炎天のヒーロータイム
☆炎天のヒーロータイム
「こ……こんなバカな!」
「ふふふ……残念だったなぁ。混沌の力を支配する俺に、同じ技は二度通用しない」
「くっ、もはやここまでか……」
「遊びは終わりだ。貴様の存在を跡形もなく消しさってやろう! フハハハハハハ!!!」
どう聞いても高笑いしている方が悪人だけど、実はそっちが正義側だ。
特設ステージ上では触手の塊みたいな敵役を、銀色ボディの正義の味方が殴り付けている。
「これは焼かれた俺の森の分! これが焼かれた俺の森の分!! これも焼かれた俺の森の分だぁぁぁぁ!!!」
「ちょ、俺はそこまでやってな……げぶっ!」
冤罪による鉄拳制裁を何発も食らって、怪人はみるみるうちにボロボロになっていく。触手も元気を失ってフニャフニャになるところが芸が細かい。
そして、その様子を見ている子供たちは大興奮だ。
「やっちゃえーチクタクマン!」
「悪の怪人をやつけろー!!」
「いあ! いああああ!!」
「ふぉああ! さすがチクタクマン! 有無を言わさぬ正義執行であります!!」
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「チクタクマンかっこいー!」
「ぴゃいいいい!!」
奇声とも取れるくらいの大声をあげてはしゃぐ子供たちの中に、すごいナチュラルに混じっている高校生がいた。具体的には四番目に聞こえたやつ。
蘭堂 ルフ。僕の幼馴染みだ。
少女としか形容できないサイズとシルエットの彼女は子供たちの群れの中にいると、「少しお姉ちゃんかな?」で済んでしまうくらいの違和感しか無い。
ルフと子供たちが熱い声援を送るチクタクマンというのは、うちの近所の商店街が企画製作したヒーロー。
ぶっちゃけてしまうと、数年前に出来た大型デパートの野吹デパートにお客を取られた商店街側が、なんとかしてお客を取り戻そうとして生まれたという、世知辛い背景を持つご当地正義超人だ。
このチクタクマン、全身銀色であちこちに時計を引っ付けたよう出で立ちで、お世辞にもあまりカッコいい見た目はしていない。
目は三つもあって、しかもそれらは真っ赤な時計で出来ている。歯車と電気コードを組み合わせたようないびつな身体をしていて、正直ちょっと正気を失いそうなくらい気持ち悪い。
しかし地方ローカル番組の生放送カメラの前で堂々と「野吹デパートは滅べ」と言ったり、明らかに野吹デパートのイメージキャラをパクったデザインの怪人をイベントでぶちのめしたり、「勘違いしないでよ! 別に人類なんて好きじゃないんだからね!! 発狂しろ!!!」と何故か半ギレしつつ写真撮影にノリノリで応じたりと、ヒーローっぽくないくせに妙にフレンドリーというアンバランスなキャラクター性がウケている。
実際、このヒーローショーも子供だけでなく、大人もそこそこの数が見に来ている。
中には「うちの母ちゃんもぶちのめしてくれ!」とか言ってる人までいるんだけど、大丈夫なのかな。後ろですごい顔してる人はその母ちゃんなんじゃないの? あ、つれていかれた。どうやら彼の冒険はここで終わってしまうようだ。
「これで終わりだ! 永遠に続く無限地獄の中をさ迷うが良い!!!」
悪役の冒険も終わりのようだ。
ちょっと禍々しい見た目の剣を腰のベルトから取り外したチクタクマンが、怪人に馬乗りになってぶん殴る。刃の部分を使わずに、柄の部分で殴る。ドカドカ殴る。バキバキ殴る。むしろ丹念にぶん殴る。
そうしているとステージのあちこちからブシューッ! と真っ白な煙が吹き出して、たちまちにチクタクマンと怪人の姿がかき消えた。
数秒後、煙が霧散した後には怪人は消えていて、チクタクマン一人がポーズを決めている。
観客の興奮は最高潮となり、あちこちから歓声があがる。炎天下の空気が更に熱を上げて、チクタクマンの周りには陽炎すらできていた。
チクタクマンはそんな観客に対して「うるせぇ! トラペゾヘドロンぶつけんぞ!!」と剣を振り上げて威嚇してからステージを降りていった。
この後は握手、サイン、写真撮影が順番にできるふれあいタイム的な時間だ。観客の多くがチクタクマンの方へと走っていき、列整理担当の魚屋のおじさんの指示に従って一列に並ぶ。
「ふぉあああ……やはりチクタクマンはカッコいいであります! ちょっとダークな感じが良いのであります!」
……ちょっとダークと言うか、あれはもうやさぐれてない?
