沸き立つ殺意
「これより作戦の再確認を行う」
目つきは人それぞれだが皆薄汚れた衣服を纏い、隊列を揃えている軍人は総勢一万人を越えているだろう。
明け方の空下で東境界基地に配属されているほとんどの部隊を前に、全体を見渡せる場所で声を張り上げる。
「ウィルソン小隊、ボブス小隊、ナディア小隊の三部隊はオルビルに追従しつつ障壁を展開。 タルバ小隊、ガルバス中隊は三部隊の後方に付き魔法支援を絶やすな。何があっても半刻は動き続けることを覚悟してくれ」
「残りの大隊、中隊、小隊、分隊は東境界基地の守りに徹するように。 この作戦は主力部隊を抑えるだけだ、そのため残りの敵兵は東と西に流れ込むだろう」
「この戦いで戦況は大きくこちらに傾く、死にたくなければ死ぬ気で敵共を殺せ。 国を守る為、侵略して来る奴等の骸で壁でも作ってみせよ」
「「「「「「「「「「ハッ!!!!」」」」」」」」」」
皆まで言わずとも揃えた足並みと敬礼を解き、塹壕に戻る者達は部隊の隊長に従い移動を開始する。
高台から降りる自身もオルビルが率いる部隊の元へ向かうが、その隊長殿が納得いかないと云わんばかりに睨みつけているのには相変わらずの理由なのだろう。
「リベリア!俺はな…!!」
「負傷していたのを隠していたお前が悪い。 大人しく敵陣をかき乱せ、任された役割は果たすべきだ」
「む、むぅ…」
斬風や氷姫、剣聖などの飛び抜けた個が揃う機会など片手で数えられる程度しか拝めていない。
またとない機会を逃さず欲を言えば奴等の息の根を止めたいところだが、得物を交えた事があるのは斬風のみだ。
氷姫はオルビルから散々聞かされたが剣聖の情報は全くの無知に等しい、やれ躱しの達人だの剛剣の使い手だの、接敵部隊をほぼ全滅されてしまい、いまいち確証が持てない。
「大佐、馬の準備が整いました。いつでも出れます!」
「…分かった。これより配置につき、先陣を切る」
横に連れて来てくれた馬の手綱を軽く掴み、片足で鐙を軸に背中へと飛び乗る。 斧槍の重みをものともしない馬はひと鳴きすると、鼻息荒く首を揺さぶる。
見渡せば装備を装着した者は次々と馬の背に乗り、行動に移せるのを横目で確認した後、馬の首を撫でる。
「帰り道は覚えておけ」
「ぶるるるっ!」
「…昨日の爆破、分かっているなオルビル」
「わぁかってるよ!!」
ケイオス大佐にも頼まれてしまった昨日、この死にたがりを後方に下げどれほどやれるか……地獄が始まりそうだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
戦場を一夜過ごした証しとでも思える、早朝特有の冷えた空気が肌に纏わりつく戦場唯一の穏やかな時間帯。
ベスニア帝国の一人が塹壕内にて、泥と煤に汚れた外観の水筒を火の魔石が埋め込まれた魔道具で温めていた。
目立たずも微かに昇る湯気に男の顔はほころび、軍の配給で渡される粉末の珈琲豆を水筒の中に入れる。
「な、なあ? 俺にもひと口くれないか?」
「しょうがねぇな。 ほれとっとと水筒よこせ」
「おぉ!悪ぃ悪ぃ!」
待ちきれないと嬉しそうに中身が空の水筒を手渡し、受け取った男はその水筒の中へと慎重に注いでいく。
待っている男は泥の地面に置かれた平たい魔道具へと意識が移り、パービルと名が彫られたのを見つける。
「お前パービルってのか? 良い物持ってきたじゃねぇか」
「あ?元は俺のじゃねぇ。殺した奴から奪ったんだ」
「お、まじか。 これなら言い値で売れるぞ」
「金貨三十はいけるかもな。 ほい淹れたぞ」
「サンキュ〜」
