魔物勇者シオン
ショーゴが異世界へきて5日目。
この日はダンジョンがまだ混雑してたのと、ショーゴに薬草の採集クエストの指名依頼があったので、さっそく4人はバイクに乗って遠出していた。
と言ってもケインはまだ魔動バイクを動かせないので、ミントの後ろに乗せてもらっている。
「相場の3倍の値段で依頼してくるって、そんなに質が良かったのかな?」
そんなことを言いながら、ミントが速度を落とした。ミントは魔法に慣れてるだけに、知らぬ間に魔動バイクを速く走らせてしまっていた。
魔法に慣れてないショーゴと、小型で速度の出しづらいバイクに乗るアッコを、かなり置き去りにしている。いつの間にか300mぐらい離れていたようだ。
「ミントぉ。速いよぉ〜!」
やっと追いついたアッコが、そんな不満をぶつけた。
「なんで魔力がスッポ抜けるような感じがするんだろうなぁ」
最後に追いついてきたショーゴは、いまだ魔動バイクを速く走らせるコツを摑むのに苦労している。
「ミントぉ。今日のクエストは、ショーゴがゴモリを探してるのよ。そのショーゴよりも前に行ってどうするのよ」
「あはは、それもそーだわ」
ミントがアッコに注意されて、小さく舌を出した。そのミントが、
「ショーゴ。ゴモリの根は、どのあたりにあるのかな?」
と、ショーゴに並ぶように走らせながら声をかける。
「それなら、あの森に200mほど入ったところだ。けっこう太くなったものがあるんだよ」
「この前、レッドボアが襲ってきた崩れた崖の近くだわ。もう、こんなところまで来てたのね」
ここはスフルの洞窟ダンジョンへ向かう道から分かれて、北へ向かう道を少し進んだところだった。
「あそこにはアラクネとか、ウォーウルフの群れがいたよね? 森に入って大丈夫かな?」
走る位置をショーゴの後ろにしたミントが、そんな心配を口にする。それに後ろに乗せてもらってるケインが、
「俺たちはもうC級冒険者だぜ。Cランクのアラクネはともかく、Dランクのウォーウルフには楽勝だろ」
などと安気に言うが、隣で聞いていたアッコが、
「あたしたちがC級冒険者になったのは、棚ボタの大幸運があったからでしょ。E級だった一昨日より強くなったわけじゃないと思うわ」
と意見してくる。それを聞いてたショーゴは、そっと自分のステータスを見てみた。
この数日間で少しは数値は上がってるけど、ランクとしてはまだオールEで1つもDランクになってない。ギルドではC級冒険者だが、中味はE級冒険者のままだ。
他の3人のステータスも見てみるが、3人ともE級の初心者に毛が生えた程度である。
だが、そんなことなど知らないケインは、自信満々に、
「そうか? 俺、昨日のうちに装備を丸ごと新調したぞ。あとで見せてやる!」
と言い返してきた。
「さて、ここから森に入るか」
魔動バイクを止めたショーゴが、それをアイテムボックスに収納した。そして、代わりに神さまからもらった魔防マントを羽織り、手に槍を携える。
他の3人も移動中は軽装だったが、森へ入る前にいつもの装備を身に着けた。いつもの恰好だ。
そんな中でケインだけは、フルアーマーで身を包んだ大剣と大盾を持つ剣士になっていた。
「ケイン。それ、重くない? それで動けるの?」
ミントが心配の声をかけた。
「問題ない。これ、軽くて着てないみたいに動きを邪魔しないんだ。さすが一式700万ジェムするだけはあるぞ」
「700万ジェム!? この前のダンジョンの報酬の、半分近くを一気に使ったの?」
ミントの声が裏返った。
「やっぱり金銭感覚がバグったか……」
2人の会話を聞かされたショーゴが、そんな感想を口にする。
初クエストの時、15万ジェムが庶民の月給2か月分よりも多いと聞かされていた。仮に平均月収を7万ジェムと考えると、年収は約84万ジェム。その約8年分の装備をいきなり買ってきたわけだ。
