完全休養日
「ショーゴ。朝だよ〜。お出かけしよ〜!」
誰かが宿のドアを叩いてきた。まあ、そんなことをするのはアラクネのシオンぐらいだが。
今日はショーゴが異世界へきて7日目。起こされたショーゴはまだベッドの上で、明るくなった空をボーッと見ている。
「シオン。今、何時だと思ってる?」
眠そうな目でドアを開けたショーゴが、まず時間を尋ねた。
「朝の6時だよ」
「今日は1日、休みにしようって決めたよな?」
「だから街にお出かけするんじゃないの。こういう時じゃないと、街を散策できないでしょ」
「それはそうだが、いくらなんでも早すぎじゃないか」
「そう? 外を見てよ。5時ぐらいから大勢の人が出歩いてるわよ」
「そんなバカな」
と言いつつ窓に向かったショーゴが、外の光景を見て釈然としない気持ちになってる。
「朝っていったら、みんな7時近くまで寝てるものだよな?」
「それは今の地球の常識でしょ。でも、ここでは昔の地球みたいに日の出の前には目を覚まして、日の出とともに動き始めるのが常識なんじゃないの?」
「知らねーよ。そんな常識……」
ショーゴは寝不足で、ちょっと不機嫌な感じだ。
「俺の常識では、休みの日は家で昼過ぎまでゴロゴロするんだよ」
「そんなあ。それ、休日のお父さんじゃないの」
「俺の中味はそのお父さんなんだよ。アラフォーの」
「アラフォー? なに? それ……」
シオンにはアラフォーが伝わらなかった。
「さあ、行こう。動けば目も覚めるわ」
「勘弁してくれぇ〜」
ショーゴはシオンに腕を引っ張られて、むりやり外へ連れ出されるのだった。
「……で、なんで教会?」
街へ連れ出されたショーゴは、そのまま冒険者ギルドを素通りして、教会にやってきていた。魔物になったシオンにとっては、なんとなく場違いに思える場所である。
「神社に参拝する感覚だよ。この世界には実際に会える形で神さまがいるから、不満があるならぶつけてみたらどうだ?」
「不満って、魔物にされたこと? 最初はすごい不幸だと思ってたけど、ショーゴと会ってからはこの姿がしっくりきちゃって……」
「……なんだよ、それ……。それは悩みがなくていいな」
「そうなのよねぇ。あたし、どんな場所や姿でも、絵さえ描けてれば幸せなんだと自己認識したわけよ」
建物の前で、2人がそんな話をしている。
2人の目の前にあるのは礼拝堂だ。中央の扉が開け放たれ、市民が自由に出入りしている。その前にある階段は腰の高さほど。そのため低い目線から中が見えている。
2人が来る少し前まで朝の礼拝が行われていたので、まだ多くの市民が残って世間話に興じてる人たちもいる。
「あそこ、たくさんの像が並んでるね。この世界の神さま?」
「七大神……かな? でも、ディアさんの話だと、どの神さまもホンモノとはまったく似てないって言ってたよ」
そんな話をしながら、2人は階段を登って礼拝堂に入っていった。アラクネに驚いた市民が、反射的に後ろに退いている。だが、すぐに暴れるような魔物ではないと察して、ホッと胸をなでおろしていた。
「真ん中にいるお爺ちゃんの神さまと、隣に槍を持った神さまがいるだろ」
「なんか水戸黄門と助さんみたいだね。それとも格さんの方かな?」
「あの2人の神さま。本当はどっちも女神さまらしいよ」
「そうなの? それで、どんな?」
「真ん中の神さまは運命の神さまだから老賢者にされてるけど、本当は若い女性。隣も雷の神さまだから槍を持った戦士にされてるけど、本当は身長よりも長い雷の杖を持った小柄な豊穣の女神さまだって言ってたね」
「ちっちゃい女神さま……。それは萌え〜だね」
画材を出してきたシオンが、さっそく大きな杖を持った魔法使いの絵を描いている。
「雷が怖いのに農作物が豊作になるように、雲の上でビクビクしながら起こしてるって……」
「それはますます萌え〜だね」
「思った通りシオンに教えてあげたら、絵のネタになってるね」
「おお〜。これは萌え〜だよ。萌え〜」
シオンが喜々としながら、雷を怖がりながらも魔法で撃とうとしてる幼い魔法使いの絵を描きまくっている。
「絵にすると話で聞いてた以上に可愛い感じの神さまになるね。これはたしかに萌えだな」
ショーゴがそう言った途端、シオンの手がピタリと止まる。
「ん? 萌え〜だよね?」
「うん。萌えだよ。どうしたの?」
