表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
50/70

第50話:外部恋愛アドバイザーの招聘

 ドンドンと、校庭から地響きのような重低音が響いてくる。


 文化祭の最終日。夕暮れを迎え、お祭りの締めくくりである後夜祭が始まっていた。スピーカーから流れる大音量のダンスミュージックと、キャンプファイヤーを囲む生徒たちの狂乱じみた歓声。


 そんな喧騒から逃れるように、僕と美鈴は、特別棟へと続く誰もいない渡り廊下に身を潜めていた。


「ふぅ……さすがに疲れたな」


 廊下の窓枠に背中を預け、校庭の賑やかな明かりを眺める。模擬店の片付けや物品の搬出など、一日中動き回っていたせいで足が棒のようだ。


「脆弱ね、高丘くん。たかだか数万歩の歩行と軽作業で、そこまで肉体リソースを消耗するなんて、日頃の基礎代謝の設計を見直すべきだわ」

「普通は疲れる運動量ですよ、それは。むしろ天ノ川さんはなんでそんなに平気そうなんですか?」

「……楽しかったから、かしら」


 彼女はそう言って微かに頬を染めた。

 

「私は、昨年は文化祭なんて参加する意義が見出せなかったから学会出席だとか適当な理由をつけて断ったの。今年、初めて参加してみたら想定以上に楽しかったわ」

「それは良かったです」

「これも、君と一緒だからよね」


 そう言いながら、僕のすぐ隣に立っている美鈴。制服のブレザーの袖を少し余らせ、いつものようにツンと澄ました横顔を見せている。だが、その距離は明らかに近かった。


 肩と肩が触れ合うどころか、彼女の着ているブレザーの生地が、僕の腕にずっとぴったりと密着している。


 先日、タワーマンションのリビングでお互いの『恋心』を証明した僕たちは晴れて恋人同士になった。まだどうにも現実味がない。なんだか常にふわふわと浮いているような心持ちがする。あの夜、美鈴にキスをされ、彼女の唇が触れた頬がいまだに熱を帯びているような気さえした。


 付き合い始めてからというもの、美鈴は行動の端々に不器用な甘えが隠しきれなくなっていた。


「天ノ川さん。契約書の追加規約では僕の半径二メートルは天ノ川さんに占有権があるってなってましたけど、これ二メートルどころかゼロセンチメートルなんですけど……」

「規約違反は起きていないわ。校内における君のパーソナルスペースの占有権は、私が最優先で保持しているのだから、距離がゼロであろうとマイナスであろうと、私の論理的自由よ」


 耳の付け根を少しだけ赤くしながら、美鈴は絶対に離れようとしない。規約という名の建前を盾に、僕を独占したくてたまらないのが丸わかりだった。僕から追加しようと言い出した規約ではあるが、こんな風に悪用されるとは思ってもみなかった。というか、そもそもあの追加規約は付き合い始めた段階で効力を失効するという話だったような、などと考えていると――。


「高丘くん。こんなところにいたんだ!」


 その時、渡り廊下の向こうから、クラスの女子である渡辺が、僕を見つけて手を振りながら走ってきた。


「後夜祭、今からフォークダンスが始まるって! 高丘くんも校庭に行こう――」


 彼女が僕の元へと駆け寄ろうとした、その刹那。美鈴が、まるで猫が縄張りを守るかのような素早さで、すっと僕の前に立ちはだかった。その瞳には、かつての『絶対零度』をさらに鋭利にしたような、猛烈な拒絶の光が宿っている。


「――お断りよ。これ以上のノイズの割り込みは、現在のタスクプロセスの重大な遅延を招くわ」

「えっ、天ノ川さん……?」


 美鈴の放つ凄まじい威圧感に、渡辺が一瞬で硬直する。美鈴は彼女を見下ろすと、傲然ごうぜんと言い放った。


「本資産は現在、私の専属エスコートプロトコル中よ。他個体が彼の時間リソースをこれ以上占有することは、我が家のセキュリティ規約が許可しないわ。速やかに退散しなさい」


