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第25話:同一規格(ペアアイテム)の合理性

 店内に進む美鈴の後ろ姿を追いかけながら、僕は呟いた。


「……てっきり、最新の人間工学に基づいたオフィスチェアとか、そういう機械的なものを見に行くんだと思ってましたよ」


 だが、彼女が迷いのない足取りで進んでいくのは、ガジェット類や書斎家具のコーナーではない。色とりどりのキッチン用品や、柔らかな生地が並ぶ生活雑貨のエリアだった。


「浅薄ね、高丘くん。ワークスペースの最適化は既に自宅で完了しているわ。今、取り組むべきは、共有スペースにおけるマクロな効率化よ」


 美鈴はそう言いながら、棚の一角でピタリと足を止めた。彼女の視線の先にあるのは、陶器特有の温かみがある、シンプルなデザインのマグカップ。


 一つは淡いサクラ色、もう一つは落ち着いたシックなネイビー。あからさまに色違いのペアアイテムとしてディスプレイされている製品だ。美鈴はそれを両手に一つずつ手に取り、大真面目な顔で僕に突き出してきた。


「これよ、高丘くん。この二つのオブジェクトを購入するわ」

「マグカップですか? 部屋にはもう、天ノ川さんの分も僕の分もありますよ」

「あれらは形状も容量もバラバラで、極めて非効率よ。同一規格の製品を二つの個体が使用することで、食器棚に収納した際のデッドスペースが幾何学的に極小化され、洗浄時のスタッキング効率も向上するわ。さらに、視覚的な『生活動線の対称性』が保たれることによる精神的メリットも大きい。……極めて合理的な選択だわ」


 一息にそう熱弁を振るう美鈴だが、要するに「お揃いのマグカップが欲しい」と言いたいだけなのだ。わざわざ「二つの個体」などと僕たちのことを遠回しに呼ぶあたり、照れ隠しが限界突破している。


 彼女とお揃いのマグカップ。そう聞かされた瞬間、僕自身も物凄い葛藤に襲われた。


 それこそカップルか夫婦のようだ。恥ずかしいし、照れ臭い。だが、無下に断って彼女を傷付けることもしたくない。結局僕はその葛藤を瞬時に飲み込むことにした。


「……まあ、収納がスッキリするのは良いことですよね。じゃあ、それを買いましょうか」

「ええ。そうしなさい」


 僕がカートの中にそっと二つのマグカップを並べると、美鈴は満足そうに口角を微かに上げた。


 だが、彼女の対称性の追求――お揃いショッピングはそれだけでは終わらなかった。


「……このクッションも必要ね。リビングのソファの左右の対称性を担保するため、色違いの同一モデルを二つ配置すべきだわ。……ああ、このルームシューズも、摩擦係数の統一という観点から、サイズ違いの同規格製品を選ぶのが論理的帰結よ」


 左右の対称性が、規格の統一が、ともっともらしい理由を並べ立てながら、美鈴は楽しそうに、けれど耳を真っ赤にしながら色違いのクッションとお揃いのルームシューズを次々とカートへ放り込んでいく。カートの中は、あっという間に二人きりの生活を彩るお揃いのアイテムで埋まっていった。


 僕は、彼女の不器用すぎる我儘わがままがなんだか可笑おかしくて、自然と笑みがこぼれてしまう。はたから見れば、荷物持ちの僕が、可愛い彼女の買い物に付き合って微笑んでいるように見えるだろう。


 そんな風に、二人でカートを押しながら次のコーナーへ移動しようとした、その時だった。


「お出かけですか? 仲良くお買い物されていて、とても素敵ですね」


 ふんわりとした笑顔を浮かべた女性店員が、こちらへ近づいてきた。店員さんは、カートの中のお揃いの品々と、僕たちの私服姿を交互に見つめ、嬉しそうに目を細める。


「もしかして、新生活のご準備でしょうか? 本当に仲の良いご夫婦で羨ましいです。こちらのベッドリネンなども、今ならセット割でお安くなっておりますよ」

「……うぐっ」


 思わずうめき声を漏らしてしまった。店員さんから放たれた『夫婦』という決定的なワードに、僕の心臓は今日一番の跳ね方をしている。


 慌てて隣の美鈴を見ると彼女は特に否定することもなく、なぜだか満更でもなさそうな顔をしている。ダメだ、この人は。どうして逆に機嫌を良くしているんだ。


 これは僕が全力で否定しなければ。そう強く決意した。

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