魔動車講習会
「おはようございます、ディアさん。今日はやけに人が少ないですね」
翌日、ケインたちとギルドにやってきたショーゴが、いつもと違う雰囲気に気づいて声をかけた。
少し遅くなったが朝のこの時間帯はまだ多くの冒険者たちがロビーにある掲示板で今日のクエストを見つけて、受付の前で長い行列を作っているはずだ。
それにディアが、
「すべてショーゴさまたちの昨日の働きの影響ですわ」
と答えて、カウンターに置かれてた新聞を見せてくる。
「昨日の?」
「ええ。そのご活躍が新聞に載りまして、早朝はかなりの話題になってましたの。そこに専門家の意見として『持ち帰った魔石の量から考えて、何年も誰も入らなかった小部屋を見つけたのだろう。1日に数十gの魔石しか生み出さない部屋でも、1年間放置されれば10kg以上の魔石や、何百体という魔物を生み出す可能性がある』と……」
新聞には、しっかりと昨日のことが書かれていた。ちなみに掲載したのはスフル新聞という地元紙だ。
「それで話を知ったみなさんが、今日はクエストを受けずにダンジョンへ向かったようで……」
「つまり他にも見落とされていた部屋があるんじゃないかと……。2匹目のドジョウはいるんですかね?」
「探せば3匹はいるんじゃありませんの?」
おかげで今日のロビーは静かというか、平和というか。たぶん事務室にいる人たちは忙しいかもしれないが、カウンターで待つ受付嬢たちはすることがないため暇そうにおしゃべりをしている。
「それでですね、ショーゴさま。C級になりましたので、さっそく行かれませんか? 魔動車の講習会。実は今日の講習会をキャンセルしてダンジョンへ行かれた人たちが多いので、定員が……ですね」
「あらら……」
D級以上になったら案内が来るという講習会。本来とはちょっと違う形ではあるが、さっそくやってきたわけだ。
4人は今日の予定を決めていたわけではないので、すぐに受けてみることにした。
「いらっしゃいませ〜。魔動車の講習会へ、ようこそ〜!」
会場として案内された広場に着いたショーゴたちを、高価な身なりをした男が出迎えてきた。おそらくこの講習会の主催者だろう。
ここは舗装はされてないが、地面はよく踏み固められて平らに整えられている。そこには何台もの魔動バイクや魔動車が並べられ、白線や木箱で練習用の道も作られている。
それでも、ここは講習会場であって教習所ではない。この世界にはまだ運転免許証という制度はなく、魔動車を売り込みたい商売人たちが消費者を増やすために、受講者に手取り足取り動かし方を教える場所である。だからこそ主催者らしい男の口調は、教官というよりもセールスマンという感じがする。
その講習会には主催者を含めて12人の教官が来ているが、受講者はショーゴたちの他に3人の計7人だった。教官の方が多い異常事態である。
「いつも、このくらいの人数を教えてるのですか?」
「とんでもございませ〜ん。いつもは多い時で20人以上の受講者が来られるのですが、今日はどういうわけかみなさんキャンセルされてしまって……」
主催者と思われる男が大げさな仕種で嘆いている。
その事情を知っているだけに、ショーゴたちは困った笑顔を浮かべてしまう。
「ところで、この中に魔動車を動かした経験のある方はいますでしょーか?」
当たり前かもしれないが、誰も手を挙げなかった。つまり全員が完全な初心者だ。
「わかりました。それではみなさん。まずはこの台車に乗って、動かす感覚を摑んでください」
主催者と思われる男の言葉で、教官たちが人数分の手押し車を持ってきた。お店などで使われる、取っ手付きの台車だ。
それが受講者1人1人に渡され、各自が思い思いの姿でそこに乗る。その乗り方には個性があった。ショーゴは胡座を掻いている。アッコは正座だ。ケインは立ったまま乗り、ミントは体育座りである。他の受講者も四つん這いだったり、片膝立ちだったり、足を伸ばして取っ手を背もたれにして座ったりと、全員が全員、違う乗り方をしている。
「それでは、みなさん、魔法で台車を動かしてみてください。人によって前に押し出す感じ、後ろから押される感じ、前から引っ張られる感じなど、ご自分に合った動かし方を模索してください。普段は魔法を使えない方でも、9割以上の人は動かせるはずです」
「魔法で動かす……か、やっぱ前に進む感じ……だよな?」
主催者の話を聞いて、ショーゴがさっそく動かしてみようとする。
最初に動かせたのは、片膝立ちで乗ってる受講者だった。
「お、お、お、お、お……」
と声を上げ、乗り方が不安定だったのもあって転んで台車をひっくり返している。
