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僕の壊れかけのオルゴール  作者: サザルト
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第27話 金色の天使を見守る会

――帝国暦三五〇年・春中頃 帝国人民学校・地方分校――


 その日、エナ姉が学校へ来た。


 一度だけ。

 そう約束した。

 毎日ではない。


 昼食も、放課後も、工作室も、音楽室も、すべてクロウに確認してから。


 抱きしめる時も、聞く。

 そこまで兄様が話をしてくれた。


 だから、大丈夫。


 クロウは朝から、そう自分に言い聞かせていた。


 けれど、教室の空気は、もう大丈夫ではなかった。


「来たぞ」

 誰かが言った。

 廊下の向こうから足音がする。


 教師の声。

 少しだけ緊張した空気。

 そして、扉が開く。


「本日は、以前に続き、見学の方がいらしています」


 教師がそう言った横に、エナ姉が立っていた。


 金の髪。

 澄んだ青い瞳。

 小柄な身体。


 そして、白に近い淡い色のワンピース。


 袖はやわらかく膨らみ、細かなレースが手首のあたりで揺れていた。


 裾には淡い金糸の刺繍が入っていて、朝の光を受けると、布そのものが少しだけ光を含んだように見える。


 派手ではない。


 けれど、清らかで、やわらかくて、少し現実から浮いている。


 金の髪と、淡い服。

 光を受けて揺れる薄い布。

 クロウは、少しだけ嫌な予感がした。


 これは、よくない。

 かなり、よくない。


 これでは、また誰かが変な呼び名を思いつく。


「レオエナです。本日は、よろしくお願いいたします」


 やわらかな声だった。

 その声だけで、教室の音が変わった。

 椅子のきしみが止まる。


 ざわめきが、少しだけ低くなる。

 それから、一拍遅れて、熱が広がる。


「……来た」

「本当に来た」

「金色の……」

「本人の前で言うな」


 小声があちこちで跳ねた。

 クロウは机の端に指を置いた。


 冷たい。

 でも、いつもより少しだけ遠い。


 エナ姉は教室の後ろへ案内された。

 控えめに立っている。


 けれど、控えめにしていても目立つ。

 それが、エナ姉だった。

 今日の服装は、特に目立つ。


 白や淡い色の布は、エナ姉の金の髪をさらに明るく見せる。


 ふんわりした袖も、細かな刺繍も、本人の

 やわらかい笑顔と合ってしまっている。


 たぶん、エナ姉は普通に服を選んだだけだ。


 でも、周りはそう見ない。

 クロウには分かった。

 分かってしまった。


 授業が始まる。

 チョークの音。

 教師の声。

 ページをめくる音。


 けれど、今日はみんなの意識が少し後ろへ引っ張られている。


 黒板を見ているようで、見ていない。


 ノートを取っているようで、耳は後ろにある。


 ガイなど、もうほとんど姿勢だけが前を向いていた。


 ルークは真面目に授業を聞いている。

 そのはずなのに、時々後ろの様子を確認している。


 サムは黙っているが、いつもより少し背筋が伸びている。


 エドは何度か肘でガイをつついていた。

 クロウは小さく息を吐く。


 予想通りだった。

 かなり、予想通りだった。

 休み時間になると、もっとひどかった。


「レオエナさん」

 ルークが代表のように声をかけた。


「はい」

 エナ姉は微笑む。

 その時、袖口のレースが少し揺れた。


 その小さな動きだけで、近くにいた女子が小さく息を呑んだ。


 クロウは聞こえないふりをした。


 できれば、誰にも気づいてほしくなかった。


「普段は、どのような勉強をされているのですか」


「家庭教師の先生に、歴史や礼法、音楽、それから少しだけ薬草のことを教わっています」


「薬草?」


「困っている人に、少しでも役立てればと思って」


 その瞬間、教室の一部が静かになった。

 静かになってから、さらに熱を持った。


「……やっぱり」

「やっぱりだ」

「本人の前で言うなって」


