24 剣を止めるのに剣はいらない
数日後。
フェアは巨大なコロシアムの中央に立っていた。
円形に広がる石造りの舞台。
その周囲を取り囲むように、何段にも連なる観客席が設けられている。
そこには多くの人が集まっていた。
試験結果に納得できず、本当にフェアが一位にふさわしいのか確かめに来た者。
単純に首席と二位の戦いを見物しに来ただけの者。
そして、何が起こるのか分からないまま周囲につられて来た者。
理由は様々だったが、ほとんどの視線が舞台中央にいるフェアへ向けられていた。
……
こんな大勢の前で戦うなんて聞いていない。
フェアは逃げ出したくなる気持ちを抑えながら、観客席へ視線を向けた。
その中に、見慣れた銀髪を見つける。
「フェアーがんばれー」
マキナが片手を振っていた。
相変わらず表情は薄い。
だが、一応応援には来てくれたらしい。
フェアも小さく手を振り返す。
「……あれ?」
その隣を見る。
いない。
もう一度、周囲を見渡す。
どこにも見当たらない。
「ニア君は……?」
当然いるものだと思っていた。
こういう面白そうなことに限って、真っ先に首を突っ込んできそうなのに。
それどころか、自分が戦うと知ったら最前列で何か余計なことを叫んでいそうなものだ。
なのに、姿がない。
「何してるんだろ……」
少しだけ胸に引っかかるものを感じながら、フェアは正面へ視線を戻した。
舞台の反対側。
そこには、あの日フェアへ戦いを申し込んできた少年が立っている。
数日前と変わらず真っ直ぐ背筋を伸ばし、自信に満ちた表情でこちらを見据えていた。
その時。
「静かに」
低い男の声がコロシアムへ響いた。
舞台中央へ、一人の男性教官が歩み出る。
「今回やることは単純だ。フェア・ノルディスが不正などしなくても、一位を取れるだけの実力を持っているということを、ここにいる全員に見てもらう」
観客席がざわつく。
「それでは、ルールを説明する」
男が指を鳴らした。
直後、二人の身体の周囲に淡い光が集まり、胸元と両肩に小さな光の標的が浮かび上がった。
「身体に付けられた標的へ攻撃を当てれば得点。剣でも魔法でも、攻撃手段は問わない」
男は二人を交互に見た。
「胸の標的は三点、両肩は一点ずつ。先に五点を取った方の勝ちだ」
「観客席との間には防護結界が張られている。魔法や斬撃が外へ漏れることはない。見学者を巻き込む心配はしなくていい」
そして二人から距離を取ると、片手を高く掲げる。
「フェア・ノルディス対レオン・アルヴェイン――」
一瞬、コロシアムが静まり返った。
「試合開始!」
レオンの姿が消える。
「え――」
フェアがそう思った時には、すでに目の前まで迫っている。
銀色の刃が横一文字に走った。
狙いは肩の的ではない。
そのさらに上。
首元。
「っ!?」
フェアは反射的に身体を仰け反らせる。
刃が鼻先すれすれを通過した。
「ちょっと!」
抗議する暇もなく、レオンが踏み込む。
二撃目。
三撃目。
斜めから振り下ろされる剣を後ろへ跳んでかわし、続く突きを身体を捻って避ける。
そのどれもが、的だけを狙った攻撃には見えなかった。
フェアは距離を取ると、右手を突き出した。
「氷弾!」
三発の氷弾が一直線にレオンへ飛ぶ。
一発目。
レオンは剣を振り上げ、正面から弾き飛ばした。
二発目は首を傾けるだけでかわす。
そして三発目。
避けない。
「え?」
レオンはそのまま前へ踏み込み、迫る氷弾へ剣を振り抜いた。
バキンッ!
氷弾が真っ二つに砕ける。
舞い散る氷の破片。
その向こうから、レオンが飛び出してきた。
咄嗟に両腕を胸の前で交差させる。
だが、レオンの剣は止まらない。
フェアの腕を横から弾き、そのまま胸元へ剣先を突き出した。
カンッ――!