冷えた手で温かい水筒を包み込み、温もりに満ちた状態で口元へと運ぶ水筒は目前でピタリと止まってしまう。
塹壕を背に水筒を傾けようとした男の目と耳には、足下で揺れる土の振動と大地を踏み鳴らす轟音が意識を縫う。
「て、敵襲ッ!! 先頭には……はは…見てみろよ」
王国の動向を偵察していた双眼鏡を覗き込む男は、呑気に水分補給をしようとしていた男たちに引き攣った笑みを向け、怯えた眼差しで言葉を紡ぐ。
怯える男を前にゆっくりと塹壕外へと覗いた男たちは、深緑の衣服を纏う大勢の軍団を見つけ――ひときわ目立つ先頭の人物と目が合ってしまう。
「…なんで…化け物がくるんだよ」
青白い閃光を纏い始めた先頭は、戦場にいる全ての兵士たちを恐怖のどん底に落とし始めていく。
ベスニア帝国に広まった噂、それは紫の閃光輝く時――塹壕も魔法障壁すら関係なく、苦しみながら死ぬだろう、と。
「かあさん」
嫌でも視線を釘付けにさせ、あまりの恐怖に身じろぎすらままならない彼等は…一筋の稲光とともに身体が宙を舞う。
大地と肉体を裂いた一撃は二拍遅れて轟音鳴り響く、まるで雷が落ちたように。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
二百を越える馬での移動は戦場の大地を大きく震わせ、自身を先頭に飛び迫る魔法を一太刀にて斬り払う。
直進する後方部隊に複数の魔法が叩きつけられようと熟練の兵士たちによる障壁魔法は、罅すら入らない。
狙いも粗く、一つ一つの魔法には中途半端な魔力しか乗っていないおかげかもしれないが…優勢には出たはず。
「ガハハッ…! 随分とお怒りみてぇだな!!」
目視で明確に姿を捉えられる距離まで縮めた前方には、白銀の長い髪を揺らす一人の女から魔力が漏れ出す。
周囲を発動段階の余波で凍らせ、白い魔力を撒き散らす奴こそ――『氷姫』その人で間違いない。
新参者と聞いていたが、此方の身を震わせさせるこの魔力の量は異常だな…オルビルめ、よくも対峙出来たな。
「来るか」
オルビルにハンドサインを送れば後方にいた部隊たちはリベリアの追従を止め、先頭から離れ左右へ割れるよう別れていく。
その間にも氷姫の魔法が鋭利で巨大な槍を形づくり、視線をリベリアへと向け狙いを定める氷姫は砲弾のよう解き放つ。
「ここまで助かった」
斧槍を肩に乗せ脱力した姿勢から馬の背を土台に跳ねるよう、氷槍目掛け飛び込む。
人間の体など全身を覆うよう圧死潰せる氷槍へ、身体強化もせず生身の力だけで二度斧槍を振り抜く。
――ズバァァァン…!!!!
「な…ッ!?」
十字に切り裂かれた氷槍は宙に浮かんだまま形を保てず、バラバラに砕け散っていく。
空中にて斧槍を構え直し、氷姫目掛け振り下ろそうとするリベリアに猛スピードで迫る男が大剣を打ち付ける。
「相も変わらぬ男だ」
「ぬかせッ、貴様を殺さねば安栄など来んわッ!」
長く鍔迫り合いをする暇もなく真下に地面が迫り、危うく叩きつけられる直前に互いの得物をぶつけ合う二人は弾かれるよう距離をとり、流れるよう着地する。
その間にもオルビル率いる部隊は次々と敵本陣内部へと入り込み、駆けながらもまた一人と殺していく。
「よくもっあの男!!「避けろイリス!」ッ!」
部隊に魔法を放とうとする氷姫へと踏み込み、斧槍を胴体狙いで斬り払う一撃はアルバの大剣に遮れる――だが、受け止められた斧槍の柄を殴りアルバの体勢を崩す。
無理矢理にでも仰け反らせたアルバから氷姫に意識を向ければ、いつの間にか懐に入った氷姫が魔力を高める。
「凍てつけ…ッ!!」
