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壊れかけのオルゴールと騒がしい家族たち  作者: 連句貢茶


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第58話 少しだけ静かでした

――帝国暦三五〇年・夏中頃 サザ子爵家邸――


 クロウは周囲を確認した。


 ティナリアはいない。


 セフィリアもいない。


 レオエナもいない。


 今なら、作業小屋へ行ける。


「シド」


「あ?」


「少し、作業小屋へ行く」


「分かった。俺も行く」


「うん」


 シドは護衛なのでついてきた。


 ただし、少し後ろを歩いている。


 質問もそれほど多くない。


 それだけで、かなり助かった。


 作業小屋へ入る。


 木と油の匂いがした。


 クロウは小さく息を吐いた。


 ここは落ち着く。


 机の上には、旧館から持ち帰った木箱が置いてある。


 まだ全部は確認できていない。


 蓋を開けた。


 歯車。


 軸。


 ねじ。


 ばね。


 古い工具。


 小さな金具。


 布に包まれた部品を、クロウは一つずつ取り出していった。


 シドは少し離れたところから見ている。


「それ、そんなにいいものなのか?」


「うん」


「錆びてるぞ」


「磨けば使えるかもしれない」


「壊れてるのもあるだろ」


「部品取りにできるかもしれない」


「お前、本当にこういうの好きなんだな」


「うん」


 返事はすぐに出た。


 好きだった。


 見ていると落ち着く。


 触っていると、もっと落ち着く。


 壊れていても、どこが悪いのか分かれば直せるかもしれない。


 細い歯車を一つ持ち上げる。


 少し大きい。


 でも、加工すれば使えるかもしれない。


 別の軸は、今直している時計に近い太さだった。


 油を落として、磨いて、測り直したい。


「トムに見せたい」


 クロウは呟いた。


「トム?」


「学校の友達」


「ああ」


「こういうの、分かってくれるから」


「お前みたいに時計が好きなのか?」


「少し」


 少なくとも、トムなら勝手に触ったりはしない。


 横から見て、必要なら一緒に考えてくれる。


 それなら気にならない。


 クロウは歯車を布の上へ戻した。


「学校、いつ行けるんだろう」


「皇太子殿下がいる間は無理なんじゃないか?」


「父様にも休むように言われてる」


「なら無理だな」


 シドは簡単に言った。


「今のお前が学校へ行ったら、俺もついていくぞ」


「目立つ」


「護衛だから仕方ないだろ」


「シドがいるともっと目立つ」


「俺のせいかよ」


「少し」


「少しかよ」


 クロウは次の部品を手に取った。


 学校へ行きたい。


 トムやリラにも会いたい。


 この部品も見せたい。


 皇太子殿下が帰るまでは難しそうだった。


 でも、今は静かだった。


 ティナリアも来ない。


 レオエナも来ない。


 シドはいるけれど、作業の邪魔はしない。


 久しぶりに、ゆっくり見られる。


 クロウは古いねじを一つ手に取り、錆びた部分を確認した。


 その時。


 作業小屋の扉が開いた。


「お兄様」


 クロウは顔を上げた。


「ミア」


 レーミアが立っていた。


「何?」


「今日、みんなで演奏するんだって」


 クロウの手が止まった。


「今日?」


「うん。皇太子殿下たちが聞きたいんだって」


「そうなの?」


 知らなかった。


 いつの間にそんな話になったのだろう。


 ミアは妙に嬉しそうだった。


「それでね」


「うん」


「私も一緒に弾いていいって、父様が言った」


 クロウは少しだけ目を瞬かせた。


「ミアも?」


「うん!」


 かなり嬉しいらしい。


 普段、ミアは四人で合わせる時には入らない。


 まだ自分の音だけで精いっぱいになることがあるからだ。


「お兄様、嫌?」


「父様がいいって言ったなら、別にいい」


「ほんと?」


「うん」


 父様が大丈夫だと判断したのなら、自分から文句を言うことではなかった。


「じゃあ、あとでね」


「うん」


 ミアは嬉しそうに作業小屋を出ていった。


 扉が閉まる。


 静かになった。


 クロウは手にしていたねじへ視線を戻した。


 皇太子殿下たちが、家族の演奏を聞きたい。


 それで、今日はミアも入る。


「……急だな」


「何が?」


 シドが聞く。


「演奏」


「ああ」


 どうして突然そんなことになったのか、少しだけ不思議だった。


 でも、考えても分からない。


 クロウは錆びたねじを布の上へ置き、次の歯車を手に取った。


 演奏は夜。


 それまでは、まだ時間がある。


 今はこっちを見たかった。




