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暴雨での出会い



「ぐっ、う…」


 戦場で動き続けた身体は急激な冷えにより興奮の熱を失い、気にも留めていなかった傷口だけが熱を発す。

 身じろぎすれば真新しい傷の痛みが脳裏を走り抜け、力むことすらままならぬほど疲労が容赦なく襲う。


 何度も経験し慣れているはずの痛みが今や重くのしかかり、咄嗟の判断とはいえ部下よりもあの娘を優先するとは…そんな上官の姿が仲間たちにはどう映ったのか。



「…私は」



 魔法陣の中に居た者は皆、何処かに飛ばされてしまったのだろう。あの娘を殺せば転移を止められたかもしれないのに、自身は私情を戦場に持ち込んだ。


 部下たちに顔向け出来ない、ケイオス大佐やオルビルにも申し訳ない…。ミナやカイルの魔導隊は転移から逃れたはず、彼等は今も戦っているのだ。



「行かなくては…」



 斧槍を突き立て身体を起こし歩き進む先は微かに気配を感じ取れる、他とは違う密集したいくつかの魔力反応。


 それが人間か、はたまた魔物なのかは分からないが意思を持って行動しているのは事実、得られる物はある。



「はぁ…」



 鬱蒼と生い茂る木々の下を歩いているのに吹き付ける雨は変わらず、自身の軍服にこびり付いた血や泥を洗い流してくれるが、足元は泥濘み進みは悪い。


「……」


 ここは森という狩場、こちらの事を餌としか考えない者には血の匂いを垂れ流す私の姿は弱った獲物だろう。

 暴雨で血の痕跡など薄まるはずなのに、どうやら鼻のいい腹を空かせた獣には届いてしまったようだ。



「グルァァァッ!!」

「グルァァァ…!!」



 息を殺し取り囲んでいた獣どもは一斉に茂みから飛び出し、四方から噛みちぎろうと迫るのは狼の群れ。

 迫る狼を前に斧槍を力強く大地に打ち付ければ青白い閃光の雷撃が、周囲の物全てを焼き焦がす。


――ドゴォォォン!!!


 狼の形など見る影もない焦げた骸が転がり、運よく生き延びた狼はよろめき悶え苦しみながらも森の中に消えていく。



「?…二人、いや一人か」



 小さい魔力を持つひとつの気配が集団から離れ、辺りをうろついていた気配に追われている。


 付近を闊歩しているとはいえ、仲間だろうと思い込んでいたのは間違いだったようだ。


 泥濘んだ地面を踏み込み駆け出す一歩は木々を飛び越え跨ぎ、生い茂る緑を踏み台に気配の元へと向かう。


 どうやら、半刻もしないうちに雷が落ち始めるな…暴雨が顔に打ち付けられ、まともに視界が見えないが空の雲が雷雲に変わり渦を巻き始めている。


 雷雨など戦場にて欲しかったのだが、まさか転移した先で味わう羽目になるとは…後で魔力の糧にでも。



「ギィギャァァァァ゙ッ!!!!」



 気配の元へ残り数百mのとこで耳障りな甲高い鳴き声がこの暴雨で響き渡り、木々を圧し折る姿が見える。


 根を張る長寿の樹木をものともせず体当たりで薙ぎ倒し、二足歩行が地を這い白い毛を肌に纏うそれは一つ目を血走らせ、鮮血流す口元を開き鋭い歯を並べていた。



「そうだっ! 僕に付いて来い化け物!!」


「グリャギャァァァァ゙ッ!!!」



 革鎧を身に着けたあどけない顔の少年は直剣と小盾を手に、一つ目の魔物の注意を引きつけ走る。

 息は切れ、白い息を絶え間なく吐き出す少年の足取りは徐々に覚束なく、力強さが消えていってしまう。



「はぁ、はぁ、はぁ…「ギャァ゙ァ゙ッ!」うっ!?」



 一つ目が振り降ろした巨腕が地面を割り、地響きを鳴らす振動が少年の足を伝い顔から転げ滑る。

 上体を起こし急ぎ振り向けば、止まらない巨体が迫り来るのをを見上げ、恐怖で強張る少年は死を覚悟した。



「ひっ…お、お前なんか…お前なんかに……っ」


「ギャラァ゙ァ゙ァ゙ッ…!!!」



 この時、少年や一つ目の魔物は気付けなかった…この場に乱入者が得物を構え踏み込んでいた事など。



「伏せろ」



 少年の視界が深緑の衣服に遮られ、気付いた時には一つ目の上半身が弾け、雨を掻き消す程の風圧と破裂音が遅れて少年の周囲を包み血飛沫が降り出した。


 半身吹き飛び、残る一つ目の腹下は重低音響かせ力無く地面へと雨水飛び散らし、崩れ落ちていった。



「っえ…?」



 一つ目(サイクロプス)は青い肌に鈍足のイメージだったが…白い体毛に地を這う一つ目(サイクロプス)など聞いたことがない。


 新種の個体…いや、極寒の地には体毛生やす一つ目も王国の北東大陸に居たはず……全くもって分からん。…私はいったい何処に飛ばされたのだ…。


 