 クロウは聞こえないふりをした。

 できれば、エナ姉にも聞こえないでほしかった。


 ガイが少しだけ前に出る。


「えっと、その」

「はい」

「学校、どうですか」

 エナ姉は教室を見回した。


「とても素敵ですね」

 ガイの肩が跳ねた。


「素敵……」


「皆さんが一緒に学んでいる空気があって」

 エナ姉はそう言って、少しだけクロウを見る。


「クロウが大切にしている理由が、少し分かった気がします」


 その言葉に、クロウは少しだけ視線を伏せた。


 分かってくれた。

 たぶん、少しだけ。


 その少しだけは、悪くなかった。

 悪くなかったのに。

 周りは、やはり別の方向へ揺れていた。


「クロウが大切にしてる場所って分かってくれるの、すごくない?」


「分かる人なんだ」

「やっぱり金色の……」

「言うなって」

 小声が続く。


 エナ姉は気づいていないのか、気づいていないふりをしているのか、ただ静かに微笑んでいた。


 昼前には、教室はかなり疲れていた。


 いや、疲れていたのはクロウだけかもしれない。


 エナ姉は一度だけ見学し、教師に礼を言い、約束通り昼食前に帰った。


 去り際、クロウのところへ来る。


「クロウ」

「うん」

「今日は、来てもよかった?」


 聞いてきた。

 ちゃんと。

 クロウは少しだけ考える。


 教室は騒がしかった。

 かなり騒がしかった。

 でも、エナ姉は約束を守った。


 毎日来るとは言わなかった。

 昼食まで残らなかった。

 工作室にも、音楽室にも来なかった。


「……一度なら」


 クロウは答えた。

 エナ姉の顔がぱっと明るくなる。


「そう」


 両手が少し動く。

 抱きしめたそうだった。

 けれど、止まった。


「抱きしめてもいい?」

 教室の空気が止まった。


 クロウは、周りの視線が一気に集まるのを感じた。


 これは、よくない。

 とてもよくない。


「今は、だめ」

 クロウは小さく言った。


 エナ姉は少し残念そうにしたが、ちゃんと頷いた。


「分かったわ」

 そして、微笑む。


「また家でね」

「うん」

 エナ姉は帰っていった。


 白に近い淡い裾が、扉の向こうへ消える。


 教室には、しばらくその余韻だけが残った。


 クロウは小さく息を吐く。

 終わった。

 これで、終わる。


 今日一日だけ騒がしくて、明日から少しずつ戻る。

 そう思った。


 思ってしまった。


 ■放課後、教室


 クロウは工作室へ向かおうとしていた。

 その途中で、ガイに呼び止められた。


「クロウ」

「……うん」

「ちょっと来てくれ」


 嫌な予感がした。

 かなり、はっきりした予感だった。

 教室の隅に、男子たちが集まっていた。


 男子だけではない。

 一部の女子もいる。

 全部で、二十人くらい。


 多い。

 かなり多い。

 クロウは一歩だけ下がった。


「何?」

 ガイは少し興奮した顔で言う。


「決まった」

「何が」

 その時、前に出てきたのはダンだった。


 普段から規則や順番を重んじる生徒で、まとめ役をすることが多い。


 背筋を伸ばし、妙に真面目な顔をしている。


「クロウ」

「うん」

「我々は、正式に会を作ることにした」


 クロウは黙った。

 会。

 その単語は、あまりよくない。


「何の?」

 聞きたくなかったけれど、聞いた。

 ダンは厳かに言った。


「金色の天使を見守る会だ」


 教室の空気が、変な方向に整った。

 整っている。

 でも、方向が間違っている。

 クロウはしばらく言葉が出なかった。


「……見守る?」

「ああ」

 ダンは頷く。


「聖女様という呼称は本人が好まないと聞いた。ならば、その意思を尊重する」


「それは、いい」


「だが、あの方のすばらしさを忘れることはできない」


「忘れて」

「無理だ」

 即答だった。

 ガイが横で頷く。


「無理だよな」

「無理」

 エドも頷く。

 ルークは少しだけ真面目な顔で言う。


「見守る、という名称なら、直接本人に負担をかけないという建前が成立する」