 科学的ワードで武装された、あまりにもストレートな「私の男に触るな」という警告。渡辺は歩みを止めると薄く微笑んだ。


「……高丘くんと天ノ川さんって付き合い始めたの?」

「そうよ」


 僕が何か言おうとする前に美鈴に即答された。渡辺は小さく頷きながら僕の方に視線を向ける。


「そうなの、高丘くん?」


 僕は覚悟を決め、緊張した面持ちで答えた。


「……うん。付き合い始めたよ、僕たち」


 渡辺は大きく溜息をついてその場にしゃがみ込んだ。


「あーあ、最悪。これじゃあ、私、ただの当て馬じゃん。本っ当、バカみたい」


 なんだか妙な雰囲気だ。今の渡辺からはどこか危うさすら感じる。彼女は美鈴の方にくるりと向きを変えた。


「……ちょっと天ノ川さんと二人で話したいな。いい?」

「構わないわ。彼もこの場にいてもいいでしょう?」

「うん。むしろ高丘くんにもいてもらいたいかも」


 僕の目の前で交わされる女子たちの会話。いったい何が始まろうとしているのかまるで検討もつかない。


 渡辺は立ち上がると美鈴に詰め寄った。


「……私ね、あなたのこと大嫌いだったんだ。喋り方は偉そうだし、愛想も悪いし、私たちのことをバカだと思って見下してる感じするし、私の名前すら覚えようとしないし。話してるとムカついてしょうがなかったんだよね」


 美鈴はその言葉を聞いて目を細めた。渡辺は構わず話し続ける。


「あなたってなんでも持ってるでしょ。頭も良いし、見た目も可愛いし、お金持ちだし。私さぁ、家も普通だし、顔もそんな可愛いわけでもないし、テストの成績は平均点よりちょっと悪いくらいだよ。でも、恋愛でならあなたに勝てるんじゃないかって思ったんだよね」


 渡辺はにっこりと笑って言う。


「高丘くんにちょっかいかけたのはそれが理由。ちょっと気になってたってのはあるけど、ほとんどはあなたへの当てつけ。結局それも無駄だったけどね」


 聞いているだけで胸の奥が痛くなってきた。彼女がそんな理由で僕に近づいてきていたなんて思いもしなかった。


「渡辺さん。君は……」


 僕が口を挟もうとすると美鈴が軽く手を挙げてそれを制した。


「高丘くん、君は何も言わないで。これは私と彼女の問題よ。もし私が熱くなりすぎているようだったらその時は止めてちょうだい」


 彼女にそう言われると黙るしかない。僕は一歩下がった位置から二人を見守る。


「渡辺女史。君が言ったことは確かに正しい点もある。けれど、いくつか間違いもあるわ。指摘させてちょうだい。まず私はなんでも持っているわけじゃない。君の言うように恋愛のことはまるで何も知らないし、社会的な常識に関しても欠如していることが多い」


 美鈴の反論を黙って聞いていた渡辺はやがて不敵に笑った。


「……私の名前、やっと覚えたんだ」

「これだけ個体名を聞く機会が多ければ嫌でも覚えるわ」

「私の名前、渡辺小幸わたなべこゆきだから。二度と忘れないでね。」

「それは保証できない。必要性があれば覚えるし、リソースの無駄だと思えば忘れるわ」

「クソムカつくな。高丘くん、あなた助手なんでしょ? こいつに常識ってやつを教えておいてよ!」


 唸り声をあげる彼女を僕は必死になだめる。


「渡辺さん、こんなことで腹を立てていたら天ノ川さんとは付き合えないから……」

「別にこんなやつと付き合いたいわけじゃないんだって!」

「渡辺女史。話を続けてもいいかしら」

「まだ何かあるの!?」


 声を荒げる渡辺に向けて美鈴はピンと指を立てた。


「二つ目の指摘よ。君は自分の行為が全て無駄だったと言ったけれど、そんなことはない。君が高丘くんにアプローチをかけたことによって私はかなり荒れたし、高丘くんに八つ当たりだってしたんだもの」