シオンが真顔でショーゴの顔を見てくる。何か気になってるようだが、それがショーゴにはわからない。
「……あのさ。もしかして未来では『萌え〜』って伸ばさないの?」
「え? 伸ばす? 萌え〜なんて伸ばさないぞ」
「未来では伸ばさなくなるのね。すっごく違和感があって、驚いたわ」
そんなことを言ったシオンが、また絵を描き始めた。
「俺には伸ばす方が違和感あるぞ。萌えはカワイイとか、見守りたいって意味だよな?」
「そこは同じね。これは長野にいるイトコのお姉ちゃんから聞いたんだけどさ。10代、20代のあたしたち世代の女の子が、キャーとかカワイーとか黄色い声を上げると、赤ちゃんが驚いて泣き出したり、子犬や子猫が怯えて逃げていっちゃうじゃない」
「そりゃあ、いきなり甲高い声を上げられたら誰だって驚くが、……ん?」
急に別の話を振られて、ショーゴが話の展開から振り落とされそうになってる。
「それでキャーとかカワイーの代わりに萌え〜が使われるようになったって聞いたのよ。萌え〜なら声が高くならないから、相手を驚かさなくなるでしょ」
「あ、話が萌えに戻った。たしかに萌えなら高い音を出しづらそうだけど……。低い声になるっていうのは不気味だな……」
感想は人それぞれである。そこへ、
「ショーゴさま、シオンさま。ようこそお越しくださいました」
と、ディアが声をかけてきた。
「ディアさん、おはようございます。この前、ディアさんから可愛らしい雷というか、豊穣の女神さまの話を聞いたじゃないですか。それを思い出して、シオンの描く絵のネタにならなかと思って連れてきたんです」
2人が話してる間もシオンはお絵描きに夢中だった。といっても神さまというより、ドジっ子の魔法使いを描いたようなイラストだ。
それを見たディアが、
「雰囲気は、トリアスさまっぽいですわ。さすがに魔法使いではありませんけど……」
と話してるところへ、トコトコと大きな杖を持った女の子が近づいてくる。
その女の子がシオンの後ろから、つま先立ちで絵を覗いてきた。それに気づいたシオンと、ピタッと目が合う。
女の子はクセのある緑色の髪を、三つ編みのツインテールにしていた。手には背丈よりも大きな杖を握っている。丈が膝まである大きなマントを羽織っているので服装は見えないが、靴は大きめのものを履いているため、余計に女の子の小ささを強調している。
「え? まさか……」とはシオンのつぶやき。それに、
「あたし、そんなにドジじゃないもん!」
と、女の子はむくれた顔で言ってきた。どこか舌っ足らずな言い方だ。その女の子が、今度はディアを指差して、
「ディアちゃんも、同じ目に遭えばいいの」
と不満の言葉を吐き、3人に背中を向けて離れていった。その姿が、すうっと消えていく。
「ディアさん。今のは?」
「トリアスさま。来られてたみたいですわ」
ご本人というか、ご本神さま登場であった。
「今日は他の神さまも降りてこられてますわ。ショーゴさまとシオンさまがいらしたからかしら?」
「他にも?」
ショーゴが礼拝堂の中を見渡してみた。
朝の礼拝から時間が経って、少しずつ人の数が減ってきている。それでもまだ何十人という市民が残って、神さまに祈りを捧げたり、市民同士や神職たちと話をしたりしている。
その中の誰が神さまなのかと、ショーゴは探していた。探索の魔法を使ってみるが、そこは相手は神さまだ。思うような表示は出てこないため、誰が神さまなのかはわからない。それでも、
「ディアさん。神さまたちは、いつものお姿ですか? それとも街の人や……神官の姿を取られてますか?」
「いつもの恰好で来られてたのは、先ほどのトリアスさまだけです。他の方は、服装だけ変えて溶け込んでますわ」
つまりディアのように神さまの顔を知っていれば、すぐにも気づけるような姿なのだろう。
「す、すごい。神降臨! ご本人は想像以上の萌え〜な逸材だわ!」
シオンに加速スイッチが入った。溢れ出る創作意欲を叩きつけるように、トリアス神のイラストが量産されていく。
杖からの放電に怯えてるトリアス。大きな杖を構えて、ちょっとポーズを決めてるトリアス。つまづいて杖で転倒は防いだけど、そのまま身体を起こせなくなってプルプルしてるトリアス。など、ハッキリ言って暴走である。
それを見ていたでショーゴの脳裡に、ふと、
