第56話 好かれる方法が分かりました
――帝国暦三五〇年・夏中頃 サザ子爵家邸――
レオエナの部屋を出たあと、セフィリアとティナリアは父の部屋へ向かった。
扉を叩き、中へ入る。
カデリオンは椅子に座っていたが、二人の姿を見ると顔を上げた。
「どうした?」
「父上」
ティナリアが真っ先に口を開いた。
「クロウに好かれる方法が分かったかもしれません」
「何?」
カデリオンの反応は早かった。
「本当か?」
「はい」
ティナリアは自信ありげに頷く。
セフィリアはその隣で、少しだけ考えた。
「正確には、好かれる方法というより、クロウがどういう相手なら一緒にいたがるのかが分かった、という方が近いかもしれません」
「同じようなものだろう。それで、どうすればいい?」
父もかなり真剣だった。
「楽器です」
ティナリアが答えた。
「楽器?」
「はい。クロウは一人でいるのが好きです。でも、音楽なら自分から家族の皆さんと一緒に演奏しようと言うこともあるそうです」
「ほう」
「時計や機械が好きな人とも仲良くなりやすいそうですよ」
「時計や機械か……」
カデリオンは少し考えたあと、すぐに首を振った。
「それは私には難しそうだな」
「私たちも同じでした」
セフィリアが答える。
昨日、クロウについて工具屋へ入った。
さまざまな道具や部品を見たものの、自分たちにはクロウほどの興味を持てなかった。
「ですから、楽器の方がまだ可能性があるのではないかという話になりました」
「なるほどな」
カデリオンは腕を組んだ。
「それなら私にも可能性はあるかもしれん」
セフィリアは父を見る。
「父上もなさるのですか?」
「クロウに好かれるためなら考える」
やはり本気らしい。
ティナリアも負けじと言った。
「私も覚えます」
「まだ何を弾くかも決めていないだろう」
「これから決めます」
カデリオンとティナリアは、互いに少しだけ見つめ合った。
どうやら先ほど始まった競争は、まだ続いているらしい。
「それで父上」
セフィリアが話を戻す。
「私たち、先ほどレオエナ様のバイオリンを聞かせていただきました」
「レオエナの?」
「はい」
ティナリアがすぐに頷く。
「とても綺麗な音でした。私はバイオリンを聞いたのは初めてでした」
「そうか」
カデリオンは懐かしそうに少し笑った。
セフィリアはそこで気になった。
「父上は、レオエナ様がバイオリンを弾かれることをご存じだったのですか?」
「もちろん知っている」
「お上手なことも?」
「それも知っている。ケインが教えているからな」
「ああ、そうでした」
「知っていたか」
カデリオンは当然のように答えた。
「ケインは昔、本気で演奏家を目指していたような人間だ。腕だけなら、ほとんど本職と変わらんだろう」
セフィリアは少し驚いた。
「それほどなのですか?」
「少なくとも、趣味で少し弾く程度ではない」
「だから、レオエナ様もあれほどお上手なのですね」
「そんなに上手かったのか?」
「私は音楽について詳しくありませんが……」
セフィリアは先ほどの演奏を思い返した。
短いものだった。
それでも、あの音が上手いものだということくらいは分かった。
「かなりの腕なのではないかと思います」
「そうか」
カデリオンは少し意外そうだった。
「まあ、ケインに小さい頃から教えられているなら、それなりにはなるだろうな」
それでも、どこか軽く考えているようだった。
「たまに、皆さんで一緒に演奏なさるそうです」
ティナリアが言った。
「ケイン様と、テッド様と、レオエナ様と、クロウの四人で」
「家族でか?」
「はい」
「それなら、まあ楽しむ程度ではないのか?」
カデリオンはそう言った。
セフィリアも最初はそう思った。
家族で楽器を持ち寄って、一緒に演奏する。
楽しそうではある。
だが、レオエナの演奏を実際に聞いたあとでは、少し印象が違っていた。
「ただ、一つ気になることがあります」
「何だ?」
「レーミア様は、一緒に演奏なさらないそうです」
「レーミアが?」
「はい。レーミア様もバイオリンを弾かれるそうですが、まだ皆さんと合わせるには足りないそうです」
カデリオンが眉を上げる。
「足りない?」
「クロウは、音が合わないと疲れるので、一緒に演奏したがらないそうです」
「妹相手でもか?」
「はい」
ティナリアが答える。
「レオエナ様がそう言っていました」
「……意外と厳しいな、クロウは」
カデリオンが少し笑った。
「ですが、レーミア様がどのくらい弾けるのか分からないので、皆さんの演奏がどれほどのものなのかも分からないのです」
セフィリアが言うと、カデリオンは少し考えた。
「それなら、レーミアの演奏を一度聞けば分かるのではないか?」
「レーミア様の?」
「ああ」
「レーミアがまだ一緒に弾けないというのなら、レーミアの腕を聞けば、あの家族がどれくらいを基準にしているのか大体分かるだろう」
「なるほど」
セフィリアは頷いた。
「では、聞いてきます!」
隣から声がした。
「え?」
セフィリアが振り向いた時には、ティナリアはもう扉へ向かっていた。
「ティナ」
「レーミア様にお願いしてきます!」
扉が開く。
「ちょっと――」
そのままティナリアは廊下へ飛び出していった。
扉が閉まる。
セフィリアはしばらく、その扉を見つめた。
昨日までなら、すぐに追いかけていただろう。
だが。
「……」
今回は立ち上がらなかった。
カデリオンも扉を見る。
「追わないのか?」
「今日は、もういいです」
「そうか」
「レーミア様のところへ行くだけでしょうから」
「少し慣れてきたな」
「慣れたくはありません」
セフィリアは小さく息をついた。
それから父を見る。
「それと父上。もう一つお願いがあります」
「何だ?」
「サザ家の皆さんが一緒に演奏しているところを、聞いてみたいのです」
「今話していた四人の演奏か?」
「はい」
そう言って、ティナリアがいないことに気づく。
セフィリアは少し黙った。
「ティナも、そう言っていました」
「なるほどな」
カデリオンが頷く。
「クロウが自分から一緒にやろうと言うほど好きなものなら、実際に見てみたいということか」
「はい」
それだけではない。
先ほどのレオエナのバイオリンも、セフィリアには気になっていた。
あれほど上手いレオエナが加わる。
さらに、ほとんど本職と変わらないというケインもいる。
テッドとクロウがどの程度なのかは知らない。
だが、レーミアが一緒に合わせるにはまだ足りないという。
一体どんな演奏になるのだろう。
「分かった」
カデリオンが言った。
「では、セフィリア。ケインに頼んできてもらえるか?」
「私がですか?」
「ああ。今日の夕食のあとにでも、家族で演奏してもらえないか聞いてみてくれ」
「分かりました」
セフィリアは頷いた。
「私からケイン様にお願いしてみます」
「ああ。あいつなら、無理でなければ断らんだろう」
セフィリアは頭を下げた。
クロウに好かれる方法を探していただけだったはずなのに。
いつの間にか、セフィリア自身もサザ家の演奏が少し楽しみになっていた。




