第27話 削られる記憶
朝だった。
王都は静かに動いている。
いつも通り。
人が歩く。
店が開く。
何もなかったみたいに。
俺は歩いている。
石畳の上。
足音。
一歩ずつ。
確かめるみたいに。
クロウが隣にいる。
「どうだ」
俺は答える。
「……分からない」
クロウが笑う。
「それが分かるなら軽い方だ」
俺は足を止める。
通りの看板を見る。
文字。
読める。
問題ない。
だが。
違和感がある。
「……少し抜けてる」
クロウが言う。
「どこが」
俺は考える。
答えようとする。
――出ない。
言葉が、
一瞬遅れる。
クロウが頷く。
「それだ」
俺は息を吐く。
「……回数」
クロウが言う。
「覚えてるか?」
俺は目を閉じる。
1027回。
そのはずだ。
だが。
途中が曖昧だ。
数が、ぼやける。
「……1000は超えてる」
クロウが笑う。
「ざっくりだな」
俺は言う。
「お前は」
クロウは肩をすくめる。
「全部」
少し間。
「消えない」
俺は目を開ける。
「なぜ」
クロウは言う。
「ログ外だからな」
エリシアが後ろから来る。
「正確には違う」
クロウが振り向く。
「ほう」
エリシアが言う。
「クロウは」
少し間。
「“固定されてる”」
俺は聞く。
「固定?」
エリシアは頷く。
「うん」
「変化しない」
クロウが笑う。
「それ言うか」
エリシアは続ける。
「だから削られない」
俺は言う。
「俺は違う」
エリシアが頷く。
「うん」
「あなたは選んだ側」
少し間。
「だから削られる」
俺は歩き出す。
頭の中を探る。
消えたもの。
何がなくなったか。
思い出そうとする。
――思い出せない。
それ自体が、
分からない。
クロウが言う。
「それが一番厄介だ」
俺は聞く。
「何が」
クロウが答える。
「消えたことに気づけない」
エリシアが小さく言う。
「まだ軽い」
俺は止まる。
振り返る。
「まだ?」
エリシアは言う。
「進むほど」
少し間。
「あなたは普通になる」
クロウが笑う。
「それ、最悪だな」
俺は聞く。
「普通になるとどうなる」
クロウが言う。
「終わる」
俺は黙る。
クロウが続ける。
「覚えてない奴は」
空を見る。
「ループから抜けられない」
エリシアが言う。
「正確には」
「気づけない」
俺は空を見る。
普通の空。
何もない。
裂け目もない。
ログもない。
「……じゃあ」
俺は言う。
「俺はどうなる」
エリシアは少しだけ迷う。
そして言う。
「消える」
クロウが笑う。
「雑だな」
エリシアは続ける。
「存在は残る」
「でも」
少し間。
「あなたじゃなくなる」
俺は黙る。
言葉が、
うまく繋がらない。
自分の中の何かが、
少しずつ、
削れている。
クロウが言う。
「だから言ったろ」
俺を見る。
「終わらせた方が早い」
俺は答える。
「それは選ばない」
クロウが笑う。
「知ってる」
そのとき。
通りの奥で、
誰かが転んだ。
パンを落とす。
紙袋。
黒パン。
転がる。
俺はそれを見る。
足が、
勝手に動く。
拾う。
渡す。
「……」
相手が礼を言う。
俺は頷く。
それだけ。
その瞬間。
小さな違和感。
今の行動。
どこかで。
何度もやった気がする。
だが。
思い出せない。
エリシアが言う。
「今の」
俺は聞く。
「何だ」
エリシアは答える。
「残ってるもの」
クロウが言う。
「癖か」
エリシアが頷く。
「うん」
「記録じゃない部分」
俺はパンを見る。
温かい。
ただのパン。
だが。
そこに、
何かがあったはずだ。
思い出せない。
俺は小さく呟く。
「……減ってる」
エリシアが言う。
「だから急いで」
クロウが言う。
「次に行くぞ」
俺は聞く。
「どこへ」
クロウが空を見る。
そして言う。
「次の管理層」
俺は目を細める。
「まだあるのか」
クロウが笑う。
「当たり前だ」
エリシアが小さく言う。
「一つじゃない」
俺は二人を見る。
そして言う。
「……行く」
足を踏み出す。
記憶が減る前に。
全部消える前に。
終わらせるために。
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