25 勝てばいいってもんじゃない
『……え?なに?』
『よし!できた!』
『ニア君⁉』
『雌性支配――FPSモード!』
『な、何⁉体が動かないんだけど!』
フェアの声が頭の中へ直接響いてくる。
よし。
ちゃんと意識も残ってる。
僕はゆっくりと右手――正確にはフェアの右手へ力を込めた。
目の前では、レオンが剣を押し込もうと必死に力を加えている。
だが、動かない。
フェアの人差し指一本で完全に止まっていた。
『ちょっと待って! なんで私の身体が勝手に動いてるの!?』
『僕が動かしてるから』
『それを聞いてるの!』
『うるさいなぁ』
『いや、うるさいじゃないから』
『あれ?今の心で言ったんだけど』
『知らないわよそんなの!』
レオンが剣を引いた。
勢いよく後方へ跳び、こちらから距離を取る。
信じられないものを見るような目で、フェア――今は僕が操作している身体を見つめていた。
「……なんだ、今のは」
レオンが再び剣を構える。
さっきまでとは明らかに雰囲気が違う。
警戒している。
『まあ、そりゃそうか。あと一点取れば勝ちだった相手が、突然剣を指一本で止めたんだから』
『そりゃあそうでしょうね』
『あれ?今の心で言ったんだけど……』
『何を言ってるの?』
僕はフェアの両手を軽く握ったり開いたりしてみる。
問題なし。
『よーし』
『何がよーしなの!?』
『操作確認完了』
レオンが地面を蹴った。
『来た!』
『なんで楽しそうなの!?』
僕はフェアの身体を操り、迫るレオンへ向けて一歩踏み出した。
振り下ろされる剣。
僕はフェアの身体をほんの少しだけ横へずらした。
刃が頬のすぐ横を通り過ぎる。
『ちょっ、怖っ! もっとちゃんと避けてよ!』
『大丈夫。ちゃんと避けてる』
『数センチしか避けてないじゃん!』
レオンの剣が切り返される。
今度は横薙ぎ。
それを軽くしゃがんでかわし、そのまま懐へ潜り込む。
「なっ――」
レオンの表情が変わった。
僕はフェアの右手を伸ばす。
狙うのは左肩。
指先が標的へ触れる、その瞬間。
「氷弾」
ゼロ距離から小さな氷弾を放った。
パキンッ!
肩の標的が砕け散る。
『フェア・ノルディス、一点』
観客がざわめく。
『ねぇ。もし小説とかでさぁ、頭の中で会話するときってどう書くんだろうね』
『え?今?何の話?』
『いや、気になったから……』
レオンと激闘を繰り広げながら頭の中で喋る。
『え……カッコの形を変えるとかじゃない……?』
『やっぱそうか……もう一個気になる事があるんだけどいい?』
『なに!』
『今この状況で死んだらどうなるんだろう』
『え?怖いんだけど。何言ってるの?』
『僕の見解だとフェアが死ぬと僕の心が元の体に戻ると思うんだよね』
『ちょっと……ニア君……?』
「死んでもいいゲームなんてぬるすぎるぜ!」
「は?」
『ちょっとぉぉ!何言ってんの⁉聞こえてるからね⁉「」ついちゃってるから!早く私に体返して!ていうか人の声でよくわからないカッコつけたこと言わないで!カッコつけた事を「」つけて言わないで⁉』
……
『人の頭の中で親父ギャグ言わないで』
『私の頭だから!』
フェアの両手を前へ出した。
「氷弾――幕」
周囲に無数の氷弾が浮かび上がる。
レオンの視線が鋭くなる。
『何するの⁉』
『ここ一帯を凍らせる』
『え?』
無数の氷弾が降り注ぎ、次々と氷弾が石造りの床へ突き刺さる。
着弾した場所から冷気が爆発的に広がっていく。
一か所。
二か所。
十。
二十。
やがてそれらが繋がり、コロシアムの床一面が瞬く間に分厚い氷で覆われた。
観客席からどよめきが上がる。
「床を……凍らせた?」
レオンが一歩動こうとして足を取られ、大きく体勢を崩した。
「っ!」
『よし』
『よしじゃないでしょ!私たちはどうするの!』
『大丈夫。考えがある』
僕はフェアの両足へ魔力を集中させる。
靴底を冷気が覆い、その下から細長い氷の刃が形成されていく。
『……なにこれ?』
『スケート』
『すけーと?』
『まあ見てて』
膝を軽く曲げる。
そして氷を蹴った。
「なっ!?」
思った以上に速い。
氷上を滑りながら、一瞬でレオンの横を通り抜ける。
すれ違いざまに右手を伸ばした。
「氷弾」
パキンッ!
残っていた肩の標的が砕け散る。
『フェア・ノルディス、一点追加。合計二点』
「くっ!」
レオンが振り返り、剣を振るう。
だが遅い。
僕は片足を軸に身体を回転させ、そのまま弧を描くように滑って背後へ回る。
レオンも追おうとするが、踏み込むたびに足元が滑る。
「こんなもの……!」
剣を床へ突き立て、強引に身体を支えた。
そしてこちらへ向き直る。
「調子に乗るな!」
剣を構え、こちらの進路を読んで振り抜く。
ガキンッ!
氷剣を作り受け流す。
その反動すら利用して方向を変える。
「くそっ……!」
『ニア君、楽しんでるでしょ!』
『バレた?』
『バレるよ!』
レオンがこちらへ向けて剣を突き出した。
僕は身体を低く沈める。
刃の下を滑り抜け――。
そのままレオンの背後へ。
『ここ!』
氷の刃を床へ食い込ませる。
ギャリッ!
急停止。
氷の欠片が舞い上がる。
僕はその勢いのまま身体を反転させた。
レオンも振り返る。
けれど。
もう遅い。
目の前には、フェアの掌。
狙うのは胸。
残り三点。
ここを壊せば――終わり。
「氷弾」
「っ!」
レオンが咄嗟に剣を差し込む。
だが僕は、その直前で身体を沈めた。
レオンの剣が頭上を通り過ぎる。
僕は氷上を滑りながら、その懐へ潜り込んだ。
胸元の標的が目の前にある。
「これで――」
掌を押し当てる。
「氷弾」
パキィンッ――!
胸元の標的が砕け散った。
一瞬。
コロシアム全体が静まり返る。
『フェア・ノルディス、三点追加』
レオンが呆然と砕けた標的を見下ろす。
そして。
『合計五点。勝者――フェア・ノルディス』
観客席から大歓声が巻き起こった。
僕はそのまま氷の上を滑り、くるりと一回転して止まる。
完璧。
我ながら綺麗なフィニッシュだ。
『決まった……』
『私は明日からどう生きればいいの……』




