第18話 暴走緑
青い空、白い雲、そして心地よい風、誰も着いてきてない背後!いやあ、やっぱりこの解放感は最高だ。
しかも何が最高かって、周りを見回しても誰も俺に注目していない!
近くにいる三人組のパーティーは次の獲物について真剣に話し合っているし、ソロの剣士は黙々と武器の手入れをしている。俺は完全に、ただの新米探索者として同化している。
「勝った……! 完璧な勝利だ!」
小さな声で喜びながら、俺は腰のロングソードの柄に手を当てた。
ステータスをガッツリ振ったおかげで腰の剣も驚くほど軽く感じる。まるで自分の体の一部になったみたいだ。
これならいける。ピエロにならなくたって、俺は十分に戦えるんだ!
「よし、新装備と新ステータスの初陣といこうじゃねえか!」
俺は草を踏み締め、平原の奥へと歩き出した。
しばらく歩くと、さっそくお目当ての影を発見した。
背の高い草むらの向こうで、キョロキョロと辺りを警戒している大きな鳥、ワイルドチキンだ。
「いたな、ワイルドチキン」
俺は息を潜め、ゆっくりと近づく。ある程度近付くと、地面を蹴った。
「コケッ!?」
ワイルドチキンがこちらに気づいて羽をバタつかせた瞬間には、直ぐ側まで接近していた。
抜刀。下から斜め上へと振り上げられたロングソードは、驚くほど滑らかに、そして力強く風を切り裂いた。
ズバッ
「コケェーーー!?」
確かな手応え。ワイルドチキンは悲鳴を上げ、光の粒子となって消滅した。あとに残されたのは、小さな魔石が一つと肉がいくつか入った布袋。
「うん、スーツ着てるときと遜色ないな」
剣を鞘に戻し、俺は自分の手のひらを握ったり開いたりした。
スーツを着ていた時の『強制的にパワーアップさせられている感』とは違う。これは、純粋に俺自身の肉体が強化された証拠だ。
地道にレベルを上げてポイントを振れば、あのピエロにならなくてもちゃんと強くなれる。
「希望の光が見えてきたぞ」
そんな風に調子に乗っていたのが良くなかった。
「ブルルッ!」
突如、側面の茂みを割って、強烈な鼻息と共に巨体が飛び出してきた。
一角鹿だ。しかも、完全に俺を獲物と認識して、その角を真っ直ぐこちらに向けて突進してきている。
「うおっと!?」
俺は反射的に横へ飛び退いた。
危ねえ! 間一髪で角が脇腹をかすめていく。突進をかわされた一角鹿は、鋭い蹄で器用にブレーキをかけ、土煙を上げながら素早く反転した。目が血走っている。やる気満々だ。
「すぐ次の行動に移るか、やっぱこいつゴブリンよりよっぽど頭が良いな。いや、ゴブリンが馬鹿すぎるのか?」
俺はロングソードを構え直し、不敵に笑った。
一角鹿が再び前蹄で地面をガリガリと削り、突進の構えをとり、爆発的な加速で突っ込んでくる。さっきより速い。
だが、今の俺の目には、その動きが驚くほどハッキリと見えていた。
引きつけて、引きつけて――
「ここだ!」
俺は一歩横へステップを踏み、すれ違いざまにロングソードを相手の首筋めがけて振り下ろした。
鹿の硬い皮膚を切り裂き、骨に達する手応え。
「ギチィッ!?」
一角鹿はバランスを崩して激しく地面を転がり、光の粒子へと変わっていく。
ふぅ、と息を吐き出して、一角鹿が消えた場所を見ると、そこには綺麗な魔石と一緒に、立派な角が転がっていた。
「ラッキー。一角鹿の角じゃん」
ホクホクしながら角を拾い上げ、リュックに仕舞う。
結果としては大戦果だ。新ステータスの恩恵もバッチリ確認できたし、これなら一人でも十分に効率よく稼げる。
「よし、肉もあるし一旦戻ろ――」
そう言って歩き出そうとした、その時だった。
「――た、助けてくれぇぇぇ!!」
遠くの草むらの向こうから、情けない悲鳴が聞こえてきた。
ん? と思って声を潜め、そっと背の高い草をかき分けて覗き込んでみる。
そこには、数人の探索者たちが、必死の形相でこちらに向かって走ってくる姿があった。
彼らの後ろからは、ドスドスと重い足音が響いている。
「おいおい、なんだあれ……」
草むらの隙間から見えたその姿に、俺は思わず目を丸くした。
そこにいたのは、通常のゴブリンの二倍はあろうかという巨体を持つモンスター。筋骨隆々の体に、手には太い丸太のような棍棒を握りしめている。
「ゴブリンリーダー?なんでこんな場所に……」
第1階層のボスとまではいかないが、たまに平原の奥に出現する、いわゆる中ボスだ。オーク以上の攻撃力と耐久力を持っている。
「うわああ! 誰か、誰か助けて!」
「無理だ、前衛の盾が割られた! 逃げろ!」
逃げ惑っているのは、見たところ俺と同年代の駆け出し探索者パーティーのようだ。装備も安物っぽくて、完全にリーダーのパワーに圧倒されている。
このまま放っておけば、あの連中は全滅か、良くて大怪我で探索者生命を絶たれるだろう。
正義の味方になるつもりはない。だけど、目の前で人が死にそうになっているのを見捨てるほど、俺の心は荒んじゃいない。
「ふぅ……やったります、か」
俺はロングソードを強く握り締め、ヒーローの如く草むらから飛び出そうとした。
――しかし、その瞬間に気づいてしまった。
ゴブリンリーダーの背後。さらにその奥の森の境界線から、信じられない数の『影』がゾロゾロと這い出てくるのを。
「ギギッ!」
「ギャハハ!」
それは、十匹、二十匹なんて数じゃない。
優に五十匹を超える、武器を持ったゴブリンの大軍勢。
「……は?」
俺は思わず動きを止めた。
おいおい、ちょっと待て。いくらなんでも数が多すぎないか?
もしかして……ダンジョン内で突発的に発生するモンスターの集団暴走――
「小規模スタンピード、ですか。それは聞いてないかもぉ……」




