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第4話:魔窟浄化!本気の家事を見せてやる

 契約完了の翌朝。僕は支給されたばかりの新品のエプロンを締め、戦場――もとい、リビングの中央に立った。


「さて……やるぞ」


 美鈴は「午前中は大学のオンライン講義がある」と言い残し、ヘッドセットを装着してモニターの山に引きこもっている。


 まずは、この惨状の仕分けだ。


 ゴミと、財産を分ける。まあ、一見すると全部ゴミだ。だが、数式が書かれた紙切れ一枚が数億円の価値を持つ可能性があるのがこの部屋の恐ろしいところである。


「春崎さん、このあたりの書類はどうします?」

「それは先生が昨夜『もう証明が終わったから要らない』とおっしゃっていた束ですね。シュレッダーで構いません。……というか、高丘くん。本当に一人で大丈夫ですか?」


 僕が業務委託契約書を交わしてからというもの秘書の春崎は美鈴だけでなく僕に対してまで敬語を使うようになった。律儀な人である。僕はそんな彼女を安心させるように力こぶのジェスチャーを作ってみせた。


「任せてください。これでも掃除のバイトで、ゴミ屋敷の清掃は何度も経験してますから」


 僕はまず、最新式の業務用大型掃除機を起動した。


 この部屋にある家電はどれも最高級品だ。人工知能を搭載した自動洗浄機に、超音波で汚れを落とす洗濯乾燥機。


 だが、どんなにいい道具も使い手がいなければただの箱だ。僕は最高級の家電を駆使し、効率の化身と化した。


 床に散乱していた衣類を、素材ごとに分けて次々と洗濯機へ放り込む。


 次に、山積みのコンビニ容器を分別。部屋中に充満していたえた匂いの原因を、酵素分解洗剤で根こそぎ消臭していく。


 台所では、最新式のスチームクリーナーが火を噴いた。一ミリの油汚れも許さない。ステンレスを鏡のように磨き上げ、高級ブランドのグラスをミリ単位の狂いもなく棚に並べる。


 数時間が経過した。最後に、空気清浄機を最大出力で回し、遮光カーテンを勢いよく開ける。


 ――午後二時。


 講義を終えた美鈴が、ふらふらと自室から出てきた。


 彼女は廊下の角を曲がったところで、ピタリと足を止める。


「……え?」


 美鈴の瞳が、驚愕で見開かれた。


 そこには、朝までの地獄が嘘のような、一流ホテルのスイートルームが広がっていた。


 大理石の床は外の陽光を反射して輝き、乱雑だったホワイトボードは綺麗に整理され、空気は高原の朝のように澄み渡っている。


「高丘……くん。……部屋を、間違えたかしら? 座標がズレた? それとも、私の視覚野にバグが……?」

「あなたの部屋で合ってますよ。掃除が終わったので、ご飯にしましょう。お腹空いてるんじゃないですか?」


 僕はキッチンから、ほかほかの湯気が立つトレイを運んできた。


 遅めの昼食は、和風ハンバーグ膳。


 自家製の和風ソースが絡んだ肉厚のハンバーグ。出汁をたっぷり含んだだし巻き卵、そして艶やかに炊き上がった白米と、豆腐とわかめの味噌汁。


「……何、この色彩設計。計算され尽くした黄金比だわ」


 美鈴は誘われるように、ピカピカに磨かれたダイニングテーブルについた。


 綺麗になった部屋。清潔な椅子。そして、目の前にある温かい食事。


 彼女は恐る恐る箸を手に取り、まずは味噌汁を一口(すす)った。カチリ、と。彼女の体の中で、何かが噛み合うような音が聞こえた気がした。


「……っ」


 次に、ハンバーグを口に運ぶ。肉汁が溢れ、大根おろしと大葉の香りが彼女の鼻腔を抜ける。


 美鈴はそのまま数秒間、目をつぶって動かなくなった。


「天ノ川さん……?」

「……異常事態だわ。この部屋の酸素濃度と、君の作った料理のグルタミン酸……。それらが私の脳に及ぼすリラックス効果が、予測値を大幅に超えている」


 彼女は頬を赤らめ、視線を落としたまま、消え入りそうな声で呟いた。


「……美味しい。……高丘玲於奈たかおかれおな、君の家事効率……そしてこの味。……百点満点中、五億点よ」


 それは、初めて聞く彼女の素直な『感情』だった。


 外の世界では天才と崇められる少女が、今はただの、美味しいご飯を食べて喜ぶ一人の女の子に見えた。


「すっごい点数オーバーしてますけど。でも、よかったです」


 僕は少し照れ臭くなって、自分の分の茶碗を手に取った。


 一人きりで食事をしていた、あの冷たい夜のことは、もう思い出さなくていいような気がした。


 だが、その穏やかな空気は、翌日の学校で一気に緊張感を帯びたものに変わることになる。

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