とはいえ、今はそれでゲームのように強くなるのか、元の強さと変わらないのか。そこが未知数なだけに何とも言えないが……。
「まあ、いいか。奥へ行くよ。この近くには魔物はいないけど、一応は警戒しておいて。索敵の魔法にも落とし穴があるかもしれないからさ」
そう言いながら、ショーゴが下草を薙ぎ払いながら進んでいく。
「ショーゴ。ここを掘ればいいのか?」
「ああ、頼むよ」
さすがに森に入ると進むのに時間がかかる。ショーゴたちは10分以上かけて目的地まで来た。ここでゴモリの根を掘るのは、スコップを持ったケインの役目だ。
「これは本当に大きいな。かなり重いぞ」
そのケインが掘り起こしたゴモリの根は、これまで見たことがないほど大きなものだった。
「次はあっちに80mほどだ。他にも小さめのものが2つあるけど、そっちは育つのを待とう」
「本当に索敵とか探索とか、便利な魔法よね。あたしも使えるようになりたいわ」
ミントが激しく尻尾を振りながら、ショーゴの魔法をうらやましがっている。それにショーゴが、
「あとで閲覧の魔法で、どうやれば覚えられるか調べてみるよ」
と答えると。ミントが、
「それは期待するわ!」
と嬉しそうにする。
この世界では魔法は便利すぎるものの、それは個人の生まれ持った才能という意識が強かった。そのため魔法技術を高めていく共通の道筋の開発が疎かになっていたことが、先日のちょっとした話の中で出てきた。
自分の持つ基礎能力から望む魔法が得られる保証はないが、そのためのルート研究は必要である。
「……もしかして2本で、求められた重さを超えちゃったかな?」
掘り出した2本目も、かなりの重さだった。
「どうしよう。余裕を見て、もう1本ぐらい掘っておこうか?」
「そうだな。多くて困るものじゃないし、超えた分は通常の相場では買い取ってもらえるんだろ?」
そんな意見を交わすショーゴたちだったが、
「急いで森を出るぞ。アラクネと化けガラスがこっちに向かってきてる」
索敵の魔法に、近くへ来た魔物の反応が引っかかった。
「アラクネと化けガラス?」
「なんかアラクネが、何羽もの化けガラスに追い回されてるみたいな動きだ。こっちへ逃げてきてるぞ」
と話してるうちに、木々の揺れる音と濁ったカラスのような鳴き声が聞こえてくる。
「この音、まさか木の枝を飛び移りながら向かってきてない?」
アッコが音の感じから、そのような状況を読み取った。
「早く森を出るぞ。ここにいると巻き込まれそうだ」
「さすがにDクラスでも、飛んでる化けガラスは厄介だぞ」
先ほどまでは新しい武器を使いたがっていたケインだったが、いきなりの戦闘には尻込んだようだ。ショーゴの意見に賛成して、4人は通ってきた道を折り返すことにする。ところが、
「ねえ、むちゃくちゃ速くない?」
道ができてるとはいえ、元は足場の悪い森の中だ。早足程度の速度でしか移動できない。
その一方で、近づいてくる魔物たちはとんでもない速さで4人との距離を縮めていた。しかもまるで追いかけてくるように向きを変えている。
「仕方ない。こうなったら迎え討つぞ!」
最初に覚悟を決めたのはケインだ。少し遅れてショーゴも振り返って槍を構える。
ジャンプではなく糸を器用に操って、枝から枝へ飛び移っているアラクネの姿が目に飛び込んだ。その後ろを、何羽もの1つ目のカラスが追いかけてきている。次の瞬間、
「た、助けて〜!」
ショーゴたちに目を向けたアラクネが、そんなことを言ってきた。
アラクネは上半身が人、下半身が蜘蛛という魔物だ。そのアラクネは素っ裸ではなく、糸を晒のように胸を巻いて隠している。
「…………はぁ?」
思わぬ出来事に、一瞬、ショーゴの思考が止まった。だが、すぐも我に返ると、
「おまえ、もしかして日本人かぁ〜?」
と、アラクネに向かって声をかけた。
