第3話 ギャギャッ!
「よし、行くか!」
気合を入れ直し、俺は再び第1階層のセーフエリアから草原へと足を踏み入れた。
時刻は午後を回ったところ。空の青さは相変わらずだが、心なしか風が少し強くなってきた気がする。
肩の横では、ダンジョンドローンがふよふよと浮きながら俺の姿を記録し続けている。
「さっきはワイルドチキンで思わぬ収入になったけど、次はもうちょっと堅実にいきたいところだな」
槍を肩に担ぎながら、俺は周囲を見渡す。
スライムやファングラビットなら、今の俺でも十分に対処できる。だが、せっかくならワイルドチキンのような少し歯ごたえのある相手と戦ってみたいという欲も出てきた。
とはいえ、調子に乗って死ぬのは御免だ。俺はあくまで道化師であって、無双できる勇者じゃない。
草を掻き分けながら進むと、前方に少し開けた場所が見えてきた。
そこには、見覚えのある緑色の肌をした醜悪な顔のモンスターがいた。
「ゴブリンか。ちょうど良いな」
大きさは俺の腰くらいまでしかなく、手には粗末なこん棒を握っている。
数は……三体。ゴブリンは群れる習性があるらしいが、教科書通りの編成だな。
さっきはワイルドチキンにボコボコにされていたが、相手が人間となれば話は別だろう。
「三体同時はちょっと面倒か」
俺は草むらに身を隠し、様子を窺う。
ゴブリンたちは何かを言い争っているのか、「ギャッ!」「ギャギャ!」と奇声を上げながらこん棒を振り回している。
隙だらけだ。これなら奇襲をかければ一体は確実に仕留められる。
「よし、まずは一体倒しちゃおう」
俺は槍を構え、息を殺して距離を詰める。
そして、一番手前にいたゴブリンの背中を狙って、一気に飛び出した。
「そらっ!」
ズシュッ!
「ギャッ!?」
槍の先端がゴブリンの背中を貫く。確かな手応えと共に、ゴブリンは短い悲鳴を上げて光の粒子となって消えた。
よし、まずは一体!
「ギャアアッ!?」
「ギャギャッ!」
仲間の突然の死に、残りの二体が驚いて振り返る。
醜悪な顔が怒りに歪み、俺を睨みつけてきた。俺は槍を引き抜き、構え直す。
ゴブリンたちはこん棒を振り上げ、左右から挟み込むように襲いかかってきた。
「ギャアッ!」
右のゴブリンがこん棒を振り下ろしてくる。
俺はそれを槍の柄で受け止めた。そしてこん棒を弾き返し、そのまま槍の石突でゴブリンの鳩尾を突く。
「ゲフッ!」
ゴブリンが悶絶して動きを止めた隙に、左からもう一体が襲いかかってきた。
「ギャギャッ!」
「危ねっ!」
俺は間一髪で体を逸らし、こん棒をかわす。
俊敏性『7』の悲しさよ。ギリギリの回避になってしまった。俺は大きく後ろに飛び退き、距離を取る。
「『火吹き芸!』」
ボフンッ!
手のひらサイズの火の玉が、左のゴブリンの顔面に向かって飛んでいく。
「ギャッ!?」
火球はゴブリンの顔面に直撃し、小さな爆発を起こした。
致命傷にはならないが、ゴブリンは顔を押さえてパニックに陥っている。
俺は一気に踏み込み、パニックになっているゴブリンの胸に槍を突き刺した。
ズシュッ!
「ギャアア……」
二体目のゴブリンが光の粒子となって消える。
残るは、さっき鳩尾を突かれて蹲っていた一体だけだ。
「さて、お前で最後だ」
俺が槍を向けると、ゴブリンは恐怖に顔を引きつらせ、後ずさりし始めた。
そして、くるりと背を向けて逃げ出そうとする。
「ちょっ、逃げるなよ!」
俺は槍を投げ……ようとしてやめた。
外したら武器を失うことになる。それはあまりにもリスキーだ。
「仕方ない、追いかけるか」
俺はドタドタと走ってゴブリンを追いかける。
俊敏性『7』の俺と、足の短いゴブリン。
なんとも言えない低レベルな追いかけっこが始まった。
「待てコラ! 逃げるな!」
「ギャアアア!」
数分後、息を切らしながらなんとかゴブリンに追いつき、背中から槍を突き刺して討伐を完了した。
「はぁ……はぁ……疲れた……」
俺は膝に手をつき、荒い息を吐く。
戦闘自体よりも、追いかけっこの方が疲れた気がする。
ドロップ品を確認すると、紫色の魔石が三つと、ゴブリンの耳が二つ落ちていた。
ゴブリンの耳は薬の素材として売れるらしい。あまり触りたくないが、背に腹は代えられない。
俺はリュックにドロップ品を放り込み、その場に座り込んだ。
「……今日はこんなもんでいいか」
ちょっと前のやる気はどこへやら、すっかり疲れてしまった。笑う気も起きん。
まぁほら、これ以上奥に進んで手に負えないモンスターに遭遇しても困るし。うん。
「さっ、帰ろう」
それから俺はダンジョンを出た。リュックのなかに入っていたものは3000円ぐらいで売れ、借りていた槍とドローンも返しえ帰路についた。
「ふぃー、ステーキステーキ〜」
スーパーに寄ってマンションに戻った俺は、さっそくスーパーで買ってきた牛のステーキ肉をフライパンに乗せた。
ジューッという小気味いい音と共に、脂の甘い香りが部屋中に広がる。
「おっほ、いい匂い」
適当に塩コショウを振り、ミディアムレアに焼き上がった肉を口に運ぶ。
噛み締めるたびに溢れ出す肉汁。ダンジョンでの疲れが、文字通り溶けていくようだ。
一日の終わりに、一人で静かに贅沢をする。これこそが至福の時。
「さてと……メシも食ったし、今日の反省会でもするか」
俺はソファに深く腰掛け、探索者専用のスマホを取り出した。確認するのは、今日ダンジョンドローンが記録した映像データだ。
特に気になっていたのは、あのワイルドチキン。
ゴブリンと戦っていた個体とは別に、俺の背後に突如として現れたあの個体だ。
「あいつ、どこから来たんだ? 気配なんて全然なかったはずだけど……」
俺は画面をスワイプし、ワイルドチキンに襲われる直前の映像をスロー再生する。
画面の中の俺は、呑気にゴブリンとチキンの争いを眺めている。
その俺の背後、何もない空間に注目した。
「……ん?」
映像の中で、俺の背後数メートルの空間が、一瞬だけ陽炎のように揺らめいた。
そして次の瞬間。
何の前触れもなく、あのワイルドチキンが『ポンッ』と空間から産み落とされたのだ。
「……はい?」
俺は思わずスマホを落としそうになった。
草むらから飛び出してきたんじゃない。空から降ってきたわけでもない。文字通り、何もない空間から突然現れたのだ。
「おいおい。たまたま俺の真後ろにスポーンしたってか? どんな確率だよ」
不運にも程がある。ムカついた俺はそのシーンを適当に切り抜き、ダンジョンLIVEのショート動画で投稿することにした。
「題名は……適当で良いか。『初潜りで特大の不運』でいいや」
ショート動画を投稿した俺はさっさと風呂に入り、ベッドに潜り込んだ。
「戦闘なんて学校での戦闘訓練ぶりだったけど、意外と体動いたな。明日は採取とかも積極的にやりたい……」
疲れていた俺は、いつの間にか眠りについていた。