 さっきまで腹立たしそうにしていた渡辺はスッと真顔になり、それから愉快そうに笑った。


「……荒れた? あなたが?」

「ええ、そう。荒れたわ。高丘くんに冷たく怒鳴り散らしたし、髪をかきむしったし、みっともなく泣きじゃくったりもしたわ」

「うわ~。見たかったなぁ、それ!」


 手を叩いて喜ぶ渡辺。彼女を見ていると徐々に恐ろしくなってきた。このクラスメイトの女子は明るくて優しい良い人だとばかり思っていたのだが、もしかするとそんなことはないのかもしれない。


「うん、その話を聞けただけで十分。私の地味なアプローチにもちゃんと効果はあったんだね」

「効果があったどころじゃないわ。もしも君が意図的にこの事態を引き起こしたのであれば私は君に対する評価を改めないといけない。今までこれほど効率的に私を追い詰めた相手はいなかったわ、渡辺小幸」

「だ、だからそういう難しい言い方はやめてよ。結局何が言いたいの……?」


 美鈴の瞳に冷たい光が宿る。


「これを言語化するのは私のプライドに差し支えるけれど……あなたも本心をさらけ出してくれたものね。言うわ」


 美鈴は渡辺の方へと一歩踏み出す。


「渡辺小幸。私は、君に少し憧れていたし嫉妬もしていたわ。君の言う通り、私は恋愛の分野においてはどうあがいても君には敵わない。私は、手作りのお菓子なんて作れないし、君みたいにクラスの男子と普通に会話をしたり、何気なく遊びに誘ったりなんかもできないもの。ここしばらくずっと――私は、君が羨ましくて仕方なかったのよ」


 真っ直ぐな言葉を投げかけられ渡辺はたじろいだ。


「あ、あなたが……? 私に……!?」

「当たり前でしょう。でなきゃ高丘くんを君に取られると思って本気で焦ったりなんかしないわ」

「い、いやいやいや! 嘘でしょ!?」

「私は意味のない嘘なんてつかないわ。そんなの非合理的だもの」


 先ほどまで計算高い笑みを浮かべていた渡辺が一気に狼狽する。


「いやいや……待って。そんなことを私に言ってどうするの!?」

「君に対する私の評価を言語化しただけよ。どうも君は自分自身の価値を不当に低く見積もっているようだから。ついでに否定しておくけれど、会話した所感から言って君の知能レベルは決して低くないし、見た目だってすごく可愛いと思うわ」

「は……?」

「君には利用価値がある――ああ、こういう言い方は良くないわね。また君を怒らせてしまう。……私は、君からは大いに学ぶことがあると、そう思っているわ」

「ほ、本当に何を言ってるの!?」


 理解が追いつかないのか、視線を泳がせる渡辺。


 無理もあるまい。美鈴の脳内ではロジックが成立しているのだろうが、言い回しが不器用すぎるのだ。


 付き合いの長い僕は、彼女の言いたいことをなんとなく察した。美鈴は、渡辺のどこかしらに好感を抱き、お近づきになりたいと思っているのだ。普通ならば「今回の件は水に流すから友達になろう」とでも言えば済むのだが、美鈴に任せればこの通りの遠回しな言い方になってしまう。


「……あの、天ノ川さん」


 よし、ここは僕が助け舟を出してやろう。そう思い、口を開いたのが――。


「高丘くん、君は黙っていてと言ったはずよ。ここからが本題なんだから」

「はい、すみません……」


 割って入ろうとした僕は呆気なく一蹴された。自分の無力さが恨めしい。美鈴はいったい何を言い出すつもりなのか。無性に嫌な予感がする。


 渡辺は今なおわけが分からずに目を白黒させていた。対する少女――天ノ川美鈴は、真剣な顔で、だがどこか切実な響きを込めて言い放つ。


「渡辺小幸。……君、私の外部恋愛アドバイザーになりなさい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