「建前って言った」

 クロウは小さく言った。

 ルークは咳払いをした。


「配慮だ」

「今、建前って言った」

「配慮だ」


 クロウは机の端を探したくなった。

 ここにはない。

 仕方なく、自分の袖口を少しだけ整えた。


「会員は」

 ダンが続ける。


「現在、二十名」

「多い」

「男子は全員」

「全員?」


「一部女子も賛同している」

 女子の一人が少しだけ手を上げた。


「だって、きれいだったし」

「今日の服、本当に天使みたいだった」

「白くて、ふわっとしてて」

「袖のところ、すごく可愛かった」


「あと、クロウに抱きしめてもいいか聞いたの、かわいかった」


「そこ?」


 クロウは思わず聞いた。

 そこが広がっていたのか。

 広がってほしくない場所だった。


「それで」

 ダンは真面目なまま言う。


「会長は、私が務める」

「うん」


「副会長は、クロウだ」

「違う」

 クロウはすぐに言った。


「まだ何も言ってない」

「必要だ」

「必要じゃない」


「君は、金色の天使に最も近い」

「姉だから」

「つまり、最重要人物だ」

「違う」


「連絡役であり、助言役であり、本人の意向を確認できる唯一の存在だ」


「やらない」

「そこを何とか」


 ダンが頭を下げた。

 ガイも下げる。


 エドは両手を合わせる。

 ルークは真面目にこちらを見る。

 サムは少し申し訳なさそうにしている。

 クロウは全員を見た。


 騒がしい。

 とても騒がしい。


 エナ姉が来たら終わると思っていた。

 見学が済めば、学校は戻ると思っていた。


 でも、終わらなかった。

 むしろ、形ができてしまった。

 噂ではなく、会になった。


 名前までついた。

 金色の天使を見守る会。

 見守るという言葉は、静かに聞こえる。


 でも、今の教室は全然静かではなかった。


「活動内容は?」

 クロウは聞いた。

 聞いてしまった。


 ダンは待っていましたとばかりに紙を出す。


「第一に、本人の迷惑になる行為は禁止」

「それはいい」


「第二に、本人の前で金色の天使と呼ばない」

「それもいい」


「第三に、クロウに過度な質問をしない」

「それは、とてもいい」


「第四に、見学時の感想を共有し、今後の礼儀ある態度を確認する」

「よくない」


「なぜだ」

「続くから」

 ダンは少しだけ考える。


「では、期間限定にするか」

「いつまで」

「次に会えるまで」

「それは期間じゃない」


 クロウは頭の奥が重くなるのを感じた。

 これは駄目だ。

 完全に駄目だ。


 学校は学校ではなくなってきている。

 しかも、きちんとした形で。


 ダンのせいで、変な方向に秩序が生まれている。


 クロウは、秩序が嫌いではない。

 揃っているものは好きだ。


 けれど、間違った方向に揃っているものは、かなり困る。


「クロウ」

 ガイが言う。


「頼む。副会長になってくれ」

「ならない」


「名前だけでも」

「名前が残る」

「じゃあ相談役」


「嫌」

「顧問」

「もっと嫌」

 エドが笑う。


「じゃあ、見守り補佐」

「何それ」

 サムが小さく言う。


「本人の意向確認係」

「僕が?」

「うん」


「嫌」

 ルークが真面目な顔で言う。


「しかし、本人の意思を尊重するには、クロウの協力が不可欠だ」


 それは少しだけ正しい。

 正しいところがあるから、余計に困る。


 エナ姉本人に迷惑をかけない。

 聖女様と呼ばない。

 本人の前で変なことを言わない。


 そのためには、誰かが止めなければならない。


 たぶん、クロウが入らなければ、止まらない。


 入っても、止まるかどうか分からない。

 でも、入らなければもっと悪くなる。

 クロウは小さく息を吐いた。


「……条件」

 ダンの目が光った。


「聞こう」

「まず、エナ姉に迷惑をかけない」

「もちろんだ」


「本人の前で、金色の天使と言わない」

「もちろんだ」


「僕に、必要以上に聞かない」

「努力する」


「努力じゃなくて、守る」

「守る」

 ダンは真面目に頷いた。