胸に浮かんでいた標的が砕け散る。
同時に、コロシアムへ声が響いた。
『レオン・アルヴェイン、三点』
観客席が大きく沸いた。
「いきなり三点……」
「やっぱり二位の方が強いんじゃないか?」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
フェアは胸元を押さえながら数歩後退した。
痛い。
的が衝撃を吸収してくれたとはいえ、まったく痛みがないわけではない。
レオンは剣先をフェアへ向ける。
「お前の実力を確かめるための試合だ。手を抜いて何になる」
「いや、さっき普通に首狙ってませんでした?」
「避けたじゃないか」
「避けなかったらどうするつもりだったんですか!」
レオンは一瞬だけ黙った。
「その程度も避けられないなら、一位には相応しくない」
再びレオンが駆ける。
フェアもすぐに手をかざした。
「氷弾――幕!」
十を超える氷弾が一斉に空中へ展開される。
それを見た観客席から、どよめきが上がった。
フェアが腕を振り下ろす。
無数の氷弾が雨のようにレオンへ降り注いだ。
さすがに全部は防げない。
そう思った。
だが。
レオンは止まらなかった。
右から迫る氷弾を剣で弾く。
正面から来た一発を身体を沈めてかわす。
足元を狙った氷弾を跳び越え、そのまま空中で身体を捻った。
何発もの氷弾がレオンのすぐそばを通過していく。
それでも、一発も的には当たらない。
「まじ……?」
着地。
次の瞬間には、再び距離を詰められていた。
フェアの表情から余裕が消える。
振り下ろされた剣を横へ避ける。
だが、それはフェイントだった。
レオンは途中で剣の軌道を変えると、フェアの左肩へ刃を走らせる。
標的が砕けた。
『レオン・アルヴェイン、一点追加。合計四点』
あと一点。
レオンはフェアの肩に残った標的へ視線を向ける。
そこへ一撃当てれば、この試合は終わる。
誰もがそう思った。
だが――。
レオンは肩の標的を狙わなかった。
「え――」
一瞬で距離を詰めると、フェアの腹へ拳を叩き込む。
「ぐっ……!」
身体がくの字に折れた。
息を整える暇もなく、横から蹴りが飛んでくる。
フェアの身体が地面を滑った。
「な、に……」
立ち上がろうとしたところへ、再びレオンが迫る。
振り下ろされた剣を、フェアは咄嗟に腕を逸らしてかわした。
だが次の瞬間、膝が腹へ突き刺さる。
「っ……!」
肺から空気が押し出され、その場へ膝をついた。
観客席のざわめきが大きくなる。
「おい……」
「なんで的を狙わないんだ?」
あと一点。
肩へ触れるだけでも終わる。
それなのにレオンは、試合を終わらせようとしない。
フェアが顔を上げる。
「……痛い」
再び剣を振るう。
フェアはどうにかかわす。
だが避けた先へ回り込まれ、傷の残る横腹へ蹴りを受けた。
「ぁっ……!」
地面へ倒れる。
起き上がる。
また倒される。
拳。
蹴り。
剣の柄。
標的には一切触れないまま、レオンはフェアへ攻撃を浴びせ続ける。
「やめ……っ」
フェアが距離を取ろうとする。
しかし、その腕を掴まれた。
「逃げるな」
「っ!」
引き寄せられ、そのまま地面へ投げ飛ばされる。
背中から叩きつけられ、一瞬呼吸が止まった。
それでも審判は何も言わない。
男は舞台の端に立ったまま、ただ試合を見ている。
フェアは苦しそうに身体を起こした。
「……あと一点なんでしょ」
レオンを睨む。
「だったら……さっさと的を狙えばいいじゃん……」
レオンは剣を下ろしたまま、静かにフェアを見つめる。
「それでは意味がない。俺が知りたいのは、お前が一位になった理由だ」
一歩。
レオンが近付く。
「この程度で動けなくなる人間が、あれだけのポイントを稼げるはずがない」
フェアの表情が強張った。
「だから見せろ」
レオンが剣を構える。
「試験で見せたという、本当のお前の実力を」
「……知らないって、言ってるでしょ」
「そうか……」
レオンは短く呟くと、再び剣を構えた。
今度こそ狙うのは――フェアの肩に残った最後の標的。
地面を蹴り、一気に間合いを詰める。
観客席から聞こえてくる声が、嫌でも耳に入ってきた。
「やっぱり偶然だったんじゃないか?」
「一位って言っても、これじゃ……」
「二位の圧勝だな」
胸が締め付けられる。
……やっぱり。
私が一位なんて、おかしかったんじゃないの?
あのポイントだって、自分でどうやって取ったのか覚えていない。
またニアに助けてもらっただけ。
七年前から何も変わっていない。
そんな考えが頭をよぎる。
「これで終わりだ!」
鋭い斬撃が、肩の標的へ向けて振り下ろされた。
フェアは動かない。
避ける素振りすら見せなかった。
そして――。
剣が標的へ届く、その瞬間。
ピタッ。
「……は?」
レオンの動きが止まる。
刃は、フェアの肩へ届いていない。
フェアが伸ばした人差し指。
たった一本の指先で、振り下ろされた剣を受け止めていた。
「な……」
レオンが力を込める。
だが。
動かない。
押しても、引いても。
剣はフェアの指先から一切動かなかった。
フェアはゆっくりと顔を上げる。
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