笹の葉、ひとひら。
「さ〜さ〜の〜は〜さ〜らさら〜♪」
帰るなりに耳に飛び込んできたのは、高く、天の川まで届くような綺麗な歌声だった。
「……やっぱりね」
今日は七月の七日。
七夕だ。
テレビで七夕の話が出た時のこと。
それを一緒に見ていた、我が家のメイドさんであるプリマリア・ティンダロスさんが、
「あの、ご主人様……七夕とは、なんでしょうか?」
そう聞いてきたために、僕が七夕のことを詳しく教えてあげたのが、一週間ほど前。
話を聞いているプリマリアさんはとても目を輝かせていたから、もしかしたらと今日は思ったのだけど、当たっていたようだ。
プリマリアさんが楽しそうに歌っているのを聴きながら、靴を脱ぎ、廊下を小走りで行く。
歩きではなく早足になるのは、彼女の歌で僕の気持ちが童心に帰っているんだろうか。
「ただいま」
ドアを開け、名前を呼ぶ前の挨拶としてのただいまを口にして――
「――うひゃっ!?」
名前の代わりに、変な声を吐いてしまった。
「き〜ん〜ぎ〜ん〜……あおんっ! お帰りなさいませ、ご主人様!」
プリマリアさんは僕を見付けるなり猛スピードでこちらにやってきた。
最初から鳴き声まで上げてご機嫌だ。尻尾や耳があったらどうなっているんだろうか。
「お待ちしておりました! 見てください!」
そして褒めてください、と言わんばかりに満面の笑みで、プリマリアさんがそれを手で示す。
白く細い指の先には、笹。
「笹……だね」
「はい、笹です♪」
笹だ。
単子葉植物イネ科タケ亜科。この間、プリマリアさんが七夕に興味を示した時に調べた。
「……うわぁ」
紙細工で飾り付けられた大きな笹が一本、これまた大きな鉢植えに刺さっている。笹だけに。
鉢植えだけではバランスが取れないらしく、笹には細いロープが巻き付いていた。
巻き付けられたロープは天井へと伸びて、天井に設置されたテープで張りつけるタイプのフックに括り付けられている。
「ええと……凄いね」
「はいっ。土地の所有者様に頼んで、良いものを分けて頂きましたので♪」
「そうじゃなくて……いや、それも凄いんだけどね」
それも凄いけど、僕が学校へ行って帰る間の時間にこれだけの細工をするのも凄い。
褒められたメイドさんは満足気に微笑んで頭のフリルを揺らすと、
「私の『メイド108の秘密道具七夕特別版』。77番は『この一週間夢見るままに待ちいたった笹』とさせていただきました♪」
どうやらこれは秘密道具扱いになっているらしい。
しかも七夕特別版ということは、他にも今日限定の入れ替わりがいるんだろうか。
「…………」
巨大笹をよく見ると、クリスマスツリーに飾るような色とりどりのボンボンや星、ステッキが飾られていた。
正解か不正解かはともかく、よほど楽しみだったらしい。
「ご主人様、こちらを」
「あ……」
ふいに渡されたのは、青い短冊とボールペン。
反射的な動きでそれを手に取り、その際に自分と相手の手が触れる。
暖かさを感じたのは、一瞬。
まるで、織姫と彦星のような短い触れ合いを得て、僕の手に願い事セットが渡された。
「『メイド108の秘密道具七夕特別版』が7番と78番。『冒涜的な願いも届く短冊』と、『名状しがたい文字を書いても後で消せるボールペン』です♪」
「……たぶん、そんな願いは書かないよ?」
「そうですか……どんなお願いでも、叶えて差し上げますのに……」
目の前で本気で残念そうにしているこの人ならば、物理的になんでも叶えてしまいそうな気がする。
でも、それだと七夕の願い事ではなく、彼女への個人的なお願いになってしまう。
「ところで、プリマリアさんはなんて書いたの?」
「私、ですか? 私はこちらを……」
プリマリアさんはどこからともなく、ピンク色の短冊を取り出した。
「あ……」
その短冊には可愛らしく、丸みがある文字で、『ご主人様と、ずっといられますように』と、書かれていた。