「素晴らしい! 失敗は気にしないでください。あなたはまだ初めて歩いた赤ちゃんです。転ぶのは当然です」
主催者が手を叩きながら、最初の受講者を褒めた。その間に、
「あれ? なんで〜!?」
次に動かせたミントが、勢いよくバックしていく。それで事故になったら大変と、教官たちが走り寄って受け止めた。
「今、どうされたのですか?」
「えっとですね。押す感じだと前にも後ろからも動かせなかったら、じゃあ前から引っ張る感じで動かそうと思ったら後ろに動いちゃって……」
「なるほど。イメージとは違う形で魔法が出てしまいましたか。魔法を習い立ての頃は、よく思ったものと逆に動くことがあるでしょう。いえ、魔法に限らず、思いつきで正解とは逆のことをしてしまうことも、誰もが1度や2度は経験するものです。それは身体がまだ正解を知らないため、取り敢えず動かした方向が逆だったというだけです。これはよくあることですから、1つ1つ体験しながら、正しい感覚を身体に覚えさせていきましょう」
主催者がみんなにも聞こえるように話しながら、取っ手を押してミントの乗る台車を最初の位置に戻していく。
「おっ! ちょっとだけ動いた……」
ショーゴも台車を動かすのに成功した。だが、
「う〜ん。どうやれば動いたんだっけ?」
一度止まってしまうと、また台車は動かなくなった。その横をお尻をぺたんと付けて座る女の子座りになったミントが、
「あれれ? まっすぐ進まない……」
時計回りにゆっくりと回転しながら通りすぎていく。
「なるほど、こんな感じか」
ゆっくりとだが、ショーゴの台車が進み始めた。台車を横滑りさせず、曲がりながら向きもちゃんと変わっている。
「動かせるようになった方は、そのままこちらにある木箱の周りを回ってみてください、動かす感覚を養いしましょう」
主催者がそういってコースを示した。白線と木箱で示された、単純な周回コースだ。
そこへ最初に向かうのは、四つん這いで乗ってる受講者だ。その彼に続いて、ショーゴもゆっくりとそのコースへ向かっていく。
「何で回るのよぉ〜!」
ミントは動かせるものの、くるくると回るクセに悩まされていた。
「あたしも、何で回るんだろ?」
ミントほどではないが、アッコも動く方向とは関係なく、身体の向きが変わっていく現象に困っていた。
それでも動かせるようにはなってきたが、
「動かねえ……」
ケインと足を伸ばして座ってる2人は、最初の場所からまったく動く気配がなかった。
「くるくる回ってるお嬢さん方、今の台車のようなものに乗る時にはお困りでしょうが、それなりに動かせてますから、魔動バイクや魔動車を動かす時には問題はありませんよ〜。でも魔法の効率を考えると、回らない方が動かす時に疲れませ〜ん」
「何で回り始めるのぉ〜?」
ミントもアッコも一度止めたあとで走り始めると、また回転も始まっている。
その頃、思い通りに動かせるようになったショーゴは周回コースへ出ていた。
コース脇に立つ教官が、
「道は左側通行です。追い越す時は、必ず右側から抜いてくださ〜い」
と、注意を繰り返している。
「あ、また抜かれた……」
ショーゴは周回コースをくるくる回る中で、四つん這いで乗ってる受講者の台車に、何度も追い越されていた。それも1周する間に、2回も3回も抜かされるほどの速度差だ。
「力の使い方が間違ってるのかなぁ? 火に空気を送る時……みたいな?」
ショーゴはどうして速度が上がらないのか、原因がわからなかった。駆け足ぐらいの速さになると急に魔力が漏れるような感じがして、むしろ力を入れるほど速度が落ちいくような気がしている。
竈のような場所で燃やす火なら、空気を送り込むほど強く燃え上がっていく。だが、周りに囲いのない場所での火だと、必要以上に強い風を送ったら火は強くなるどころか消えたり、吹き飛ばされたりして小さくなってしまう。ショーゴはそれに似た感じをイメージしていた。
「いいです、いいです。みなさん、魔法には個人差がありますので、自分のやり方は自分で見つけなくてはなりません。いろいろと考えてくださ〜い」
主催者が試行錯誤する受講者たちを見て、またそのような言葉をかける。
そんな中、台車の上で仁王立ちしてるケインが、
「やべえ。俺だけ動かせてねえ!」
まったく動かない状況に焦りを覚えていた。先ほどまでケインと同じように動かないでいた受講者の台車も、今は亀の歩みほどの遅さだが前に進み始めている。
「それでは動かせるようになったみなさまは、次にキックボードに乗っていただきま〜す」
ということで、魔法で動かせるようになったところで、講習は次の段階へ進んだ。
