Past Fragments -Side Hunting Dog- 1
Past Fragments
-Side Hunting Dog- 1
――熱い。
己の身体に触れる。
熱くて、ぬめりのあるものに、触れる。
「は……」
痛みはない。
痛みなんて、もう、感じない。
ただ身体から抜けた血の分だけ、身は重くなる。
「……ふ」
口に浮かぶのは、笑み。
『任務』以外で笑うなんて、何年ぶりか。
「はは……」
こんな、小さな国。その路地裏の片隅で、朽ちる。
なんて私らしい。
名前もなく、誇りもなく、価値もなく。
私はただただ、殺してきた。
その私が、今日、ここで、死ぬ。
「く、ふふ……」
老いも若いも男も女も、私が振り撒く死の前には、無力だった。
誰も彼も何も、壊して、壊して、壊して。
命ぜられるまま、なんの感情もなく。
落涙も懇願も怨恨も慟哭も、踏み躙ってきた。
そんな私が最後に得るのが、笑いだなんて。
――莫迦莫迦しい。
なんて、莫迦莫迦しい。
手が渇く暇もなく、呼吸をするように殺し続けた私が、死神は殺せないのだから。
だけど、それで正しい。
死は平等だ。
そして私には、その死すらも――何の意味も、ない。
私の代わりは、いくらでもいる。
私が死ねば、私の代わりに、誰かが誰かを殺すだけ。
猟犬であることが誉れだと、私たちは叩き込まれてきた。
だけど私たちが、誇りある猟犬なんて、そんなわけがない。
ただの、部品だ。
壊れれば、代えるだけ。
ならば最初から、私は一発の弾丸で有りたかった。
一振りの刃金で有り、一撃の炸薬で有りたかった。
肉の身も、紅の血も、いらなかった。
「ふ、あは……」
殺戮に錆付きながら、確かに軋む感情など、欲しくなかった。
遠退く意識も、死への恐怖も、何故の疑問も。
「ふ、あは、ひ……」
執着の落涙も、
「や……」
生への懇願も、
「う……」
世界への怨恨も、
「あ……!」
絶望の慟哭も――いらない。
こんな私は、いらない。
だから、終わりにしよう。
自分が死ぬとき、どうするべきかは既に教えられている。
今まで他者にしてきたことを、己へ向ければ良いだけだ。
後のことを気にする必要はない。
私は何もかも偽物で。
私の死からは、他者は何も得られないのだから――
「――それは、あんまりオススメしないなぁ」
「……!」
誰、と。
そう思う前に私の身体は動いた。そういうふうに、生きてきたから。
『スイッチ』は一瞬で切り替わり、全ての痛みと重さは消えて、異常の排除に全力を尽くす。
「が、るるるるるぅ!!」
喉から声を吐き出すのは、全力の絞り出し。
私は一匹の猟犬と成り、獲物に襲い掛かった。
情けは無く、只、殺す。
己に向けようとした殺戮の力を、相手へと向ける。
軌道は顔面に一直線。頭蓋を砕き、脳を破砕する旨の一撃だ。
体力の低下から、完璧とは言えない速度と動き。それでも、
こんな子供を殺すには、十二分――!!
「ん……!」
そう思った私の予測は、余りにも有り得ない動きで、裏切られた。
相手は表情を少しも変えず、その行動に迷いも無かった。
私の手に握られた鈍い光を、『彼』は眉一つ動かさず、首の動きだけで回避してみせたのだ。
――殺傷力重視に顔面狙いで突き込みの刃物を、こんな田舎の学生が!?
相手の顔立ちは幼さを色濃く残したもので、服装は黒基調の、恐らくは学校用の男子制服だった。
『下調べ』したこの辺りの情報によれば、近くには学校がある。制服は、そこのものだろう。
相手はどう見てもただの学生で、殺気は微塵もなかった。
気配を気取れなかったのは疲弊と、一瞬とはいえ己が乱れた故だろうが、それでも、ただの子供、少年にしか、見えない。
そんな相手が、疲弊しているとはいえ、私の殺しを躱せるなんて――
「――!?」
驚くなんて私らしくない感情を得ていた。それが隙になった。
相手の手が、私の腕を掴む。刄を突き、延び切った側の腕に、相手の指が絡み、締められ、掴まられて。
「ごめんね」
軽い言葉、緩い表情。
だけど、動きは迷いがなく、高速。
今まで相対した、誰とも違う雰囲気の相手が、掬い上げるような掌底を、私の腹にねじ込んだ。
理解の不能と衝撃が腹部から私を打撃して、意識ごと貫いていく。
何故、と思い、しかし、答えは見付からなくて。
「か、ぁ――」
私の意識は、黒に落ちた。
あんまりあとがき書かないけど今回は必要だよね。
今回は、過去の一端のお話。
折を見て続きを書くことにする、小出しパターンです。
見ての通り、プリマリアさん視点の1ですね。
過去のやさぐれ感が出てると良いんですが。略して『やさマリアさん』。
普段は日本人らしく奥床しい九朗くん視点なのであまり出てませんでしが、実は九朗くんも結構強いオチ。
そんな感じで、また気が付いたら新しく過去が提示されているかも知れませんねぇ。とか。
Pastは過去。
Fragmentsは断片の複数形。
過去の断片たちは、猟犬と少年にとっての未来に続く、何であったのか。
そんな感じで、絞めておきましょうか。




