異世界の街(前編)
「いきなり街を案内しても良いのですが、先に宿泊先を決めてからの方が良いですわね」
ギルドを出たショーゴは、ディアに案内されるままギルドの真正面に伸びる道を歩いていた。街に入ってきた時の道を、今は外に向かって歩いている。
「このあたりは冒険者ギルドと街の出入り口の間にあることもあって、冒険者や旅行者がよく使うお店が多いのですわ」
「冒険者専門の服屋に魔法道具屋、携帯食料品店ですか。その割には武器屋や防具屋が見当たりませんが……」
「武器屋と防具屋でしたら、通りから少し入ったところに小さなものが数軒あります。ですが工房が街の中央から離れた北側の島に集まってますので、そちらを利用される方が多いのですわ」
「武器を作る時の騒音問題ですか?」
「それもありますが、それよりも排煙の問題ですわ。魔法を使って排煙を減らしてる工房もありますけど、強く安定した火力を得るために、石炭を使ってる工房が多くありますので……」
「石炭……。ああ、あのあたりか……」
右にある建物の間から、遠くで黒煙が立ち昇る様子が見えている。あのあたりに工房があるようだ。
「ショーゴさま。このあたりの運河沿いに、肝心の旅館や冒険者宿が集まってますわ。大通りに近い宿ほどお高めで、通りや運河から奥へ行くほどお安くなってますわ」
「宿ですか? 食堂が多いように見えますが……」
「1階が食堂や酒場で、2階より上が素泊まりの宿泊所になってる店構えのところが多いのです」
「上が? あ、なるほど……」
ショーゴは下に並んだ店だけを見ていたため、上については気にしてなかった。
「ショーゴさまは、どのような宿をお求めでしょうか? 大部屋に並んだベッドで横になるだけの宿でしたら、1泊600ジェムからありますわ。個室ですと寝泊まりするだけでも最低1200ジェムかかります。シャワーやお風呂、お洗濯など、別途かかるか、込みになるかでも料金は変わってきますが……」
「それなら、近くに星空のよく見える場所のある宿がいい……ですかね?」
「星空……ですか?」
「さすがに野宿して一晩中見たいわけじゃないですけど、せっかく来た異世界ですから、星空を見てどのあたりに来たのかを実感しておきたいんですよ。雲の上で会った神さまは、わたしのいた惑星から6000光年ほど前にあると仰ってましたので、アンドロメダやマゼランのような天体が、どの方向に見えるのかなぁ〜と……」
「6000光年? アンドーウメダ? マゼラン? ショーゴさまは星読みのお仕事をされてたのですか?」
「星読み? それはどのような仕事ですか? 宇宙を研究する学者ですか?」
「星の動きや変化を見て、未来を占ったり、時代の変化を読み取ったりするお仕事ですわ」
「ああ、占星術ですか。わたしのいた世界でも、科学的な観測が始まる500年ぐらい前までは、そんな感じでした」
「500……年……」
ショーゴの話を聞いて、ディアが固まっている。それでハッと我に返ったディアが、
「もしかしてショーゴさまのいた世界が、星空の中に見えるのでしょうか?」
と聞いてきた。
「それは無理ですね。わたしのいた世界が見えるのは、目の良い人でも30数光年が限界です。ここまではその200倍近い距離がありますから、見ようと思ったら大きな望遠鏡を作らないと……」
「ボーエンキョー? ショーゴさまのいた世界では、そのような道具を作れるのですか?」
「そうですよ。今では多くの天文学者たちが天体までの方向や距離を測って、詳しい宇宙地図を作ろうとしてます」
「宇宙の地図作り……ですか?」
またディアの想像の範囲を超えたのか、また固まりかけている。そんな様子を気にもせず、
「わたしたちのいる天の川銀河は真ん中にバルジという棒状の星の集まりがあって、そこから出た4本の星の流れが1周半ずつ回る渦巻きを作ってる棒渦巻銀河という形をしてることもわかってます。でも、わたしのいた地球は、その4本の流れの1つではなく、大きな流れの間にできた長さ1万光年ほどの小さな星の集まり──オリオン腕の後ろ寄りのところにあります。この惑星はそこから6000光年前にあると言いますから……。ああ、同じオリオン腕の先頭集団のあたりにあるんだ……」
と語っていたショーゴが、急にマイヤー星のある場所に当たりをつけた。
それを聞かされたディアが、
「ショーゴさまは、そんなことまでわかっちゃったのですか?」
と目を丸くしている。
その反応を見て、ショーゴは「あ、やっちまった」と舌を出した。
