16 体操着は少しデカ目にしておいた方がいい
廊下を、いつも通りの足取りで歩く。
急ぐわけでもなく、隠れるわけでもない。
マキナの部屋の前で立ち止まると、そのまま何のためらいもなく取っ手へ手をかけた。
ガチャ。
「新機能お披露目かーい」
部屋に入ると、マキナはベッドに腰掛けたままこちらを見た。
「ねぇ、私の部屋をトイレか何かだと思ってる? 何回言ったら分かるの? ノックして」
「え? マキナは鍵の開いてるトイレにもノックするの?」
「だからトイレじゃないって言ってるじゃん!」
「嫌なら鍵閉めればいいじゃん。ツンデレなんだから」
からかいながら近付き、座っているマキナの頭を指先でちょんとつつく。
その瞬間だった。
マキナは反射的に立ち上がった。
しかも、なぜか前かがみのまま。
ゴッ!!
頭頂部が僕の鼻へ一直線に突き刺さる。
「いってぇぇぇっ!!」
鼻を押さえ、その場へしゃがみ込んだ。
「そんな角度で立ち上がるやつがあるか!」
「新機能、お辞儀モード」
「女はいらねぇだろ! そんなモード!」
「え? 男は使うの?」
マキナは本気で首を傾げている。
「……いや、何でもない! もう!」
話を変えるように僕は変身した。
「この体の新機能を伝えに来たの」
「なに?」
「無明の蜜」
左手から黒い液体が滴り落ちる。
液体はゆっくりと固まり、一本の棒へと姿を変えた。
「マキナの天賦、使えるようになった」
「昨日見た」
「あー、そっか。じゃあ話は早いね。必殺技教えて、必殺技」
「疲れるから、あまり使いたくない」
「あるの!? 教えて!」
僕は両手を合わせて拝む。
「……分かった」
マキナはため息をつきながら立ち上がった。
「無明の蜜――終撃」
足元から黒い液体が滲み出す。
それは生き物のように音もなく足を這い上がり、腰、肩、頬へと絡みついていく。
やがて全身が黒に包まれた。
なに⁉
身体が、ゆっくりと上へ伸び始める。
……ん?
膝の位置もゆっくりと上がり、スカートの丈が短くなっていく。
……んん?
肩幅が少し広がる。
指先はすらりと細く伸び、袖は手首から少しずつ短くなっていく。
……んんん?
胸元には柔らかな膨らみが生まれ、幼さの残っていた頬は大人びた輪郭へ変わる。
黒髪は腰近くまで伸び、さらりと揺れた。
そして――
そこに立っていたのは、僕より少しだけ背が高くなり、服が限界まで張り詰めたマキナだった。
「あー……マキナさんになっちゃった……」
胸元を指で軽く引っ張り、小さく息を吐く。
「服がきつい……」
「それは……何? どういう必殺技? 見てるこっちがキツいんですけど。目のやり場に困るんですけど」
そう言いながら、僕はしっかり真正面から見ていた。
「これは……簡単に言うと、とりあえず強くなる」
「ふーん」
僕は立ち上がり、そのままマキナへ近付く。
そして当然のようにメジャーを取り出した。
「なにそれ。どこから出したの」
「動かないでね。すぐ終わるから」
後ろへ回り込み、メジャーを伸ばす。
「こういうの、セクハラって言うんじゃないの?」
マキナが振り返る。
「バッカ言っちゃいけんよ、マキナさん。そんな格好を見せてくるほうがセクハラだよ。捕まるよ? だから僕が服を用意するために測るんだよ」
「ちょっと何言ってるか分からない」
採寸に手こずっていると、
バンッ!
部屋の扉が勢いよく開いた。
「ちょっと二人とも! もう少し――」
フェアと目が合う。
「……え」
その一言だけ残し、扉はゆっくり閉まっていった。
数秒の沈黙。
再び、扉がゆっくり開く。
僕たちは顔を見合わせると、ほぼ同時に変身を解いた。
「ちょっとフェアさーん。レディの部屋だというのに、ノックもせず入るなんて、まったくデリカシーがないなー」
マキナから無言の視線が突き刺さる。
「え、あ、ご、ごめん……。いや、なんかさっき……マキナちゃんの服を無理やり着たお姉さんを、お姉さんが採寸してるように見えて……」
「え……? そんなわけないじゃん。疲れてるんだよ……なぁ、マキナ」
「ん? うん」
「そ、そうよね。私、まだちょっと疲れてるみたい。じゃあ二人とも、もう少し静かにね」
そう言って、フェアは静かに扉を閉めた。
「セーフ」
「アウトだよ」
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