第6話 初日
月曜日。探索者高等専門学校、通称"探専"における唯一の登校日だ。
先週の入学式以来、初めてのまともな登校。俺、紫灯遊木は、ごく普通の私服――黒のパーカーにジーンズという、どこにでもいるであろう高校生スタイルでマンションを出た。
昨日買ったあの視覚的暴力ことチェック柄スーツは、今はリュックの底で大人しく眠っている。
「にしても、学校に行くのに武器を背負ってる奴がこんなにいるとは……邪魔じゃないのかな?」
通学路は、異様な光景だった。
一般的な高校生ならカバン一つで歩くところだが、探専の生徒は違う。
巨大な大剣を背負った大男、腰に何本ものナイフを差した少女、中には魔法杖を持って歩いている奴までいる。
学校というよりは、武装集団の集会所に向かっている気分になるな。
校門をくぐると、そこには巨大なモニターが設置されていた。
そこには『学年別ランキング』という文字と共に、ずらりと名前が並んでいる。
「まだ授業も始まってないのに、もう動いてるのか」
見れば、既に数人の名前の横にポイントが加算されている。
先週の入学式後にダンジョンに潜った人たちが、早くも実績を上げたらしい。
俺は5位にあった。まぁ序盤のランキングなんて当てにならないな、これから他の人たちも本格的に潜るだろうし。
俺は人混みを避け、1年A組の教室へと向かった。
教室の扉を開けると、そこには既にヒリついた空気が充満していた。
全員が私服だが、その装いは千差万別。タクティカルベストを着込んだガチ勢から、逆に「これから原宿にでも行くのか?」と言いたくなるようなオシャレな奴までいる。
俺は自分の席、窓際の後ろから二番目という最高のポジションに腰を下ろした。むしろこの中だと逆に俺が浮いてるな。
「あ、おはよう。隣の席の……えーっと、紫灯くんだっけ?」
声をかけてきたのは、隣の席に座っていた女子生徒だった。
短めの茶髪に、活動的なサロペット姿。首からは高そうな鑑定機能付きのチョーカーを下げている。
「あ、ああ。おはよう」
「やっぱり!先週、説明が終わった瞬間に音速で帰っちゃったから、名前確認する暇もなかったよ」
彼女は苦笑いしながら、俺の方に椅子を向けた。
「私は成瀬美緒。ジョブは『暗殺者』、よろしくね」
「紫灯遊木。ジョブは……まぁ『道化師』だ」
「道化師? へぇ、初めて聞いた! 奇襲系……なのかな?」
「自分でもよく分かってないんだ。とりあえず槍で突いてる」
俺が適当に答えると、成瀬は「あはは、面白いね」と笑った。
彼女の話によれば、先週の入学式の日、担任の短い説明が終わって俺が真っ先に教室を飛び出した後、クラスメイトたちだけで自己紹介大会が行われたらしい。
「あの後、結構盛り上がったんだよ? みんな自分のジョブとか、目標のランキング順位とか発表しちゃって。
紫灯くんは完全に『謎の帰宅部エース』みたいな扱いになってたよ」
「エースって……ただ早く帰りたかっただけなんだけどな」
「まぁそうだろうね。あ、ほら。あそこで腕組みして窓の外見てる金髪のイケメン、あれが噂の『剣聖』だよ。名前は剣崎蓮。自己紹介の時、『俺の剣の前に、全ての魔物は跪く』とか言っちゃって、もう教室の空気がキンキンに冷えたんだから」
成瀬が指差した先には、確かに絵に描いたようなエリート騎士風の男子がいた。
私服なのに、なぜか全身から「私は高貴です」というオーラが漏れ出している。
その隣では、これまた目立つ赤髪のガタイの良い女子がつまんなそうにしている。
「あっちの強そうなのは、ジョブ『拳王』の赤嶺さん。彼女、自己紹介で『とりあえず一番強い奴から殴る』って宣言してた。紫灯くん、目をつけられないように気をつけてね」
「……どんな修羅の国だよ、このクラス」
他にも、常にドローンを三機ほど周囲に浮かせてタブレットを叩いている『魔導技師』の少年や、何やら怪しげなタロットカードを並べている『占術師』の少女など、キャラの濃い連中が揃っている。
