息であるアシュに相談したら、すぐに解決してたかもしれない。
でも、何故かウルはその言葉にすぐに首を縦に振ることは出来なかった。
「......ウル?」
「...アシュには言わない。これは、わたしが自分でなんとかしなきゃいけないと思うから」
持っていたコーンをぎゅっと握り締めると、溶け出したアイスクリームの液体がコーンから溢れ出した。
慌ててそれを舐め取っていると、ケインが小さく笑う声が聞こえた。
「ウルなら大丈夫だよ」
赤みがかった栗色の瞳が細くなる。
「ウルを必要としてくれる人は絶対にいるから」
「......そうかな」
「うん、僕が保証するよ」
何の根拠もないケインの自信にウルは眉尻を下げて、苦笑する。
討伐時代もケインはこんな感じだったことを思い出した。
よくわからない自信で、なんでもないかのように軽い気持ちで他人の背中を押してしまう。
それで何度も痛い目にあったし、ものすごい迷惑を被ったこともあった。
でも、不思議と重かった気持ちを少しだけ軽くしてしまう力もある。
顔を上げたウルは食べかけだったアイスクリームを一気に口の中に放り込んだ。
大きく深呼吸して、背伸びして、空を見上げる。
最近、俯くことが多かったから、久しぶりに青い空を見た気がした。
「話を聞いてくれて、ありがとう。なんか、大丈夫な気がしてきた!!」
「そっか、それならよかったよ」
なんでもないかのようなケインの口調に、ウルは自然と笑みが零れる。
「ケインは変わらないねー」
「えー、そんなことないよ。ここ数ヶ月でだいぶ焼けたし、髪も短くなっただろ?」
「そうだけど、そういうことじゃないよ」
ウルの言っていることが理解できないのか、ケインが首を傾げる。
その姿に急に気が抜けてしまったウルは吹き出してしまった。
首を傾げたままのケインだったが、最終的にウルの笑い声につられて、たぶん何も理解していないまま一緒に笑い始めた。
討伐時代に戻ったみたいだった。
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「本当に、用事は大丈夫なの?」
「いいの、いいの。別に大した用でもないから、明日でもいいかなって。あっ、これウル好きそうじゃない?」
軽く返事をしたケインが並べてある商品の中から、一つ選ぶ。
噴水広場で臨時市場が開催されていたので、ケインに手を引かれ、見に来ていた。
わざわざ帝都まで来たというのに、大したことのない用事とは一体なんなのだろうと、一瞬疑問が頭をよぎった
しかし、ケインがあっけらかんとした態度だったため、ウルもすぐに気にすることをやめた。
ケインが選んだのは雫型に飾りが施されたピアスだった。
「ウルは瞳も髪の色も水色だから、水っぽいモチーフのものが似合うよね」
「適当過ぎない?」
「でも、好きだろ?」
「うん」
適当だけど、的を外さないケインの言葉に頷く。
すると、ケインの視線がウルの左耳に注がれているのに気付いた。
「新しいピアスだね。ウルが選んだの?」
「うん、そう。アシュとお揃いなの」
一瞬だけ驚いたように目を丸くしたケインだったが、すぐに笑顔に戻る。
「そうだったのか。よく似合ってるよ」
「ありがとう」
素直にウルがお礼をすると、ケインは持っていたピアスを元の場所に戻した。
「そういえば、アシュフォードとはどうだい?」
「どうって?」
「うまくやってるのかい?」
「うん、アシュと一緒にいると楽しいよ」
ウルが満面の笑みで答える。
「相変わらず何考えてるかわかんない仏頂面で、なんかずっと不機嫌だけど、それでも一緒にいてくれるのすっごく嬉しい」
「そっか...。ウルはアシュフォードのことが好きなんだね」
「うん、大好きだよ」
ウルは、アシュフォードが好き。
その気持ちに偽りはなかった。
でも、きっとずっと一緒にいることはないだろう。
初めてキスをした時にアシュに忘れろと言われたことがまだ忘れられない。
思い出すたびに胸がきゅっと締め付けられるから、あまり考えないようにしていたのにまた思い出してしまった。
急に静かになったウルに、ケインはそれ以上アシュとのことについて何も聞いてはこなかった。
「そういや、ウル。聞いてよ、ついこの間さ」
すぐに別の話題を口にするケインに内心ホッとした。
胸の痛みを誤魔化すように大袈裟にケインの話に反応し、その日は久しぶりに馬鹿みたいに大笑いした。
・
偶然、ケインと街で会った数日後。
珍しく約束もないのに、アシュがウルを訪ねてきた。
相変わらず仏頂面で、たまたま孤児院の前を通りかかっただけだと何度も念押しされたが、アシュに会えてウルは純粋に嬉しかった。
いつものデートのように高そうなお店に連れてこられた。
目の前で美味しそうな焼き菓子が並べられていくのを眺めていると、正面に座るアシュがウルをいつも以上に睨んできている。
今日もアシュの不機嫌は絶好調だな。
すっかり不機嫌なアシュに慣れきってしまったウルはいい香りが立ち込めるティーカップに口をつける。
「.............け、結婚のことについてなのだが」
ずっと、への字に曲げていたアシュの口が突然開く。
その瞬間、温かい紅茶を口に含んだはずなのに、ウルの心臓がゆっくりと冷えていく気がした。




