異世界の街(後編)
「これ、ペダルのない自転車かと思ったら、魔法で走らせるものだったんですか」
「二輪の魔動バイクは1人での移動に適してますわ。それに魔法の使えない人でも、四輪の魔動車や魔動バスに乗せてもらえば歩かなくても長旅ができるようになりましたの」
ショーゴたちは街の北側にある工房の集まる区画に来ていた。
最初は武器を見るつもりだったが、それよりも目についた乗り物の方に関心が向かっている。
「ここにトロッコとレールがあるってことは、どこかに鉄道も走ってるんですか?」
次にショーゴの目が向かったのは、工房の周りに敷かれた鉄道だった。そのトロッコには鉱石が積み込まれている。
「鉄道ですか? それはどのようなものでしょうか?」
「この鉄で作られたレールがどこまでも続いてて、その上をこのトロッコを大きくしたものを何両、何十両と繋げて物を運ぶ乗り物ですが……」
「さあ、わたしは見たことありませんわ」
ディアには本当に心当たりがないようだ。そこへ、
「鉄道か。ありゃあ邪魔っけなだけの失敗作だ」
と言って、たくましい体つきの老技師が話に加わってくる。
「これはディアさま。ひょっとして新しい御使いの勇者さまのご案内かな?」
「アルバ親方。お久しぶりですわ」
「本当に久しぶりじゃな。ここへ見学に来る勇者さまは何年ぶりかのう?」
「もう4年ぐらい来てませんわ。異世界の技術を教えていただけないかと、ここは真っ先に案内したい場所なのですが、武器には興味を持っても、モノづくりに興味のある勇者さまは少ないというか……」
「そういう技術に詳しい勇者さまは、ほとんどがトルクメントやミナミントへ行ってしまう感じじゃったからのう。一度で良いから、このスフルで生み出されたものが、世界に広まるところを見てみたいのう」
「わたしもこの土地の神さまたちも、それが一番の希望みたいですわ」
2人がそんな感じで意気投合している。そこへショーゴも、
「トルクメンとかミナミントって、どのあたりにある街ですか?」
と入ってくる。
「トルクメント帝国とミナミント王国ですわ。どちらもここから南にある国ですの」
「じゃがトルクメント帝国は6年前の大災厄で滅んでしまったがの。その技術の多くは、生き延びた技術者たちが持ち込んだことで、ミナミントに伝わってると言われておる」
「帝国が滅びるほどの大災厄って、何があったんですか?」
「大地震と津波じゃ。なんでも大津波は高さ50mを超えておったそうじゃぞ。徹底的な防災技術で建国以来2度の大地震を乗り切って1600年以上続いたトルクメントじゃったが、3度目の大地震には耐えきれんかったようじゃな。死者は何千万とも億を超えたとも言われておる。皇帝の家族も幼い皇女殿下を1人残して、あとは行方知れずと聞いておる」
「すさまじい地震災害があったんですね。それが6年前に……」
恐ろしい災害の話を聞いて、ショーゴが街のある方へ顔を向ける。そして、
「ところでこの街は地震が来ても大丈夫ですか?」
と、気になることを尋ねた。
「そこは安心せい。おまえさんら異世界から来た勇者たちのおかげで、地震対策はバッチリじゃ。昔は街を城壁で囲んでおったのじゃがのう。それでは地震が来た時に危ないと、ほとんどの街が今では堀による守りに変わっておる。堀の石垣も、地震に耐えられるよう反るような曲線を描いておるぞ」
「ああ〜。堀に関する話は知りませんでした」
そのあたりはショーゴの管轄外の話であった。
「で、鉄道の話じゃったか? それに関してはわしが若い頃、トルクメントに留学した時に聞いておるぞ。あれはレールが他の交通の邪魔になるでの。あまり評判が良くなかったそうじゃぞ」
「鉄道があれば、たくさんの荷物が運べるのに?」
