第16話 パワースポット
土曜日の朝、アラームの音で無理やり引きずり出された俺は重い腰を上げて、習慣となった『ダンジョンLIVE』のチェックを始める。
前に投稿した予想外の豪運――スライムからスキルオーブが出た例の動画が、さらに再生数を伸ばしていた。
「……ん? なんかコメントの毛色が変わってんな」
これまでは「運を使い果たしたな」とか「その格好でオーブの輝きを殺すな」といった罵詈雑言(愛着込み)がメインだったのだが、最新のコメント欄には不穏な単語が並んでいる。
『これ、マジでコイツの近くにいるとドロップ率上がるんじゃね?』
『昨日、コイツがの近くでゴブリン倒したら、耳が3つ出た。他にも何人かいるらしいし絶対何かある』
『歩くレアドロップ確定演出ピエロ。俺もあやかりたい』
「は?」
俺は嫌な予感を覚えつつ、スマホを放り投げた。
耳が3つ?ただの偶然だろ、ただ俺が目立つからそう勘違いしちまうだけで。
そう思いながらも、朝飯をさくっと食べて準備してマンションを出た。
探索者協会に着くと、そこには昨日以上の熱気が渦巻いていた。相変わらず土曜日は人が多い。
俺は更衣室の隅で、溜息をつきながらチェック柄のスーツに袖を通す。
「……よし、行くか」
黒いマスクで顔を隠し、銀色の靴をカツン、カツンと鳴らしながらロビーへ向かう。
今日の獲物は、またまたロングソードだ。結局しっくりきてたのはこれな気がしなくもないからまた試す。
「ロングソードをレンタルで」
「はいはい、今日は王道ね……って、あら?」
窓口のお姉さんが、俺の顔を凝視した。
「……なんですか」
「いえ、今日はずいぶん、背後が賑やかそうねと思って」
お姉さんの視線の先を振り返る。
そこには、明らかに俺を意識しながら、適度な距離を保って屯している探索者たちが数人いた。彼らは俺と目が合うと、露骨に視線を逸らして壁のポスターを眺めたり、紐の切れていない靴を締め直したりし始めた。
「…………」
嫌な予感が、確信に変わった。
俺は無言でロングソードを受け取ると、逃げるように大扉へと向かった。
第1階層、平原世界。
転移陣を抜けた先に広がる青空は、今日も無慈悲に俺のチェック柄を照らし出す。
俺はわざとセーフエリアから離れた、人気の少ない北東の森方面へと足を向けた。
「……ついてきてるな」
背後からザッ、ザッという複数の足音が重なる。
俺が立ち止まれば彼らも止まり、俺が早歩きすれば彼らも速度を上げる。
ストーカーか? それとも新手のファンクラブか?
「……面倒くせぇぇ!!」
俺は耐えきれず、その場で急反転した。
背後で「おわっ!?」という情けない声が上がり、三人の探索者が慌てて立ち止まった。一人は新米っぽいが、あとの二人はそれなりに装備を整えた中堅といった風貌だ。
「……おい、お前ら。さっきから何の用だ。俺のケツに何か付いてるか?」
俺がロングソードを肩に担いで威嚇すると、真ん中にいた軽鎧の男が、気まずそうに頬を掻きながら一歩前に出た。
「いや、その……悪いな。お前、あのピエロの不審者……じゃなかった、紫灯くんだろ?」
「……不審者で合ってるよ。で、何だ」
「噂になってるんだよ。お前の近くでモンスターを倒すと、なぜかレアドロップをするって」
男の話によれば、たまたま俺の近くで別のモンスターを狩っていた探索者がレアドロップを数回連続でしたらしい。
それがドローンを通じて配信され、「あのピエロは歩くパワースポットだ」というデマに近い噂が爆速で広まったというわけだ。
「……俺の近くで倒すと、レアドロップ?」
「ああ。実際、さっきあそこの茂みでスライムを倒した奴が、スライムジェルを3個落としたって騒いでたぜ」
