暇を持て余した猟犬の遊び
「わふぅ」
一息。
労働で火照った身体から、熱を吐き出します。
「終わってしまいましたね」
時刻は14時12分48秒。
今この時を持ちまして、ご主人様がご帰宅するまでに済ますべき家事が終了しました。
あとは愛しいご主人様のお帰りを待つのみ。
ご主人様がご帰宅なされたら、またお食事の仕上げやお風呂のお湯張りなどがございます。
「さて、どう致しましょうか」
窓から外を見ると、雨が降っていました。
買い物など、外に行くような用事は昨日のうちに済ませてしまいましたので、屋根のある場所で過ごした方が懸命ですね。
「ご主人様も、傘はお持ちになって学校へお行きになりましたし……」
唯、雨音だけを聴く。
そんなゆっくりとした時間も悪くはありません。
悪くはないのですが――
「くぅん」
――正直、暇です。
ご主人様がいらっしゃるのであれば、このような時間も幸いに過ごせるのでしょう。
あの方が傍にいる。
あの方の傍にいる。
ただそれだけで、どんなに意味のない時間も、私にとってはかけがえなく愛しい時間になるのだから。
ですが今は、私ひとり。
動きを止めてしまうと、ひとりであるという寂しさが私を蝕むようで。
だからこそ私はご主人様がいない間、落ち着きなく動いているのですが――ボランティアなども、そう。唯の暇潰し以上のものではないのです。
そんな暇潰しについて私は、10分6秒ほど悩み――
「――良いことを思いつきました」
神様が降りてきました。どうやらあちらも暇を持て余しているようです。騙されてみると致しましょう。
これなら、ご主人様にもきっと楽しんで頂けます。
ご主人様に喜んでいただくことを期待しながら、私は暇を相手取るための道具を求めて、キッチンへと歩を進めたのでした。
――――――――――
「ただいまー」
玄関の扉を開けて声をかけながら、僕は玄関で傘を閉じた。
傘立てに濡れた傘を差して、気付く。
「……ん?」
音だ。
その音は、居間の方から漏れ聴こえてきていた。
僕はその音の波長に引き寄せられて、靴を脱ぎ、居間へと向かう。
耳奥を叩くのは、不思議な響き。
落とすような、波紋のような、音の波。
「〜♪」
居間では、プリマリアさんが歌っている。
しかしそれだけではなく、今日のプリマリアさんはノッていた。
ステップを踏み、スカートが浮かび、フリルが舞い、リボンが巻く。
スカートから白い肌がちらちら見えるのが気になるが、当のプリマリアさんはノリノリだ。
しかし、此処までなら珍しくはない。
でも、今日のプリマリアさんは一味違った。何時もよりパフォーマンスが追加されていたのだ。
彼女は両手にお箸の片割れを一本ずつ持ち、踊り、歌いながらテーブルの上に並べられたたくさんのコップを叩いていく。
叩きはコップと、その中の水に染み、響き、揺れ、鳴りとなる。
鳴りを起こすコップにはそれぞれ違う量の水が入れられており、叩いたときの音がひとつひとつで違っていた。
「〜♪」
分析している間に歌は終盤となり、演奏も最高潮となる。
彼女は一層激しく身を踊らせ、笑顔を振りまいて踊り歌い、歌い鳴らした。
「だらららららららっ、じゃ〜んっ♪」
ラストのドラム、いやコップロールを口擬音付きで行い、プリマリアさんは最後の打音が終わると両手を高く上げた。ポーズには笑顔と嬉しそうな声付きで、
「ご主人様、お帰りなさいませっ♪」
「嗚呼、うん。ただいま。プリマリアさん、それって……」
指を差すと、プリマリアさんは満面の笑みで、わんっ、と鳴く。
「雨水とコップを使って簡易ながら楽器を作ってみました♪」
「へぇ……」
なかなか風流、というか面白いものだった。
「ど、れ、み、ふぁ、ぷ、ら、し、ど♪」
プリマリアさんがソプラノを響かせながら、コップを叩く。
響きと響きが重なり、言葉どおりの音階が流れた……途中一文字だけ変な言い方だった気がする。何故だろう。
ただ、感心したのは確かなので、
「凄いね。結構難しかったんじゃないの?」
「音の為に水量を調節するのには時間がかかりましたが……暇がありましたので」
なるほど。
居間を見渡してみると、新居のようにぴかぴかだった。綺麗過ぎて免疫力が低下して反対に身体に悪いのではないかというくらい、完璧な掃除具合。
「やるべきことは総て、終わらせてしまいましたので……暇を弄ぶ方法を考えていたのです」
「それで、コップで楽器を作るのを思い付いたんだ?」
「はい。昔、似たような方法で暗号のやり取りをしたことがありますので、その応用で」
にこりと笑ってそう答えると、プリマリアさんは再び自作の打楽器を箸で鳴らし始めた。
「……なんかこういうのって、悪くないよね」
こうして彼女と過ごす、ゆっくりとした時間。
それは、悪くない。
寧ろ落ち着く。
「ご主人様。なにかリクエストなどございましたら、出来る範囲で演奏させていただきますが、如何でしょうか?」
「プリマリアさんの好きな曲で良いよ」
「あぉんっ♪」
僕の許しを得て、嬉しそうに吠え、プリマリアさんは自分が望むままに音を打ち奏で始める。
「〜♪」
僕はその打ち響きを、時間を忘れて聴いていたのだった。
――――――――
「いい音色だなぁ……」
「ご主人様も演奏なされますか?」
「いや、僕はこういうのは苦手で……」
「でしたらお教えしますよ? 覚えておかれますと、言葉を発せない状況などの時に役立つかと思いますが……」
いや、そんな状態になるような予定はこれから先、特にないから。