「じゃあ、4日分、銀貨6枚で……」
宿屋を決めたショーゴが、カウンターにお金を置いた。
星空を見るために、屋上に出られる6階建ての宿を決めていた。地上には街灯があるので光害はあるが、宿のある建物は周りよりも高いため、屋上に出れば下からの光はそれほど問題にはならないかもしれない。
「星空を見るためなんて、そんな理由で宿を決めた人は初めてだよ」
宿屋の女将が、そんなことを言いながら部屋の鍵を渡してくる。その鍵には「603」と部屋番号が書かれていた。
ここはショーゴの希望を聞いて、ディアが案内してくれた宿屋である。1階は多くの宿屋がそうであるように、通りに面したところは大きな食堂になっていた。
その食堂の奥に、宿泊利用者用のカウンターがあった。ここで手続きをした者だけが、そこから奥へ向かう通路への入場が許される。
通路の先には階段が見えていて、その横にお風呂やシャワーなどの水回りが用意されている。
「最上階を借りるなんていう物好きはあんたしかいないから、気楽に使ってくんな」
「見晴らしがいいのに、6階の泊まり客はいないんですか?」
「あたしも背の高い宿屋を作れば、最上階は見晴らしの良さで料金を高めにしても客は絶えないと思ってたんだけどねぇ。階段の昇り降りが大変だからって、普段は4階までしか埋まらないんだよ」
旅館を建てる時に、思わぬ誤算があったようだ。エレベーターがなくて階段で昇り降りするしかないとなると、そういうものかもしれない。
実際、ほとんどの建物が3階建てか4階建てなのには、ちゃんとした理由があった。
「だから5階と6階に泊まる客にはシャワーとお風呂を無料にしてるけど、他に泊まる部屋が見つからないからって、渋々5階を借りる人がいるぐらいだねぇ。6階となると滅多に借りる人がいないから、あんたみたいな物好きは大歓迎さ」
などと言って、女将がシャワーとお風呂を利用するための板状の鍵も渡してくる。
宿泊料金はどの階でも同じだが、女将が語ったように5階と6階の利用客だけは、本来は別料金になってるシャワーとお風呂が無料で利用できることになっている。まあ、本当は4階に泊まる客たちも文句を言わないだけで、心の中では「この階での連泊は勘弁してもらいたい」と思ってる人が多いのだが……。
「さて、今夜の宿は決まりましたので、街をご案内しますわ」
チェックインが終わるのを待っていたディアが、待ってましたとばかりに話しかけてきた。
「おまいさん、夕食はどうするね?」
女将さんにとっては、そこが気になるようだ。その答えを考えようとするショーゴの背中を押して、
「今日はいろいろ案内しますので、遅くなると思いますわ」
と、ディアがお店から出ていこうとする。
「あらあら。あのディアさまの様子から見て、あの子は新しい御使いの勇者さまかねぇ」
見送る女将が、だいたいの事情を察した。そしてカウンターの内側を簡単に片づけて、
「そろそろスフルに根付く勇者さまが出てきて欲しいねぇ」
と言いながら、カウンターから出てまだ客のいないお店の掃除を始めるのだった。
「ショーゴさまが、また教会に行きたいと仰るとは思いませんでしたわ」
「いい機会ですからディアさんに、どの神さまからサポートを受けるのか、教えていただこうと思ったんですよ」
宿を出たショーゴたちは、次に教会へ来ていた。
先に礼拝堂に入っていくショーゴが、そのまま像の並んだところへ歩いていく。
そこに立つ像は7柱。中央に老賢者を思わせる威厳のある神さまが置かれ、その左右には用心棒のような筋骨隆々とした神さまが剣や槍を構える姿で来る者を威圧している。
「雲の上で会った神さまが、現地でサポートしてくださるという神さまと仰ってたのは、やはり真ん中に立つ老賢者の神さまでしょうかね? それとも、こっちの知恵の神さまっぽい佇まいの神さまでしょうか?」
「あの……ですね、ショーゴさま。あまりここにある像のイメージでは受け取らないでください。ご神託を受けるわたしに言わせてもらうと、ここにある像の姿はどれもデタラメすぎて、本当の神さまとは似ても似つきませんわ。そのことは司教さまや神官長さまにもお伝えはしてあるのですが……」
ディアが困った顔でそんな話題を出してくる。
「そんなに違うんですか?」
「まったく違います。勇者さまをサポートするのは真ん中の運命の神さまが中心になりますけど、お爺ちゃんじゃなくて若い女神さまですわ」
「……なんで、そんな間違いが?」
