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壊れかけのオルゴールと騒がしい家族たち  作者: 連句貢茶


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第47話 鍛えていないそうです

――帝国暦三五〇年・夏初め サザ子爵家邸――


 最近、クロウは少し困っていた。


 作業小屋へ行きたい。


 旧館から持ち帰った部品を確認したい。


 歯車の汚れを落としたい。


 軸の太さを測りたい。


 ゼンマイも見たい。


 あの古時計に合うものがあるかどうか、一つずつ試したかった。


 けれど、作業小屋へ行くと、だいたい誰かがついてくる。


 シドは護衛だから仕方がない。


 クロウのそばにつくよう、プラムに命じられているらしい。


 本人はまだ少し納得していない顔をしているが、仕事には真面目だった。


 だから、ついてくる。


 そして、ティナリアもついてくる。


 こちらは護衛ではない。


 完全に興味だった。


 作業の邪魔をするわけではない。


 部品を勝手に触ったりもしない。


 ただ、じっと見ている。


 それが、かなり気になる。


 しかも、ティナリアはすぐに飽きる。


「クロウ、それは何ですか?」


「軸」


「さっきも軸を見ていました」


「違う軸」


「違うのですか?」


「違う」


「いつ終わるのですか?」


「分からない」


「分からないことが多いですね」


 そうなる。


 作業は進まない。


 心も落ち着かない。


 だからクロウは、作業小屋へ行きたいのに、作業小屋へ行きにくくなっていた。


 この状態は、とてもよくない。


■練習場


 朝食後。


 クロウは庭で木剣を握っていた。


 今日はシドと稽古をすることになっている。


 プラムは少し離れた場所に立っていた。


 いつもなら、クロウの相手をするのはプラムだった。


 けれど今日は、シドと打ち合うように言われていた。


「体格の近い相手と合わせることで、分かることもあります」


 プラムはそう説明した。


 体格の近い相手。


 それは確かに、プラムとは違う。


 プラムは強い。


 速い。


 重い。


 そして、何より圧がある。


 シドも剣を持つと、それなりに真剣な顔になる。


 それでも、プラムほどの圧はない。


 クロウは少しだけ安心した。


 シドは木剣を構え、クロウを見る。


「手は抜かないぞ」


「抜かなくていい」


「怪我するなよ」


「しないようにする」


「そういう返し、腹立つな」


「そう?」


「そうだ」


 シドが踏み込んできた。


 速い。


 けれど、見える。


 クロウは横へずれながら、木剣で受けた。


 重さはある。


 それでも、プラムほどではない。


 受け流せる。


 足を引き、剣先を合わせる。


 シドが続けて打ち込んでくる。


 クロウはその肩を見る。


 足を見る。


 そこから、次の動きを読む。


 シドは正面から打ち込んでくることが多い。


 真面目な剣だった。


 だから、分かりやすい。


 ただし、雑ではない。


 きちんと鍛えられている。


 何度か打ち合ううちに、シドが眉を寄せた。


「お前、思ったよりやるな」


「プラムよりはやりやすい」


「母上と比べるな」


「だって、母上より軽い」


「母上と言うな。俺の母上だ」


「シドが母上って言った」


「俺はいいんだよ」


 クロウは少しだけ首を傾げた。


 その理屈は分からなかった。


 ただ、シドの剣がやりやすいのは確かだった。


 体格が近い。


 間合いも近い。


 力で押し潰されるような感覚も少ない。


 そのため、自分の動きがどこで崩れるのかも分かりやすかった。


 プラムは少し離れた場所から、二人の動きを見ていた。


 ほとんど口を出さない。


 けれど、その視線は鋭い。


 時々、短い指示が飛んでくる。


「クロウ様、踏み込みが浅いです」


「うん」


「シド、打ち込みが単調です」


「はい」


 プラムに言われると、シドの返事だけが急に丁寧になる。


 クロウは、それを少し面白いと思った。


 笑いはしなかった。


 笑えば、シドが怒りそうだった。


 途中から、セフィリアも加わった。


 最初は見学だけのつもりだったらしい。


 けれど、シドとクロウの打ち合いを見ているうちに、自分も少し剣を合わせたくなったようだった。


 セフィリアの動きは綺麗だった。


 シドより冷静で、クロウよりも姿勢が整っている。


 ただし、力で押してくるような剣ではない。


 数合だけ剣を合わせた。


 それだけでも、クロウはかなり疲れた。


 ティナリアは庭の端から、三人の稽古を眺めていた。


 最初は楽しそうだったが、剣の稽古も長く続けば飽きるらしい。


 レオエナは、今日は庭にいなかった。


 リトリーと用事があると聞いていた。


 稽古が終わると、シドがふと庭の端へ目を向けた。


「そういえば、レオエナ様は稽古をしないのか」


 クロウは少し驚いた。


「エナ姉が?」


「あれだけの力があるんだ。鍛錬も相当しているのかと思った」


「見たことない」


「見たことない?」


「うん。エナ姉が鍛錬してるところ」


 シドは固まった。


 かなり真剣な顔で固まっている。


「鍛錬していないというのは、どのくらいだ」


「どのくらい?」


「週に一度くらいか。それとも、月に一度か」


「分からない」


「分からない?」


「一度も見たことがないから」


 シドはクロウを見つめた。


「一度も?」


「うん」


「そんな馬鹿なことがあるか」


「でも、見たことない」


「あれだけの力があって、一度も鍛錬をしたことがないわけがないだろう」


「そうなの?」


「そうに決まっている。きっと人に隠れて鍛えているんだ」


 シドは自信ありげに言った。


「お前が見ていないだけだ」


「ずっと見てるわけじゃないから」


「だったら、お前の目は節穴か――」


 ごつん、と鈍い音がした。


 シドの言葉が途中で止まった。


 いつの間にか後ろへ立っていたプラムが、シドの頭へげんこつを落としていた。


「痛っ」


「主君に対して、なんという口の利き方ですか」


 プラムは静かに言った。


 声は静かだった。


 けれど、シドはすぐに姿勢を正した。


「謝りなさい」


「……悪かった」


「もっと心を込めなさい」


 シドは頭を押さえながら、クロウへ向き直った。


「申し訳ありませんでした、クロウ様」


「うん」


「クロウ様。それだけですか」


「何が?」


「シドは、クロウ様の主君に対する態度を改めなければなりません」


 クロウは少し考えた。


「主君?」


「はい」


 プラムは当然のように頷いた。


「今後、私は奥様の護衛に専念いたします」


「母様の?」


「はい。クロウ様の専任護衛は、シドが務めます」


 クロウはシドを見た。


 シドもクロウを見た。


 二人の間に、短い沈黙が落ちた。


「専任?」


「はい」


 プラムはシドへ視線を移した。


「クロウ様の護衛として、責任を持ってお仕えするのですよ」


「はい、母上」


「言葉遣いにも気をつけなさい」


「……はい」


 シドは少しだけ不満そうだった。


 それでも、返事はきちんとしていた。


 クロウは、シドが自分の専任護衛になることについて考えようとした。


 けれど、それよりも気になることがあった。


 シドが、レオエナの鍛錬を気にし始めている。人に隠れて鍛えているはずだと、かなり真剣に考えている。


 シドの中で、レオエナがまた強くなった気がした。


 それも、かなり。


 事態は、あまりよくない方向へ動いている。


 シドが専任護衛になることよりも、シドがレオエナを気にし始めたことの方が、今のクロウには心配だった。


 また一つ、屋敷に騒がしいものが増えそうだった。

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