「ははは。異世界から来なさった方は、みんな同じことを言うんだな。荷物なんてものはアイテムボックスに入れて持ち運ぶもんだ。世の中にはアイテムボックスの使えない者もいるが、使える5〜6人に1人は、そこにあるトロッコ2〜3台分の荷物は運べる。1人で10tは余裕だ。すごいヤツになると1人で大きな倉庫何十個分もの荷物が運べるんだ。そいつが魔動バイクに乗って遠くまで運びゃあ済むんだから、わざわざ鉄道なんて邪魔っけなものを敷く必要なんてないだろ」
親方がそう言って、鉄道の無意味さを教えてくる。
「じゃあ、運河で物を運ぶのも……」
「船なんて遅いじゃないか。それに水路があるところしか動けんじゃろ。船なら重いものを運べるかもしれんが、使い勝手が悪すぎじゃ」
「魔法、便利すぎじゃないか……」
親方の話を聞いて、ショーゴは文明の発展が止まってる理由がわかったような気がした。
となると鉄道の他にも、この世界では魔法に負けてしまう技術は多くありそうだ。
「じゃあ、このトロッコは?」
「これはアイテムボックスから出し入れする手間や浮遊魔法を使う労力を考えると、工房のちょっとした荷物の持ち運びぐらいなら魔法に頼るよりも楽だからにすぎん」
「ちょっとした生活の知恵と工夫ですか」
いろいろあるようである。となると気になるのは、
「もしかして蒸気機関やエンジンを伝えた人はいますかね?」
というものの存在だった。
「おるぞ。動力機とか呼んでおったな」
「やっぱり、もう教えた人はいるんですか。でも、あまり普及してるようには見えませんけど……」
「そりゃあ機械の大きさの割に、パワーが不足しておるからのう。それでも赤と青の魔石があれば長時間にわたって動かせるので、使い方によっては重宝しておるぞ。長い航路を結ぶ大型船とか、規模の大きな鉱山や工場とか……」
「すみません。赤と青の魔石って?」
「赤は火を出す魔石、青は水を出す魔石じゃ。最初に蒸気機関を作った勇者どのは薪で火を熾して、大きなタンクに入れた水を沸かして動かしたそうじゃがのう」
「すぐに火と水を魔法にして、この世界に最適化させたのですか。……じゃあ、エンジンの方はどうですか? あれは燃料として石油が必要ですが、この世界に石油はありますかね?」
「石油なら知っておるぞ。西にあるペトレオンという地域で湧き出ている臭水と呼ばれる黒いネバネバした液体じゃろ。あそこはダンジョンでも有名な土地じゃ」
「そこまで知られていながら使われてないってことは……」
肩を落としたショーゴが、ゆっくりとディアに体を向ける。
「すみません、ディアさん。わたしの知識ではこの世界の役に立ちそうもありません」
「早い、早い、諦めるのが早すぎますわ!」
異世界へ来て初日で挫折するのは早すぎる。
「そうだよなぁ〜。俺のいた世界からここへ大勢来てるんだ。その中には鉄道とか蒸気機関とか自動車技術とか思いつくだけでなく、そういう技術を持ってきた人も少なくないはず……だよなぁ。それなのに定着してないんだから……」
そう零したショーゴの目が、最初に見た魔動バイクに向かった。
「ここは魔法のある世界だから、あれみたいに技術も魔法込みで考えないと意味がないのか。これ、どのくらい昔からあるんですか?」
「魔動車か? そりゃあ車輪が発明された何千年も昔からあったぞ。たしか5千年じゃったかのう?」
ショーゴの疑問に、親方が答えた。
「そんなに昔から? じゃあ、馬車はもっと古いのかな?」
「馬車が出てきたのは1600年ほど昔じゃ。北の国から馬が入ってきてのう。それで魔法の弱い人たちにも移動に使える乗り物が出てきたのじゃ」
「馬の方があと? あ、そういえば……。検索、馬の歴史」
ショーゴが雲の上で会った神さまの話を思い出して、この惑星における馬の歴史について探った。
「馬って、俺たちと一緒に地球から持ち込まれたのか……。まさか馬を持ち込むように頼んだ人がいるのかな?」
たしかに親方が言うように北の国で家畜化されて、そこから大陸全体に広がっていったようだ。