「運命の神さまというもののイメージの違いですわ。運命を司る神さまだから鋭い洞察力ですべての未来を見通す老賢者というイメージになってますけど、本当の運命の神ディアベルさまは文明の発展の止まったこの惑星の運命を動かして、再び成長させようとしてる女神さまです」
「運命を見通す神さまではなくて、運命を良い方向へ動かそうとする神さまという違いですか。そういうのはわたしのいた世界にもありますね。人類に火を教えた知恵の神プロメテウスが、火によって人類に破壊をもたらした悪神として山に封じられたとか。正義と裁きの神アスラが、正義を振りかざし過ぎて戦闘狂の悪神に成り果てたとか……」
まあ、いろいろな解釈のある話ではあるが……。
「隣の雷神トリアスさまも、その像にあるような長槍を持った筋骨隆々の武神ではありません。雷の音や落ちた時の被害から戦争の神さまというイメージにされてますけど、ホンモノの雷神トリアスさまは小柄で気弱な豊穣の女神さまです。雷の多い年は豊作になるので、大地を豊かにするために、たくさんの雷を起こそうとしてくださる神さまです。でも、本当は雷が怖くてビクビクしてますわ」
「ビクビク?」
「ええ、ご自分の身長よりも長い雷の杖をお持ちでして、杖の頭にある魔石から雷撃が放たれるのです。でも、雷が怖いからと杖の反対側を恐る恐る手で持ために、こんな感じに手がプルプルと……」
ディアが怯えながら杖を水平に構えるトリアス神の姿を真似てみせた。それを見たショーゴが、
「……そっちの像にした方が、ギャップ萌えで信者が増えるような……」
という感想を言うが、すぐ、
「でも、ディアさん。まるで見てきたように話されますね」
と聞いてみた。それにディアが、
「それはもちろん、ご神託の時にお会いしたことがありますから」
と答えてくる。
「ご神託って、言葉や映像が降りてくるんじゃないのですか?」
「いえ、ショーゴさまが雲の上で神さまにお会いしたのと同じです。言葉だけが送られてくることもありますが、意識を雲の上に招かれたり、あちらから降りてこられたりして直にお話しすることの方が多いですわ」
「じゃあ、ここにある7神すべてとお会いしたことがあるんですか?」
「もちろん会ってますわ。お仕事を見学させていただいたこともあります。ですから司教さまと神官長さまには、これらの像の姿がまったくデタラメだとお伝えもしてますの」
「ということは、もしかして神さまはこの像のところには降りては来てないのかも……?」
「正解ですわ。あまりにも像の姿が違いすぎるため、降りるとしても礼拝堂のこの一角と、あちらの宗教画のあたりは避けてますの。でも、今は像や絵が似てないのを幸いと、そのままのお姿で参拝者に混じってることがありますから、お祈りをされるのでしたら……そうですね。この中央の列の適当な席に腰掛けて、そこで済ませた方が良いかもしれません。お近くに来られたり、お声をかけられたりするかもしれませんわ」
「なるほど。それは参拝に来る楽しみが増えそうです」
そんな言葉を漏らしたショーゴに、ディアが、
「もしかしてショーゴさまは、聖職者ギルドにも興味がおありですか?」
と聞いてきた。
「すみません。宗教というものからは、何となく距離を取りたいんですよ。だけど近くに神さまの降りてこられる場所があるのなら、そこにはお参りはしたいんですよねぇ。さすがに毎日はしないと思いますけど、何かあった時のご報告とか、大きなことをする前に気持ち程度でもご加護をお願いするとか……」
ショーゴはご近所にある神社の感覚で考えていた。実際、近くに神社があれば気軽に足を運んで参拝する習慣を持っていた。重要な会議や商談がある時、仕事に行き詰まった時、新しいプロジェクトが始まる時など、仕事関係なら会社へ行く途中にある神社に寄って、お参りしてから出社する一種のルーティーンをしていただけの話である。
ただ、こういう宗教を敬遠しながらも神さまは信じる日本人的な感覚は、ディアには理解しづらいのかもしれない。
「それはともかく、これから何をするかですよねぇ。わたしに何ができるのか。わたしを求めた神さまは、何を期待されてるのか。今は具体的なものが何も見えませんからねぇ」
そう言いながら、ショーゴが礼拝堂の中ほどへと移動して、そこに並んだ座席に腰を下ろした。
今の時間帯の問題か、参拝客は少ない。聖職者も壁ぎわに数人立っているだけで、ガラガラの状態だった。
「それを見つけるサポートも、ご神託を受けるわたしのお役目ですわ。何かございましたら、気兼ねなくお申し付けください」
ディアもそう言って、ショーゴの隣に腰を下ろす。
