第19話 拳で
「小規模スタンピード、ですか。それは聞いてないかもぉ……」
俺は思わず、そう呟いた。
ゴブリンリーダーの背後から、ぞろぞろと湧き出てくるゴブリンの群れ。その数は優に五十匹を超えている。
この数のゴブリンが、こんな浅い場所にいるとかどうなってんだ。
「うわあああ!助けてくれ!」
「もうダメだ!逃げろ!」
俺と同年代くらいの駆け出し探索者パーティーは、完全にパニック状態だった。前衛の盾役が倒れ、後衛の魔法使いや弓使いは、迫りくるゴブリンの波に為す術もなく後退していく。
このままでは、本当に全滅してしまう。
「くそっ!」
俺は舌打ちをして、草むらから飛び出した。正義感からじゃない。目の前で人が死ぬのを見過ごせない、ただそれだけだ。それに、これだけの数のゴブリンがいれば、俺の"道化の心得"も大いに発動するだろう。
「うおおおお!!こっち見やがれ!!」
わざとらしく大声を上げ、俺はゴブリンの群れへと突っ込んだ。
その瞬間、俺の全身に、熱い力が漲るのを感じた。周囲のゴブリンたちが一斉に俺に注目し、その視線が俺のステータスを爆発的に押し上げる。
「ギャギャギャッ!」
「ギャアアア!」
俺に向かって殺到するゴブリンたち。その手には、粗末な棍棒や石斧が握られている。だが、今の俺には、それらがまるで止まっているかのように見えた。
ステータスが跳ね上がったことで、俺の身体能力は現在のレベル以上のものとなっている。
「はぁっ!」
ロングソードが閃く。一閃。二閃。三閃。ゴブリンたちの体が、紙細工のように切り裂かれ、光の粒子となって消えていく。
数が多すぎて捌ききれないゴブリンたちの攻撃が、俺の体に当たる。鈍い痛み。
だが、それもすぐに癒えていく。
「ヒャーッハハハハ!」
いかん、変な笑い声になった。
だが笑い声を上げるたびに、体中の傷が癒え、疲労が回復していく。
まるで、痛みが快感に変わるかのようだ。
助けたパーティーのメンバーたちが驚いたように突っ立っている。俺の異常な戦闘スタイルに驚いているようだった。
でもさすがに一人だとキツい。
「ちょっ、お前らも戦え! 俺もそんなレベル高くねぇんだよ!」
俺の言葉にハッとしたのか、彼らも再び武器を構えてゴブリンたちに立ち向かっていき、ゴブリンの数を減らしていく。
ゴブリンリーダーは、少し離れた場所から腕を組み、俺たちの戦いを静かに見守っていた。
その表情は、まるで獲物を観察する猛獣のようだ。時折、ニヤリと口元を歪めるのが見えた。まるで、俺たちの苦戦を楽しんでいるかのように。
「グルルル……」
そのゴブリンリーダーが、ついに動き出した。ゆっくりと、だが確実に、俺たちの方へと歩み寄ってくる。
その巨体から放たれる威圧感は、並のゴブリンとは比べ物にならない。手にした丸太のような棍棒を軽々と振り回している。
「ハハハ! やってやらぁ!!」
俺は笑いながら、ゴブリンリーダーへと向かって突進した。ロングソードを構え、その巨体に斬りかかる。
だが、ゴブリンリーダーはそれを軽々と受け止めた。棍棒と剣がぶつかり合い、甲高い金属音が響き渡る。
「ぐっ……かってぇ棍棒」
腕に痺れるような衝撃が走る。やはり、こいつは強い。ステータスが上昇している今の俺でも、真正面から打ち合うのは危険だ。
俺はすぐに体勢を立て直し、ゴブリンリーダーの攻撃をかわしながら、反撃の機会を伺った。
ゴブリンリーダーの棍棒が、まるで嵐のように俺に襲いかかる。一撃一撃が重く、かすっただけでも骨に響くほどの衝撃が伝わる。
俺は必死にそれをかわし、時にはロングソードで受け流して笑い続けた。
「ハハハハ! キツすぎ!!」
笑い声と共に、傷が癒え、疲労が回復する。
だが、回復が追いつかないほどの攻撃の嵐だ。俺は徐々に追い詰められていく。背後からは、まだ残っているゴブリンたちが、俺の隙を伺っている。
「は…ハハハ!ちょっとまずいか?」
その時だった。背後から、力強い声が響いた。
「悪い、遅くなったな」
次の瞬間。
俺の目の前にいたゴブリンリーダーの巨体がくの字に折れ曲がった。
ドォォォォォォォォォン!!
爆発音。俺の目の前に、一人の男が立っていた。
使い込まれた軽鎧を身に纏い、右腕には鈍い銀色に光る巨大なガントレットを装着した、ベテランの風格を漂わせる男性探索者。
彼はただぶん殴っただけだ。
だが、その一撃はゴブリンリーダーの分厚い肉体を紙切れのように貫き、その巨体を数十メートル先まで消し飛ばしていた。
ゴブリンリーダーは地面に激突する前に、光の粒子となって霧散した。
「……え?」
俺の口から、間抜けな声が漏れた。
リーダーを失ったゴブリンたちが、一瞬にして蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
「……ふぅ。怪我はないか、君」
男はガントレットを軽く振り、残った戦気を払うように呟いた。
「あ、はい……どうにか。ありがとうございます」
俺はロングソードを杖にしてどうにか姿勢を保った。すぐに後方から白いローブを着た探索者協会の治療部隊が駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか!? すぐに治療しますね!」
「あはは……お願いします。ちょっと笑い疲れちゃって」
俺がマスクをずらして力なく笑うと、治療官の女性は「変な子ね……」と困惑しながらも、回復魔法をかけてくれた。
防ぎきれなかった傷が塞がり、心地よい眠気が襲ってくる。
そんな俺たちの傍らで、ガントレットの男は逃げ去るゴブリンたちの行方を見つめながら、険しい表情で呟いた。
「……それにしても、おかしいな」
彼は地面に落ちていた、ゴブリンリーダーの棍棒を拾い上げた。
「なんでこんな浅い場所でゴブリンリーダーが……とりあえず、報告だな。君たちは動けるようになったらすぐにセーフエリアへ戻れ。
ここはもう、初心者が遊べる場所じゃなくなっている」
男はそう言い残し、仲間らしき探索者たちに指示を出し始めた。
俺は、治療を受けながら、遠くに見える大扉の方を見つめた。