「ところでさっきトリアスさまが、ディアさんにも同じ目に遭えばいいって言われてましたけど……」
引っかかった言葉が浮かんだので尋ねてみた。それに、
「わたしもシオンさまにドジっ子神官の絵を描かれてしまえって意味ですわ。きっと……」
と答えるディアが、困った顔で苦笑いしていた。
シオンのお絵描きは、紙が切れたところで強制終了となった。紙は数百枚も買ったはずなのに、たった3日で消費し尽くすほど描きまくっていたのだ。努力よりも好きのパワーだ。
大量生産されたトリアスのイラスト画は何枚かを除いてディアが預かり、礼拝堂に「本物のトリアス神」として飾る予定だという。それならばと、シオンがあとでカラーにした絵を提供するということで、その場はお開きとなった。手元に残したイラストは、カラー化する時の手本にするスケッチ──ディアがトリアスの特徴がよく出てると評したものである。
2人はそのあと遅めの朝食を摂り、シオンが新しい画材を大量に仕入れたところだ。今回は何千枚という数を一気に買い込んでいる。
そのシオンが街並みを見てまわりたいということで、今は街中を適当にぶらついているところである。
「あたしたちから見たら、変な街並みだよね。街は西洋っぽいけど、看板がほとんど日本語じゃない? そのせいなのかな? 街全体を見ると和風を感じるのよね」
「それは看板のせいじゃなくて、街が城壁に囲まれてないせいだと思うよ。川が石垣に囲まれて、お堀っぽくなってるからじゃないかな?」
「あ、言われてみるとそーね。街の出入り口のところは、和なのか洋なのか、どっちつかずだけど……」
そんなことを言いながら、シオンが街中を通る堀に近づいていった。
お堀には幅の広い橋が架けられ、その下を小さな船が行き交っている。そんな水路越しに対岸の街を見ると、まるで日本のお城の上に西洋風の街が作られているように見える。
「それよりもシオン、ここから見える川の下流を見てみろ」
ショーゴがそう言って、ゆっくりと曲がって流れる川を指差した。
「堤防と河川敷だ」
「それがどうしたの? どこにでもある景色でしょ?」
「それが、そうでもないんだ。たしか里山と河川敷は、日本文化独自の土地利用なんだよ」
「そうなの?」
「そうなんだよ。シオンが最初に見せてくれた絵があっただろ。あの時はすぐに出てこなかったけど、あとになって急にその話を思い出したんだ。この世界には里山があるかどうかは知らないけど、あそこまで立派な堤防と河川敷が作られてるってことは、それだけ日本から来た人たちの影響が大きいんじゃないかな?」
「外国には河川敷ってないの?」
「朝鮮半島にちょっと残ってる以外は、どこにもないらしいよ。あれもとんでもなく和風の光景だよな」
「えええ〜。河川敷が和風だなんて思えないよぉ」
ほとんどの日本人にとっては気づいてもいない話なので、当然の感覚である。
「あ、あそこでアイスクーム売ってる。行ってみよ♡」
シオンが店先でアイスクリームが売られてるのを見つけて、嬉しそうに駆けていった。
中にいる店主が迫ってくるアラクネを見て一瞬固まっていたが、すぐにシオンに求められて大きなコーンを用意し、そこにアイスというか、ソフトクリームを盛りつけていく。
「こっちにも冷凍技術が……。いや、あれは魔法か。でも、たぶんコーンは誰かが伝えたんだろうなぁ」
ショーゴがゆっくりと歩いていく間に、シオンの買い物は終わっていた。ソフトクリームを2つ持ったシオンが戻ってきて、
「はい。これはあたしの奢り」
と1つを渡してくる。
「ありがとう」
ショーゴがお礼を言って受け取った。
「う〜ん。冷たい! でも、甘くて美味しい!」
先に口にしたシオンが、いい笑顔になった。異世界でもアイスが食べられる。これはこれで心が休まる時間だ。
「魔法があるおかげで、ここの生活の質はメチャクチャ高いんだよなぁ……」
地球と変わりないソフトクリームを食べながら、魔法があるがゆえの地球との違いを考えた。
浄化魔法があるから、公衆衛生はしっかりしている。電気やガスがなくても、街は夜でも明るいし、加熱調理も魔法でできるようだ。それに冷凍魔法があるからアイスが食べられるし、食料品の長期保存も可能らしい。地球ほど車は溢れてないが、魔動技術で長距離移動は可能だ。アイテムボックスがあるから、長距離輸送もやってるかもしれない。