 作業小屋から戻ると、クロウは自分の部屋へ向かった。


 シドも当然のようについてくる。


「今度は何するんだ?」


「準備」


「何の?」


「夜の演奏」


「ああ。さっきレーミア様が言ってたやつか」


「うん」


 部屋へ入ると、クロウは壁際に置いてあるケースを出した。


 シドが覗き込む。


「それが楽器か?」


「ヴィオラ」


 留め具を外し、蓋を開ける。


 中からヴィオラを取り出した。


 長い間まったく触っていなかったわけではない。


 それでも、今夜は家族で合わせる。


 少し確認しておいた方がいい。


 クロウはまず弦を見る。


 指で軽く触れ、一本ずつ音を確かめた。


 少しずれている。


 ペグをわずかに回す。


 もう一度。


 まだ少し高い。


 戻す。


 今度は合った。


「何してるんだ?」


「音を合わせてる」


「それ、分かるのか?」


「分かる」


「俺には同じに聞こえるけど」


「違う」


「そうなのか」


 シドは少し離れたところから見ていた。


 クロウは残りの弦も合わせる。


 駒の位置を確認する。


 弓も取り出した。


 毛の張りを確かめ、少しだけ松脂をつける。


「結構いろいろやるんだな」


「そのままだと弾きにくいから」


「剣みたいなもんか」


 クロウは少し考えた。


「少し似てるかもしれない」


「剣も手入れしないと駄目だからな」


「うん」


 準備を終え、クロウはヴィオラを構えた。


 弓を弦へ乗せる。


 一音。


 低く落ち着いた音が部屋に広がった。


 もう一音。


 クロウは少し首を傾げる。


 ほんのわずかに違う。


 もう一度調整してから弾いた。


 今度はいい。


 そのまま短い旋律を弾く。


 久しぶりだった。


 指は少しだけ固い。


 けれど、すぐに思い出す。


 音の位置。


 弓の重さ。


 次へ移る時の指の動き。


 何度か同じところを繰り返した。


「……お前」


 シドの声がした。


 クロウは弓を止める。


「何?」


「楽器も上手いんだな」


「そう?」


「そうだろ。普通にすごいぞ」


「父様に教えてもらったから」


「いつから?」


「小さい頃から」


「剣もできて、時計も直せて、楽器もできるのか」


「時計はまだ直せないのも多い」


「そこを否定するのかよ」


「本当だから」


 クロウはもう一度ヴィオラを構えた。


 短い部分を弾く。


 少し速く。


 次はゆっくり。


 夜にみんなで合わせるなら、自分だけ弾ければいいわけではない。


 兄様やエナ姉の音も聞かなければならない。


 父様の音も。


 今日はミアも入る。


 たぶん、いつもより少し合わせにくい。


 クロウはもう一度同じところを弾いた。


「レーミア様、そんなに駄目なのか?」


 シドが尋ねる。


「駄目じゃない」


「でも一緒に弾きたくないんだろ?」


「まだ少し合わせにくい」


「上手くないってことか?」


「一人なら普通に弾ける」


「じゃあ、なんで?」


「自分の音だけ聞いてる時があるから」


 シドは少し考えた。


「よく分からん」


「みんなで弾く時は、みんなの音を聞かないと駄目だから」


「ああ」


 少しだけ分かったらしい。


「剣で周り見ないで突っ込むみたいなもんか?」


 クロウは考えた。


「たぶん、少し違う」


「違うのかよ」


「でも、少し似てるかもしれない」


「どっちだよ」


 クロウは答えず、また弾いた。


 しばらくすると、指の動きもかなり戻ってきた。


 これなら大丈夫そうだった。


 弓を止める。


 その時。


 遠くから、小さく音が聞こえた。


 クロウは顔を上げる。


「何だ?」


 シドも気づいたらしい。


 バイオリンの音だった。


 短い旋律。


 途中で止まり、もう一度最初から始まる。


 クロウは少しだけ耳を澄ませた。


「兄様かな」


「分かるのか?」


「たぶん」


 しばらくすると、別の方向からもバイオリンの音が聞こえてきた。


 こちらは少し高く、柔らかい。


「エナ姉もやってる」


「それも分かるのかよ」


「うん」


 シドは不思議そうな顔をした。


 屋敷の中に、いくつかの音が散らばっている。


 兄様のバイオリン。


 エナ姉のバイオリン。


 どこかでもう一つ、短く音が鳴った。


 ミアかもしれない。


 みんな、夜の準備をしているらしい。


 クロウは自分のヴィオラへ視線を戻した。


 普段は別々にいる。


 それでも、演奏する時だけは同じ場所に集まる。


 クロウはもう一度弓を構えた。


 少しだけ音を確かめる。


 屋敷のあちこちから聞こえる音に混じって、ヴィオラの低い音が部屋へ広がった。

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