とも思うのだけど、こういうのは突っ込まないのがお約束だ。
ヒーローとは謎があるくらいがちょうどいいのだ。「何故剣で切らずに殴ったのか」とか思った方が負けです。「チクタクマン、暑さのせいで半分くらい本気でキレてない?」とかも考えてはいけない。
「ルフ、楽しかった?」
「はい! ルフ、サインと握手とツーショットをゲットしてくるのです!!」
ルフは紫色の瞳をキラキラに輝かせつつ嬉しそうに跳び跳ねて銀色の髪を揺らすと、チクタクマンの前に出来た長蛇の列に向けて走っていった。
ルフが楽しいなら僕としては言うことなしだ。あと、サインは僕の分も貰ってきてほしい。
「……最近は混沌も手広いですね」
呟くような言葉に、僕は視線を向ける。
金色の髪とヘッドドレスを靡かせてどこか考え事をしているような顔をしているのは、僕の家のメイドさん。
名前はプリマリアさん。
プリマリアさんは僕に日傘を差してくれている。僕と目が合うと、にっこりと笑顔。
今日も素敵に完璧な、僕の自慢のメイドさんだ。
「ありがとう、プリマリアさん」
「本日は日差しが強いですからね。こういうときは『メイド108の秘密道具』26番のこの子の出番です」
「うん。でも、プリマリアさん」
「なんでしょうか、ご主人様」
「せっかくだし、一緒に入ろうよ」
彼女が差してくれているのは大きめの日傘で、プリマリアさんも一緒に入れるくらいだ。
だというのに、彼女は日差しの下にいる。それどころか、客席にも座らずに立ったままだ。
プリマリアさんは暑い日でも長袖とロングスカートのメイド服という格好をしている。
一緒に日傘に入ることで少しでも涼しくなってほしい。そういう思いで、僕はプリマリアさんに声をかけた。
「私は大丈夫ですよ、ご主人様」
やんわりと拒否されてしまった。
本人の言葉通り、プリマリアさんは涼しい顔をしている。
でも、暑くないってことはないはずだ。少しだけど、額に汗が滲んでるし。
「ルフが戻ってくるまで暫くかかると思うし、その間ずっと太陽の下にいるのも大変だと思うよ」
「日焼け対策などはきちんと行っているので、平気です」
うーん。
僕が言いたいのは、そういうことじゃないんだけどなぁ……。
その辺りの抜かりがある人だとは思っていない。彼女は何時だって完璧で、頼れるメイドさんだ。
ただ、僕は彼女の優しさや忠誠を「当然のこと」だなんて思っていない。
有り難いと思うし、労ってあげたいとも思っているんだ。
迷ったのは、一瞬のこと。
「じゃあプリマリアさん。日傘に入って、僕の隣にいて?」
「ご主人様、私は……」
「『命令』だから」
「わうっ……」
僕の『命令』。プリマリアさんにとって、何よりも優先となる言葉。
プリマリアさんは僕の『命令』を受けて、かなり目が泳いだ。そのまま固まってしまう。
「プリマリアさん、『命令』」
もう一回言うと、観念したようにおずおずと日傘の中に来てくれた。
本当なら僕の方が日傘を持ちたいくらいなんだけど、そこまですると彼女のお仕事を奪ってしまうことになるのでさすがに止めた。
「あの、ご主人様……」
「うん、なにかな?」
「……あ、あの」
「……?」
プリマリアさんの方を見てみると、さっきよりも汗が増えているような気がした。
顔も赤くて、息も少し荒くなってるように見える。
「ご、ご主人様。先程のチクタクマンの必殺技はシャイニング・トラペゾヘドロンと言って、あらゆる次元のチクタクマンを召喚して一通りリンチした後で対象の身体をすべての時間軸から消し去り、魂を無限に続く苦痛の中に叩き落とすという技なんですよ」
「凄いオーバーキルだね」
一応返事はしているけど、僕としてはプリマリアさんの体調の方が気がかりだ。
もしかして、熱中症? もっと早めに日傘に引き入れるべきだったかな。
「プリマリアさん、大丈夫? 顔とか赤いけど……」
「……平気です」
あんまり平気には見えない。
ルフに声をかけて、家に戻った方が……や、病院いくとかした方がいいのかも……?