冒険者ギルドでの様子から、識字率は高そうだ。でも、計算ができない人は多いかもしれない。義務教育、学校教育のようなものは、どのような感じだろうか。
「あっちで何か工事してるな」
ショーゴが街中で足場の組まれた場所を見つけた。ここへ来て初めて見る建設現場か解体現場だ。
この世界ではインフラがどのように作られていくのか。目で直に見ることができる。
「シオン。見学してみよう」
「工事現場? そんなの見て楽しいの?」
シオンがアイスを食べながらついてくる。
「鉄骨の組み立て? 壁はパネル?」
そこでに見た思いもしない建て方に、ショーゴが目を見張った。
鉄骨は魔法で浮かせて運ぶんじゃない。1本ずつアイテムボックスに入れて運んでいる。出す時に向きや位置決めをするようだ。
アイテムボックスから出た先っぽを、火の魔法で真っ赤になるまで熱している。魔法による溶接だ。地球の溶接とは違い、飛び散る火の粉が少ないように思える。ボルトで締めるより、中までしっかり溶接すれば、金属は一体になるために強くなる。
「この世界にクレーンって概念はあるのかな?」
建設中の建物は、今は3階建ての大きさだ。足場は一部4階の高さまで組まれてるので、4階建てだろうか。
鉄骨の組み終えた階では、配管工事が行われている。街の地下構造はわからないが、上下水道完備だろう。
大阪では豊臣秀吉の作った太閤下水が4世紀上経った今も使われてる。この世界の下水道も、そのぐらいの歴史があるのだろうか。
壁となるパネルには、断熱材のようなものは入れられない。鉄骨を挟む時の空間しかない。そもそも、このテルラ大陸には一応の四季はあるが、1年を通してほとんど気温差がない。昼夜の寒暖差があるぐらいだ。しかもスフルのあたりは過ごしやすい気候なので、建物は雨風をしのぐだけの存在である。
「ここ、ホントに地球の常識が通用しないな」
そう零したショーゴが、最後に残ったコーンの先っぽを口に放り込んだ。
「ねえ、ショーゴ。ここに来てからずっと気になってたんだけどさ。ここにいる人たち、みんな若いよね?」
シオンがそんなことを言ってきた。
「何ていうか、街にいるの、20代や30代っぽい人が多くない。それに子供やお年寄りをほとんど見かけないんだけど……」
この世界に感じてた新たな違和感だ。
始めは冒険者ギルド、そして冒険者という狭い世界にいたせいだと思った。ディアも言っていた。冒険者は仕事を見つけるまでの職業斡旋所。仕事の依頼を受けているうちに、多くの人たちが仕事を見つけて冒険者を辞めているらしい。だから周りに若い人が多いとばかり思っていた。
「検索、マキアーの人たちの寿命」
ショーゴが魔法で情報を集めた。
「え? 平均寿命、400歳?」
出てきた意外な話に、ショーゴの口から驚きの声が漏れた。これを閲覧の情報に変えて、
「個人差はあるが、20代、30代の姿のままで多くの時間を過ごす。事故や病気がなければ600歳〜900歳は生きる。老化は個人の生き方、考え方、生活習慣によって始まる時期が変わる。老け始めると、そこから30年から50年で寿命となる。ただし一部、老賢者となった者はその姿で何百年も過ごして伝説になることもある……って……」
ショーゴが神妙な顔で読み上げた。
「もしかして見た目が若いだけで、何百歳のベテラン冒険者もいるのかな?」
「いるんじゃないの? お金に困ったら冒険者で稼いで、お金が溜まったら、あとは好きなことをやって暮らす人たち……」
シオンがそんなことを言ってくる。ここへきてまだ1週間だが、冒険者にはとんでもない一攫千金があると体験した。それで好きなことをしながら暮らす。そこからもお金が稼げたら、それ以上の幸せはない。
好きなことが商売になる人はいるだろう。研究に打ち込む人もいるはずだ。もちろん日々遊び呆ける人たちもいるだろう。ここの気候では宿なしでも暮らせていけそうだ。スフル周辺には魔物が多いから危ないけど、魔物の少ない土地だったらあるいは……。
そこに、
「あれ、ショーゴとシオン。2人もお買い物?」
という声が掛けられてきた。いつもの冒険者として服装ではなく、お出かけ用にスカートを履いておめかししたミントだ。
「俺たちは街の散策だよ。といってもシオンに引っ張り出されたんだけどな」