「それはただの偶然だろ!」
俺は思わずツッコミを入れたが、男たちは「いや、でもお前が通った後だったし……」と、完全にオカルトを信じ切った目をしている。
「はぁぁぁぁぁ……」
何より無駄に注目されて道化の心得は発動してるのが余計になんかムカつく、邪魔なのに。
「いいか、俺はただの探索者だ。ドロップ率を上げるスキルなんて持ってない。分かったらさっさと自分の獲物を探しに行け」
「そう言うなよ。別に邪魔はしねぇからさ。ちょっと横で狩らせてくれよ」
「ダメだ!気が散る!」
俺は地面を蹴り、全力で走り出した。
俊敏性が大幅に強化されている今の俺なら、彼らを振り切るのなんて造作もない……はずだった。
「待て!逃げるなパワースポット!」
「置いてくなよ幸運男!」
「誰がパワースポットだ!!」
後ろから三人の探索者が、必死の形相で追いかけてくる。くそっ、奴らそれなりにレベルが高いな。
この光景、ドローンがバッチリ記録してるんだろうな。明日には『逃げるパワースポット』とかいう動画が上がるに違いない。死にたい。
俺は森の入り口まで一気に駆け抜けると、木々の隙間を縫うようにして走った。
視界の端で、数体のゴブリンが驚いた顔でこちらを見ている。
「よし、あいつらで撒く!」
俺はロングソードを抜き放ち、走り抜けざまにゴブリンの群れの中央へ突っ込んだ。
「らぁっ!」
ロングソードが鋭い弧を描く。
槍の突きとは違う、重厚な斬撃。一振りで二体のゴブリンの胴体を両断し、光の粒子へと変える。
おお、やっぱりロングソードは威力が違うな。
だが、俺がトドメを刺すより早く、後ろから追いかけてきた男たちが「俺にも分けろ!」と言わんばかりに、残りのゴブリンに襲いかかった。
「ギャギャッ!?」
困惑するゴブリンたち。彼らは俺のチェック柄に目を奪われ、その隙を男たちの剣や斧が容赦なく切り裂いていく。
「おおっ!魔石がデカい気がする!」
「マジか!俺のはゴブリンの耳が4個も出たぞ!?」
「それはテメーらの運だっつーの!!」
俺は叫びながら、さらに森の奥へと進んだ。
ロングソードの感触を確かめるどころじゃない。これじゃあまるで、俺が獲物を弱らせて彼らにトドメを刺させているような、最悪の介護探索だ。
しばらく進むと、少し開けた場所に出た。
そこには、三体の一角鹿がのんびりと草を食んでいた。
「……よし、今度こそ一人でやる」
俺はアイスニードルを生成し、一気に三体へ放った。
氷のトゲが空気を切り裂き、鹿たちの脚を正確に貫く。動きが鈍ったところへ、俺はロングソードを構えて踏み込んだ。
「『火吹き芸!』」
マスクをずらし、炎を吐き出す。
動きが鈍い鹿たちの首筋を、ロングソードの重い一撃が断ち切る。一体、二体……
「よし、最後の一体――」
俺が剣を振り下ろそうとした瞬間、横から一本の矢が飛んできて、鹿の眉間を貫いた。
「よっしゃ!一角鹿ゲット!」
「おい!横取りすんなよ!」
「おぉ!?すまんすまん…って、あっ!」
さっきの三人組とは別の、弓を持った探索者が茂みから現れた。彼は俺を見て、パッと顔を輝かせる。
「あ!やっぱりいた!掲示板で言われてた通りの派手なピエロだ!」
「……掲示板?」
「ああ!『現在、第1階層北東の森にレアドロップ確定ピエロが出現中。急げ』ってスレが立ってるぞ!」
「………………」
俺はロングソードを地面に突き立て、膝をついた。
もはや、逃げ場はない。
俺の周囲には、いつの間にか十人近い探索者が集まってきていた。彼らは互いに牽制し合いながらも、俺の近くにいるモンスターを虎視眈々と狙っている。
「……あーもう、面倒くせぇぇぇぇ!!」
俺の絶叫が、静かな森に虚しく響き渡った。