「そう、そうなんだけど……」
アラクネから、そんな答えが返ってくる。その反応を見て、
「みんな、化けガラスだけを狙うんだ!」
という指示を出した。
「え? アラクネはいいのか?」とはケイン。続いてミントが、
「じゃあ、そういうことで!」
と言って、火炎魔法を連射した。たちまち羽毛が火に巻かれ、2羽が魔石に変わる。それを見て敵わないと思ったのだろう。化けガラスたちがアラクネに向かって恨めそうに我鳴ったあと、すぐに逃げるように飛び去っていった。
「えっと、大丈夫か? というか、おまえ、魔物だけど日本人……だよな? どのくらい日本のことを覚えてる?」
助かってホッとしているアラクネに、ショーゴはそんなことを尋ねる。それを聞いたアラクネがショーゴを見て、ボロボロと涙を流し始める。
「な、何が起こってるのよぉ? 気がついたら森の中にいるし、下を見たら足が蜘蛛になってるし、怖いバケモノには何度も追いかけられるし、もうワケがわかなぁ〜い!」
いきなり堰を切ったようにアラクネが喚き散らして、そのままショーゴに抱きついてきた。
「おまえ、自分の名前は覚えてるか?」
「シオンよ。星澤詩音。星の沢に詩の音って書くの。東京で親とマンションで暮らしてたんだけど……」
「やっぱり異世界に迷い込んで、魔物になった被害者か……」
少し話したことで落ち着いたのか、アラクネ──シオンがショーゴから離れる。
「ショーゴ。これ、どういうこと?」と聞いてきたのはミントだ。
「このアラクネは、俺と同じ異世界から来たんだよ。ここへ来る前に雲の上で神さまから聞いたんだけどさ、神さまが連れてきたのが俺のような勇者で、心に不満を溜め込んでるとこのシオンみたいに魔物になってこっちに迷い込んでくるそうだ」
と説明しながら、ショーゴが「閲覧、アラクネ」と魔法を使って、調べ物を始める。
「不満って、何を溜め込んでたのかな?」
とミントが気になったようだ。それに、
「言いづらいこともあるだろうから、あんまり詮索してやるな。でも、かなりストレスを溜め込んで毒舌家になるか、ねちねちと相手を追い込む悪質クレーマーになった女性がアラクネになるみたいだよ」
「ゔ……」
ショーゴの説明に、シオンが小さく唸って顔を逸らせた。心当たりがあるらしい。
「毒舌家?」「悪質くれえまあ?」と繰り返したのはミントとアッコだ。
それにシオンの肩がピクッと反応している。そんなシオンを見るみんなの視線が、少しずつ冷たいものに変わっていく。
「しかし、参ったな……。雲の上で会った神さまから、『安っぽい倫理観など働かせず、魔物になった者はさっさと倒して悪い夢から覚ましてやれ』って言われてるんだけど……」
「ひっ! ちょっと、まさか……」
今度は顔を真っ青にして、ショーゴから後退って離れていく。
「倒すの? 会話できる相手だと、抵抗があるんだけど」とはミントの言葉。
「そうなんだよなぁ。言葉の通じない相手なら遠慮なく倒せたけど、実際に話をしちゃうとなぁ……」
ショーゴも倒すとは言ったものの、本音ではどうしたものかと迷っている。
「なあ、ケイン。言葉を話す魔物の話って、これまでに聞いたことあるか?」
ショーゴはまだ異世界へ来て5日目であるため、このあたりの話には触れてない。それならこの世界で生きてきたケインに聞いてみたのだが、
「ウワサでは聞いたことはあるが、ホンモノを見たのは初めてだぞ」
「うん。あたしも伝説やお芝居の中だけの話だと思ってたわ」
「あたしも同じ」
3人にとっても初めてのケースであるらしい。
「こりゃあ、ディアさんに報告して、教えてもらうのが良さそうだな」
「クエストを中断して、街に帰る?」
「それが一番だろ。すぐ行ってもディアさんならご神託を受けて、ギルドで待っててくれると思う」
ミントの確認に、ショーゴがそんな方針を口にする。
「じゃあ、帰ろうか」