「それが300年ぐらい前から、じゃったかのう。ベアリングというものが出てきたことから、状況が一気に変わったのじゃ。弱い魔法でも車輪を動かせるようになったので、そこから馬なしで走らせる魔動車が一気に広まったという感じじゃな」
「ベアリング? 軸の回りを良くする……」
「そうじゃ、そうじゃ。そのあと街道が今まで以上に整備されるようになってのう。それまでは不定期じゃった乗り合いバスが定時運行されるようになって、世の中がどんどん便利になったのう」
「それなのにエンジンは普及してないんですね」
「そりゃあ作るのが大変なのに、苦労に見合うだけの便利さを感じぬからのう。あれは金持ちの道楽じゃ」
「技術的には可能でも、使い物にならない……か」
世の中には国威発揚や国の威信のために、採算度外視で使われる技術がある。ショーゴの脳裏にはアポロ計画や、空飛ぶ自動車が浮かんでいた。アポロ計画では月への有人飛行を成功させたが、その後は予算との折り合いで半世紀以上も月に人類を送れなかった。空飛ぶ自動車も1920年代から挑戦だけは続いているが、いまだ実用化されてない技術である。
「ショーゴさま。可能でしたら、事務仕事を自動化できる機械を作っていただけないでしょうか。ショーゴさまのいた世界には、それがあるんですよね?」
「コンピューターですか。ただの計算機でも、苦労しそうだなぁ」
ディアの望みに、ショーゴが困った。
「それ以前に、ここでは電気関係の技術は、どのくらい進んでますかね? 電気があれば灯りとか、オーブンとか、洗濯機とか……」
「それも異世界から来なさった方が、よく言う技術ですな。灯りなら光魔法のおかげで夜でも明るいぞ。オーブンは火の魔法があるから、必要はないかのう。異世界の方が洗濯と言っておるのは、わざわざ水や洗剤で服を洗うことじゃろ。それも浄化の魔法があるから、わざわざ洗濯をする機械を作るという意味もないわ」
「…………魔法、便利すぎだろ……」
この世界にはコンピューターがないというのはわかったが、魔法が便利すぎて他に持ち込める技術はあるのか、見つけるのに苦労させられそうだ。
「こりゃあ素直に、冒険者として生きるしかないかなぁ?」
時間をかけて工房を見学し終えたショーゴは、神々の期待に答えるのは楽じゃなさそうだと思い知らされていた。
そのショーゴは運河沿いにある公園にいる。今はそこにあるベンチの背もたれに沈むように座って、覚えたての浄化魔法で服と体を洗っていた。ディアから魔法を使うための簡単な手ほどきを受けたのだ。今は火と風の魔法で濡れた髪や服を乾かしているところである。
「ディアさん。浄化魔法があれば、ホテルのお風呂やシャワーはいらないんじゃ?」
「シャワーはうまく魔法を使えない人のため、お風呂は湯船に入ってリラックスするためですわ」
「ああ、ちゃんと意味はあるのかぁ。この世界の常識から覚えないといかんなぁ」
服を乾かしながら、後ろに倒した顔で街に目を向ける。
視線の先では疲れてるとわかる人たちが歩いている。仕事帰りの勤め人か、街へ帰ってきた冒険者というところだろう。
すでにかなり日が傾いてるため、さすがにこれから出かける冒険者はいないのだろう。続々と帰ってきてる様子から、この街にはかなりの数の冒険者がいるようだ。
「ところでディアさん。この世界では冒険者になる人って多いんですか?」
「多いと言いますか、家の仕事を継ぐとか、将来の方向が決まってるという人以外は、だいたい冒険者として働きながら安定した仕事を探す感じですわ」
「冒険者が就職活動?」
「冒険者ギルドに出されるクエストの中には、その働きによって人材を採用しようとするものがありますの。アルバ親方の言っていた大きなアイテムボックス持ちの荷物運びも、そういう人材を見つけようとするクエストですわ。それで依頼主に認められると、そこで働くようになったり、荷運びで生計を立てようとし始めたり……」
