表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/34

第33話:フリーライドの禁止命令 、あるいはカップル疑惑

 ふっくらと焼き上がったハンバーグに、艶やかな特製デミグラスソースがたっぷりと注がれる。付け合わせのブロッコリーと粉ふき芋の色彩バランスも完璧だ。


「できたよ。熱いうちにお皿に盛り付けてね」

「お、おおお……! なんだこれ、洋食屋の厨房から出てくるクオリティだぞ……!」


 長谷川たちが震える手で皿を並べていく。


 彼らは既に、僕のことを『美鈴のパシり』ではなく『調理の神』を見るような崇拝の目で見つめていた。


 だが、その圧倒的なビジュアルと、調理実習室全体を制圧せんばかりの香ばしい匂いは、我が四番テーブルだけに留まってはくれなかった。


「ちょっと、四班のハンバーグ、見た目からして異次元なんだけど……!」

「ねぇ、高丘くん! うちの班のフライパン、なんか焦げ付きそうなんだけど火加減見てもらえたりしない!?」

「高丘くんってこんなに料理できたんだ!? あのソース、何入れたらそんな良い匂いになるの? こっそり教えて!」


 気づけば、隣の班、そのまた隣の班から、エプロン姿の女子生徒たちが次々と四番テーブルの周りに集まってきていた。


 質問攻めにされながら、僕は「あ、火は弱火に落とした方がいいよ」「ソースには隠し味で少しマヨネーズと赤ワインを……」と、手際よくアドバイスを返していく。


「オイオイオイ……」


 長谷川が肉汁の溢れるハンバーグを口に運びながら、戦慄した顔で呟いた。


「これが噂に聞く『ギャップ萌え』ってやつか……? あの地味だった高丘の周りに、女子たちの防衛線が形成されていく……! これが高丘のモテ期……っ!」

「いや、勝手に人をモテ期にしないでよ。ただ料理のコツを聞かれてるだけだから……」


 そうツッコミを入れていると隣の班の女子が声をかけてくる。


「高丘くんの班のハンバーグ、一口味見していい?」

「いいよ、渡辺さん」

「ありがと。私の班で作ったやつも少しあげるね」


 彼女が小皿を手に、椅子を寄せてくる。


 ――その時だった。


 賑やかだった調理実習室の温度が、一瞬にして、文字通り『氷点下』まで急降下した。


 コツ、コツ、と上履きが床を叩く、妙に規則正しく重苦しい足音。女子生徒たちが「ひっ……」と小さく息を呑んで左右に割れる。


 人混みを割って堂々と乱入してきたのは、自分の班で一人分の完璧な――けれど完全に味気ない精密な形状のハンバーグを作り終えたばかりの、天ノ川美鈴(あまのがわみすず)だった。


 美鈴は集まっていた女子生徒たちを、一ミリの慈悲もない絶対零度の視線でギロリと威圧する。そして、僕の前に仁王立ちで立ち塞がった。


「そこまでよ、他個体」


 鈴を転がすような美声。しかし、そこに込められた冷徹さは刃物のようだった。


「彼の調理スキルおよび労働力は、私が月給五十万円という破格の対価を支払って独占契約を結んでいる重要リソースよ。君たちが対価を支払うこともなく、その有能さに不当にタダ乗り(フリーライド)することは、知的財産および契約不履行の観点から断じて許されないわ」