と言って最初に動いたのはケインだ。続いてショーゴも、
「じゃーな、シオン。また会おう。達者で暮らせよ」
と別れを告げようとするが、
「ちょっと待ってよ!」
シオンが強い力でショーゴの腕を摑んできた。
「あたしも連れてってよ。いつまでも、こんなところ独りぼっちなんてイヤだわ!」
「連れてけって、おまえ、街に行ったら周りの冒険者に狩られないか?」
「う〜ん。それも何とかして……」
シオンが困った表情を浮かべてワガママを言ってくる。
「それなら取り敢えず、ショーゴの使い魔ってことにするのはどうかな?」
そんな案を出してきたのはアッコだ。
「フォエネル村にいた時、ピクシーを使い魔にした冒険者さんに会ったことがあるわ」
「あ、いたわね。ピクシーを肩に乗せて、道を聞いてきた人」
ミントも一緒に見てたことを思い出したようだ。
「あたしたちにはピクシーの声は聞けなかったけど、あの時、何か話をしてたのかも……」
「えっと、ピクシーって、羽の生えた小さい妖精でいいのか?」
「そうよ。Eランクの弱い魔物だけど、知恵が回ってワナを作るし、弱いけど魔法も使えるから厄介なの」
アッコがそんなことを教えてくれる。要するに本体は弱いが、知恵と魔法のせいで意外と手強い魔物かもしれない。
「じゃあ、あんたの使い魔でもいいわよ。認めてくれるまで逃さないからね!」
いきなり糸を出したシオンが、ショーゴに巻きつけてきた。
「待て! 魔物の本性を出すな! それを街でもやったら、確実に狩られるぞ」
「え? それはマズイかも……」
ショーゴに注意されて、シオンが慌てて出した糸を回収する。
「わかった。連れていくよ。でも、シオンは街の人から見たら、Cランクの魔物だからな。大人しくしててくれよ」
「ホント? それなら受け入れてもらえるように努力するわ」
シオンの表情が、パアッと明るくなった。
森を出たショーゴたちは、また魔動バイクを出して帰路についた。ケインは行きの時と同じで、ミントの後ろに乗せてもらっている。そしてショーゴの後ろには、シオンが乗ることになった。というより、蜘蛛の下半身でショーゴの背中に抱きついて肩に手を突いているので、前から見ると後ろに立って乗ってるような感じだ。
「街に着いたらさ、マトモなものを食べたいわ。森の中じゃロクなものが食べられなかったのよ」
シオンはようやく森での生活から抜け出せたので、どこか上機嫌になっていた。自分が魔物であることも忘れて、これからの街での暮らしに思いを馳せてるようだ。
「シオン。おまえ森に何日ぐらいいたんだ?」
「今日で7日目よ。本能なのかな? 糸で小鳥や虫を捕まえて食べてたけど、あまり気分の良いものじゃなかったわ」
「7日? じゃあ、俺よりも先にこの世界へ来てたんだな?」
「え? あんた、何日目なの?」
「俺は今日で5日目だ。神さまから目が覚めたら一夜の夢だけど、ここで何十年も暮らすかもしれないと言われたよ」
「何十年? じゃあ、あたしもこんな姿のまま?」
シオンの気分が、一気に急降下していく。そのシオンが、
「そういえばあんたの名前、聞いてなかったわね。ショーゴって呼ばれてたけど」
「宇津木将吾だ。神さまから何かの才能を目覚めさせる修行だって言われて、この異世界へ放り込まれたんだよ」
「何かの才能? 何をするの?」
「そこは教えてくれなかった。自分で探せだとさ」
「それは、お互いに災難だね」
「それにしてもシオン。森に7日間もいたって言うけど、街に向かおうとは思わなかったのか?」
ショーゴが気になることを尋ねた。
「ここに来た最初の日に、山の上から遠くに街があるのは見えたの。だからずっと向かってはいたのよ」
「向かっては?」
「だけど、何っていうか、何度も魔物に襲われて、逃げまわってるうちに方向感覚が……ね」
(もしかしてシオン、方向オンチなのか?)