「大丈夫ですから。その、もう少し、このままで……」
「あ、うん……無理だったら、ちゃんと言うようにね。これも、『命令』するから」
「……はい、ご主人様」
暫く休めば大丈夫。そういう意味なのだろう。
そう思って僕は、プリマリアさんが落ち着くまで隣で座っていることにした。
―――――――――
……ご主人様と相合い傘をしてしまっています。
嬉しすぎて恥ずかしすぎて、顔の熱さが抑えきれません。私は必死でそれを隠そうとしていますが、ご主人様には通用しませんでした。
……『命令』してまで、私の心配を……。
申し訳ない気持ちと同時に、『命令』されたことで喜んでしまう気持ちが溢れて、私の身体をますます熱くします。
ほう、と吐いた息は、己でも驚くほどに熱を持っていて。
ご主人様に心配されているというのに喜んでしまうだなんて、ダメなメイドです。
ご主人様は純粋に心配してくださっているのに、その私が考えていることは、どうしたらこの幸せな時間がより長く続いてくれるのか、ということなのです。
こんなこと、ご主人様に知られてしまったら。
嫌われはしない、という確信はあります。ご主人様はそのような方ではないと、きちんと理解はしています。
でも、ご主人様にはしたないと思われたら……。
ぞくん、と背筋が寒くなりました。それは恐怖と――期待で。
ご主人様の前では完璧でありたいという気持ち。
ご主人様に私の恥ずかしい部分を暴かれたいという気持ち。
どちらも正直な気持ちで。
嗚呼、私はこの方のことが堪らなく好きなのだと、再認識をしてしまいます。
良い風に思われたいですし、悪いところもさらけ出してしまいたい。
矛盾しているのに、同時に存在する感情。
良い私を誉めてほしい、悪い私を――受け入れてほしい。
そんな気持ちも隠してしまいたくて、でも、見られてもしまいたくて。
答えを出せない私は誤魔化すように、チクタクマンの技の解説などに力を入れてしまうのでした。
あとがきクトゥルフ神話解説
☆チクタクマン
クトゥルフ神話の神性、ニャルラトホテプのこと。
ニャルラトホテプが数多く持つ『化身』と呼ばれる姿のひとつ。
噛み砕いて言うと、機械に自分の魂を入れて操っているような状態。
機械であれば何でも、そしてどんな姿でもいいので、顕現する時代や場所によって構造物、攻撃方法、大きさすらも変わる。
☆これは焼かれた俺の森の分!
ニャルラトホテプの住み処のひとつ、ンガイの森のこと。
地球で活動するときに拠点としていた場所のひとつだったのだが、クトゥグアという神性(の、手下)に焼き討ちされた。
クトゥグアはニャルラトホテプの数少ない弱点であり、クトゥグアも「ニャルラトホテプぶん殴るなら力貸してやんよ」と人間の味方に付くくらいのニャルラトホテプ嫌い。
当然、ニャルラトホテプもクトゥグアを超嫌っている。
☆いあ! いああああ!!
クトゥルフ神話において度々登場する文言「いあ」のこと。
「いあ! くとぅぐあ!」、「いあ! いあ! はすたあ!」など、「いあ」の後に神様の名前を入れるのが一般的。
ようは「崇拝します」的な感じで使う言葉で、呪文などにもよく使われる。
☆野吹デパート
クトゥルフ神話に登場する生き物、ノフ=ケーのこと。和訳だとグノフケーという名前のことが多いらしい。
極寒の地にお住まいで、状況によって二足、四足、六足歩行に変わる変形ロボットみたいな生き物。
角が生えていて、自分の周りであれば吹雪を起こすこともできるらしい。
クトゥルフ神話において、「その昔北極だか南極だかにあった国を滅ぼした」とか「グリーンランドに住んでるらしい」とか言われていて、実物が全然登場しないのでイマイチ詳細がわからない存在。
でもクトゥルフ神話にはそういう生物や神が多いので、気にすることでもなかったりする。
☆正気を失いそうなくらい気持ち悪い
☆発狂しろ!!!
クトゥルフ神話の登場人物というのはよく発狂する。あるいはもう発狂している。
クトゥルフ神話の神々やクリーチャーというのはやたらおぞましい姿をしていたり、ちょっと有り得ないくらいのオーラを放っていたりするので、発狂しても仕方ない。
中には目にしただけで精神崩壊を起こすような存在もいる。
TRPG『クトゥルフの呼び声』においても発狂というのは大事なファクターで、クトゥルフ神話において発狂は切っても切り離せない。嫌な付随物だけど、そーいうもんです。
☆最近は混沌も手広いですね
ニャルラトホテプのこと。
いろいろな姿を持つはい寄る混沌ことニャル様だが、最近は美少女になってバールのようなものを振り回す姿も目撃されている。
同じように猟犬がメイドをやっていたりするんですが、最近のクトゥルフはどうなっているんですか。誰かもっとやってください。
☆うるせぇ! トラペゾヘドロンぶつけんぞ!!
☆シャイニング・トラペゾヘドロン
クトゥルフ神話に登場した架空の物質、輝くトラペゾヘドロンのこと。
一言でいうと、謎の物体。
ほぼ球体の多面体の結晶で、黒くてところどころに赤い線があり、光を放っているようにも見える宝石っぽいもの。
変な形をした箱の中に入っていて、箱の中には直接置かれず、金属製の帯と奇妙な形をした七つの柱で吊り下げられている状態にされている。
見つめ続けたり箱を閉じたりすると「闇にさまようもの」(ニャルラトホテプのこと)が召喚される超危険物。
余談になりますが、技の内容はこの作品と同じくクトゥルフ神話を題材としたいくつかの作品を参考にしています。




