第10話 帰還
「ふぅ〜……流石に疲れたな」
俺は槍を杖代わりにして、セーフエリアへと続く草原をのんびりと歩いていた。
背後では、ゴブリンの集落から立ち上る煙が小さくなっていく。
「お疲れ様、紫灯くん。あんなに暴れ回って、よく息が切れないね」
隣を歩く成瀬さんが、呆れたような、でもどこか感心したような視線を向けてくる。
彼女は相変わらず、戦った後だというのに服の乱れ一つない。流石は暗殺者、スマートなもんだ。
「まぁジョブスキルで笑えば回復するし、その代償がこれなんだけど」
俺は自分の三色チェック柄のスーツを見下ろして、深いため息をついた。
セーフエリアに近づくにつれ、他の探索者たちの姿が見え始めてきた。彼らの視線が俺のスーツに、そして銀色の靴に突き刺さるたびに、俺の道化の心得が反応してステータスを押し上げてくる。
「……そのスーツ、近くで見ると本当に目がチカチカするね」
「褒め言葉として受け取っておくよ。さあ、さっさと獲物を売って、この格好を脱ぎ捨てたい」
俺たちはセーフエリアの境界を越え、活気溢れる広場へと足を踏み入れた。
巨大な大扉の近くには、今日も多くの探索者たちが集まっている。
装備のメンテナンスをする者、酒場代わりの屋台で一杯引っ掛けている者、そして俺のような不審者を二度見する者。
俺は真っ先に、探索者協会の出張買取所へと向かった。
「次の方、どうぞー」
窓口のお姉さんが、俺の姿を見た瞬間に一瞬だけフリーズした。だがすぐに表情を戻す、さすがはプロだ。
「あ、査定お願いします」
「お願いしまーす」
俺と成瀬さんはリュックから、今日の戦果を次々とカウンターに並べた。まずは、俺が単独で倒したホブゴブリンとオークの魔石。
集落で倒したゴブリンとホブゴブリンの大量の魔石。
そしてホブゴブリンが振り回していた、無骨な鉄のこん棒が二本。
「はい、お預かりします。ええと、魔石が合計で28個、ボロ布が15枚、鉄のこん棒が2本ですね。少々お待ちください」
お姉さんは手際よく鑑定機に素材を放り込んでいく。
鉄のこん棒はそこそこの重量があったが、お姉さんは軽々しく持ち上げる。
その後すぐに査定結果がモニターに表示された。
「お待たせいたしました。買取価格ですが、合計で6万円になります」
「おっ、結構いったな」
思わず声が出た。ボロ布は案の定安かったが、鉄のこん棒が意外と高値で売れたらしい。
魔石も数がまとまれば馬鹿にならない金額になる。
俺は提示された6万円を、その場で成瀬さんと半分に分けた。
自分の取り分は3万円。あのマダムの店で大金を叩いた身としては、この収入は非常にありがたい。
「……3万円。たった一時間くらいの戦闘でこれだけ稼げるなんて、やっぱりダンジョンって凄いね」
成瀬さんが、感心したように自分の探索者カードを見つめている。
「まぁ命懸けてるしね…ある程度稼いだし俺はそろそろ帰るよ。成瀬さんは?」
「そうだね。私も今日はもうお腹いっぱいかな。紫灯くんのおかげで、予定よりずっと早く終わったし」
俺たちは買取所を離れ、大扉へと向かった。その時だった。
「――おい、どけ! 道を空けろ!!」
誰かの鋭い叫び声が、広場の喧騒を切り裂いた。
反射的に振り返ると、セーフエリアの中央、巨大な転移魔法陣が激しい光を放っていた。
「な、何だ……?」
広場にいた探索者たちが、一斉に足を止める。
その光は、通常の階層移動とは明らかに異なっていた。
より深く、重厚な魔力の奔流。
光が収まった瞬間、そこには十数人の集団が姿を現した。
「おっ!日本軍の――」
俺は息を呑んだ。
現れたのは、整然と隊列を組んだ軍服姿の男たち。
深緑色の制服に、左腕には三本足の烏を象った刺繍。
ヤマトダンジョンの最前線を攻略している日本軍の部隊『八咫烏』だ。
そして、その背後には数人のベテラン探索者たちが続いていた。彼らの鎧には無数の傷が刻まれ、漂わせるオーラは周囲の探索者たちを物理的に圧倒している。
「おい、あれ……第5階層からの帰還部隊か!?」
「すっげぇ、八咫烏だ!」
周囲がにわかにざわつき始める。
誰もが憧れ、そして畏怖する、ヤマトダンジョンの最前線を駆ける者たち。
彼らの顔には、死線を幾度も超えてきた者特有の、深い疲労と冷徹なまでの静謐さが刻まれていた。
部隊の先頭を歩く大男が、ふと足を止め、周囲をぐるりと見渡した。
その鋭い視線が一瞬だけ、ド派手なチェック柄スーツを着た俺に止まる。
心臓が止まるかと思った。
彼らから放たれる"本物の強者"のオーラは、道化師のスキルで得られる全能感など、子供の火遊びに見えるほどに巨大だった。
「……すごい」
「これが、日本の頂点か」
成瀬さんは小さく呟く。俺は言葉を失い、ただ立ち尽くしていた。
「最強だ」なんて浮かれていた自分が、急にちっぽけで、滑稽に見えてくる。
ベテラン探索者たちは、周囲のどよめきを気にする様子もなく、整然とした足取りで出口へと向かっていく。
彼らが通り過ぎた後も、広場のざわめきはしばらく収まらなかった。
俺は、震える手で黒いマスクを直した。
「……美味い飯とアイス食って、寝よう」
今はそれでいい。
いつかあの場所に辿り着くのか、それともずっとここでピエロを演じ続けるのか。そんな難しいことは、とりあえず胃袋を満足させてから考えればいい。
俺は銀色の靴を鳴らして帰路についた。




