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壊れかけのオルゴールと騒がしい家族たち  作者: 連句貢茶


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第59話 演奏会

――帝国暦三五〇年・夏中頃 サザ子爵家邸――


 夕食を終えたあと。


 サザ子爵家の広間には、いつもより多くの椅子が並べられていた。


 中央には、五人。


 ケインがチェロを構え、その近くにクロウがヴィオラを持って座っている。


 テッドとレオエナ、そして今日は特別に加わるレーミアが、それぞれバイオリンを手にしていた。


 セフィリアに頼まれた通り、家族五人で演奏することになったのだ。


 少し離れたところには、エルナリア。


 カデリオンとセフィリア、ティナリアも並んで座っている。


 それだけではなかった。


 せっかく演奏するのだからと、屋敷の使用人たちも仕事を一度止めて集まっている。


 皇太子一行についてきた護衛や従者たちも、邪魔にならない場所に椅子を並べて座っていた。


 広間にいる者の視線が、五人へ集まる。


 ティナリアは楽しそうだった。


 セフィリアも静かに前を見ている。


 昨日、レーミアの演奏を聞いただけでも驚いた。


 だが、今日は違う。


 ケイン。


 クロウ。


 テッド。


 レオエナ。


 そしてレーミア。


 五人が一緒に演奏する。


 一体どんな音になるのだろう。


 ケインが周囲を見渡した。


「それでは、始めましょう」


 低く落ち着いた声だった。


「今日は三曲演奏します。どれも帝国ではよく知られている曲です」


 ケインが、これから演奏する三曲の名前を順に告げる。


「あ」


 ティナリアが小さく声を漏らした。


「知っています」


「私もです」


 セフィリアも頷いた。


 三曲とも特別珍しいものではない。


 帝国で暮らしていれば、一度くらいは耳にしたことがある曲ばかりだった。


 だからこそ。


 セフィリアには、比べることができた。


 ケインが合図をする。


 最初の一音が響いた。


「……」


 セフィリアは、すぐに前を向いた。


 知っている曲だった。


 間違いなく、何度も聞いたことがある。


 それなのに。


 違う。


 そう思った。


 ケインのチェロが低い音で全体を支えている。


 その上に、クロウのヴィオラが重なる。


 さらに三本のバイオリンの音。


 五つの音がばらばらに聞こえることはなかった。


 一つの音が前へ出れば、別の音が少し引く。


 高い音が続けば、その下を低い音が静かに支える。


 誰か一人が目立っているわけではない。


 それなのに、五人全員の音が聞こえた。


 セフィリアは瞬きも忘れるように演奏を見つめていた。


 隣のティナリアも同じだった。


 いつものように何かを尋ねることもない。


 ただ、じっと聞いている。


 レーミアも、昨日一人で弾いていた時とは違っていた。


 自分の音だけを追ってはいない。


 周囲の音を聞きながら、その中へ自分の音を入れている。


 時折、ケインを見る。


 クロウたちの音も聞く。


 昨日ケインが話していたことを、懸命にやろうとしているのが分かった。


 クロウも何も言わない。


 ただヴィオラを弾いている。


 けれど、嫌そうには見えなかった。


 むしろ。


 とても自然だった。


 時計や工具を触っている時と同じように、自分がいるべきところにいる。


 セフィリアには、そんなふうに見えた。


 一曲目が終わる。


 誰もすぐには声を出さなかった。


 そのまま、二曲目へ。


 そして三曲目。


 どれも知っている。


 知っているからこそ分かる。


 普段聞いていたものと、まるで違った。


 同じ曲なのに。


 こんなにも綺麗に聞こえるものなのか。


 ティナリアは途中から、すっかり演奏に聞き入っていた。


 カデリオンも黙っている。


 エルナリアだけは、最初から最後まで穏やかに微笑んでいた。


 聞き慣れているのだろう。


 それでも嬉しそうだった。


 三曲合わせても、十分ほどだった。


 けれどセフィリアには、それよりずっと短く感じられた。


 最後の音が消える。


 ケインが弓を下ろした。


 一瞬。


 広間が静まり返った。


 そして。


 大きな拍手が響いた。


 屋敷の使用人たち。


 皇太子一行の護衛や従者たち。


 その場にいた者たちが、一斉に手を叩いていた。


「すごいです!」


 ティナリアも勢いよく拍手する。


「本当にすごかったです!」


 レーミアが嬉しそうに笑った。


 レオエナも笑っている。


 クロウはいつも通りだった。


 ただ、隣にいるレーミアを一度見た。


「ミア」


「何、お兄様?」


「今日は合ってた」


 レーミアが目を丸くした。


 すぐに満面の笑顔になる。


「本当?」


「うん」


「やった!」


 レーミアは嬉しそうにバイオリンを抱えた。


 セフィリアは、それを見ながらもまだ少しぼんやりしていた。


「お姉様?」


 ティナリアに呼ばれて、ようやく我に返る。


「どうしたのですか?」


「……いえ」


 セフィリアは五人を見る。


「思っていたより、ずっとすごかったので」


「ですよね!」


 ティナリアが嬉しそうに答えた。


 そして。


 何かを思いついたらしい。


 すぐに父親を見る。


「父上」


 最初に口を開いたのは、セフィリアだった。


「私も、楽器を習いたいです」


 カデリオンが少し驚いたように娘を見る。


「セフィリアが?」


「はい。私も、あの中に入ってみたいです」


「私もです!」


 すぐにティナリアも手を挙げた。


「私もクロウたちと一緒に演奏できるようになりたいです」


 カデリオンは二人を見比べた。


「二人ともか」


「はい」


「はい!」


 返事だけは、きれいに重なった。


「演奏を聞き終わったばかりだぞ」


「だからです」


 ティナリアは真剣だった。


 カデリオンは娘たちを見る。


 そして少し笑った。


「なるほど」


 セフィリアも、もう一度五人を見る。


 クロウがヴィオラを片づけようとしている。


 その横でレーミアが、まだ嬉しそうに何かを話していた。


 少し前まで。


 どうすればクロウに好かれるのか。


 そんなことばかり考えていたはずだった。


 けれど今は。


 セフィリアにも少しだけ、ティナリアの気持ちが分かる。


 同じ音の中に入ってみたい。


 そう思わせる演奏だった。

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