「あはは。そうなんだ。こっちも『今日はお休み』って決めちゃうと、ケインもアッコも昼過ぎまで寝ちゃうからねぇ。だから、あたし1人でお出かけしてるトコなの」
などと答えるミントの姿を、シオンがさっそくスケッチしていた。いつもの活発なイメージとは違い、今日はちょっとオシャレで可愛らしい雰囲気がある。
「ところでさ、ミント。周りにいる人たちを見て、だいたいの年齢はわかるかな?」
「年齢? 歳? そんなのわかるわけないじゃん」
ミントから、当然のような答えが返ってきた。
「わからないのか?」
「ムリムリ。20歳を過ぎたら、もう誰が何歳ぐらいかなんて、本人に聞いてみないとわかるわけないじゃない。それがどうしたの?」
「それがな。俺たちの目には、この街に住む人たちが若者ばかりで、すごい違和感があったんだ。それで調べたら、ここでは平均寿命が400年もあって、老けるのは最後の30年から50年と知って驚いてるところなんだよ」
「400年……も? ショーゴたちのいた世界では違うの」
「俺たちのいた世界では、人の寿命は70年から80年。だから30代、50代、60代って、見た目でだいたいの年齢がわかるんだ」
「たった7、80年? それは短いわね。だからショーゴのいた世界から来た勇者さまたちって、みんな生き急いでるように見えるのね」
個人の感想である。そのミントが、
「歳といえば、ディアさんがどのくらいなのか謎なのよねぇ」
などと言ってくる。
「ご神託でショーゴみたいな勇者さまのお相手をするお役目って立場もあるでしょうけど、聖職者ギルドではギルド長さんや神官長さんが、ディアさんに謙ってるように見える時があるのよ。もしかしたらディアさんって、そのお二人よりも長くギルドにいるのかな〜って……」
「う〜ん。それは違うと思うなぁ。ディアさんが神々と対等にお話ができるから、聖職者ギルド内での立場が強くなってるだけじゃないかな?」
ミントの考えに、ショーゴが別の理由を出してきた。そこにシオンが、
「そうそう。さっき礼拝堂にお邪魔した時、トリアスって神さまに会ったよ」
と言って、スケッチしたトリアス神の絵を出してくる。
「え? これが雷神トリアスさま? 槍を持った戦士じゃないの?」
「ディアさんが言ってたんだけどさ。あそこにある神様の像は、すべて間違ってるらしいよ」
「間違ってる?」
「そう。トリアスさまは雷神じゃなくて、豊穣の女神さま。要するに戦いの神さまじゃなくて、農業の神さまだね。他にも真ん中の神さまもお爺ちゃんじゃなくて、若い女神さまだって言ってたよ」
「真ん中って、運命の神ディアベルさまね。お爺ちゃんじゃないんだ……」
話を聞いたミントが、顔をシオンに向ける。その意図を察したシオンが、
「会えたのはトリアスさまだけだったよ」
と首を振って答えた。
「ディアさんが言うには、いつもの恰好で降りてきてたのはトリアスさまだけで、他の神さまは市民に混じって礼拝堂に来てたらしいよ」
「神さまの顔を知ってるディアさんには、すぐに気づけるぐらいの変装だったのね。っていうかディアさんが、本当のディアベルさまなんじゃないの? 像で作られたお爺ちゃんじゃなくて、本当は若い女神さまなんでしょ? 名前も何か似てるし……」
「その可能性はあるけど、それよりもこちらの世界では、神さまが地上に降りてくることがあるぐらい身近にいるんだな。ちょっと驚いた」
「地球では神さまなんて見えないから、存在しないなんて言う人が増えてるもんね」
シオンがそう言いながら、出していたイラストを仕舞った。それをミントが、もうちょっと見たかったという表情で見送っている。
「ところでミント。こっちの人たちって、どんな人生を送るんだ? 一生の仕事を決めて、それに打ち込む感じかな?」
「一生の仕事? ずっと同じ仕事を続ける人なんて、ディアさんみたいに特別な能力があるから他に移れないような人以外には聞いたことないわよ。あたしは1つの仕事を100年もやったら、また新しいことを始めたくなって仕事を変えるものだと思ってるわ。自分の能力次第だけど、中央の大学に通って新しい仕事を覚えるために、今は冒険者をやって学費を稼いでるの」
「ミントは、どんな仕事をしたいんだ?」
「まずは火の魔法が得意だから、それを活かせる仕事を考えてたわ」
「『た』? 今は違うのか?」
