↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壊れかけのオルゴールと騒がしい家族たち  作者: 連句貢茶
第二章 皇太子一家来訪編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
66/74

第61話 初めて同士です

――帝国暦三五〇年・夏終わり サザ子爵家邸――


「クロウ、お願いがあるんです!」


 ティナリアは、ずいぶん嬉しそうだった。


 その後ろにはセフィリアもいる。


 扉の近くには、護衛のシドが控えていた。


 クロウは二人を見る。


 嫌な予感がした。


「何?」


「私たちに楽器を教えてください!」


「嫌です」


 すぐに答えた。


 ティナリアが目を丸くする。


「早いです!」


「教えたことないから」


「でも――」


「それに、僕より父様の方が上手いよ」


 これは間違いない。


 父様は自分よりずっと上手い。


 演奏だけではない。


 音の合わせ方も、人への教え方も上手い。


 昨日だって、ミアが周りの音を聞けるよう、きちんと教えていた。


「父様に教えてもらった方がいい」


「でも、ケイン様に一から教えていただくのは……ご迷惑をおかけしたら申し訳ないです」


「父様は気にしないと思うけど」


「私が気にします」


「……そう」


 駄目らしい。


 クロウは少し考えた。


「じゃあ兄様」


「テッド様ですか?」


「うん。兄様も上手いし、教えたこともあるから」


 自分よりずっと向いている。


 けれど、ティナリアはまた首を横に振った。


「テッド様とは、まだあまりお話ししたことがありません」


「うん」


「ですから、いきなり楽器を教えてくださいとお願いするのは少し……」


「……そう」


 これも駄目だった。


 クロウはもう一人思いつく。


「じゃあエナ姉」


「レオエナ様ですか?」


「うん。エナ姉もバイオリン上手いよ」


 昨日もきれいに弾いていた。


 バイオリンを習うなら、自分よりずっといい。


 ところが、ティナリアはまた首を横に振った。


「レオエナ様は、お忙しそうです」


「そう?」


「はい。いろいろされていますし、私たちのためにお時間を使っていただくのは申し訳ないです」


「……」


 三人とも駄目だった。


 クロウは少し黙ってから、ティナリアを見る。


「じゃあ、僕は何でいいの?」


「え?」


「父様は、迷惑をかけるのが悪いから駄目」


「はい」


「兄様は、まだあまり親しくないから駄目」


「はい」


「エナ姉は、忙しそうだから駄目」


「はい」


 そこまで言ってから、クロウは自分を指した。


「僕ならいいんだ?」


「はい! そうです!」


 ティナリアは元気よく答えた。


「……」


 クロウは黙った。


 セフィリアも一瞬黙った。


「ティナ」


「何ですか?」


「今のは、すぐに肯定しない方がよかったと思います」


「どうしてですか?」


「クロウ様を、親しいけど、迷惑をかけても平気で、暇そうな方だと言っているように聞こえます」


「あ」


 ティナリアがようやく気づいた。


「違います、クロウ。そんなつもりではありません」


「でも、今そう言った」


「言いましたけど……」


「うん」


 セフィリアがクロウへ頭を下げる。


「クロウ様、申し訳ありません」


「セフィリア様が謝るの?」


「妹が……」


 クロウはセフィリアを見た。


「セフィリア様も大変だね」


「え?」


「ずっと謝ってるから」


 苦労人だね、とは言えなかった。さすがに、それは失礼な気がした。


 仕方なく、クロウは苦笑する。


 それを見て、セフィリアは少し困ったように笑った。


「大変ではありません。妹ですから」


「そう」


 クロウには、やっぱり大変そうに見えた。


「私、大変ではありませんよ?」


 ティナリアが言った。


「ティナは少し黙っていてください」


「どうしてですか?」


「今はその方がいいです」


「僕もそう思う」


「……はい、でもクロウまで」


 今度は素直だった。


 けれど、数秒も経たないうちにティナリアがまたクロウを見る。


「でも、昨日クロウは皆さんと一緒に演奏していたじゃないですか」


「うん」


「とても楽しそうでした」


「楽しかったよ」


