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壊れかけのオルゴールと騒がしい家族たち  作者: 連句貢茶
第二章 皇太子一家来訪編

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幕間3 テッドの困惑 

 ――帝国暦三五〇年・夏中頃 サザ子爵家邸――


 翌日の午後。


 テッドは自分の部屋で、机の上に広げた紙を眺めていた。


 皇太子の滞在中に頼まれた絵は、一枚ではない。


 すでにいくつか描くことになっている。


 急ぐ必要のあるもの。


 後から仕上げてもいいもの。


 それぞれをどうするか考えていた時、扉が控えめに叩かれた。


「テッド様」


 聞き慣れた声だった。


 しかし、ここを訪ねてくることは珍しい。


「プラム?」


「はい」


「どうした?」


「少々、お願いがございます」


 プラムが個人的に自分の部屋まで来る。


 それだけで、テッドは少し嫌な予感がした。


「何だ?」


「皇太子殿下から、絵をお願いしたいとのことでございます」


「……またか」


 思わず声が出た。


「申し訳ございません」


「いや、プラムが謝ることじゃない。ただ……」


 テッドは机の上を見る。


「もう他にも何枚か頼まれている。この滞在中に全部仕上げるのは、とてもじゃないが無理だぞ」


「その点は問題ございません」


「問題ない?」


「はい。急ぎではないとのことです」


 プラムは落ち着いて答えた。


「いつ完成しても構わない。完成したら帝都へ送ってほしい、とのことでございました」


「それなら、まあ……」


 時間をもらえるなら不可能ではない。


「報酬についても、皇太子殿下は気になさらなくてよいと」


「気にしなくていい?」


「金はいくらでも出す、と仰っていました」


 テッドは眉を寄せた。


「いくらでも、というのは困るな」


「そうでしょうか」


「例えばだ」


 テッドは少し考える。


「金貨十枚と言っても出すのか?」


 プラムは一瞬だけ考えた。


「安いのではないでしょうか」


「……安い?」


「はい」


「金貨十枚だぞ?」


「皇太子殿下でしたら、まったく問題ないと思います」


 テッドは黙った。


 どうやら金額について考えるのは無駄らしい。


「その何倍でも、たぶん問題ないかと」


「もういい。その話はやめよう」


「はい」


 皇族の金銭感覚について考えていると、別の意味で頭が痛くなりそうだった。


「それで、何を描けばいいんだ?」


「奥様とクロウ様でございます」


「エルナリア様とクロウ?」


「はい」


 それなら理解できる。


 皇太子が妹と甥の姿絵を欲しがるのは、今さら驚くことでもない。


「分かった」


 テッドは頷いた。


「後で二人に頼んで、並んでもらおう。一度デッサンを取れば――」


「違います」


 プラムが強く否定した。


 テッドが止まる。


「……何が?」


「それでは駄目でございます」


「二人を描くんだろう?」


「はい」


「なら、二人に並んでもらえばいい」


「違うのです」


 また否定された。


 しかも、かなり強い。


 テッドはプラムを見る。


 これほど強く何かを否定するプラムは珍しい。


「では、何を描けばいいんだ?」


「お二人が、一緒にいらっしゃるところです」


「だから、並んでもらえば――」


「それでは違います」


「……そんなに違うのか?」


「まったく違います」


 テッドには、ますます分からなくなった。


「では、具体的に言ってくれ」


 プラムは少し考えてから答える。


「奥様とクロウ様が、寝室で一緒に過ごしていらっしゃる場面を描いていただきたいのです」


「寝室?」


「はい」


「二人が一緒にいるところを?」


「その通りでございます」


 テッドはしばらく黙った。


「……よく分からないんだが」


「はい」


「二人が一緒にいる姿を描くなら、並んで座ってもらっても同じじゃないのか?」


「違います」


「またか」


「違うものは違います」


 プラムは珍しく譲らなかった。


「自然にお二人が一緒にいらっしゃるところでなければ、意味がありません」


「意味……」


 そこまで言われると、構図だけの問題ではないらしい。


 だが、テッドにはまだ分からない。


「じゃあ、私はどうすればいい?」


「今夜か、明日の夜」


 プラムが答えた。


「もし、その場面がございましたらお呼びいたします」


「夜に?」


「はい」


「起きていろと?」


「できれば」


 テッドは額に手を当てた。


「夜中に人の寝室を覗いて絵を描けというのか」


「見ていただければ、お分かりになると思います」


「本当に分かるのか?」


「はい」


 プラムは自信満々だった。


 その自信が、余計に分からない。


「……皇太子殿下からの依頼なんだな?」


「はい」


「なら、仕方ない」


 テッドは息を吐いた。


「今夜は起きている」


「ありがとうございます」


「ただ、本当に何を描かされるのか、まだ全然分かってないからな」


「見れば分かります」


「そればかりだな」


 プラムは静かに一礼した。


「それと、テッド様」


「何だ?」


「この件は、奥様には内緒にしていただけますでしょうか」


「エルナリア様に?」


「はい」


「どうして?」


 プラムは少しだけ目を逸らした。


「皇太子殿下が、知られたら怒られると仰っておりましたので」


「……」


 テッドはしばらく黙った。


「それ、本当に引き受けて大丈夫な仕事なのか?」


「皇太子殿下からのご依頼でございます」


「その皇太子殿下が怒られるって言ってるんだろ?」


「はい」


「余計に不安になったんだが」


 プラムは何も答えなかった。


「……まあ、いい」


 テッドは諦めたように息を吐いた。


「誰にも言わないよ」


「ありがとうございます」


「では、失礼いたします」


「ああ」


 扉が閉まる。


 一人になったテッドは、しばらく扉を見ていた。


「……一体、何なんだ」


 考えても分からない。


 今夜、呼ばれるのを待つしかなさそうだった。


 なぜか、長い夜になりそうな予感がした。



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