COLOR グレー&グレー
暑かった夏がようやく秋へと移り変わり、少しずつ夜が長くなって来た頃、私の違和感は
いよいよ形を成して私の心を駆り立て始めた。
「見られている」と言う感覚は日増しに強まり、「後を追けられている」気配を
感じる事も多くなり始めた。
それでも「気のせいだ」「何かの勘違いだ」と自分に言い聞かせていたが姿の見えない
「その影」は少しずつ、だが、確実に私から心の余裕を奪っていった。
私は会社を休む日が多くなった。
心配した竹原は以前にもまして優しくしてくれた。私も以前にも増して彼に甘えた。
彼がいると安心する。しかし、いない日はどうしようも無い程不安定になった。
一つの躓きは連鎖を産む。
竹原は程なくして重要な仕事を抱えてしまい、以前の様に私のマンションを訪れる
回数が日毎に減って行った。が、それでも毎日彼から掛ってくる電話が私の精神を
ギリギリの所で支えていた。
きっとそれすら無かったら私はとっくに壊れていただろう。
それにもう一人。広美の存在は大きかった。
会社を休みがちになった私を放っておく筈もなく、彼女は私のマンションを何度も
訪れてくれた。
彼女はお菓子やDVDやらを山の様に持って来て機関銃の様にバカ話や最近出逢った
男の話などをしゃべり続けた。
主に広美が話して私が聞くばかりだったが話の内容よりも彼女の気遣いが嬉しくて
気が付けば私は笑っていた。
こんなに穏やかに笑えたのは久しぶりだと思う。
「やっと笑った」
「え?」
「美鈴の笑った顔。最近全然見てないから心配だったんだよ」
「ごめんね。広美・・・心配掛けて」
「ううん。全然。気にしないで。アンタ、本当に大丈夫なの?竹原さんも今、
大事な時期みたいだからなかなか逢えないと思うけど連絡くらいはちゃんと
取ってるの?」
「うん。大丈夫。一応、毎日連絡はくれるよ。彼と話してる時が一番安心するから」
「ホホウ・・・心配で来てあげた親友を目の前にして惚気るなんて
なかなかやるじゃない?美鈴ちゃん?」
「惚気だなんて・・・ごめん・・・」
「ふふっ冗談よ。まっ笑顔も見れたし少しは元気になったのかな?」
「うん。お陰で少し元気出来てたよ。ありがとね・・・広美」
「大した事してないけど、元気が出たなら私も嬉しいよ」
「ところでさ、美鈴?」
「うん?」
「本当に最近どうしたの?相談に乗るよ?もしかして話しにくい事なのかな?
もしそうなら無理にとは言わないけど。私に出来る事があったらいつでも言って欲しい」
親友は真っ直ぐに私を見詰める。本当に力強い瞳だと思う。
「あのね、前に誰かに見られてるかもって話、覚えてる?」
コクリっと頷く。
「それがね、最近エスカレートしている気がするんだ。見られてるだけじゃなくて
最近は後を追けられてる気もするんだ」
「マジ?確かめたりしたの?勘違いとか思い過ごしとかじゃなくて?」
「確かめた訳じゃないけど、絶対気のせいとか勘違いなんかじゃない!
ずっとずっと見られてるし、ずっとずっと追けられてるの!!」
私は自然と泣き出してしまった。
今までの不安や恐怖、誰にも言えなかった事を声に出した瞬間、
感情が爆発したのだろう。
広美はそんな私をただ黙って優しく抱きしめ、頭を何度も撫でてくれた。
「大丈夫だよ」っと。
私が落ち着くのを待って広美はゆっくりと言葉を選ぶ様に言う。
「それって「ストーカーされてる」って事だと思う。私達の力で何とか出来る様な事じゃ
無いと思う。いつでも良い。明日でも明後日でも。
早い内に警察に相談に行こう?私も一緒に付いて行くからさ」
「うん。あちがとう・・・」
「良いんだよ。当たり前じゃん。でも、私も付いて行くからには色々聞かれるかも
知れないし、もし美鈴が警察からの質問で困ったときに助け船を出せるかも知れないから
辛いと思うけど私にも話、聞かせてくれないかな?」
私は頷き思い当たる節を広美に聞かせた。
「誰かに見られている」そう感じ始めた時、私には一人。頭に浮かぶ人物がいた。
佐山聡。竹原と付き逢い出す前に交際していた男の名前だ。
名前は伏せていたが、以前から広美に相談していたのは聡の事だ。
聡は真面目で優しくて少しヤキモチ妬きだったが常に私を優先に考えてくれていた。
彼の気持ちは素直にうれしかったし、ヤキモチ妬きの所も可愛く見えた。
しかし、時が経つにつれ、その気持ちは薄れ、「当然の事」と感じる様になり、
ついには彼の私へ向けられる想いを「窮屈」だと感じる様になった。
彼はそんな私の気持ちの変化に気が付きながらも変わらず優しく、大切に想って
くれていたが、私には彼を愛する感情は限界だと感じていた。
丁度時を同じくして竹原との出逢いが聡との別れを決定付けた。
私の別れの意思をを聞くと彼は何度も何度も納得出来ないと言っていたが私の決意が
固い事を悟り、「分かった」と一言だけ残し、部屋を出て行った。
悪いなと思う気持ちは確かにあった。が、心のどこかでは恋愛ではよくある事だと
思っていた事も事実だ。
それ以来、聡とは連絡も取っていない。番号も消去してしまった。
今、彼が何処で何をしているのか私には確認のしようもない。
「そっか・・・話してくれてありがとう。
その佐山って元カレ以外に心当たりは無いんだよね?」
「うん。彼ならココのマンションで同棲してたから私の生活習慣も会社の出退勤の
時間も、どの道を通るかも熟知してる」
「って事はやっぱり一番怪しいよね・・・ねぇ美鈴?」
「やっぱりこのままじゃヤバイ気がする。明日にでも警察に相談に行こ?」
「うん・・・そう・だよね・・・」
広美の言う通りだと思う。しかし、自分をストーキングしているかも知れない人物が
かつての恋人となると少しばかり抵抗を感じる。
そんな私の気持ちを察したのか、広美はまた私を優しく抱きしめ、
「アンタの気持ちは何となく分かるよ。一度は好きになった相手だもん。でもね、
ちゃんと警察に相談した方が絶対良いと思うんだ。それに、」
私の頭をポンポンと軽く叩いて
「まだ佐山がストーカーだって決まったワケじゃないんだから」
そう言って広美は愛らしくウインクをする。
「そうだね。ありがとう」
広美と相談した結果、翌日に警察へ向かう事になった。
失っていた余裕も少し回復したのか、落ち着きを取り戻せた様に思えるのは、
広美のお陰なのだろう。
広美が帰った後、竹原にこれまでの事を全て打ち明けた。
彼は何度も「大丈夫か?」と尋ね、明日、広美と共に警察へ相談に行く事を告げると
今度は何度も「傍にいてやれなくてごめん」と謝った。
本当は直ぐにでも逢いに来て欲しかった。
しかし、彼も今、大事な時期なのだ。恋人として余計な重荷にはなりたくない。
「大丈夫よ」
私も何度も何度も言って電話を切った。