成瀬の話を聞く限り、この1-Aは特に希少ジョブや強力な戦闘ジョブが集められた『特進クラス』のような扱いらしい。
「それにしても、この学校……本当に『学校』っぽくないな」
俺は改めて教室を見渡した。
黒板の横には、巨大な液晶パネル。そこにはリアルタイムで更新されるヤマトダンジョンの階層情報や、学園内ショップの武器入荷情報が流れている。
教科書なんてものは机の上になく、あるのは各自の武器や、探索者専用の端末だけだ。
「そりゃそうだよ。ここは"探索者を育てる場所"じゃなくて、"新米探索者が集まる場所"だもん。
月曜日の授業だって、座学っていうよりは、情報の共有とか、外部講師による実技指導がらしいしね」
成瀬がそう教えてくれた時、教室の前扉がガラリと開いた。
入ってきたのは、先週も見た、くたびれたスーツ姿の男性教師だった。
ボサボサの髪に、無精髭。どこからどう見ても、やる気のないサラリーマンにしか見えないが、先週とは違ってその腰には一振りの古い刀が差されている。
「よし、全員揃ってるな。席に着け」
その低く、よく通る声が響いた瞬間、騒がしかった教室が水を打ったように静まり返った。
本能が理解させるのだ。この男、ただ者ではないと。
「俺はこのクラスの担任、一ノ瀬だ。担当は『ダンジョン概論』だが、まぁお前らに教えることなんてそう多くはない。
死なない方法と、効率よく稼ぐ方法。それだけだ」
一ノ瀬は教壇に手をつき、クラス全員を鋭い目で見渡した。
「この学校は自由だ。月曜日以外は何をしても構わん。
ダンジョンに潜って死にかけても、街で遊び呆けても、俺は関知しない。だが、一つだけ覚えておけ。この学校におけるお前たちの『価値』は、すべて実績で決まる」
彼は黒板横のパネルを操作し、ランキング表を大きく表示させた。
「ランキング上位10名には、賞金かCランク以上のスキルオーブが与えられる。
逆に、一年間あまりにも何もしていなく、実績もゼロの奴は退学だ。ここは税金で運営されている国立施設だからな。
まぁ退学までいくやつはそういないからそこは安心して良い」
身も蓋もない言い草だが、クラスの連中の目は逆に輝きを増した。
特にあの『剣聖』の剣崎や、『拳王』の赤嶺などは、不敵な笑みすら浮かべている。
「今日の午前中は、校内の各施設の見学と登録だ。訓練場、鑑定室、医務室、そして学園専用のオークションハウス。一通り回っておけ。
午後は自由解散だ。ダンジョンに行く奴は、ちゃんとドローンを忘れるなよ」
一ノ瀬はそれだけ言うと、早々に教室を出ていこうとした。
だが、扉の手前でふと足を止め、俺の方を振り返った。
「……おい、そこの黒パーカー」
「…え、俺ですか?」
「先週、説明が終わってすぐに消えた奴だな。紫灯だったか。お前、あのショート動画……『特大の不運』とかいうやつ、あれお前だろ」
その言葉に、教室中の視線が俺に集中した。
剣聖も拳王も、そして成瀬までもが「えっ?」という顔で俺を見ている。
「まぁ、はい。運が悪かっただけで」
「あんな真後ろにモンスターがスポーンして生き残ったのは、運が良いのか悪いのか分からんな。
……道化師だったか。せいぜい、そのジョブを活かしてみろ」
一ノ瀬はニヤリと、少しだけ凶悪な笑みを浮かべて去っていった。
教室に沈黙が流れる。
そして次の瞬間、俺の席の周りに数人のクラスメイトが詰め寄ってきた。
「ちょっと紫灯くん! あの動画、君だったの!? 私、昨日見てめっちゃ笑っちゃったよ!」
「……いや、本当に必死だっただけで。特に何もしてないんだけど」
俺は引きつった笑いを浮かべながら、内心で頭を抱えていた。
(これからあのスーツを着てダンジョンに潜るのに、アカウントを知られてしまった。まぁ遅かれ早かれだろうが、あの担任め。余計なことしてくれたな)
そんなことを考えながらも、次の授業を待ちながらクラスメイトたちと軽く話していた。