「これ、前後に1つずつしか輪っかがないわよ。倒れないかな?」
ミントが渡されたキックボードを見て、不安定な様子に不安を覚える。それに主催者が、
「問題はありませ〜ん。魔動バイクにお乗りいただく前に、まずは魔法を使わず、二輪車を乗る感覚を体験していただきま〜す。台車を動かせなかったあなたも、せっかくの機会ですからキックボードに乗ってみましょう」
と説明しながら、足で地面を蹴りながら受講者たちの前でキックボードを走らせてみせる。
「こっちもキックボードなんてあるんだな。誰かが教えたのか?」
と零したのはショーゴだ。その隣ではケインが、
「これは屈辱だぜ……」
1人だけ動かせなかったことを苦々しく思っていた。
「それではみなさん。思い思いに乗ってみてください。慣れてきたら、先ほどのコースに出てもいいですよ〜」
キックボードから降りた主催者が、そう言って受講者たちにも乗ってみるように促してくる。
最初はみんな、恐る恐るという感じだ。片足だけをボードに乗せて、ちょっと早足で動いてるだけという受講者が多い。しかもハンドルで前輪の向きが変わるため、そのあたりの感覚に馴染めなくて苦労してるようだ。
そんな中、ショーゴはすぐに乗らず、
「このキックボードにはブレーキがないんだな。でも、それ以外は同じだ」
と確かめると、勢いよく地面を蹴ってボードに両足を乗せた。そしてクルッと向きを変えて、左右にスラロームしながら戻ってくる。
「ショーゴ。うまい……」
「……だね」
ミントとアッコが思わず目を留めた。その2人のところまで来てキックボードを止めたショーゴが、
「これに似た乗り物が、俺のいた世界にもあるんだよ」
と、他の受講者や教官たちに聞こえない声で教える。そのショーゴが、
「ちょっとコースを1周して、そのあと魔法で動かしてみる」
と言い残してコースへ出ていった。
「ミント、アッコ。これ、台車よりも簡単だぞ」
ケインもすぐにキックボードを乗りこなせるようになっていた。それを見て他の受講者たちも、次々と乗るコツを摑んでいく。
「素晴らしい。今日のみなさんは、大変に優秀です。これならば問題なく、魔動バイクに乗られても問題はないでしょう」
主催者は上機嫌だった。
すぐに魔動バイクが用意され、戻ってきた順にキックボードから乗り換えていく。ただし台車を動かせなかったケインだけは台車に逆戻りだ。
「魔動バイクは大きな車輪が付いてますので、多少の段差なら乗り越えられます。慣れてくると荒れた山道でも、ガンガン走れますよ〜」
主催者がそう言うと、教官たちが先にコースに入った受講者たちをあちこちのコースへと案内する。道に小さな丸太が置かれてある場所や、小さな階段のあるコースにも行かせている。
「魔動バイクって、要するにペダルとブレーキのない自転車とかスクーターだな」
魔動バイクには2種類あって、自転車のように跨って座るタイプと、スクーターのように足を閉じて座るタイプだ。
また自転車のように乗るタイプには、ペダルの位置にフットレストになる棒が付いているものと、前寄りの場所に乗馬で使う鐙が吊り下げられてるものがある。
女子はスクータータイプだが、ショーゴはフットレストのあるバイクを選んだ。
そしてショーゴはバイクに乗ってはみたものの、すぐに走らせるのを躊躇っていた。その理由は、
「すみません。これ、ブレーキのあるものはないのですか?」
という問題だ。だが、そんな質問をされた主催者は、
「ブレーキとは、何ですかな?」
と、初耳のような反応だ。
「魔法で走らせるのは良いのですが、止める時は?」
「それも魔法でやってください。ぶつかりそうになったら前に魔法の盾を作るとか、相手を緩衝魔法で包むとか……」
「あ、そういう……」
すべて魔法ありきだった。それだけに事故が心配だ。
「もしかして魔動車にもブレーキはないのですか?」
「ございません」
「坂道に車を停める時は?」
「その時は車止めを使うか、すぐにアイテムボックスに仕舞ってくださ〜い」
「アイテムボックスって……」
その一言で、街中に路上駐車された魔動車や魔動バイクを見かけない理由を理解した。
「ブレーキがないと思うと、これは怖いな」
ショーゴがようやく魔動車を走らせた。だが、ブレーキがないと思うと、速く走らせるのを躊躇ってしまう。
とはいえコースでは、
「はい、この白線のところで止まってください!」
教官が停止線を示して魔動バイクを止める練習をさせている。