「なるほど。そういう道筋があるんですか」
とはいえ冒険者に若い人が多いようには思えない。
「ですが、この街の周りには7つものダンジョンが見つかってますので、周りの街から集まってきてる冒険者も多いですわ」
「ダンジョン? この世界にはダンジョンがあるんですか? まさか中に入ると魔物がいるんじゃ?」
「はい。魔物はダンジョンから湧き出していて、外に出た魔物が山や森の木々に隠れて広がってると言われてますわ。ショーゴさまのいた世界にはダンジョンはありませんでしたの?」
「ないですね。魔物も魔法もない。あるのはファンタジーゲームの中だけです」
「またファンタジーゲームですか?」
「ホント、つくづくこの世界はファンタジーゲームの世界だよ」
呆れたようにぼやきながら、ショーゴが姿勢を正してくる。服はすっかり乾いているが、ショーゴはシワが残ったことを気にしている。
「ところでダンジョンって、そこら中にあるものですか? どの街も近くにダンジョンがあるとか……」
「ダンジョンは1つの国に5〜6個もあれば多い方です。それなのに、この街の近くには7つもありますわ。これはかなり異常ですの」
「どのダンジョンも、奥へ行くほど魔物は強くなりますか?」
「その通りですわ。中には奥まで行くとAランク以上の魔物が出てくるため、半分のダンジョンでは調査が終わってません。中にはSランクが出たという報告もありますわ」
「そこもゲームと同じだなぁ。それで外に出た魔物は……?」
「このあたりでは装備も持たずに森に入るのは危険ですわ。街道や農地のあるあたりでの遭遇はかなり減ってますが、それでも街から離れるほど危険が大きくなります」
「離れるほどって……。ますます『はじまりの街』じゃないですか」
などと言ったショーゴの頭に、ふと疑問が湧いた。
「ところで異世界からくる勇者って、ほとんどがこの街から冒険を始めるのですか?」
「いえ、そんなことはありませんわ。上の神さまが、勇者さまができるだけ各地に分散するようにと、時々の状況に応じて割り振られてると聞いてます」
「でしょうね。雲の上で会った神さまの口ぶりから、少なくとも科学や技術に明るい人材は、下ろす場所を順番に決めてるらしいことは感じましたから」
そう言ったショーゴが、真っ直ぐに前を見て何かを考えている。
「じゃあ、もう1つ。この街の近くに出てくる魔物って、他の街のものと比較して弱めですか?」
「ハッキリ言いますと、ショーゴさまが街に来られる前にラビットウルフと出会ったように、この街では近くまで魔物が寄ってきてるほど危険ですわ。街を囲むように7つものダンジョンが見つかってますので、この街における魔物の危険度や遭遇率は大陸の中でもトップクラスです」
「それじゃあ、ここを『はじまりの街』だと思って出てった人たちは、さぞかし面食らってるだろうなあ」
そんなことを考えると、ショーゴはついニヤついてしまう。
「ですからここで始まった勇者さま方は出ていてしまうのですが、逆に他の街に降りた勇者さま方は、一度はこのスフルにやってくると言いますか……。それでも定着してくださる勇者さまはお一人もいないと言いますか……」
「もっと強い魔物の出る街があるから……ですか?」
「はい。どうしてみなさま、ストイックに上を目指して出ていかれるのか……」
「そりゃあ、ここがゲームの世界だと思ってるからだろうねぇ」
などと零したところで、ショーゴが空を見上げて固まった。
日が落ちて空が暗くなり始めている。その中に2つ、3つと明るい星が輝いているのだが……。
「すげー。青緑色の惑星状星雲だ。かなり近くにあるんじゃないか?」
暗くなりかけている星空の中に、青緑色をした二重の光の輪と、その中にS字の渦巻きのある大きな星雲が見えてきた。
ショーゴがまずその星雲に向けて腕を伸ばし、親指を立てる。親指の2倍半の幅。次に拳を向ける。だいたい半分。ということは満月の10倍ほどの大きさだ。それが、かなりの明るさで輝いている。