「…た、助けていただき、ありがとうございます!」


「…」


「……あ、あの…?」


「連れがいるのだろう、そこで話そう」


「は、はい!」



 直剣を鞘に戻した少年を横抱きにすれば自身を呆けた表情で見つめ、口を開く前に密集している気配の元へ走り出す。

 一歩踏み込めば二十を越える木々を走り抜け、腕の中で情けない声が時折聞こえるが気にせず進む。


 さして距離もないおかげか、数歩進めば目的地であろう洞窟の入り口が見え、泥の地面に斧槍を突き立て止まる。



「うっぷ…こ、こっちです……うっ」



 降ろした途端口を抑えながらも洞窟内に入って行く後ろ姿を追い、狭い通路を通る自身の前は薄くも明るい。


 前を進む少年が光放つ空洞に踏み出れば突如女の声が響き、通り抜けた先で待っていたのは長剣を携える少女が少年を豊満な胸に押し込み抱き抱えていた。



「アランの馬鹿…!! 何で一人で行ったの!」


「むぅっ!むぅぅぅ゙ん…!!」


「……」


「どれだけ心配したと思ったのよ…」


「マリベル、このままじゃアランが逝く。離して」


「騒がしくてすみません…。 あなたがアランを助けてくださったのですよね…何と感謝を申し上げれば…」


「……」



 冒険者の装いをしている四人の子供に、マリベルと呼ばれた少女を掴み縮こまる二人の幼子とは…生憎苦手な部類がこの狭い洞窟内に揃ってしまった。


 女の子にしては凛々しく包容力がある彼女から目を離し、視線を感じる二人の幼子に目を向ければ大きく身体をビクつかせ、少女の背に隠れてしまう。



「……」


「「っ…!?」」



 見るからに幼子は私を見て怯え、一人を覗いて他の子供は涙ぐみ私のことなど眼中にない。



「…ここの大陸は、アルラントか」


「い、いえ、ここはラズバルディア大陸です。アルラント?という大陸は聞いたことがありませんが…」


「……クソったれ」


「す、すみません!?」

 

「…悪い、こちらの話だ」



 考えたくもなかった事実につい、オルビルの口癖が出てしまう。


 せめて同じ大陸に飛ばされているよう願っていたが、現実は大陸を跨いで何処に位置するのかも分からぬ場所。



「ちょ、いけません!こんな嵐のなか出ていけば風邪をひきますよ!それに出血もしているではないですか!」


「平気だ」


「応急処置ぐらいならわたしにも出来ます。 ほら、いいから座ってください! ここでなら雨宿りも出来ますから」



 抵抗するにも腕を引く少女の至る所に血が滲んだ包帯が巻かれ、歩くたびに足を引きずる姿に力など入らなかった。


 他の子も何処かしらに包帯を巻き、少年を抱く少女など腕に当て木を添え固定しているのを見るに瀬戸際だったのだ。



「それじゃ服を脱がせていきます!」


「…いや、自分でやれる」



 痛む肩など気にせず少女が衣服に手をかける前に上着を脱ぎ、シャツのボタンを外し右肩を露出させる。


 雨水で血が流され、傷口から覗く内部に骨は見えずとも筋肉が鮮明に断ち切られ千切れている。



「よくこれで動けましたね…これでは縫う必要が…」


「傷口を塞いでくれれば十分だ」



 深刻な表情で鞄を引き寄せ中身を漁る少女が取り出したのは、綺麗な布と一束に巻かれた包帯を取り出した。


『水球(ウォーターボール)』


 指先を振るい生成した水を傷口にあてがい、雨水と血を洗い流すと綺麗な布で強く押さえつけた。

 数十秒押さえ、張り付いた布の上から包帯を巻いていく少女の手際は速く、頑丈に巻かれた処置が完了する。



「どうです? キツくありませんか?」


「ああ、助かった」


「ちょっと二人とも…!」


「ぐすっ…ずびまぜん、アランのことありがとうございました!」


「ございました」


「…ああ」



 目元が赤くなり、泣いた後が残る二人は深々と頭を下げ処置をしてくれた少女と少年も遅れて感謝する姿に居た堪れない…自身も目的の為近付いたまでなのだが。


 だが、間に合ってよかったとこうして面と向かって感謝されると改めて実感してしまう。戦場では助けても結局次には死地に向かい、死んでしまうのが多過ぎた。


 やはり言葉を交わすだけで、こうも気持ちが上がるものなのだな。



「あ、寒いですよね。どうぞ火炉(かろ)に近付いてください」


「…君たちで温まるべきだ。 私はここでいい」


「な、なら、後で衣服だけ脱いで乾かしましょう? もちろん!アランには一切見せませんので!」


「え!? み、見ないよっ!」


「…ああ」


「では!食料も残っていますので先ずは食事の準備をします。 スーシヤ、魔法の準備をお願いね」


「うん」



 このグループ内で主導を握るのは、この少女なのだろう。

 他人から見ても仲のいい雰囲気を醸し出すこの子たちだが、やはり戦い慣れていないようにも見える。


 武器の重さに揺られ歩き辛い様子、訓練していたとは思えない綺麗な手のひら、警戒心が薄いのは仕方がないが…。


「ふぅ…」


 塹壕の時とは違い、気楽に寄りかかれる背中に全身の力が抜けていくのを感じる。 まぶたも重く、得物すら握っていないせいか意識が鈍くなってしまう。


 私だけやすむわけにはいかない…こどもにまかせるなど……。



「あれ、お姉さん?」

 

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