第24話:フィールドワークは想定外のドレスコードで
土曜日の午前、朝食の片付けを終えたばかりの僕に、リビングのソファに座った美鈴が告げる。
「……というわけで、本日は生活環境のさらなる最適化に向け、郊外の大型商業施設へのフィールドワークを敢行するわ。高丘くん、速やかに身支度を整えなさい」
フィールドワークだの最適化だのと仰々しい言葉を並べているが、要するに「買い物に行こう」ということだろう。
「モールですか。確かに、あそこなら日用品からインテリアまで何でも揃いますけど……。天ノ川さん、出かけるならパジャマのままじゃダメですよ。ちゃんと服は着替えてくださいね」
「私を何だと思っているの」
「パジャマの上に白衣を羽織るのは着替えたうちには入らないですからね」
「当たり前のことを言わないでちょうだい。衣服の選定も既に完了しているわ」
美鈴は小さく鼻を鳴らし、自分の部屋へと戻っていった。
僕はクローゼットから適当なチノパンと白シャツを引っ張り出し、着替えを済ませる。念のため洗面所に寄って眉毛と髪を整えてから玄関で待った。
これまで美鈴との外出といえば、近所のスーパーへの買い出しが数回あった程度だ。あの時はお互い制服だったが、休日のモールとなればさすがに私服になる。
「お待たせ、高丘くん。待機時間を十分未満に抑えた私の手際を評価してほしいわね」
パタパタと廊下を歩いて玄関に現れた美鈴を見て、僕は思わず言葉を失った。
「……天ノ川さん、それ」
「何よ。衣服の色彩心理学および、長距離移動における疲労度軽減の観点から導き出した、極めて機能性を重視したドレスコードよ」
美鈴はツンと澄ました顔で、自分の服装を指差した。
ふんわりとしたオフホワイトのサマーニットに、落ち着いたネイビーのロングスカート。いつもは雑に結ばれている銀髪も、今日は綺麗にハーフアップにまとめられ、小さなリボンがあしらわれている。普段のパジャマ姿や、学校での冷徹な制服姿とは明らかに違う、少し大人っぽくて、文句のつけようがないほど可憐な『休日のお嬢様』の姿がそこにあった。
「……いえ、すごく似合ってます。機能性重視にはあまり見えないですけど」
「主観的な感想は不要よ。それより、君のその服装は何よ。あまりにも平均的というか、規格量産品のようなコーディネートね……。でも、まあ、私の隣を歩く最低限の清潔感は満たしているから、今回は合格点にしてあげるわ」
美鈴は早口でそうまくしたてると、ふいと顔を背けて先にドアを開けた。最近になってようやく分かってきたが、彼女がこういう偉そうな言い方をする時はだいたいが照れ隠しなのだ。
背を向けた彼女の耳の裏が、ほんのりと赤くなっているのを僕は見逃さなかった。どうやら、自分の私服姿を見せるのも、僕の私服姿を見るのも、彼女にとってかなり動揺する出来事だったらしい。
***
電車を乗り継いで約三十分。
到着した郊外の巨大ショッピングモールは、週末ということもあって凄まじい熱気に包まれていた。
色とりどりのショップ、響き渡るBGM、そして何より、手をつないで歩くカップルや、小さな子供を連れた家族連れの多さに、僕は少し圧倒されてしまう。かつて孤独に飢えと戦っていた僕にとって、こうした絵に描いたような幸せの空間は、どうにも気後れする場所だった。
「……高丘くん、遅いわよ。人流の波に飲まれてはぐれる確率は、現在の混雑度から計算して二十八パーセントよ。しっかり私の座標に追従しなさい」
「うん、ごめん。……それで、まずはどこに行くんですか?」
「あそこよ」
美鈴が細い指で指し示したのは、フロアの奥にある有名な大型インテリアショップだった。入り口には、お洒落なリビングやベッドルームを再現したディスプレイが並び、多くの幸せそうな男女が品定めをしている。
一歩、そのエリアに足を踏み入れた瞬間、ディスプレイの『新婚生活向け』という文字が目に飛び込んできて、僕の心臓が一瞬跳ねた。
「あの、天ノ川さん。ここって、その……結構そういう、家族向けというか、部屋作りの店ですけど……」
「それがどうしたというの?」
たじろぐ僕とは対照的に、美鈴は不敵に、そしてどこか楽しげに口角を上げてみせた。
「ここが今回の実験場ね。私の計算を具現化するわよ。さあ、行きましょう、高丘くん」
「ち、ちょっと待って! いったい何をする気なんですか、天ノ川さん!?」
少し大人びた私服に身を包んだ天才少女は、輝くような瞳で、僕の手を引くようにして賑やかな店内へと突き進んでいった。