「なら、私たちにも教えてください」


「まだ弾けないでしょ」


「だから教えてほしいんです!」


 結局、話は最初に戻った。


「もしかして、私たちとは一緒に演奏したくないんですか?」


「ティナ」


 セフィリアがすぐに割って入った。


「それは言いすぎです」


「でも、お姉様」


「駄目です」


 今度ははっきり止めた。


 ティナリアが不満そうに口を閉じる。


 セフィリアは少し考えてから、妹を見る。


「それにティナ。私たちは、何のために楽器を始めようと思ったのですか?」


「クロウと一緒に演奏するためです」


「その前です」


「その前?」


「レオエナ様から教えていただいたでしょう」


 ティナリアが止まった。


「……あ」


 思い出したらしい。


「クロウ様は、構われすぎるのがお好きではないと」


「……はい」


「ですから、無理について回るのではなく、同じものを一緒に楽しめるようになればいいと話したはずです」


「はい……」


「クロウ様に好かれたいから楽器を始めようとしたのに、これでは逆ではありませんか」


「……」


 ティナリアは完全に黙った。


 クロウは二人を見る。


 そういえば、そんな話をエナ姉としていたらしい。


 ティナリアが少しずつこちらを見る。


「クロウ」


「何?」


「私、構いすぎていますか?」


「かなり」


「かなり……」


 少し落ち込んだ。


 けれど。


「でも、昨日の演奏がすごかったんです」


 すぐに戻った。


 セフィリアが額に手を当てた。


「ティナ……」


「本当にすごかったんです」


 ティナリアは今度は少し真面目な顔になる。


「みんなで音を合わせていて、私もあの中に入りたいと思いました」


 クロウは黙って聞いた。


「だから、楽器をやってみたいんです」


 セフィリアも頷いた。


「私も同じです」


「セフィリア様も?」


「はい」


 昨日の演奏を思い出しているのか、セフィリアの表情は少し柔らかかった。


「私も、あの音の中に入ってみたいと思いました」


「……そう」


 それなら、少しだけ分かる。


 クロウも、みんなで音を合わせるのは好きだった。


「でも僕、教えたことないよ」


「私も、楽器を教えていただくのは初めてです!」


 ティナリアが言った。


「それは普通じゃない?」


「ですから、初めて同士です」


「何が?」


「クロウは教えるのが初めてで、私は教えてもらうのが初めてです」


「同じじゃないよ」


「でも、二人とも初めてです」


「……」


 よく分からない理屈だった。


「だから、クロウがいいです」


 ティナリアは笑う。


「分からなかったら、分からないって言えます」


「それは僕に遠慮がないってこと?」


「あ」


 また止まった。


 セフィリアが妹を見る。


「ティナ」


「……今のも駄目でしたか?」


「少し」


「難しいです」


「私に言わないでください」


 セフィリアがまた困っていた。


 クロウは小さく息を吐いた。


 もうすぐ二人は帝都へ帰る。


 毎日ずっと教えるわけでもない。


 少しだけなら。


 それに、二人とも昨日の演奏を聞いて、本当に楽器をやりたいと思ったらしい。


「……分かった」


 二人が同時にクロウを見る。


「少しだけなら教える」


「本当ですか!」


 ティナリアの顔が一気に明るくなった。


「ありがとうございます、クロウ!」


「ありがとうございます、クロウ様」


 セフィリアも嬉しそうに笑った。


「本当に少しだけだよ」


「はい!」


「今日は握り方とか、そのくらい」


「はい!」


 返事だけは、とても良かった。


 扉の近くで聞いていたシドが、ほんの少しだけ笑ったように見えた。


 クロウは気づかなかったことにした。


■


 クロウの部屋に置いてあるバイオリンを出した。


 いきなり曲を弾くようなことはしない。


 まずは持ち方。


 それから弓の握り方。


 本当に、それだけ。


「まず持ってみて」


「はい!」


 ティナリアがバイオリンを受け取った。


 勢いはいい。


「こうですか?」


「違う」


「こう?」


「反対」


「あ」


 持ち直す。


「これですか?」


「うん」


「できました!」


「持っただけだよ」


「でも、できました」


「うん」