 腕を組み、冷酷極まる口調でクラスメイトたちを言い負かす学園の氷姫アイスドール


 あまりのプレッシャーに耐えかねた渡辺が、震える手で自分の小皿を差し出した。


「あ、あの、天ノ川さん……? もしよかったら、これ、食べます……?」

「栄養素を摂取したくてここまで来たわけではないけれど……。配慮には感謝するわ、名もなき個体」

「渡辺さんです! 彼女、名前ありますからね!」


 僕のツッコミを無視して、美鈴は皿を受け取ると、綺麗な焼き色のついたハンバーグを箸でつまんだ。肉汁の溢れ出るハンバーグが、彼女の小さな唇へと運ばれる。


 パクリ、と美鈴がそれを口に含んだ。


 調理実習室の全員が、固唾を呑んでその瞬間を見守る。あの冷徹無比な氷姫が、地味な男子生徒の料理にどんな鉄槌を下すのか、誰もが緊張していた。


「……っ!」


 ハンバーグを噛み締めた瞬間、美鈴の身体がピクッと震えた。


 そして――。


 いつもは冷たく凍りついているはずの彼女の瞳が、まるで満天の星空を閉じ込めたかのように、キラキラと、信じられないほどの輝きを放ち始めた。


 そのあまりにも幸せそうな食べっぷりに、調理実習室中のクラスメイト一同は完全に呆然としていた。


「……天ノ川さんってあんなに嬉しそうにご飯食べるんだ」

「なんか普段のイメージとちょっと違うね……」

「っていうか、高丘くんにめちゃくちゃ距離近くない……?」


 ざわざわ、と教室内の温度が別の意味で上がり始める。


 美鈴は無自覚なのだろうが、僕のすぐ隣にぴったりと身体を寄せ、ほとんど肩が触れ合う距離で食べているのだ。学園の氷姫が、一人の男子生徒のパーソナルスペースに自ら侵入している。この異常事態に、ギャラリーの動揺は広がる一方だった。


「……天ノ川さん、ここ学校ですよ!」


 僕は体を小さくのけぞらせ、小声で必死にたしなめめる。


「他個体の主観など、私の目的関数には影響しないわ」


 そう言いつつ彼女も我に返ったのか気まずそうに視線を逸らした。


「……ほら、高丘くん。私の班の調理器具の洗浄がまだ終わっていないわ。私のリソースを他人に分け与えている暇があるなら、速やかに私の班の食器洗いを手伝いなさい。これは業務命令よ」


 有無を言わさぬ女王様モードの宣告だが、先ほど恍惚とした表情を見せた後ではどうやっても無理がある。


「天ノ川さんのさっきの怒った声ってもしかして嫉妬……?」

「二人って付き合ってるのかな……?」

「でも、前は確かライフマネージャーって言ってたような……」


  周囲の生徒たちからの視線は、羨望と疑惑が入り混じった強烈なものに変わっていた。


 長谷川に至っては確実に疑念を抱いているようだ。


「高丘……お前、天ノ川さんとマジでどういう関係だよ……! 前はなんとかマネージャーって言ってたけど、あれから絶対になんかあっただろ! 距離感おかしいぞ!?」


 僕は慌てて否定しようとしたが、それよりも早く美鈴があっけらかんとした口調で言い放った。


「あれから、というのは君が学校内で高丘くんに不要な疑惑をぶつけてから、という意味でいいかしら。そうね、それからの期間であったことといえば……同じベッドで寝たわね」

「天ノ川さん!?」


 周囲の生徒たちが一気にざわつく。


「あとは、そうね。寝込みを襲われたりもしたかしら」

「天ノ川さん!? ここ学校! というか、あれは誤解だって言いましたよね!? むしろ天ノ川さんが襲わせようとしてきてたじゃないですか!」


 周囲のざわつきがさらに大きくなる。


 美鈴はゆっくりと僕を見上げた。エプロンの隙間から覗く首筋や耳の裏が苺のように真っ赤に染まっている。


 なぜここに来て急にそれほど恥ずかしがっているのだろう。僕が不思議がっていると彼女は言った。


「……高丘くん。君、自分でとんでもないことを言っているのに気づいてる?」


 自分の発言を思い出す。さっきは咄嗟に言い返したが、あれではまるで彼女に誘われたからその勢いで襲ってしまいましたと受け取れるような――。


「あっ……。えっ!? あっ!?」


 慌てて周囲を見渡す。周りの生徒たちの視線は急に学校で惚気のろけ始めたバカップルを見守るような生温かく気まずいものに変わっていた。長谷川に至っては顔面が蒼白になっている。


 僕の背中を一気に冷や汗が流れていた。


「違う! 本当に違うんだって、みんな!!」


 なんとか疑惑を晴らそうと声を荒げた時、担任が手を叩く音が響いた。調理実習室が一気に静まり返る。


「……高丘くん。天ノ川さん。ちょっと職員室に来てくれるかな?」


 背筋が凍る。担任のあれほど冷たい声を聞いたのはこのクラスになってから初めてのことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