第5話 スーーーツ
日曜日。本来なら泥のように眠り、昼過ぎに起きて昨日買ってまだいくつか残っているレトルトカレーを啜るのが正しいぼっちの休日というものだ。
だが、俺は朝の8時にはパチリと目が覚めていた。
「派手で、カラフルな見た目かぁ」
昨日、レッグシャークを見かけた時、俺は痛感した。
今の俺は、ただの槍使いの高校生だ。道化師としてのジョブスキルをまったく活かせていない。
昨日は見つからなかったから良かったものの、もし見つかっていたら逃げ切れていたのかも怪しい。
「よーし、買いに行くか。装備」
俺は決意を固め、跳ねるようにベッドから出た。
向かうは、探索者協会近くの『装備品街』
あそこなら、日本中から集まった変態……もとい、個性豊かな探索者たちのニーズに応える店がいくらでもあるはずだ。
「いらっしゃい! 少年、新人か?それならこの軽量クロム合金の胸当てなんてどうだ?」
「こっちは新作の防刃ジャージだぞ! 動きやすさ抜群だ!」
装備品街は、日曜日ということもあって昨日以上の賑わいを見せていた。
軒を連ねるショップの店員たちが、威勢のいい声を張り上げている。だが、俺はそれらをすべてスルーして歩き続けた。
違う。
俺が求めているのは、そんな『実用的で格好いい装備』じゃない。
もっとこう、目に刺さるような、脳がバグるような、圧倒的な『派手さ』だ。
だが、どの店を覗いても、置いてあるのは黒や銀、茶色といった、戦場に馴染むための地味な色ばかり。
当たり前だ。ダンジョンで目立つことは、モンスターに「ここに美味しい餌がいますよ!」と宣伝するようなものなのだから。
「……全ステータス上昇の代償が、モンスターからのヘイトと羞恥心ってわけか。マジでこのジョブ、ドM専用じゃないか?」
項垂れながら、俺はメインストリートから一本外れた路地裏へと迷い込んだ。
喧騒が遠のき、古いレンガ造りの建物が並ぶ。
そこは、観光客や一般の探索者はまず足を踏み入れない、マニアックな中古品や一点物を扱うエリアだ。
「……ん?」
路地の突き当たり。
そこには、周囲の景観から完全に浮いている、ピンク色のネオン看板を掲げた店があった。
看板には、手書き風の文字で『マダム・ローズ』と書かれている。
ショーウィンドウには、いつから置いてあるのか分からない、極彩色の羽根飾りがついた帽子や、スパンコールで埋め尽くされたマントが飾られていた。
「……ここだ」
直感が告げている。
ここには、俺が求めている『毒』がある。
俺は意を決して、古びたドアのノブを回した。
カランカラン、と乾いたベルの音が響く。
店内に一歩足を踏み入れると、そこはカオスそのものだった。
天井からはシャンデリアならぬミラーボールが吊るされ、壁一面には目がチカチカするような原色の衣装が所狭しと並んでいる。
そして、カウンターの奥から、地響きのような足音が近づいてきた。
「あらぁ? こんな時間に珍しいわね、可愛いお客様じゃない」
現れたのは、山のような大男だった。
推定身長190センチ。丸太のような腕。はち切れんばかりの大胸筋。
だが、その顔には完璧なまでのフルメイクが施され、唇には真っ赤なルージュが引かれている。
頭には紫色のパーマがかかったウィッグ。そして、着ているのはフリルが何層にも重なったピンクのエプロンドレスだ。
なんだこの人、上級道化師か何か?
「……あ、どうも」
俺は思わず一歩後退した。
威圧感が凄い。レッグシャークより威圧感がある。
「なにかしら? うちの店は、そこら辺の軟弱な探索者はお断りなのよ。本物の"輝き"を求める人以外には、一着も売らないんだから」
ゴツい指先が、スッと俺の鼻先を指した。
俺は唾を飲み込み、まっすぐにそのマダムを見上げた。
「装備を探しに来ました。派手で、動きやすくて、何より"目立つ"やつを」
マダムの細められた目が、キラリと光った。
「ほう……? 派手で目立つ、ね。少年、ジョブは何かしら?」
「……道化師という希少ジョブです。ジョブスキルの関係で、派手な格好をする必要があって――」
その言葉を聞いた瞬間、マダムの表情が劇的に変わった。
「まああああああ!!!」という、鼓膜が破れんばかりの絶叫。
マダムはカウンターを軽々と飛び越え、俺の肩をガシッと掴んだ。肉体強度高めの俺の骨がミシミシと悲鳴を上げる。
てか普通にいたたたたたた
「道化師! 素晴らしいわ、なんて素敵な響きなの!