「あと、家のことを聞かない」

 ガイが少しだけ顔を上げる。


「家?」

「聞かない」

「でも」


「聞かない」

 クロウは少しだけ強く言った。

 ガイは口を閉じた。

「それから、エナ姉を見に行こうとしない」

「そんなことしないって」

 エドが言う。


 クロウは見た。

 エドは少しだけ目を逸らした。


「しない」

 クロウはもう一度言った。

「分かった」

 ガイが頷く。

 ルークも真面目に言う。


「当然だ。見守るとは、押しかけることではない」


「その言葉、書いて」

「分かった」

 ダンがすぐに紙へ書き込む。


 クロウはまた少しだけ頭が痛くなった。

 書くのは早い。

 でも、書く方向が怖い。


「最後」

 クロウは言った。


「会のルールは、僕が確認する」

「副会長としてか?」

 ダンが聞く。

 クロウは黙った。


 ここで否定すると、また別の役職名を考えられる。


 相談役。

 顧問。

 見守り補佐。

 本人の意向確認係。


 どれも嫌だった。

 それなら。


 まだ、副会長の方がましなのかもしれない。


 会の中に入っていれば、止められる。

 少なくとも、止める場所ができる。


 学校をこれ以上乱さないために、乱れの中心に少しだけ入る。


 それは、とても嫌だった。


 でも、クロウには、他の方法があまり見つからなかった。


「……副会長」

 クロウは小さく言った。

 教室が一瞬、静かになる。


「え?」

 ガイが聞き返す。


「副会長でいい」

 その瞬間、教室の隅が小さく沸いた。


「よし!」

「クロウが副会長!」

「これで安心だな」

「静かに」

 クロウはすぐに言った。


「今、もううるさい」

 全員が少しだけ口を閉じた。

 ダンは深く頷く。


「では、金色の天使を見守る会。会長、ダン。副会長、クロウ」


「言わなくていい」

「記録に必要だ」

「記録も少なくして」


「検討する」

「検討じゃなくて」


「分かった。副会長の意見として、記録は簡潔にする」


 もう副会長として扱われている。

 クロウは、少しだけ目を伏せた。

 失敗した気がする。


 でも、何もしないよりは、たぶんましだ。

 たぶん。

「それで」

 ダンは紙を整えながら言った。


「次は正式な規則を作る」

「増やさないで」

「増やすのではない。整えるのだ」


「整える方向が違う」

「秩序は大切だ」

「その秩序は危ない」

 ルークが少し考えてから言う。


「ただ、ルールがないよりはあった方が制御しやすいかもしれない」

「ルークまで」


「暴走を防ぐための規則なら、意味はある」

「暴走する前提なの?」

「すでに少ししている」

 そこは正しかった。


 正しいから嫌だった。

 クロウは何も言えなくなる。

 ダンは紙をたたんで胸元にしまった。


「草案を作っておく」

「作らなくていい」

「確認はしてもらう」


「僕に?」

「副会長だからな」

 クロウは黙った。


 言い返したかった。

 でも、たった今、自分で認めてしまった。

 副会長。


 その言葉が、思ったより重かった。

 クロウは小さく息を吐く。

 学校を守るために、学校を乱しているものの副会長になる。


 かなり変だ。

 かなり変だけれど。


 今は、これしかなかった。


 ■放課後、工作室


 放課後の工作室へ向かう頃には、クロウの頭の中はかなり乱れていた。


 トムが工具を並べている。

 リラが楽譜を持っている。

 いつもの光景。

 それなのに、少し遠い。


「どうしたの?」

 リラが聞く。

 クロウは椅子に座った。


「会ができた」

 トムが手を止める。


「ああ」

「金色の天使を見守る会」

 トムは少しだけ黙った。

 それから、ゆっくり言う。


「……それ、エナさんの?」

「うん」

 リラが目を丸くする。


「すごい名前だよね」

「すごくない」

 クロウは机の上の歯車をそっと並べた。


 一つ。

 二つ。

 三つ。


 歯の向きを揃える。

 でも、胸の中は全然揃わない。


「僕は、副会長になった」

