19 詠唱って物語終盤に行くほどしなくなるよね
赤い瞳が、静かに僕を見据える。
その視線には敵意がある。
だが、不思議と怒りは感じられなかった。
「君たちのせいで、私たちの計画は台無しだよ」
なんだこいつ……。
「どうしてくれるんだ?」
責めるような口調。
それでも感情はほとんど揺れていない。
「あれの代わりは利かないんだ」
何を一人で喋ってるんだ?
「すいません、誰ですか? 角生えてますよ」
「……お前、ヒナサ村でファヌスを殺しただろ」
だから誰だよ。
「いや、人違いです」
「そんなはずはない」
即答だった。
「私たちは、あの村へ出入りした人間をすべて把握している。顔も、特徴も、誰がいつ出入りしたかも」
一歩だけ前へ出る。
「だから驚いた試験生という身で、あれを殺すとはな」
わずかに首を傾げる。
「何をした?」
……あぁ。
あいつの仲間か、思い出した。
「交通量調査か何かの人ですか?」
「質問に答えろ」
その瞬間。
音もなく魔法陣が展開された。
「静刻――震」
魔法陣から一発の弾丸が放たれる。
僕は横へ跳び、それをかわした。
弾は背後の大木へ命中する。
しかし、
何も起きない。
爆発もしない。
衝撃もない。
音すら聞こえなかった。
……ん?
外れ魔法か?
そう思った次の瞬間。
――ミシッ。
背後から嫌な音が聞こえた。
振り返る。
大木の幹に細かな亀裂が無数に走り次の瞬間。
バキバキバキッ!!
内部から弾け飛ぶように粉砕された。
木片が辺りへ飛び散る。
……時間差?
考える間もなく二発目が放たれる。
僕は剣を振り抜き、真正面から弾を両断した。
弾は霧散する。
よし。
そう思った、その瞬間だった。
――ビキッ。
手に伝わる嫌な感触。
遅れて剣が悲鳴を上げる。
刃の内側から何かが暴れ回るように亀裂が走り、
ガシャァン!!
剣が粉々に砕け散った。
「なっ……!」
その一瞬の隙。
三発目が一直線に飛来する。
避けられない。
ドンッ!
鈍い衝撃が喉を直撃した。
「ウゲェッ!」
ん?なんだ?
「答えろ」
魔人は淡々と告げる。
「従うなら、無駄な苦しみは与えない」
「はい……何ですか」
「お前はどうやって、あの村へ入った」
「え?」
そこまで把握してるのに知らないのかよ……。
「えっと……なんか女の人しか入れない雰囲気だったんで、普通に女装して入りました」
沈黙。
「……お前、ふざけているのか?」
「…………」
「次の質問だ。どうファヌスを殺したかは、この際どうでもいい」
赤い瞳が細くなる。
「あいつが持っていたアーティファクトをどこへやった」
……やべ。
「あー……えっと……知りません」
「そうか」
魔人は静かに頷く。
「答える気は、さらさらないようだな」
ゆっくりと片手を持ち上げる。
その周囲へ幾何学的な魔法陣が次々と展開された。
「これ以上の対話は時間の無駄か」
「いや、ちょっと待ってください! 本当なんですって!」
返事を待つことなく魔法陣が輝く。
次々と振動弾が放たれた。
「ていうか、そこまで把握してるなら分かるだろうが!」
木々の間を駆け抜けながら、僕は詠唱を始める。
「燐光よ、裁きではなく――」
ドンッ!
喉へ強烈な衝撃が突き刺さる。
「グハッ……!」
息が詰まりその場へ膝から崩れ落ちた直後、追撃の魔法が肩や脇腹をかすめる。
土煙が舞い上がった。
魔人は慌てる様子もなく歩み寄ってくる。
砕けた剣の切っ先を拾い上げそれを僕の顔へ静かに向けた。
「これで最後だ」
一歩。
また一歩。
「……あれをどこへやった」
こいつバカなのか?
喉潰しておいて質問してくるなよ。
僕の表情を見て何か察したのか、
魔人は「ああ」と小さく声を漏らした。
「……すまない。癖なんだ」
肩をすくめる。
「詠唱させないために、まず喉を潰すの」
……どこの暗殺者だよ、お前。
「合理的だろ? 詠唱もできない人間など、殺すのは容易い」
魔人は静かに剣の破片を振り上げる。
「今、私の仲間――メフィルがお前の連れに別口で当たっている」
赤い瞳が細くなった。
「お前は喋れない。だが、お前の連れは……口を利けるだろう?」
…………。
魔人は迷いなく剣の破片を振り下ろす。
首へ届く、その寸前。
キィン――!
僕は手の甲で刃を弾き上げた。
「なっ――」
魔人の表情が固まる。
同時に、もう片方の手へ眩い光が集束した。
光は一瞬で一本の剣を形作る。
迷いなく、その腹へ突き立てた。
「うっ……!」
魔人の身体が大きく震える。
口から血がこぼれ落ちた。
「完全……無詠唱だと……?」
震える声で僕を見つめる。
「なぜだ……」
血を吐きながらも問い掛ける。
「なぜ、その域に達していながら詠唱をしようとした……」
目がゆっくり見開かれる。
「まさか……この瞬間、私を油断させるために……!」
喉の奥に残っていた痺れが、ゆっくりと引いていく。
軽く咳払いする。
声は出る。
「知りたいか……」
僕はゆっくり立ち上がる。
しゃがみ込んだ魔人の前へ歩み寄り、
左右の角をがしっと掴んだ。
「それは――」
一拍置く。
「詠唱した方がカッコいいからに決まってるだろうがァ!!」
渾身の膝蹴りが顔面へ炸裂した。
ゴッ!!
「ゴハァッ!!」
衝撃で魔人の身体が仰け反る。
――パキッ。
…………。
あ。
角、折れた。
「すいません。でも、そのほうが似合ってますよ」
折れた角を見ながら肩をすくめる。
「パッと見、人間と見分けつかないですし」
その瞬間だった。
周囲一帯へ無数の魔法陣が展開される。
先ほどまでとは比べ物にならない殺気が辺りを震わせた。
口から血を流したまま、
魔人は狂気に満ちた笑みを浮かべる。
「殺す」
その一言と同時に、
すべての魔法陣が一斉に輝いた。
無数の振動弾が豪雨のように降り注ぐ。
地面が砕け、木々が粉々になり爆煙が森を覆い尽くした。
しかし――
僕の周囲を囲む六角形の透明な障壁が、すべての攻撃を受け止める。
一枚も割れない。
一歩。
また一歩。
爆煙の中を、僕は歩く。
「な……」
魔人の笑みが消えた。
「なんだ……その魔法は」
腹へ突き刺さった白光剣を中心に身体が崩れ始め、
もう動くことすらできない。
「これ?」
僕は障壁を軽く叩く。
「六角形の防御魔法がなかったから、自分で作ったんすよ。防御魔法って言ったら、やっぱこれでしょう」
腹へ刺さった白光剣の柄を握る。
ゆっくりと持ち上げる。
腹部から肩口まで一直線に斬り裂かれ、魔人の身体は大きく仰け反った。
「が……あぁっ……!」
空を埋め尽くしていた魔法陣が、
一つ、
また一つと消えていく。
やがて魔人の身体も粒子となって崩れ始め、
風へ溶けるように消えていった。
腕輪が静かに光る。
「ゴブリン以外の討伐を確認。十ポイントが加算されました」
「はぁ……まぁ、マキナはどうせ大丈夫だろうし……」
僕は腕輪の地図を開いた。
「フェア探しに行くか」
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