話を聞きながら、ショーゴがそんなことを思った。
「あ、そういえば3日前、この近くにある山崩れがあったところで、崖の上からアラクネがこっちを見てたけど、あれ、シオンだったのかな?」
「たぶん、あたしじゃないわ。森には崖がいくつもあったけど、人と出会えたのはショーゴたちが初めてだよ」
「つまり森には他にもアラクネがいるってことか……」
などと話してるうちに、スフルの街が近づいてきた。
その街を見て、シオンが期待と緊張の入り雑じった、複雑な表情を浮かべている。
「ショーゴさま。魔物を使い魔にして連れ帰ったのですか……」
街に戻ると、ショーゴたちは検問で引っかかることもなく、すんなり入ることができた。シオンを使い魔にしたという理屈が通り、入場料2000ジェムを支払うことで街に入ることが許されたのだ。
今、冒険者ギルドのロビーでは、思わぬ珍客に冒険者たちがザワついている。
「えっと、この子、何とか保護することって、できませんかね?」
「できますわ。冒険者として登録すれば良いだけです」
ショーゴの質問に、ディアがしれっと答えてくる。
「魔物でも冒険者になれるんですか」
「問題ありません。言葉を使えるようになった魔物は人を襲わなくなりますし、何よりも異世界での記憶も戻られるので、ショーゴさまのように勇者さまとして扱わせていただきます。登録には3000ジェムをいただきますが冒険者カードをお見せすれば、お店も宿も問題なく使えますわ」
そう言ったディアが、シオンの前に冒険者の登録申請書類を出してくる。
「文字は書けますよね?」
「どういうこと? まんま、日本語なんだけど……」
書類を手にしたシオンが、驚いた顔で凝視している。
「名前はカタカナで書くんだ。名字が先だぞ」
「わかったわ。ホシザワ・シオンっと……」
ショーゴに教えられて、シオンが氏名欄に名前を書き込む。
「ディアさん。魔物が冒険者登録をしたケースって、過去にもあったんですか?」
シオンが書類を書いてる間、ショーゴがそんなことを尋ねた。
「珍しい話ではありますが、魔物勇者の報告は過去にも何件かありますわ。シオンさまのようにアラクネがもっとも多かったと存じますが、他にもミノタウロスやグレイベア、それからフェンリルが魔物勇者になったという話もありますわ」
「へぇ〜。魔物勇者って呼び方まであるのか」
ショーゴがその話に感心してしまう。
「でも、冒険者になったら、魔物退治とかしなくちゃいけないのよね?」
書類を書き終えたシオンが、そんな心配を口にする。
「冒険者に依頼が来るお仕事は、魔物退治ばかりではありませんわ。薬草などの素材集めとか、物を運んでもらうとか……。あ、前にいたアラクネの勇者さまは、看板業者に雇われてましたわ。アラクネは魔法を使わなくても壁の昇り降りができますし、糸で看板を上げ下ろししたり、仮止めして取付ける工事もお手の物でした。他にも保育園で子供と遊んでいる方がいましたし、そうそう、このスフルではありませんが、糸で服を作って売られてた方もいましたわ」
「へぇ〜。あたしにもできる仕事があるんだ」
シオンの目に、この世界で生きていく希望のようなものが見えてきた。だが、
「それなら建物の窓掃除とか……」
「あ、それは魔法があるので、そういう仕事の依頼は少ないですわ」
思いついた仕事が、魔法の存在によって打ち砕かれていく。
「この世界には魔法があるから、地球の常識は通用しないんだよなぁ。洗濯も魔法があるから、クリーニング屋をほとんど見ないし……」
世の中には生活魔法を使えない人もいるので、存在しないとは言わない。だが、需要が少ないので、お店自体が少ない。