「そこはお願いします。そのあたりが見えてくるまでは雲の上で会った神さまが言ってたように、まずはこの世界を楽しまないと……だなぁ。明日からさっそくレベル上げを始めるとして、今は来たばかりで何もこの世界の知識がないから……」
そこでしばらく黙ったショーゴがディアに顔を向けて、
「ところでディアさんは、これまでにどのくらいの異世界人を案内してきたのですか?」
と聞いてきた。
「それは数えたこともありませんわ。でも、100人は下らないはずです」
「その中に、この世界を変えた人はいましたか?」
「存じません。どの方もB級やC級の力を付けると街を出ていってしまうのです。そのあと何をされたのかにつきましては……」
「出ていくんですか? なんで?」
「なんでも勇者さま方にとっては、ここは『はじまりの街』だそうですわ」
「はじまりの……。ああ、そういうことか。くだらねぇ〜」
急に事情を察したショーゴが、出ていく理由にあきれる。だが、
「いや、俺も雲の上で神さまに会ってなかったら、同じことをやるかもしれんな。むしろ会って話を聞いてたから、逆に『はじまりの街』なんて発想が出てこなかったのかも……」
と、自分と他の勇者たちの違いをいろいろと予想した。
「ショーゴさま。いつも気になって尋ねてるのですが、その『はじまりの街』とはどういう意味でしょうか。この世界に来て最初に訪れた街という意味以外に、何か特別な意味があるのですか?」
「特別な意味ですか。それならありますよ」
と答えたショーゴだったが、ちょっと困ったような顔で、
「実はわたしたちのいた世界から見ると、ここはファンタジーゲームの世界観に似てるんですよ」
と教える。
「ファンタジーゲーム……ですか?」
「そう、ゲームの世界。ここへ来る途中でラビットウルフを倒した時にも感じましたけど、わたしのいた世界では魔石になる生き物なんて存在しません。現象自体が謎です。でも、ゲームの演出としては、よくある魔物の最期なんですよ」
「ゲームの演出?」
「ゲームの中では魔物を倒すと、魔石やドロップ品を残して消えるんです。これが物語の世界になると倒した魔物を解体して、中から魔石が採れるなんて描写が出てきますけど……」
「物語?」
「わたしのいた世界では魔物が出てくるのも魔法が使えるのも、ファンタジーという空想上の世界の中だけなんです。あ、念のために確認しますけど、この世界では倒されると消えるのは魔物だけですか? それ以外の生き物は死骸になるだけですよね?」
「魔物以外の生き物に関しては、その通りですわ。家畜にしてる牛や豚まで消えちゃったら、お肉が食べられなくなりますもの……」
「……その答え方は想定外だ……」
ディアの答えに、ショーゴが呆れてツッコミを入れた。だが、すぐに気持ちを取り戻して、
「それで、ですね。そのファンタジーゲームは、いろいろな目的に向かってロールプレイングする人気のゲームの形式です。『はじまりの街』というのは、初心者がその世界に慣れるまで拠点にする場所ですね。そしてファンタジー世界のお約束として、もう初心者じゃないと思ったら街を出ていくものなんですよ。たぶん、ほとんどの人たちは何も考えないまま、この世界をそういうものだと思い込んでるんじゃないですか」
「それ、ゲームの話だったのですか? わたしはてっきり勇者さま方のいた異世界では、そういう常識で動かれるのは仕方ないのかと……」
「見事な認識のズレですね。でも、それで出ていった人たちは、そのあとはどうしてるんですかねぇ? 存在しない魔王を探し続けてるとか、この世界の謎を解き明かそうとしてるとか、単に強い魔物を狩り続けるとか……」
「魔王といえば今から800年以上も昔の話ですが、トリス帝国という大帝国が大勢の勇者さまに何百年も襲われ続けて、ついに滅ぼされた事件があるんですよ。異世界から来た勇者さま方が、どうしてトリス帝国を魔王の国と思って襲い続けたのか、歴史上の大きな謎になってるんです。あの帝国を作られたのも、異世界から来た勇者さまだったのですが……」
「スゲーやらかしだな……」
話を聞かされたショーゴが、また呆れた顔になって固まっている。
そのショーゴがやおら立ち上がると、
「さて、そろそろ出ましょうか。ここでいつまでも長話してたら案内になりませんもんね」
長くなった話を打ち切った。それにディアも、
「そうですわね。ここに来たついでですから、次は図書館を案内しますわ」
と、立ち上がりながらそう言った。