 ティナリアは満足そうだった。


 次はセフィリア。


 こちらは慎重だった。


「これでよろしいですか?」


「うん。でも、力入れすぎないで」


「手ですか?」


「うん」


 少し力を抜く。


「それくらい」


「なるほど」


 横からティナリアが覗き込んでくる。


「私ももう一度やります」


「待って」


「はい」


 数秒。


「まだですか?」


「まだ」


「お姉様、長いです」


「まだほとんど何もしていませんよ」


「でも私もやりたいです」


「順番です」


「……はい」


 クロウは二人を見る。


 もう少し疲れてきた。


 今度は弓を持たせる。


「強く握らないで」


「こうですか?」


 ティナリアが握る。


「強い」


「これくらい?」


「まだ強い」


「難しいです」


「まだ握ってるだけだよ」


「指が痛いです」


「何で?」


「分かりません」


 ティナリアは不思議そうに自分の指を見る。


 セフィリアが横から言う。


「力を入れすぎなのでは?」


「あ」


「先ほどクロウが言っていたでしょう」


「そうでした」


 力を抜く。


「あ。痛くありません」


「うん」


「すごいです、クロウ」


「普通だよ」


 今度はセフィリアだった。


 慎重に持ちすぎて、弓が少し不安定になる。


「セフィリア様、もう少し握って」


「もう少しですか?」


「うん。落としそう」


「あ」


 少し力を入れる。


「今度は強い」


「……難しいですね」


「うん」


 二人とも違った。


 ティナリアは力を入れすぎる。


 セフィリアは慎重になりすぎる。


 同じことを教えているのに、同じようにはならない。


 クロウは二人を見比べた。


 まだ音すら出していない。


 これで、いつか二人の音まで揃えることになったら。


 かなり大変そうだった。


「今日はここまで」


「もうですか?」


 ティナリアが残念そうにする。


「少しだけって言った」


「あと少しだけ」


「その少しが増えるから駄目」


「……はい」


 セフィリアが隣で小さく笑った。


「ティナ。今日はここまでにしましょう」


「分かりました」


 ティナリアは渋々バイオリンを戻した。


「ありがとうございました、クロウ!」


「ありがとうございます、クロウ様」


「うん」


「明日もできますか?」


「明日は母様の誕生日」


「あ」


「忙しいよ」


「そうでした」


「また今度」


「はい!」


 二人が部屋を出ていった。


 扉が閉まる。


 部屋が急に静かになった。


「……」


 クロウはバイオリンを見る。


 まだ一音も弾いていない。


 それなのに、少し疲れた。


「大変だったな」


 声がした。


 扉の近くに控えていたシドだった。


「うん」


 クロウはすぐに答えた。


「大変だった」


 シドが少し笑う。


「まあ、あのお二人相手じゃ――」


 途中で止まった。


「……」


 クロウがシドを見る。


「何?」


「いや」


「言いかけた」


「言いかけたけど、やめた」


「何で?」


 シドは少し考えた。


「今の続きを言ったら、ちょっと不敬かもしれない」


「そうなの?」


「皇女殿下だからな」


「うん」


「騎士になろうって人間が、皇族について変なこと言うのはまずいだろ」


「まだ騎士じゃないよ」


「だから、なろうとしてるんだよ」


「そう」


 シドは少し気まずそうにクロウを見る。


「……今のは聞かなかったことにしてくれ」


「何も聞いてない」


「助かる」


 シドが少し安心したように息を吐いた。


 クロウはシドを見る。


 いつもなら、もう少しそのまま言う。


 でも、騎士になりたいから。


 皇族について何を言うかまで気をつける。


 まだ騎士ではない。


 それでも、なる前から気をつけなければならないことがあるらしい。


「シド」


「何だ?」


「騎士になろうとするのも大変なんだね」


「……まあな」


 シドは少し遠い目をした。


 クロウは思った。


 楽器を教えるのも大変だった。


 騎士になろうとするのも、大変らしい。


 世の中には、大変なことが多かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。