「あれ、エメラルド星雲じゃないかな? だとしたら、やっぱりここはへびつかい座の方向にある可能性が高そうだ」
大きさを測り終えたショーゴが、腕を下ろして興奮している。
「そうだ。検索、空の惑星状星雲、地球での呼び名」
神さまからもらった魔法を使って、自分の知識と照らし合わせようとする。だが、
「件数なし?」
何も情報はなかった。そこで空かさず、
「検索、空の青い星雲」
と調べてみる。
「空の紋章? マキアーの夏の空に見られる青みがかった緑の星雲。……これだけ?」
検索して出てくるのは、あくまでもこの世界でわかる範囲の情報だった。地球の知識は持ち込めないらしい。
まあ、それができてたら、もっとこの世界での技術は進んでいたかもしれない。
「そうだ。検索、マキアーの衛星」
ショーゴが調べ物ついでに、そんなことを聞いてみた。
「え? マキアーには衛星が3つもある? 11日、30日、48日の周期で、直径は約1000km、2400km、3800kmか……」
「黒い月、白い月、赤い月の3つですわ。3つの月はほぼ同じ大きさに見えますけど、黒い月はうっかりすると気づきませんよ。ほら」
そう言って、ディアが空を指さした。そこには半分欠けた黒い月が、星空に隠れるように浮かんでいる。
「本当に黒い月だ。不気味……」
そこには雪玉が黒く汚れたような月が浮かんでいた。その中に真っ白な放射状クレーターが印象的である。木星の衛星ガニメデやカリストみたいなものだ。
それを見上げるショーゴの顔は、言葉とは裏腹に歓びに満ち溢れている。
「ショーゴさま、楽しそうですわね」
「わくわくしてますよ。せっかく来た異世界ですから、思う存分に楽しんでやろうと思ってます」
ショーゴの瞳は輝いていた。
「地球より星が多い。ここはオリオン腕の先っぽでも腕の中だ。たしか地球の10倍の密度だっけ? それより、検索、マキアーのある恒星系の惑星」
などと調べ物を始めるが、そのショーゴにディアが、
「ところでショーゴさま。夕食はどうされますか?」
と尋ねてくる。
「夕食ですか? もう、そういう時間でしたか」
「よろしければ、ご一緒しませんか? ショーゴさまにとっては初めてのお食事でしょうから、食堂に多いシステムをお教えする良い機会にもなります。異世界から来られたみなさまは、システムに戸惑われるみたいで……」
「そんなに変なシステムなんですか? じゃあ、お言葉に甘えてご一緒します」
ショーゴが調べ物をやめて、食事の誘いに乗った。
そしてディアがお薦めする食堂を選んで、入っていった。
「お待たせしましたぁ。最初にお肉の盛り合わせと、2人分のピラフでございます」
食堂に入ると壁ぎわの席に着いて、さっそく料理が運ばれてくる。
「お肉は800ジェム、ピラフは2人分で360ジェムです」
ウェイトレスが料理を並べてる間に、ディアがテーブルにお金を並べていた。それを数えたウェイトレスが、
「はい、たしかにいただきました。すぐ野菜炒めとスープをお持ちしますので、お待ちください」
お金をポケットに入れて、料理が出てくるカウンターのところへ戻っていく。
「代金は、食事が運ばれてくるたびに払うのですか?」
「はい。ウェイターやウェイトレスには計算のできない人が多いので、あとでまとめて精算ができないのです。ですから、できるだけ細かいお金を持っていた方が良いですわ。大きいお金ですとお釣りの計算ができないので、時に揉める場合がありますの」
そのように説明しながら、ディアが取り皿を渡してくる。
「まさか、ここでの買い物は、みんなこんな感じですか?」
「このような払い方をするのは、お食事をするところぐらいです。他のお店では計算のできない店員はいても、お会計はちゃんと計算のできる人が担当してますので、そこで細かいお金を手に入れておくのをお勧めしますわ」