あなた、自分がどれだけ恵まれているか分かってるの?」
「い、痛いっす。マダム」
「あら、ごめんなさいね。でも興奮しちゃうわ!
ちょっと待ってなさい、最高の一着を出してあげるから!」
マダムは鼻息を荒くしながら、店の奥へと消えていった。
その場に残された俺は店内の椅子に腰掛け、目がチカチカとしながらもスマホをイジりながら待った。
十数分後。
マダムが抱えてきたのは、一つの巨大な衣装ケースだった。
「これよ。これこそが、あなたのための『正装』よ」
マダムが恭しく蓋を開ける。
中から現れたのは……俺の想像を、遥か斜め上へと突き抜ける代物だった。
「……すんごい」
それは、一着のスーツだった。
だが、ただのスーツじゃない。
全体が鮮やかな赤、青、黄色の三色チェック柄で埋め尽くされている。
それだけでも十分狂気を感じるが、マダムがその背中を向けた瞬間、俺は言葉を失った。
背中には、どでかいハートマークが刺繍されている。そしてそのハートの中には、子供が落書きしたような、なんとも言えないニヤけ顔が描かれていた。
目が点で、口がぐにゃりと曲がった、絶妙に腹が立つ顔。
「…これっすか」
「そうよ! そして仕上げはこれ!」
マダムが差し出したのは、銀色にテカテカと輝く革靴だった。
光を反射して、店内のミラーボールの光をさらに拡散させている。
これを履いて歩けば、1キロ先からでも発見される自信がある。
「素材は特注の『シルク・スパイダー』の糸を使ってるから、防刃性は抜群。それでいて羽のように軽いわ。関節部分には伸縮素材を使ってるから、どんなアクロバティックな動きにも対応できるし、自動でサイズも調整してくれるわ。
……どう? 最高でしょう?」
マダムは自信満々に胸を張る。
俺は、そのスーツと革靴を交互に見つめ、それから店の鏡に映る自分の顔を見た。
……いや、俺、ダンジョンでこれ着るのか?
真面目な顔で、槍を持って、この『落書きハート』を背負って戦うのか?
想像しただけで、社会的死の匂いがプンプンする。
これを着て探索者協会のロビーを歩けば、間違いなく二度見される。いや、十度見はされるだろう。
「……マダム」
「なにかしら?」
「これ、おいくらですか?」
「ふふ、道化師のお祝いよ。本当は30万だけど、素材もそこまでレアではないから20万円でいいわよ」
高い。探索者なりたての俺にとってはかなりの大金だ。
だが、道化師のジョブスキルを最大限に引き出すには、これ以上の装備は存在しないだろう。
俺は深く、深く溜息をついた。
そして、財布から溜め込んでいた仕送りを取り出す。
「……買います」
「まいどあり! 素敵なピエロちゃんの誕生ね!」
支払いを済ませ、俺は巨大な紙袋を抱えて店を出た。
中には、あの狂気のスーツと、テカテカの銀靴が入っている。
紙袋の隙間からチラリと見えるチェック柄が、俺の心をゴリゴリと削っていく。
帰り道。
日曜日の賑わう街中を、俺は死んだ魚のような目で歩いた。
すれ違う探索者やらの人々が、俺の抱える袋から覗く異常な色彩に、一瞬だけ視線を向ける。
若干の注目で道化の心得が弱めに発動する。
「まだ着てもいないのに注目されてら…」
マンションに戻り、俺は自室の床に紙袋を置いた。
俺は意を決して、袋からスーツを取り出し、鏡の前で着替えてみた。シルク・スパイダーの素材は驚くほど肌に馴染み、ジャージよりも動きやすい。
そして、銀色の革靴を履く。
鏡の中にいたのは、どこからどう見ても『ヤバい奴』だった。
カラフルなチェック柄。
背中を向ければ、落書きのような顔の巨大なハート。
そして、足元は眩いばかりの銀色。
「……終わった」
俺はそのまま、床に膝をついて項垂れた。
「俺、何やってんだろ……」という虚無感が押し寄せる。
だが、その時だった。
「う、うおぉぉ……なんだこれ……」
全能感が全身に満ちている。
自分の体を確認すると、全身の筋肉が引き締まり、視界がクリアになり、五感が研ぎ澄まされているように感じた。
「……クソッ」
俺は顔を上げ、鏡を睨みつけた。悔しいが、身体は正直だ。
この恥ずかしさと引き換えに、俺は圧倒的な力を手に入れたのだ。
「ハ、ハハハ……」
乾いた笑いが漏れる。だがそれは、自然な笑い声へと変わっていった。
「アーッハッハ!! ここまで準備したんだ!やってやんぞー!!」