手のひらから迸る風が衣服を凍らせるなか、自身の拳が凍てつくのも気にせず氷姫の腹に裏拳を捩じ込む。
「うッぁ…!」
吹き飛んだ氷姫を視界に違和感を覚えた手の甲は硬く冷たい感触を覚え、氷姫が氷を防御に使ったのだと理解する。
「一応、戦いには慣れているのだな」
氷が張られた瞬間など見えなかった事実に脅威を感じつつ、青白い雷を斧槍へ纏わせ振るう先は斬風アルバの足下。
捲れた地面に舞い上がる土と石がアルバを襲うが、風で作られた防壁により防がれてしまう。
「……」
「手を止めるとは余裕だな!リベリア!」
大剣を構えその場に留まるリベリアに刺突を繰り出そうとした後方で、激しい爆発が氷姫を襲う。
「あぁ゙ァァァッッ!!」
雷を伴う爆発を食らってしまった氷姫の動きは鈍り、アルバの援護に回そうとした魔法が崩れ散る。
「なっ…!?」
視線を逸らされたアルバの正面から雷鳴り響く魔力の重圧がのしかかり、リベリアの姿を捉えた時には巨大な斧槍を自身へと振り下ろす姿だった。
「おのれッ…!?」
「そのまま振るえ! アルバ!!」
上手く力が入らない体勢で振るった大剣は正面から押し潰されるはずだった、が……一振りの剣が加わった事でリベリアの斧槍は重点を逸らされ、直撃は免れた。
雷撃広がり、大地が砕け、崩壊していくその場から飛び退いたアルバの横には若くも勇ましい風貌をした青年が、リベリアを強く睨みつけている。
「……」
「首筋から耳元に届く傷跡……あなたが…」
直剣を握る青年の手は固く握り締められ、締め付ける音を鳴らし剣の切っ先をリベリアへと構える。
細剣より少し厚さが増えた程度の直剣にも見えるその刀身には幾重もの魔法陣が刻まれ、翠星石を用いた斧槍の刃に微かな傷を残すほど恐ろしく頑丈だ。
その姿、形、自身の得物を傷つけられる剣は未だ記憶に残っている――痛みと憎しみを思い浮かぶ程に。
「イリス、立てるかい?」
「え、ええ…」
「アルバ、援護を」
「ああ」
頷いたアルバに剣聖ノルンの姿が呼応するよう揺らぎ消え、リベリアの目の前へと振り下ろす姿で現れる。
瞬きが追いつけないノルンの一撃は剣を交えることもなく、最小限の動きだけでリベリアは避けた。
「やらせん!!」
追撃に足蹴りを繰り出せばアルバの大剣に遮られ、足を斬り落とそうとするノルンの直剣を斧槍で受け流す。
終わりに柄で振り払えば風を纏う大剣と数回打ち鳴らしたアルバは飛び退き、氷姫の空を覆う氷剣がリベリアへと放たれ、大地を砕きながら土煙舞う。
視界不良の煙へと更なる攻撃をと、飛び込もうとするノルンの服をアルバが加減なく掴み己に引き込む。
「飛び込むな、ノルン」
「…違和感でも?」
「……ああ、だかこの感覚はいったい…」
土煙が晴れるそこには無傷で佇む崩雷のリベリアが、感情を感じさせない瞳で三人の姿を見据えていた。
斧槍を肩に担ぎ、構えもしない彼女は三人から視線を外し後方へと目を向ければ――城が小さく思える程の巨大な岩山が幾本も突き出され、大地が震える。
(ケイオス大佐も豪勢な使い方をしているよ)
背後の自軍方面から襲い来る衝撃波に振り向こうとする三人は、先程とは比べものにならない魔力が漂い、目の前から濃厚に広がる死の気配に動けない。
「ッ……貴様、今まで手を抜いていたのか…!」
「ぐッ、イリス!早く基地の方へ…!!」
「わか「駄目だ」ッ!!」
魔力が合わさった声には有無を言わせぬ圧が含まれ、否が応でも意識を逸らすことが出来ない。
苦々しく表情を歪める三人の前で、斧槍を纏う青白い雷が徐々に紫色へと変色し、轟雷鳴り響く。
「殺るぞ」