「知ってる」

 トムの手が止まった。

 リラも瞬きをする。


「なったの?」

「なった」

「嫌だったんじゃないの?」

「嫌だった」


「じゃあ、なんで?」

 クロウは少しだけ黙る。


「ならないと、もっと乱れそうだった」

 トムはそれを聞いて、少しだけ真面目な顔になった。


「そうかも」

「分かる?」

「分かる」

 トムは工具を布の上に置く。


「変なものって、外から止めようとすると余計に動く時あるから」

「うん」


「中に入って、噛み合わせを見た方がいい時もある」

 その言い方は、少し分かりやすかった。

 クロウは小さく頷く。


「でも、嫌」

「だろうね」

 リラはやわらかく言う。


「でも、クロウが副会長なら、少なくともエナさんに迷惑がかからないようにはできるかも」

「できるといい」

「ルールも作るの?」


「ダンが作るらしい」

「ダンくん、真面目だものね」

「真面目な方向が怖い」

 トムが少しだけ笑う。


「規則が増えすぎるやつかな」

「うん」


「それは副会長の仕事だね」

「言わないで」

 クロウは歯車をもう一つ並べた。


 副会長。

 言葉がまだ重い。

 とても重い。


「それに」

 トムが工具を置きながら言った。


「今度、クロウの家に行く話、しばらく黙ってた方がよくないかな」

 クロウは顔を上げた。


「家に来る話?」

「うん」

 トムは教室の方をちらりと見る。


「今の状態で知られたら、たぶん面倒なことになると思う」

「……なる」

 クロウはすぐに頷いた。


 かなりなる。

 金色の天使を見守る会の会員たちが、クロウの家へ行く話を知る。

 トムとリラがクロウの作業場に来る。


 裏の森。

 屋敷。

 エナ姉。


 その言葉がつながった瞬間、教室がどうなるかは想像できた。

 想像できてしまった。


「たぶん、場所を聞かれる」

 リラが言った。


「森の近くの作業場って聞いたら、余計に興味を持ちそう」

「あと、エナさんがいるかどうか聞かれると思う」

 トムが言う。


「絶対に」

 クロウは小さく息を吐いた。


「家の裏の作業場は、作業場」

「うん」


「時計を直す場所」

「うん」


「エナ姉を見に来る場所じゃない」

「それは、ちゃんと言わないとね」

 リラが頷く。

 トムも真面目な顔になる。


「じゃあ、しばらくは三人だけの話にしておこう」

「うん」


「日を決める時も、教室では言わない方がいい」

「うん」


 クロウは少しだけ安心した。

 トムとリラは分かってくれる。

 作業場は、作業場として見てくれる。


 時計は、時計として見てくれる。

 そこにエナ姉の話を混ぜないでくれる。

 それが、ありがたかった。


「でも」

 リラが少しだけ笑う。


「副会長なら、余計に家のことを聞かれそうね」

「条件で付けたけど、それ言わないで」

「ごめん」


「でも、そうだと思う」

 トムが言う。


「だから、早めにルールにちゃんと入れた方がいいんじゃないかな」

「何を?」

「クロウの家のことを聞かない」


 クロウは少し考えた。

 それは、必要かもしれない。

 かなり必要かもしれない。


「入れる」

「副会長として?」

「……副会長として」


 言ってしまった。

 クロウは少しだけ目を伏せた。

 リラが小さく笑った。


「少し慣れてきた?」

「慣れてない」

 すぐに答えた。


 でも、言葉は出た。

 副会長として。

 それがまた、少しだけ嫌だった。


 エナ姉は一度だけ来た。

 約束も守った。

 それなのに。


 学校には、金色の天使を見守る会が残った。

 噂は消えなかった。

 形になった。


 そしてクロウは、副会長になった。

 なりたくなかったのに。

 ならないと、もっと悪くなる気がしたから。


 クロウは歯車の位置をもう一度直す。

 行きすぎた秩序ほど、直すのが難しい。

 そう思った。


 今日の学校は、いつもより少し。


 いや、きれいに乱れていた。

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