「この前、ショーゴがあたしにも治癒の魔法が覚えられるかもって教えてくれたじゃない。それに蘇りの魔法もあるって言ったでしょ。あれを聞いてから、すっごく魔法医になりたいって気持ちが強くなったのよ。だから、今はそれかな」
ミントが心に決めた思いを口に出してくる。
「それは立派な目標だな」
「うん。ショーゴにはたっぷり稼がせてもらってるけど、大学で本格的な魔法医学を学んで国家資格を取るとしたら、5年間で6000万ジェムはかかるって言われてるのよね。今はまったく足りてないから、もうしばらくヨロシクってことで……」
「ヨロシクって言われても、これまではただの偶然だぞ」
「お金の方はわかってるわよ。100歳以下で魔法医の大学に通える人なんて、そうそういないもの。そーじゃなくて、あたしはショーゴの持つ、魔法の知識に期待してるの。魔法の組み合わせとか、何を鍛えれば何ができるようになるとか。それを身につければ民間の魔法医としてならガンガン稼げるようになると思うの。国家資格を取るのは200年後、300年後の長期計画ね。だから、そういうもののご教授をお願いします」
と言ったミントが、ショーゴに向かって深々と頭を下げた。
「俺もミントたちから、早くこの世界の常識を教えてもらわないと……だな。それに神さまから言われた眠ってる才能を、早く見つけて開花させるように言われてるし……」
大きな目標を決めたミントに対して、ショーゴの目標はまだ濃い霧に隠されていた。それだけに、今のショーゴにはミントが眩しく見えるし、好きを隠さずに突っ走るシオンをうらやましくも思う。
「ところでミントは、このあとの予定はあるか?」
「ううん。ないけど?」
急にショーゴに聞かれて、ミントがなんだろうかと思う。
「せっかくの機会だ。ミントのいう魔法の組み合わせの話。どこかのお店でお茶でも飲みながら、系統樹に書き起こしてみようか。ディアさんも、そういう知識がこの世界には弱いと言ってたし……」
「いいの? それはうれしいわ!」
ミントが声を弾ませた。
「その前に、俺もシオンみたいに紙と書くものを仕入れておくべきだったな。まずはそれを買ってから、どこかのお店に入ろうか」
そこで3人は、メモ用の紙と筆記具などを手に入れて、大きなテーブルのあるお店を見つけて入っていった。
お店では飲み物を口にしながら、紙に系統樹を描きながら魔法について話している。その際にミントのステータスを書き込みながら、
「あたしが治癒の魔法を使うには、まだ風の能力が足りないのね」
あとどれくらいで新しい魔法を覚えられるようになるのか。そういうことを話し合っていた。
「そうだね。たぶん光は34あるから灯りを作る時なんかに使ってるんだろうけど、風は11しかないから、ほとんど使ってないんじゃないかな?」
「まったく使う機会なんて、ないわね」
「火で攻撃する時に、風で煽ることはしないの?」
「してないわ。治癒の魔法が使えるようになるのは、光が32、風が27から……か。いろいろ使う工夫しないと鍛えられないわね」
2人が魔法について、あれやこれやと話している。
だが、一緒にいるシオンは魔法には興味がないようだ。窓から外を見て、街行く人たちをスケッチしている。
単独行動をしないのは見た目が魔物だけに、街の人たちを驚かせたり、早とちりした人たちから攻撃されたりするのが心配だからだろう。
この話し合いは夕方近くまで続いた。治癒魔法に限らず、基礎魔法から派生する雷、浄化、冷凍などの魔法についても、詳しい系統樹が作られていく。この系統樹のメモは後日、報告書としてまとめられて冒険者ギルドにも伝えられた。
このことがきっかけでスフルの冒険者ギルドでは、多くの冒険者の魔法能力が爆発的に高まるという目覚ましい変化が起きた。
さて、話の最後に余談であるが……。
ディアがシオンから預かったトリアス画であるが、それがトリアス神の像の足元に飾られた途端、スフルの街中に信者が大量発生することになった。
すぐに『トリアスさま親衛隊』や『トリアスさまを愛でる会』が作られ、翌日以降の礼拝の時間には多くの信者が殺到するという事態になった。
なおディアの話によると、あとでトリアス神から、
「おかげで地上に降りられなくなったの。迷惑なの」
と愚痴を聞かされたそうだ。