「そのあたりはショーゴさまと同じように、冒険しながら見つけるのが良いと思いますわ。とはいえ魔物の勇者さまは、御使いの勇者さまとは違って、早い方だと数か月、長くても10年以内には元の世界へ帰られる傾向がありますの」
「え? それって、死んじゃうってこと?」
ディアから聞かされた意外な話に、シオンが不安な顔をする。
「いえ、ある日、光になって元の世界に帰られるのですよ。だいたいは休んでる時に、急に光りだして消える感じですわ。これは御使の勇者さまも同じで、教会へ来られて神々さまと対話してる時に、急に消えた方もいらっしゃいました」
「前触れみたいなものはあるんですかね?」
「おそらくあると思いますわ。事故や魔物との戦いで亡くなった勇者さまは、アイテムボックスに入ってたものを最期の場所にドッサリと残されるのですが、消えていく方々はほとんど何も残さないと言われてます。お迎えがくる前に整理されたのではないかと……」
「へぇ〜。ということはお告げか何かで、心を準備する余裕はもらえるんだな」
まだ来たばかりだが、遠い未来の話にちょっと安心する。
「それでは冒険者カードを作ってきますので、しばらくお待ちください」
話してる間にすべての準備が終わり、ディアが奥の部屋へ入っていった。そこでショーゴが、
「さて、手続きが終わったらどうしようか? 時間が時間だからお昼を食べてから、だけど……」
と、このあとの予定を聞いてくる。
「クエストの続きはしないの?」と聞いたのはミントだ。
「クエストについては、取り敢えず今ある分でクエストが達成してるかどうかだけは確かめておこう。クエストの続きをやるとしたら明日以降だな。午後は少なくとも、シオンがこの街で暮らせる準備はしてあげないと……」
ショーゴがそのように答えながら、シオンに目を向ける。
「そのままの恰好でもいいけど、やっぱ服と宿は必要じゃないか?」
「そうねぇ。やっぱ服は欲しいかな。いつまでもこの恰好は恥ずかしいし……」
シオンがそんなことを言いながら、胸に巻いた糸を引っ張る。
「ショーゴが泊まってるのって、あの6階建ての宿屋よね? あそこに空き部屋はないの?」
と聞いてきたのはミントだ。それにショーゴが、
「5階と6階は空き部屋だらけだよ」
と答えた。
「俺は屋上に出て星が見たいから今の6階の部屋が気に入ってるが、なんか他の人たちは4階でも泊まるのを嫌がるらしくてさ。6階は俺の貸し切り状態だ。俺なんかこの前のダンジョンでたんまり稼いだから、そのまま1か月延長させてもらったのに」
「星を見るために宿の6階に泊まってるって、それは物好きね。あたしたちはあっちの運河沿いにある貸し部屋を借りてるわ。貸し部屋なら宿屋より安く済むけど、今、3人で1軒家を借りようかって話をしてるの。ダンジョンではたっぷりと稼がせてもらったから」
「1軒家か。引っ越しが大変……でもないか。ここではアイテムボックスがあるから手間がないんだよな。家財だろうが何だろうが、アイテムボックスがあれば手ぶらで移動できるし……。というか……」
ショーゴはこの世界ではアイテムボックスにたくさんの物が入れられるため、数日間暮らしてきた中で、部屋にはベッドとテーブルさえあれば、あとは何一つ家財道具はなくても不自由ないことに気づいていた。それを考えると、ここでの引っ越しは簡単そうだ。
「あ〜、美味しかった。やっとマトモなものを食べられたわ」
シオンがお腹をさすりながら、上機嫌な顔をしていた。
シオンの冒険者カードができたあと、ショーゴがディアに教えられた食堂で食事を済ませたところだ。
