13 ヒールで転んだ怪我ならばヒールで治してしまえばいい
変身を終えた僕は、もう一度ヒナサ村へと向かった。
「はぁー……お兄ちゃんには驚かされてばかりだよ」
隣を歩くリタが、呆れたようにため息をつく。
「褒めても何も出ないよ」
「全部出したからね」
「やかましい……。いいこと教えてあげる。男の子が女の子に変わる時というものは、失禁がつきものなんだよ」
「この世でそんな言い訳できるのお兄ちゃんだけだよ」
「お姉さんね」
そんなくだらないやり取りを交わしながら歩いていると、やがて村の門が見えてきた。
「お兄ちゃん……」
「ここからは、ちゃんとお姉さんって呼んでね」
「……うん」
そして門番へ歩み寄る。
「すいませーん。少し用があって村に入りたいんですけど」
「入れ」
……え。
一瞬、耳を疑った。
「作戦大成功」
その途端、リタは勢いよく駆け出した。
「お姉ちゃん、ちょっと待ってて!」
「ちょっと!」
あっという間に姿は見えなくなってしまった。
◇ ◇ ◇
一時間後。
「待っててって言われたけど……さすがに遅すぎるよ」
もー、どこ行っちゃったの?
「……あんた、旅人かい?」
背後から聞こえたしゃがれた声に振り返る。
そこには、杖をついた一人の老婆が立っていた。
……なんだ、このいかにも怪しい婆さん。
「ぼ、私ですか?」
「他に誰がおる」
「……そうです」
「ほぅ。ならば宿を探しておるんじゃな」
「いや、今リタ少年を待ってるんですけど、全然帰ってこなくて」
「ああ、その少年に頼まれて迎えに来たんじゃよ。この村には宿が一軒しかなくてのう」
「へー」
老婆は何事もないように歩き始める。
僕は少し警戒しながら、その後をついていった。
「お婆さん。この村、随分と活気がないんだね」
「ああ、この前魔物が攻めてきてな。皆、避難しとるんじゃよ」
「へー。お婆さん、この村に若い女の人が二人来なかった?」
「見とらんねぇ」
「そう……」
細い路地を抜けると、一軒の宿が姿を現した。
他の家よりひときわ古く、窓という窓は固く閉ざされ、どこか重苦しい空気が漂っている。
「ここじゃ」
……まじかよ。
老婆は灯りを掲げ、きしむ廊下をゆっくり進んでいく。
「今夜はこの部屋を使いなさい」
「はーい」
「では、ごゆっくり」
扉が閉まる音が静かに響いた。
……なんかこの部屋、甘ったるい匂いがするな。
僕は顔をしかめながら窓へ近付く。
開けようと力を入れるが、鍵は開いているはずなのに微動だにしない。
開かない……。
今度は扉へ向かい、ドアノブを回す。
しかし、外から何かがつっかえているようでびくともしなかった。
「やっぱりあのババア」
そう呟いた瞬間だった。
急激な眠気が全身を襲う。
足元がふらつき、視界が揺れる。
そのまま僕は床へ倒れ込んだ。
◇ ◇ ◇
床がきしむ音で意識が戻る。
「ハッ……!」
反射的に体を起こし、自分の体を確認する。
「……何も、されてない?」
その時、扉がゆっくりと開いた。
「三十分もこの部屋に寝かせておけば、当分は起きんだろう」
声を聞いた瞬間、僕は慌てて目を閉じ、その場で寝たふりをする。
「ぐっすり寝てるな」
老婆は僕の頭へ手をかざした。
「雌性支配」
体の奥で何かが弾けるような感覚が走る。
しかしその魔法は霧のように消え去った。
「こいつ……。お前ら、入ってこい」
二人の女性が無言で部屋へ入って来て僕の両腕をそれぞれ肩へ回し、そのまま体を引きずり始めた。
足先が床を擦りながら進み、やがて床はゆるやかな下り坂へと変わる。
宿の奥には地下へ続く入口が隠されていた。
人工の通路は途中で途切れ、その先には洞窟が広がっている。
奥へ進むにつれ、僕を支える二人の歩調が乱れ始めた。
肩が小刻みに震え、息も荒い。
「ぅ……」
小さなうめき声を漏らした直後、二人は僕を支えきれず、その場へ倒れ込んだ。
「何をしてる」
老婆が苛立った声を上げる。
二人は虚ろな目のまま、ぴくりとも動かない。
「ずいぶん早いな。使えん」
呆れたように吐き捨てる老婆を見て、僕はゆっくりと立ち上がった。
「自分で歩きましょうか?」
老婆の動きが止まる。
「……なんだと? 三十分だぞ」
目を見開き、信じられないものを見るような顔をした。
「まあいい……」
倒れていた女性たちが再び震えながら立ち上がる。
「まだ動けるだろ」
二人は僕へ飛びかかり、無理やり地面へ押さえ付けた。
「うわー」
「仕方ない……死ぬかもしれんが、直接吸わせるか」
老婆は懐から見慣れない魔道具を取り出し、僕へ向ける。
「聖なる光」
淡い光が二人を包み込んだ。
虚ろだった瞳にゆっくりと光が戻り、二人は力尽きたようにその場へ崩れ落ちる。
「もう」
僕は服についた砂を払いながら立ち上がった。
なんか入ってるな……この婆さん。
「な……! 俺の魔法を解いただと!?」
「お婆さん、なんか口調変わってるよ」
「チッ」
老婆は舌打ちすると、そのまま洞窟の奥へ向かって逃げ出した。
……ん?
「おーい、どこに行くんだい婆さんや」
慌てて後を追いかける。
だが数歩走ったところで、ヒールが岩の隙間へ見事に挟まった。
「ぐぇ!」
顔から盛大に転ぶ。
「もう! なんでデフォでヒール履いてんだ!」
起き上がって辺りを見回した頃には、老婆の姿はもうどこにもなかった。
……逃げられた。
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