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光の先



「ッ『氷の精霊よ!我が身らを守り給え!』」



 絶壁とも言える分厚い氷の壁が形成され、呼び寄せた精霊の影響に凍える風が立ち込み、吐き出す息が白い。


 全身の血液が沸々と煮え滾る感覚は芯の奥から熱く広がり、本来なら地肌も凍る冷気を軽減していた。


 後先考え常に節約しながら戦場を駆けていたこともあり、魔力を思う存分練り上げ全身へと通していく感覚は起伏の少ない感情を久しく昂ぶらせてしまう。

 それでも万全の状態ではない自身の身体に嘆きを覚えるのは、休む暇もない馬鹿げた戦争のせいだ。



「ふぅ…」



 今一度大きく息を吐き出した瞬間に、飛び跳ねるが如く力強く踏み込み、雷弾(いかずちはじ)け大地を割り真っ直ぐへと貫く――紫電を纏う一突きが氷壁を越え血飛沫(ちしぶき)散る。


 宙を飛ぶ片腕は指先すら鎧を纏い、遅れた衝撃波に吹かれ砕け散る氷とともに重く地面に捨てられた。


 三人はそれぞれ四方に吹き飛ばされ、受け身を取るノクスは剣を、イリスは氷の槍で地面に突き刺し、衝撃を殺した…だが、アルバだけは這い蹲り(はいつくばり)声を押し殺す。


 奴の動きは先日よりも鈍い、それが疲労によるものなのか…初手による一撃で腕を斬り落とせたのは運だ。

 


「ぐっァ゙あッッ…!!」


「っ…!」



 右肩と右足に痛みが奔るのも構わず、一歩踏み込みアルバへ距離を詰める目先に剣聖ノルンが立ち塞がる。


 血走った瞳と歯を剥き出しに感情を露わにする剣聖の手元は強く力み、それに呼応するよう剣に彫られた魔法陣が淡い黄金を浮かばせ互いの得物をぶつけた。


 鍔迫り合いになる両武器は火花を散らし、互角の競り合いを見せたがその時間はほんの一瞬に過ぎない。


 瞬く間に三歩押されたノルンに鍔迫り合う斧槍の向きを横へとかち上げるよう捻り、力任せにそのままのノルンの身体を軽く空中へ弾き返してしまう。



「な!?ぐぅッ…!っまだだ!!」


「っ…!?」



 宙に浮かんだはずのノルンの手は斧槍の槍を出血する程握り締め、痺れと熱さも厭わず離れるのを拒む。


 振り払おうとする動きよりも早く、剣聖ノルンの剣は左肩を浅く切り裂き、離れないノルンの腹部へと血塗れの拳を捩じ込み、重い打撃音を鳴らす。



「ぐぶ…ッ!?」



 剣聖を殴り飛ばして肋骨が折れた手応えであろう束の間、冷たさと圧迫が左足を襲い、左足が腿まで凍らされた自身の背後には、風を切る氷槍が迫り来る。


 っなんだこの女の気配は…背後に回られたことにすら把握できなくなった。あの一瞬で魔力を抑えたというのかッ…。


 首に届く寸前、どうにか振るった斧槍で氷姫による攻撃を受け流したが、氷槍は微かだが頬を掠れ。

 


「チッ…!!」


「ハァッ!!」



 追い打ちをと突きが繰り出される氷槍に足の氷を無理矢理砕き、氷槍の柄ごと膝蹴りでへし折った打撃はイリスの胸に深く突き刺さり血を吐き出させる。



「っぐはッ…!!『ごおれぇッ!』」



 吐血した血が一気に凍え、尖った形状に変えた血液は短剣を模し、太腿を刺し貫く寸前に拳を振るう。


 力任せに氷の武器を砕き、鳥肌立つ気配に振り向けば剣聖から今にも放たれるだろう濃密な魔力の収束が発せられ、接近を許した剣聖は高く掲げた剣を振りかぶり、魔力が乗った一撃を斧槍にて受ける。


 ぐッ、先程より威力が上がっているだと…やはり使い手に合わせ魔力を増大させているのか、剣聖の剣。


 紫の雷撃と輝く閃光がぶつかり合い、その場から発生した衝撃波は地面を隆起(りゅうき)させ、鈍くも重い衝突音が戦場全体に広がり…剣聖は構え直す。



「ッぐ…!?」


「はァッ!!」



 斬風よりも一撃は軽く、しかし的確に傷を与えようと繰り出される幾重もの縦横無尽に振るわれる斬撃を重ね、真っ向から捌き弾く攻防を続ける二人。


 だがその攻防は長くは続かず、剣聖ノルンの動きと力強さが徐々に弱まり、横薙ぎに振るう斧槍が大きく剣聖の身体を吹き飛ばし膝をつかせる。



「クソッ、痺れが…!!」


「終わりだ」



 隙を晒す剣聖の姿に乱れる呼吸など気にもせず、痛む肺のまま踏み込み放つ斧槍の突きは逸らされ空を突く。


 視界に現れた男――斬風アルバは斬り落とされた片腕を凍らせ、戦いへと舞い戻る姿に苛立ちを覚える。



「アルバァ…ッ!!」



 戦争を仕掛けた帝国の一員だというのに、そこまで戦おうとするコイツらは何なんだ……感情露わに仲間を助け、協力する姿がこうも憎たらしく映るとはな。

 