「プリマリアさん……」
「……わんっ」
こちらへと笑顔を向けて、彼女が一鳴きをする。
その頬が赤いのは、彼女がはしゃいでいるからか、照れからなのか。
「…………」
「…………」
数秒の沈黙。
それを動かしたのはプリマリアさんからで、
「……ご主人様は、何を願われるのですか?」
「あ……うん」
言われてようやく、身体を動かした。
七夕だからか無駄にひねられた名前を与えられた短冊をテーブルに置き、同じように変化球なネーミングをされたボールペンを走らせる。
渡されたのは、確かに文字が後で消せるタイプのボールペンだった。摩擦で消えるインクを使っているんだっけ。
「うん、書けた」
「ご主人様、後は私が」
「ううん。僕が吊すよ。自分のお願い事だからね」
そうしなければ叶わないような気がするのは、臆病なんだろうか。
自問には答えを出さず、僕は居間の真ん中で存在感を放つ巨大な笹の手近な枝に、短冊を吊す。
吊し終わり、手を離す。
手の傘で出来た影から青の短冊が抜けて、照明に照らされる。
「あ……」
「あはは……」
照らされた文字は、短く、『みんなと一緒にいられますように』、だった。
同じようなものを書いたけど、やっぱりこれはちょっと照れるなぁ……。
「あの、ご主人様……この、みんな、というのは……」
「もちろん、プリマリアさんのことも入ってるよ」
きっと彼女が聞きたいであろうことを、先回りで口にした。
それを聞いたプリマリアさんは、ぱぁっ、と表情を明るくして、
「ありがとうございます、ご主人様」
スカートの端を摘み上げて、優雅な一礼をした。
動作そのものは優雅だけど、彼女のスカートから千切れんばかりに振られている尻尾が伸びている気がするのは、何故だろうか。
「…………」
プリマリアさんの願いの意味は、解る。
大切なものは必ず、そしてずっと傍にあるとは限らない。
明日には……ううん。次の瞬間にさえ、それは無くなってしまうかもしれない。
まるで織姫と彦星のように、突然に引き裂かれてしまうことだってある。
彼らの場合は己の怠慢も理由のひとつだけど。
それでも、明日も大事な人と一緒にいられるなんて、誰も確定出来ないんだ。
それこそ、何かに願わずにはいられないほどに。
冒涜的な祈りにすら、なるほどに。
そう考えると確かに、この短冊の名前に、僕たちの願いはふさわしいかもしれない。
「よい、しょ……」
背伸びをして、出来るだけ高いところへと短冊を吊そうとする我が家のメイドさんを微笑ましく思いながらも、僕はそんなことも考えていたのだった。
―――――――――――
「……さすがに二人でこんな大きな笹ひとつは、欲張りな気がするね」
「そうですね……私もこの大きな笹が、たくさんの短冊で賑やかに彩られているのを見たいです」
隣のプリマリアさんが、喜びを含んだ声でそう言葉を作る。僕が言いたいことを、解ってくれているみたいだった。
「みんな、呼ぼっか」
「はい。それがご主人様のお望みとあらば」
うん。呼ぼう。
みんなで沢山の願いを吊して、笹を彩ろう。
例えそれが、名状しがたく冒涜的であったとしても。
夢見るような願いを、天にちりばめよう。
そんなことを考えながら、僕は携帯電話のアドレス帳を開いた。
七夕ネタでした。七夕とネタって字面が似てますね、きんぎょ。です。
正直七夕の二日後である本日に三時間くらいで書きましたので、いまいち不安です。誤字とか表現とか。気に食わなかったらこっそり直すかもしんない。
七夕だからベタベタするのではなく、願い事というところをピックアップしてみました。
魔術や神に頼るのも、願いですからね。クトゥルフっぽくて良いかと。
それでいて、多少は甘い目なテイストでもある……つもりで。
みなさんは、天の川にどんな願いをちりばめましたか?
では、また次回。