上手く止められない受講者もいるが、ミントもアッコもちゃんと停止線の前で魔動バイクを止めている。ブレーキを知らなくても、魔法で動かすという意識があるとできる人の方が多いのかもしれない。これも魔法ありきの世界で暮らしてる人たちの感覚だろうか。
「うわっ。これは止めるのが怖いな」
ショーゴは少し速度を出したところで、急ブレーキをかけてみた。とはいえ魔法がうまく反応せず、思ったよりも止まるまでに長い距離を走っている。ブレーキの利きが悪いバイクに乗ってる気分だ。
「はい、この白線のところで止まってください!」
教官に言われたところで、バイクを止めようとした。だが、わずかに停止線を越えてしまう。
「惜しいです。止める時の感覚も、早めに摑んでください」
簡単な指導を受けた。
「それでは本日の最後です。魔動車を動かしてみましょう」
と言った主催者が、受講者たちを魔動車の並ぶ場所へ連れていった。そこには様々なデザインをした魔動車が置かれている。軽自動車ほどの大きさで、4人乗りのものが多いだろうか。
「さすがにこの大きさでも、あたしのアイテムボックスには入らないかも」
そう零したのはアッコだ。買ってもアイテムボックスに仕舞えないとなると、置き場に困ってしまう。
「お買いにならなくてもレンタルを利用されれば良いのです。せっかくの機会ですから、いろいろ乗られてはいかがでしょうか」
さすがはセールスマン。主催者はいろいろと押しが強い。
「俺はこれに乗ってみよう」
ショーゴは大きめの魔動車を選んだ。そこに、
「では、わたしが助手席に乗りましょう」
と言って、教官の1人が先に左座席に乗り込む。
運転席にはハンドルしかなかった。うすうす気づいていたけど、足元にはペダルがない。シフトレバーもない。すべて魔法でやれというわけだ。
「じゃあ、動かしますよ」
と断って、ショーゴが魔動車を走らせた。
「ハンドルの感じはいかがですか?」
「思ったよりも多く回さないとダメみたいですね」
さすがにパワーステアリングではなかった。車軸とハンドルが直結してるため、回すのに強い力が必要になる。いわゆる古い時代の車だ。
「それでは、あちらのコースを走ってみましょう。一本道ですので、白線から外へ出ないように走らせてください」
教官に示されて、ショーゴは教習コースへと入っていた。
コースはS字だったり、クランクがあったり、細い場所があったりと変化に富むものだ。
「あなた、いきなり大きめの車を動かしてるのに上手いですね」
「そうですか? さすがにハンドルの感覚には、すぐには慣れませんが……」
などと言いながらも、S字を問題なく抜けていく。そのあとクランクも無難に通りすぎ、狭い場所も余裕で抜けていく。
まあ、サンデードライバーでも、このくらいのコースなら問題はないだろう。
「まさか初心者がこの狭い道をイッパツで成功するとは……。ベテランでも魔動車の運転に自信のない人は、アイテムボックスに入れて問題のなさそうなところまで魔動バイクや徒歩で移動してるんですよねぇ」
教官がそんなことを言ってくれる。アイテムボックスがあるだけに、地球では考えられない使い方をしてるようだ。
そんなショーゴの後ろからは、
「うわっ、はみ出た。曲がらない曲がらない曲がらない曲がらない……」
ミントが小さな車を運転しながら、にぎやかに騒いでいた。
「みなさま、お疲れさまでした。本日はいかがでしたでしょうか?」
そんな講習会も、終わりの時間になった。
「参加していただいた方には、魔動車とバイクのパンフレットを差し上げてます」
教官たちから、1人1人にパンフレットが手渡された。
「せっかくC級になったんだから、魔動バイクぐらいは持っておきたいな」
とはショーゴの言葉。
「移動には便利だものね。あたしのアイテムボックスはあまり大きくないから、小さい魔動バイクはないかな?」
と言ったのはアッコだ。
「ミントのアイテムボックスは大きいから。魔動車を買うってのどうだ? パーティの移動用にさ」
そんなことを言ったのはケインだ。ケインは最後まで台車を動かせなかったが、アイテムボックスは持ってるので魔法がまったく使えないわけではない。主催者から今日1日ではコツを摑めなかっただけと慰められ、ひそかにリベンジを狙っている。
それを言われたミントは、
「魔動車はイヤ。あんなに神経をすり減らすとは思わなかったわ。乗るなら魔動バイクでいいわ」
という感想だ。
そんな4人の後ろで、主催者が手をモミモミしている。そして、
「お買い上げ、ありがとうございましたぁ〜〜〜〜〜!」
と主催者の声が跳ね上がったのは、ショーゴとミントが魔動バイクの上位モデルを、アッコが小型の魔動バイクを即金で買ったからだった。