 眉間にしわを寄せ殺意と怒りを露わにするリベリアの目つきは、見る人を縮こませるほど圧を感じさせる。



「…仲間思いな、クズどもが」



 整っていく呼吸に合わせながらも魔力を練り上げ上空へと展開させていく魔法、明け方を過ぎ明るくなり始めた空を再び暗く、雷鳴響く薄黒い雲で覆う。


 紫電奔る雷雲が中央の前線に広がる様子を見た剣聖、氷姫、斬風たちは顔色を変え一目散にリベリアへ飛び掛かろうと動いたが時すでに遅く間に合わない。



「落ちろッ!」



 一斉に落ちる紫の落雷はベスニア帝国の陣地に降り注ぎ、戦いの喧騒など聞こえない戦場へと成り代わる。

 集中的に降り注いだ落雷は三人を捉えることは出来ず、離れた場所で仲間が焼け死ぬのを見つめていた。



「っ……馬鹿な」



 次の一手を考える内に三人の様子を伺っていた彼女の瞳が捉えたのは、一人佇むどちらにも属さない衣服。

 背中まで届く黒髪に白く透き通る肌の手足は細く、似つかわしくない戦場に異彩を放つ少女の目は死んでいた。


 白いスカーフに紺を基調とした見覚えのある服装は本来この世界にあるはずがない…だが、アレは紛うことなき日本の学生服――あの娘はなんだ…どうして…。



「なに呆けてやがる!そのガキが昨日の爆破の術者だ!!公国の奴がそいつを「ッ…!?」まじか…!」



 少女を中心に光り輝く白銀の魔法陣が中央前線一帯を巻き込み、読めぬ呪紋を張り巡らせていく。

 予期せぬ状況の連続で、少女から目が離せなくなった彼女は少女の首すじを覆うモノに気付き焦る。



「転移魔法だァ…!? このガキ!!」



 咄嗟に反応したオルビルは馬から飛び降り、力強く地を蹴り少女の顔目掛け双斧を振り下ろす…が。

 切れない感触が痺れるよう腕に伝わり、見えない壁に弾かれる。



「クソったれがぁッ!!」



 視界を光が覆うほど強くなり、今まさに発動しようとする魔法に彼女は斧槍を振るい壁を斬り崩す。

 すかさず少女の首に手を伸ばし掴んだ首輪はひしゃげ、握り潰した首輪が千切れると少女の体をオルビルに投げる。


 急激に狭まる魔法陣に伴い、明らかに少女を狙う攻撃。



「その娘を頼む「はぁ!?」」



 突如として飛来する鎖を斧槍で斬り伏せ、帝国の鎧を纏う発動者の胴体に斧槍を突き刺しかち上げ、血を吐き出す男の姿を最後に視界は真っ白になる。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 浮遊感が体の全身を包み、臓物がひっくり返る気持ち悪さの一瞬――全身を覆う圧力に息が詰まる。


「ゴボッ…!?」


 斧槍の重さをものともしない流れの速さで無造作に流される自身の身体に容赦なく水圧が掛かり、傷口をこじ開けられる痛みに耐え必死に泳ぐ。


 目を開けても水が濁りきっているせいか、自分が水面から近いのか遠いのかも掴めないが斧槍を一振り。

 

――バッサァァァァ…!!


 踏ん張りすら効かない一振りはそれでも水を押し上げ、切り裂かれた水中の先には外であろう空間が見えた。

 

 息が苦しくなる最中、先程とは向きを変え斧槍を振るいどうにか身体を上昇させていれば頭が水面を越す。


「ぷはッ」


 息苦しさは消え新しい空気が肺に送り込まれるが、顔を打ち付ける激しい暴雨が木々を揺らしていた。

 勝手に押し出される身体は川であろう端に追いやられ、空を切るばかりだった足裏に地面の感触伝わる。


 ようやく見つけた踏み込める場所で斧槍を突き刺し、重い水圧を耐え一歩一歩を着実に進んで行く。


「っはぁ…はぁ…」


 完全に水中から出た身体は酷く重たい、上手く力が入らない身体で歩き進め、濁流が届かない木の幹へ寄りかかる。


「……はぁ」



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