第12話 赤玉
「……よし、今日はこれだ」
探索者協会の武器貸出所のカウンターで、俺は目の前に置かれた無骨な鉄塊を受け取った。
今日選んだのは、メイスだ。
槍の"点" 剣の"面" それなら次は"重"だろうという、安直極まりない思考の産物である。
俺はメイスを受け取ると肩に担いだ。ずっしりとした重みを感じる、これは期待できそうだ。
銀色の靴をカツン、カツンと鳴らしながら、俺は大扉へと向かった。ふよふよと浮くドローンを伴い、俺はセーフエリアを抜けて第1階層へと降り立った。
目の前に広がるのは、いつもの見飽きたはずの草原。
だが、手に持つ武器が変われば、見える景色も少しだけ違って見えるから不思議なものだ。
「よし、まずは小手調べだ」
草むらからプルプルと姿を現したスライムを見つけ、俺はメイスを構えた。
スライムは楕円形の体を縮ませ、俺の腹を目掛けて跳ねてくる。
「そらっ!」
俺は横なぎにメイスを振るった。
槍の突きでもなく、剣の斬撃でもない。ただの、圧倒的な質量の衝突。
ベシャッ!!
嫌な音が響き、スライムの体が文字通り粉砕された。
斬るのではなく、叩き潰す。
槍で突いた時よりも、はるかに直接的な破壊の感触が腕に伝わる。
「爽快感アリだな」
光の粒子となって消えていくスライムを見送りながら、俺はメイスの重さを確かめるように数回振ってみた。
遠心力がつくと、俺のステータスでも制御が難しくなるほどの破壊力が生まれる。
これ、もし外したら隙がデカいな。だが、そのスリルもまた道化師にはお似合いかもしれない。
その後、俺は草原をひたすら歩き回り、遭遇するモンスターを片っ端からメイスで粉砕していった。
ファングラビットが突っ込んでくれば、その頭上からメイスを叩き落として地面に埋め込み、
ゴブリンがこん棒を振り回してくれば、そのこん棒ごと腕を叩き折る。
「アッハハハ! 潰れろ潰れろ!」
全能感に身を任せ、俺は笑い声を上げながら暴れ回った。マスクの下で口角が吊り上がり、疲労が急速に回復していく。
2時間も狩りを続けていると、俺のリュックにはドロップ品が詰め込まれていた。
メイスの良さはその破壊力ゆえに一撃一殺がしやすい所だろうか。逆に多数相手するとキツいんだが。
足元の草むらで、潰れたスライムが光の粒子に変わった。
「これぐらい弱いとまぁやりやすいな」
俺は額の汗を拭い、スライムのドロップ品を拾おうとした。いつも通りの光景。
魔石かスライムジェル辺りが、ポツンと落ちるはずの場所。
だが、そこにあったのは、紫色の魔石ではなかった。
「…………は?」
俺の動きが止まった。
光の粒子が晴れた後、そこには拳ほどの大きさの球体が転がっていた。
それは、透き通ったガラスのような質感を持ちながら、内側から燃えるような、禍々しくも美しい赤色の光を放っている。
「スキル、オーブ?」
喉の奥が引き攣った。
スキルオーブ。
モンスターからドロップするアイテムの中でも、なかなかに出ない激レアアイテム。モンスターが強力であるほどドロップしやすいが、それでもかなり低い確率だ。
それが今、あろうことかダンジョン最弱の代名詞であるスライムからドロップしたのだ。
「……は? いやいやいや、待て待て待て。そんなことあるか!?」
俺は慌てて周囲を見渡した。
誰かの忘れ物か? いや、今さっき俺がメイスでぶっ叩いたスライムが消えた場所だ。
ドローンがその瞬間をバッチリ記録している。
「スライムから…?どんな豪運だよ!
宝くじの一等に当選してそのまま雷に打たれてからトラックに轢かれて異世界転生するぐらいの確率だろこれ!」
俺は軽くパニックに陥り、その場を右往左往した。
拾うべきか? いや、罠か?
いやいや、スライムの罠なんて聞いたことない。
もしかして、運営のミスか? いや運営って誰だよ!
「落ち着け、俺。まずは回収だ」
震える手で、俺はその赤い球体を拾い上げた。
掌に伝わる、微かな熱。
間違いなく、本物のスキルオーブだ。
「帰る! 今すぐ帰るぞぉぉ!!」
俺は脱兎のごとくセーフエリアに向けて走り出した。
メイスの重さなんて、もうこれっぽっちも感じない。
銀色の靴が、かつてない速さで草原を駆け抜けていく。
心臓の鼓動が耳の奥でうるさいほど鳴り響いている。
もし今、レッグシャークが現れたとしても今の俺なら余裕で置き去りにできる自信があった。
すれ違う探索者たちが驚いた顔で俺を見ているが、そんなことはどうでもいい。
俺は一目散に大扉を抜け、探索者協会の1階にある鑑定所へと飛び込んだ。
呼吸を整えて、まるで平常時のように振る舞う。
「鑑定よろしくお願いします」
「お、おう?」
受付のカウンターに、俺は例の赤い球体をゆっくりと置いた。
鑑定士の老人が、眼鏡をずらして俺とオーブを交互に見た。彼は手慣れた手つきで特殊なルーペを取り出し、オーブを覗き込む。
数秒の沈黙の後、老人が口を開いた。
「……アイスニードル。Dランクの魔法スキルだな」
老人の言葉が、俺の脳内で反響した。
「まじっすか。これスライムからドロップしたんすけど」
「ほう、それは破格どころの騒ぎではないな。売れば30万から50万程度にはなるだろうよ、そんじゃ鑑定書出すぜ」
「はい」
俺の心臓が、バックバクと音を立てている。
しばらくして鑑定書を渡された。
【スキルオーブ:アイスニードル】
ランク:D
種別:魔法スキル
効果:魔力を8程度消費し、虚空から鋭い氷のトゲを生成して放つ。
詳細:発動速度に優れ、牽制や追撃に適した攻撃魔法。
俺は老人からオーブを受け取った。赤い光を放つ、ガラスのような球体。
「…使うか」
俺はそれを両手で包み込み、力を込めた。
パリンッ!
乾いた音と共に、オーブが砕け散る。
ガラスのような破片は地面に落ちることなく、瞬く間に赤い光の粒子へと変わった。
その粒子が、渦を巻くようにして俺の身体へと吸い込まれていく。
「おお……」
新しい力が血管を駆け巡るような、心地よい感覚。
脳内に、そのスキルの使い方が直接書き込まれていく。
どう魔力を練り、どう虚空に固定し、どう放つか。
まるで、生まれた時から知っていたかのように。
「ついでに、ステータスも確認していくか」
俺は鑑定所の隅にあるステータス測定器に移動した。
探索者カードを差し込み、魔法陣の上に立つ。
ホログラムのパネルが浮かび上がり、最新の俺を映し出す。
【道化師 Lv.4】
ステータスボーナス:115P(未割り振り)
生命力:34→39
持久力:14→15
筋力:11→12
技量:13→14
知力:14
俊敏性:9→11
肉体強度:24→27
魔力抵抗:21→24
戦気量:23→24
魔力量:22→23
「……レベル4。やっぱり上がってたか」
前回見たときから結構倒してるからな。なんならあともう少しでレベル5になってもおかしくない気がする。
俺は鑑定機から降り、ぐっと拳を握りしめた。
「さっそく試し撃ちだな」
俺は口元を隠す黒マスクをクイッと直し、ダンジョンへと向かった。