「じゃあ、食堂でも計算のできる人に会計を任せれば良いのでは?」
「そうしないのは食い逃げ対策です。それに酔い潰れて会計ができなくなる場合もありますので……」
「それなりの理由があるんですね」
と話してるところへ、先ほどのウェイトレスが、
「野菜炒めとスープ、それと飲み物をお持ちしましたぁ」
と戻ってきた。それを見てディアが、5つのお金の山を作っていく。
「はい、たしかにいただきましたぁ。ごゆっくりどうぞぉ」
またお金をポケットに入れて戻っていく。
「さて、冷める前にいただきましょう。本日も神々のお恵みによって無事に食事に在りつけますことを感謝いたします。……」
ディアが神への祈りを捧げてから、スープをスプーンですくって口に運んだ。それを見ていたショーゴも、
「では、いただきます」
と軽く手を合わせてから食事を始める。
ショーゴもスープから手を付けた。肉と野菜を煮込んだものだ。
「ピラフを取り分けますわ。ショーゴさまの分は、一度に盛ってもよろしいでしょうか?」
「はい。お願いします」
ピラフも肉も野菜炒めも、大皿で出てきて取り分ける方式だった。それをディアが取り皿に分けていく。
「あ、けっこう美味しい……」
一通り口をつけたショーゴが、そんな感想を言葉に出した。それを聞いて、ディアがニコッとする。
「それは良かったですわ。このお店は2年前にできたのですけど、ミナミントで異世界の知識を持った聖女さまから料理の手ほどきを受けてきた優良店ですわ」
「聖女? 聖女になった異世界人がいるんですか?」
「申し訳ありません。そのあたりは存じませんが、ここができるまでは『この世界の料理は大味すぎる』と、勇者さま方の評判が良くありませんでしたの」
「そうなんですか? 雲の上で会った神さまからは、わたしのいた世界の食文化が持ち込まれてるから、食事の心配はないと聞かされてるのですが……」
「それはおそらく『食材』のことを言われてるだけと思います。それでちゃんとした料理に仕上がるかどうかは別の問題ですわ」
「……ああ、あれか。繊細な味付けができるか、調味料任せで食えればいいの男料理かって違いかな?」
何か思い当たることがあるのか、ショーゴがそう言って苦笑する。
「今は商業者ギルドが料理教室を開いて、この街の料理人たちの技術向上を目指してますわ。ただ一部の料理人が、そういう学び直しに抵抗を持ってるようで……」
「そういう人、どの世界にもいるんだなぁ〜」
などと納得しながら、ショーゴがお肉の盛り合わせの中にあった唐揚げを口にする。
「それにしても驚きましたわ。異世界から高い食文化が入ってきてましたので、以前は毎日美味しいお食事ができてると思ってましたの。ところが、ここの料理を食べるようになってから、それまでの料理が不味いとは言いすぎでしょうけど、他のお店の料理に違和感を覚えるようになりましたわ。見た目は変わりないのに、何が違うのかしら?」
これは日本旅行をした外国人が、帰国して感じるものと同じだろう。
「そっか、この世界の文明を成長させるためには、伝えるべきものは工業技術以外にもあるよなぁ。俺には料理の才能はないけど、探せばいろいろ出てくるかも……」
「ショーゴさま。その時は是非とも、このスフルに腰を据えて、ここから広めてくださらないでしょうか」
ディアにとっては、そこがもっとも重要な問題だ。これ以上『はじまりの街』にされるのは勘弁という気持ちだろう。
「ははは。それは考えておきます」
とはいえショーゴにとっては、せっかく来た異世界だ。いろいろ見て回りたい気持ちもあるだけに確約はできなかった。
そのあと2人は食事をしながら、ショーゴの語る異世界の話を聞きながら、ディアがその技術が欲しい、それも実現して欲しいと盛り上がるのだった。
まあ、そのほとんどがテレビや映画、アニメ、芸能界といった分野に偏ってはいたのだが……。