ちなみにクエストは条件は達成していたため、そのまま終わりにして精算も終えている。
「このあとは服と必要そうな日用品を揃えたところで宿に行こうか。何か欲しいものはあるか?」
「部屋は寝るだけのとこ? 夜中、時間を潰せるような場所やモノはあるかな? この身体、あまり睡眠を必要としないみたいなのよね。だから夜が長いというか……」
シオンがそんなことを言ってきた。それでショーゴが、
「夜が長い……か。検索、アラクネの睡眠事情。……って、アラクネって、1日に何回かに分けて寝るけど、ほとんどの睡眠は20分だけ? 例外として疲れが溜まった時や、ケガや病気で身体を休める必要がある場合に、何日もまとめて寝ることがある……か」
と、アラクネの特性について調べてみる。
「あ、やっぱりそうなんだ。夜は身を守るために糸で作った繭に籠ってたけど、とにかく朝まで暇でしょうがなかったわ。明るい時間帯なら街を目指して移動してたから気も紛れたけど、夜になったら何もすることがないから、なんでこんなことになってるのかってイヤな考えがグルグルグルグル……」
「なるほどなぁ。俺は雲の上で会った神さまにもらった『閲覧の魔法』で、昨日も寝るまで調べ物をしてたからなぁ。時間を持て余すなんて考えもしなかったぞ」
ショーゴは言われてみて、ふと考えた。そして、
「その暇つぶしで魔法は使ってみなかったか? というかアイテムボックスとか、検索や探索とか、シオンはどういう魔法が使えるんだ?」
「アイテムボックスって、物を出し入れする魔法のこと? それはできるわ。あとは火の魔法ぐらいかな? 糸を操るのは魔法とは違うと思うけど……」
「自分のステータスを見ることはできるか? 自分に手のひらを向けて、『鑑定』って魔法を唱えるんだけど……」
「鑑定? ……できないわね。それでステータスが見えるものなの?」
「いや。見えないのなら使えないんだろう。神さまは勇者だけに与えるチート魔法って言ってたから……」
やはり最初から勇者として選ばれた者にしか与えられない魔法らしい。
「シオン。この世界のことを知る意味で、本でも買ってみるか?」
「本? それもいいけど……。さすがにマンガなんかないよね?」
シオンがそんなことを言いだした。
「マンガ? あるのかな? なあ、ミント。本屋にマンガなんて置いてあるかな?」
ショーゴが買い物に付き合ってくれてるミントに尋ねた。
「それ、どういうものなの?」
「絵が中心で物語が進んでいくものだけど……」
「絵物語みたいなものかな? あれ、けっこう高いわよ」
「それは、たぶん違うわね。あたし、マンガでも文字が多いと読みたくないなぁ」
シオンは文字を読むのが苦手みたいだ。そのシオンが、
「それより紙と鉛筆は手に入らないかな? 落書きしてれば気も紛れるわ」
ようやく欲しいものが心に浮かんだようだ。
「もしかして絵を描くのか?」
「うん。マンガがないのなら、自分で描いちゃおうかなって……」
「マンガかぁ。もしかしたら過去の勇者の中にも、マンガを持ち込んだ人はいたのかもしれないな」
そんなことを言うショーゴの目が、服屋を見つけた。
一行はすぐにそのお店に入って、まずはシオンの着る服を選んだ。その間に話し合って、次に画材を扱っている雑貨屋で紙や鉛筆だけでなく、絵の具や筆なども手に入れた。
それを手に入れたシオンは宿を決めると部屋に籠って、夕食を摂るのも忘れるほど夢中で絵を描き続けていた。それに気づいて心配したショーゴが夜食を差し入れたが、それには手を付けないまま朝まで絵を描き続けていた。




